直近では台風対策です。

毎年のように台風の威力が増しています。

いつも国内のどこかで大きな被害が報じられています。

コロナも加わり、色々と考えることが増えています。

 

災害はコロナや自然災害だけではありません。

政治のような人災もあります。

政治のかじ取りがダメな場合、かなり多くの人が被害を受けます。

その可能性が高まることが予想されます。

選挙です。

最近も町中に野党の選挙カーが「バカでかい声」でうろついています。

迷惑です。

やかましい、だけです。

騒音「公害」です。

ピンクの選挙カーは、目障りな上、やかましいので、自宅待機すべきです。

緊急事態宣言を「無視」して、なぜ選挙期間中でもないのに大声を出して

走って良いのか、理解できません。

 

今年は気学では年が六白です。来月の前半から、月も六白になります。

年月で六白です。

念のため、地震等に対して備えをすべきと思います。

何も起きなければ、良かった、となります。

しかし、今の世界的な状況を考慮すると、起きるかもしれない、と

考えるべきと感じます。

 

地震と台風、コロナの組み合わせです。

良い要素はありません。

危険なことは容易に想像できます。

できることから対策を講じるべきと思います。

 

不動産では、物件調査の最も基本的な部分に、道路調査があります。

再建築できるかどうか、が重要になるためです。

 

国内には狭い道が多数あります。

具体的には、幅員が4m未満の道です。

2項道路、という言葉を知っている人もいると思います。

基準法の42条2項の道路のことです。

 

4m未満の道路でも、道路の中心から2m後退=セットバックするか、

法面等であれば端から4m後退することで、再建築可能になります。

通常は、4m未満なので2項道路の判定がされます。

 

不動産業者や建築関係者であれば、公道で4m以上の場合、基本的に

2項道路を検討することはないと思います。

1項1号道路、ではないかと思うはずです。

 

これが、最近の事例で個人的に驚く内容が続いています。

2件ありました。

1件目は、1項道路だったのに、2項道路になっていた、道です。

判定が変わり、現況は前面部分が4m以上あるのに、2項道路になりました。

これは、2項道路の始点と終点に理由がありました。

 

この土地が面している部分は4m以上ありますが、視点から終点までの間に、

4m未満の部分がありました。そのため、全体で再判定となり、2項道路に

なりました。

 

もう1件は、現地調査をして驚きました。

きれいに区画された角地で、一方は6m以上、もう一方も5m以上の「公道」です。

常識で1項1号道路に「見えます」。

ところが、実際には、5m以上ある道が2項道路になっていました。

 

4m未満だから、4m未満の部分があるから2項道路の判定をします。

しかし、この道路には4m未満の部分が「現地には」ありません。

まさか、という感じでした。

役所の担当者も驚いていました。

なぜ?となりました。

 

色々と考えた結果、現地ではなく、校正されていない公図が原因と分かりました。

校正されていない昔の公図のままだったため、その図面では5mどころか

里道くらいの幅員しかない、ことになっていました。

そのため、2項道路の判定がされたのだろう、と分かりました。

 

不動産では、現地調査を重視します。

現地で気づいたことを優先的に調べます。

今回は、図面が昔のままで、国土調査もされず、筆界も未定のまま

放置されていた土地でした。

 

ただの土地であれば、先に図面等を取得して調べます。

今回は、昨年新築された物件でした。

新築された=接道等はクリアしているはず、という前提です。

地域によりますが、この付近は全体が測量がほとんどされていない場所でした。

そのため、非常に土地がわかりづらくなっています。

また、鉱害復旧事業もいまだに継続しています。

地域の特殊な事情を知らないと、意味が理解できないことが色々とあります。

 

現況は整備されて良い環境になっています。

物理的には良くなっていますが、権利関係上は放置されています。

このような点についても、役所の総責任者、総理は気づくべきと思います。

実務能力、特殊な能力を併せ持つ人が、総理に望ましいと思います。

 

相変わらず自民党の総裁が誰になるのか、取ってつけたように聞こえの良いことをアピールしています。

もっと前から行っていれば、価値は上がったかもしれませんが、内部の選挙のために利用していることは明らかです。

 

一般人からすると、まったく関係のないことです。

内部の人間にとっては、上下関係が生じるので重要になります。

 

これは企業の体質と同じです。

自民党の総裁を、株式会社 自民党として考えると面白いかと思います。

幹事長などの役員は、企業であれば取締役です。

 

総裁=社長とみることができます。

総理大臣は社長であり、会長、兼務している企業と見ることができそうです。

 

すると、(株)自民党の社長選びを、わざわざ公共の電波を使って報じている、という見方もでてきます。

一企業の内部「争い」など、不毛と思います。

 

誰が社長になるか立候補し、実質的に取締役会だけで決めた今の社長はクビにされ、建前上は、取締役会だけではなく、地方の支店長クラスも投票してよい、というような感じでしょうか。

 

せこい争いです。

勤務している社員=党員は、自分たちの社長が変わるので、「嫌われないように」するために必死でしょう。

サラリーマンと全く変わらないように感じます。

 

大きく違うのは、株主総会を「しない」ことです。

(株)自民党であって、(株)日本ではない、という考えからかと思います。

 

もし、(株)日本であれば、株主が黙っていません。

勝手に決めるな、そんな「雇われ社長」は認めない、という判断を下すと思います。

(株)自民党であっても、大企業以上に資金を使用します。

直接の株主ではないかもしれませんが、国民という大株主の意見を聞くべきと

私は思います。

 

社長にふさわしい人、この条件に付いて問われるべきです。

誰が「なりたいか」ではない、と思います。

好きか嫌いか、でもありません。

「適性があるかどうか」と思います。

 

社長の判断で、会社の運命が左右されます。

取締役会ではなく、社長の判断が優先されることがあります。

社員は社長を信じて、職務にあたらないといけません。

むしろ、社長が正しい判断をしてくれると信じているから、自分の

職務を全うすることができます。

 

その社長が「綺麗ごと」だけを言う、聞こえのいいことだけを言う人の場合、社員は安心できるでしょうか。

社員が求めるのは「安心して働けるか」と思います。

 

本来、求められるのは、最も苦労した人です。

人の痛みや苦しみが分かる人、です。

だから、長にふさわしい、となってきます。

ボンボン育ちの苦労知らず、これに任せることができるでしょうか。

(株)自民党は、社長の資質について、もっと考えるべきと思います。

 

この(株)自民党の社長が決まると、強制的に(株)日本の社長も兼務します。これが厄介です。

幸い、株主総会=総選挙が実施されます。

大株主の国民は、できる限りの対応=投票をすべきと思います。

意見を言いたいところですが、残念ながら大株主ですが代表者は議員となります。

その議員をどの党の誰にするか、までしかできません。

 

ロクなやつはいない、と思う人が相当数いると思います。

それでも、投票しないといけません。

まず、どんなに頭にきても、投票するという唯一の意思表示はすべきです。

その結果、今までの総選挙では考えられないくらい、高い投票率を実現することです。

投票率が高い=意思表示が強い、となります。

 

無関心ではない、となります。

(株)自民党がいつまでも安穏とできない状態にする、これも重要です。

面倒なので、外野を(株)野党とします。

口だけの反対党、この集合体です。

マトモな野党が無いから、です。

仕方がないので、この(株)野党に投票した場合、バランスは改善すると

思います。

 

(株)自民党の社長が偉そうに言えるのは、「社内だけ」です。

社外では、ただの人、です。

これを自覚してほしいです。

どの企業も同じです。

役職等は、内部では有効ですが、外部では「どうでもよい」ことです。

 

大株主の国民を大切にしない場合、必ず報いを受けると思います。

 

 

当たり前のことですが、災害などへの対策は自分が考えて行うべきと

思います。他人の意見に「流されて」することは正しい場合もあるかも

しれませんが、無責任です。

他人のせいにしがちになるから、です。

 

色々な災害が発生しています。

コロナも災害の一つです。

ワクチンについて、我先にと望む人もいます。

間違いかどうか、現時点では立証できません。

良いかもしれません。

効いた人もいるでしょう。

しかし、万人に良いか、というと違うはずです。

 

大きく報道されないので、情報が不足しています。

死亡事例を細かく分析すべきと思います。

個人的な症状が原因だったのか、ワクチンの薬害だったのか、

についてです。

 

少なくとも、現在のコロナの型は変動しているように見えます。

変異が速く、対策が追いつかないように感じます。

 

そのコロナに対して、対策できる術がワクチン中心です。

予防よりも、悪化を軽減することが主流になってきています。

 

そのワクチンの効果と副反応が問題です。

何%の効果がある、というような表現が多いです。

効かない事例が一定程度ある、ことになります。

利くのか効かないのか、これを多くの人が知りたいはずです。

 

どういう体質の人には効果があり、どのような場合には効果がないのか、

データを出してほしいです。

すでに世界的に相当数の接種者がいます。

今までの新薬等の場合とは、次元が異なります。

製薬会社は、およその分類等ができているはずです。

そのデータを公開して、接種すべきかどうか、各人に考える時間を

提供する義務があると思います。

 

もし、これを拒むとすると、強制的に接種し続けるように仕向けるためではないか、と疑念を持ちます。

 

動物実験でのデータが報じられました。

ワクチンを5回、7回、と接種した場合の変化についてです。

死亡例が一気に増加しているデータでした。

動物の場合と人間では異なる、と思いたいのですが、おそらく

似たことが生じると私は思います。

 

わずか2回の接種で死亡している日本国内の事例を考えると、多く接種する

ことが「安全」であると思えません。

むしろ、危険ではないか、と感じます。

 

副反応が出る時点で、やはり何か問題がある、と受け止めるべきと思います。

自分で考えて接種することが、とても重要になると思います。

 

他の災害対策も同じです。

今からは台風の季節です。

すでに大きな台風が発生しています。

特殊な能力があるなら、この台風を遠ざけたいです。

もし、そのような能力を持つ人がいるなら、ぜひ協力してほしいです。

 

地震についても、平穏な時に備えるべきです。

避難所がコロナで危険になる可能性があります。

コロナが空気感染であることも、多くの人は知っています。

見えない殺人者が、そこらじゅうにいます。

 

対策は、自分の免疫の強化です。

自力で解決すること、です。

免疫を強化する食事や、体質の改善が求められます。

考えようによっては、コロナで健康管理と健康増進が期待できます。

健全な生活をすることで、感染回避ができると考えることもできます。

 

災害は無いことが良いです。

望ましいです。

ですが、起きます。

予告されません。

突然、発生します。

 

特に自然災害は激化します。

激化すると分かっているので、覚悟が求められます。

安穏としているのではなく、戦時のような心境で日常生活を

行う必要が出てきたと思います。

 

精神的には疲れます。

疲れますが、物質的な備えだけでは足りません。

精神的にダメージを受けないようにすることが必要です。

 

ヨットで横断した人がテレビで語っていました。

生きるか死ぬか、という状況になると、誰が総理になるかなど、

全く気にならなくなる、とです。

同様のことが、多くの人に言えると思います。

自分の生命に関わる出来事があると、他人の利権問題など無関心になる

はずです。

 

政治等に関心を持たなくて良い、のではないと考えます。

優先順位があると考えます。

考える余力があれば、政治等に関心を持つべきと思います。

 

まず、自分の身を守ること。

家族を守ること。

他人に迷惑をかけないこと。

これが全員共通の項目です。

 

いかに生き、いかに死ぬか、いかにこの世を生き切るか、が大切な

点と思います。

賃貸の場合は所有権がないので、あまり関心がないかもしれません。

所有する場合、それも土地を単独で所有する場合については、知っておいて

良いかと思う内容です。

 

共有の場合は、マンションが例です。土地を共同で所有している場合も

考えたほうがいいかもしれません。

 

「あなたの土地は、高さは何メートル、深さは何メートルまでが自分の

所有権が及ぶのでしょうか」、という問いについてです。

 

何となく所有しているような気がする、高さと深さがあるかと思います。

しかし、具体的に上空は何メートルまで自分の権利があるのか、

地下は何メートルまで権利があるのか、考えたことがある人は多くはないかと思います。

 

飛行機が飛んでいる高さも自分の空間だ、と主張する人はでてきます。

しかし、では自分でその高さまで塀でも作れるのか、と言われると無理と

思うはずです。

 

地下も同じです。マントルまで自分のものだ、と言う人もいるでしょう。

実際にマントルまで管理できるなら、やってみてほしいです。

 

無制限ではありません。

上空、地下ともに所有権の及ぶ範囲が決められています。

基本的には法律により、上空は300m、地下は40mです。

他にも地域によっては高さが低くなることがあります。

地下も同様です。特に都心部では変わってきます。

 

地下鉄が深さ何メートルのところを通過しているのか、知っておく

べきです。少し前に、住宅地で道路や敷地が陥没したケースがありました。

所有権が及ばない範囲を掘削されていました。

その土木工事が原因ではないか、と疑われました。

当然と思います。

 

地下に空洞ができれば、その上のある物は下がることが考えられます。

まさか自分の土地の下に大穴が開けられている、とは普通は考えないと

思います。

 

道路の陥没は、福岡市内でも派手に発生しました。

おかげで、地下の構造が見えました。

杭の状況まで明らかになりました。

普段は見えない部分が明らかになる、とても貴重なデータになります。

 

自分の居住地等の地下がどうなっているのか、知っておいて困ることはない

と思います。穴だらけ、かもしれません。

地価が高くても、地下は浅い、脆いかもしれません。

地盤の改良工事は、せいぜい地下10mくらいまで、です。

それ以下になると、基本的に建築では考えなくてよい、となりやすいです。

 

比較的浅い部分は良くても、深いところが脆弱かもしれない、これも考えて

所有するべきと思います。

 

上空についてです。

飛行機のような高さであれば、今までは無関係の高さでした。

これが上空の高さを気にしないといけないような、道具が出てきました。

ドローンです。

このドローンは、高さは比較的低いところを飛びます。

すると、所有権の高さ以内になることが増えてきます。

 

好き勝手に飛んでいい、わけではありません。

色がついているわけではありませんが、飛んでいい空の道があります。

最近は、これをビジネスとして活用する企業もあります。

所有権に関わるので、空の通行料が発生する、という考え方です。

 

上空を通過される土地の所有者は、特に何もしないのに通行料を得る、という

面白いことが生じています。今後は、非常に増えてくると思います。

 

その代わり、今までは殆ど気にしなくてよかったことを、気を付けることに

なります。

 

上空からの落下物と音、です。

静かな無音のドローンであれば音の問題は消えますが、現在のドローンは

うるさいです。上からの音を気にすることになります。

また、上からドローンが落下してくる場合、ドローンの運搬物が降ってくる

ようなことが考えられます。

 

上を向いて歩こう、の意味が変わってくるかもしれません。

 

自分の土地の所有範囲、気を付けないといけないこと、が昭和とは

変わってきています。どういう環境に自宅があるのか、軽く調べて

おくと良いかと思います。

多くの人、それも世界中で多くの人が、死んだら「天国に行く」

と勝手に思いこんでいる、のではないでしょうか。

誰が、天国に行くと決めているのでしょうか。

また、どういう理由で、天国と決まっているのでしょうか。

 

色々な宗教等で、死後の世界について教えられています。

ですが、実際に体験した人はいないはずです。

死後だからです。

生存した状態で天国に行くことは通常、あり得ません。

証明ができない世界です。

あるか、ないか、であれば「ある」、と私は思います。

 

テレビ等で誰かが亡くなったとき、「天国の〇〇さん」の

ような表現がされることがあります。

なぜ、天国と断定できているのでしょうか。

いつも疑問に思っていました。

また、天国の〇〇さん、いつも見守ってくれて、ありがとう。

このようなフレーズも聞くことがあります。

これも不思議でした。

 

この言葉を言う人は、天界を見ることができているのか、と

思います。また、この世の記憶を維持した状態で、天国にいる

ことまで分かっているのか、と疑問に思います。

 

私も死後の世界を考えるまでは、特に疑問には思いませんでした。

そうなんだな、天国に行くのか、天国で幸せな生活ができるんだ、

というような極めて呑気な考え方に「洗脳」されていました。

 

天国等について考えるようになると、いくつか共通点も見つかりました。

特に悪人、悪党についてです。

なぜか、悪党は天国が確定している、という点です。

この世で考えれば、どう考えても天国ではない、と思う行いです。

それなのに、悪党は天国にいくことになっています。

誰が決めたんだろう、と思いました。

 

そもそも、天国が本当に存在するのか、天国とは「一つだけの世界」

ではなく、複数の世界や階層があるのではないか、と思いました。

すると、星の数ほどの世界があるのではないか、と思うようになりました。

この世の行いによって、天国に行くとしても、細かに分けられる、選別される

ように思いました。

 

人間が勝手に都合の良い世界を作っているのではないか、と感じました。

まず、天国に行く前に、受けねばならないことがあるはずです。

裁きです。

日本人であれば、閻魔と即答する人が多いと思います。

これも宗教によって考え方が変わります。

ここでは、軽く「裁きをする神」がいる、と考えることにします。

 

その裁きの時の状態が、疑問に思うようになりました。

おそらく、多くの人は「この世の記憶を維持した状態」で裁きを

受けると思っているのではないでしょうか。

そのため、裁きの時に、色々と「言い訳」をすることが予想されます。

言うだけ言った後、裁きの神により、この世の所業を全て言われ、その結果

しかるべき世界に送られる、と考えている人が多いと思います。

 

これが最近になり、ふと考えが変わりました。

裁きの時に記憶を維持しているのか、という点についてです。

誰か証明できた人はいるのでしょうか。

私は、ここが既に間違っているように思いました。

裁きを受ける時に、「すでにこの世の記憶は消去されている」のでは

ないか、と思いました。

 

前世の記憶がない、これは万人共通です。

前世の記憶はないのに、裁きの時はこの世(実質、直前の前世)の

記憶は残っている、ことがあるのだろうか、と思いました。

 

この世は人間に都合の良い解釈で構築されている部分が多いです。

死後の世界も、都合の良い考えが基本になっていると感じます。

 

もし、天国ではない場合、どこに行くのでしょうか。

当然、肉体はないので魂だけです。

その魂も、姿かたちがあるのでしょうか。

成仏して、裁きを受け、適切な世界に送られる人、そうではない人が

いるはずです。成仏できていない場合、俗に幽霊と呼ばれます。

裁きすら受けられない人=霊と思いました。

 

霊能者は、存在します。

しかし、その霊能者に問いたいです。

死後の世界、霊はどの世界にいるのか、です。

霊として現れる時点で、天界にはいないと思うから、です。

 

霊界、魔界、天界、地獄界のように死後の世界は大きく分けられると

思います。立証できないので、「たぶん」あるはず、という感じです。

 

予言、予知の人では、説明は不可能です。

可能な人、可能な能力があるとすると、天眼通かと思います。

天眼通の能力者でも、死後の世界を見ることはできないはず、です。

あれば見えると思います。

定まっていれば、見ることができるはずです。

この世の未来は透視できても、死後の世界は透視できない、むしろ

見えないようにされている、と思います。

 

コロナ等が原因で死亡する事例が増加しています。

果たして、死後、どの世界にいくのでしょうか。

天国と決まっているわけではない、と私は思います。

強制的に裁きを受ける、しかも記憶が消去された状態で、と

感じます。

 

墓参り=骨参りは大事と思います。

大事とされてきました。

墓=骨の場所です。

骨参りは、本当に故人に何か良いことがあるのでしょうか。

毎月のように墓参り=骨参りをしてきましたが、疑問に思うように

なりました。

 

骨ではなく、想いが重要なのではないか、と考えるようになりました。

転生できる人、転生「回数」が残っている人、は人間界に生まれ変わる

こともあるはずです。人として生まれ変わるのか、これは不明です。

 

自分が死んだ後、どこに行くのだろう、と考えることはあると思います。

しかし、確実にこの世界に行く、と分かる人はいないはずです。

天眼通の能力者でさえ、死後の世界は見えない、見せてもらえないからです。

 

そうすると、この世の行いは非常に重要になると思います。

証明はできませんが、裁きの時に何も言えない状態で裁かれるとすると、

行いが良いことが大切になるはずです。

 

死後に考えるとしても、記憶が消去されていない場合だけです。

記憶が消されれば、何もできません。

成仏できること、天界に行けること、これは理想です。

おそらく、大多数の人は天界ではない、と思います。

そんなに天界行きは甘くない、ような気がします。

 

この世で肉体を使用して行うのは、魂の訓練と思います。

その魂の正しい訓練ができた人が、天界に行けるように感じます。

私利私欲、強欲、他人を苦しめてきて、どうして天界に「呼ばれる」

のでしょうか。相応の世界に送られるはずです。

 

天から与えられた寿命を、最大限に活用し、ギリギリまで魂を磨き、

鍛えることがこの世の役目、使命のように思います。

死後に激しい後悔をしないように、正しく生き抜くことが必要と思います。

 

パラ五輪も終わったので、水害や土砂災害について報道されても

良いのではないか、と思います。その後、どうなったのかについてです。

ほとんど報じられません。

自民党の総裁選びと、誰が出るか、程度が中心です。

それこそ、どうでもよいことです。

人命と財産の被害が生じています。

ここに視点を注ぐべきです。

 

少し報じる機関もあります。

おかげで進捗具合を知ることができます。

報道は、復旧についてではなく、賠償についてでした。

 

遺族は非常に頭にきているはずです。

民事とは別に、刑事で進んでいます。

しかも、今回は殺人で告訴するようです。

遺族からすれば、当然と思います。

その訴えられる人が、問題です。

 

前科が色々と出てきました。

これぞ悪党、というような感じに見えます。

個人的に最も嫌いなタイプです。

今までは金の力で抑え込んできたのかもしれませんが、

これからは違うと思います。

一度も表に出て会見等はしていません。

しないのではなく、できないのでしょう。

悪党面なので、余計に被害を拡大させる可能性が考えられます。

 

いつも思います。

この悪党を弁護する者についてです。

何も知らないときは、弁護士=弱者の見方、正義の人と思っていました。

しかし、実務に携わってくると、真逆になってきました。

金で動く輩であり、悪党でも平気で弁護するのが、弁護士だと分かりました。

実情を知るにつれ、弁護士ではなく、私は弁護「屋」と呼ぶようになってきました。

悪党の共通点は、徒党を組むこと、です。

ゴキブリと同じです。

1匹みたら、30匹はいる、まさに同じです。

吐き気がします。

 

力でねじ伏せてきた連中です。

しかし、風向きが変わり始めたようです。

今度は、ねじ伏せることができるのでしょうか。

被害者は、一人ひとりの力は弱いかもしれません。

ですが、皆で力を合わせることで、戦うことができるはずです。

悪党を叩き潰すことができるような状況になりつつあります。

 

すぐに逃げる、これも悪党の特徴の一つです。

責任を押し付ける、逃げる、暴力で対抗する、これが悪党です。

おそらく、この加害者が経営する企業に勤務する社員は、複雑な心境では

ないかと思います。中には、今までの怒りをぶつける人も出てくるかもしれません。

悪党に加担すべきではない、と思います。

 

この土砂災害、現所有者と前所有者は誰が見てもグルと分かります。

利権つながり、でしょう。

他人のことなど屁とも思わないはずです。

その証拠に、どちらも表に出てきません。

良心の欠片でもあれば、すぐに何らかの対応をするはずです。

悪党のすることは、極めて迅速に「代理人」を出すことです。

自分は絶対にでてきません。

卑怯者の典型です。

もし、日本人だとすると、国賊扱いすべきです。

日本人として恥、です。

 

今までは金で牛耳ってきたかもしれません。

しかし、これからは違うと私は思います。

大きく時代が変化しているからです。

このような連中は、「駆除される」時代になると感じます。

害虫駆除です。

善人が力を合わせることで、害虫、害人を駆除することができます。

奇遇です。

この悪党の社名が善から始まります。

どこが善なのでしょうか。

「偽善」が正しいと思います。

 

被害者を救う姿勢がありますか。

少しでも遺族の心情を和らげるような対応をしていますか。

人として、正しい行いをしていますか。

 

私には皆無に見えます。

だから、悪党と吐き捨てます。

死亡していないだけで、住宅に大きな被害を受けた人、今後の生活を

どうしてよいか分からない人、など困る人を多数、出しています。

このような事態を引き起こしたこと、意図していなかったとしても、

自分が関係しているなら「マトモ」な人なら積極的に詫びるでしょう。

 

むしろ悪党の常套句を使う気がします。

「証拠を出せ」です。

おそらく、言うでしょう。

これは断言しても良いです。

この「証拠を出せ」という者は、犯人の証、であると言えます。

犯人だから、証拠を出せ、と言います。

今後の刑事事件の進展具合を見ていきたいと思います。

 

土砂災害で住宅に被害を受け、仕事ができなくなったとしても、現政権は

何か支援を具体的に行っているのでしょうか。

与党に限らず、野党もです。

しょうもない、政権交代後の「寝言」を言っている者もいるようです。

見えないのでしょうか。

健常者であれば、見えるはずです。

五体満足であれば、東京からでも大した距離ではないはずです。

 

他にもひどい水害を受けた地域もあります。

以前に受けた被害から復旧できていない地域もあります。

しかし、誰か対応している「国会議員」はいますか。

 

あいさつ回り=職域票のお願い、利権団体へのお願い、周辺議員への

忖度は天才的です。これが今の議員の本性です。

このような者こそ、コロナが退治してほしいと思います。

 

天罰、といわれるような人もいます。

例の金メダル噛みつき男です。

おそらく、多くの一般人は「天罰」のように思うでしょう。

私も同じです。

むしろ、コロナに感謝したいくらいです。

悪党こそ、コロナで駆除、駆逐されるべきと思うからです。

 

ワクチンを2回接種していたようですが、感染しています。

良い事例です。

ワクチンは感染予防として期待するな、といえます。

重症化しない、と今のところは言われています。

今後、どのようになるか経過を見たいと思います。

少なくとも、他国では相当にワクチン接種が進んでいるのに、

感染が拡大している国があります。

そのせいで3回目以降の接種が検討されています。

 

私の場合は、個人的に特異な体質のようで、ワクチンが不要かもしれません。

ありがたいと思います。

不要になる理由は、先日の当ブログ内でも記載した鑑定結果です。

接種してからは、一方通行になる可能性が考えられます。

打ち続けるしかない、この可能性がでてきます。

 

接種人数が多くなってきたので、色々な症状が報道されています。

1回目の接種と、2回目の接種、何ともない人よりも、何らかの

不具合が出る人が多いようです。

 

仮に、このワクチンが全くの無害であれば、何の反応も出ないはずです。

人体が何らかの拒否反応をする=毒であることの証、と思います。

体が体内に入ってきた毒に対して、何とか抵抗しようとして個人差は

ありますが、拒否反応をしているのだと思います。

 

医療関係者や薬学関係者なら、当たり前だ、と吐露するでしょう。

ですが、接種する人は本当に理解しているのでしょうか。

我先にと接種して、数日後にあの世に送られる可能性がある、と

知っていても同じでしょうか。

 

健康だった人が、いきなり死亡する。

これで因果関係がない、と言い切れる理由を知りたいです。

言わせないようにしている奴がいる、と疑うべきではないでしょうか。

自分で考えて判断すること、これが重要と感じます。

 

今のワクチンに対しては、私は疑問です。

ですが、いずれ本当に良いワクチンが作られると思います。

そのための世界的な人体実験が今、行われているように見えます。

実験結果から、改良されたワクチンが開発されれば、安心して接種したい

と思います。

与党の総裁選びで、報道機関は横並びの報道です。

誰がなるかどうか、ではないと思います。

報じないといけないのは、今の仕組みで良いのか、という

点と思います。

 

なぜ、投票率が低いのか。

なぜ、有権者は投票したいと思わないのか。

今の仕組みが原因だからです。

 

勝手に決められた選挙区で、各党に都合の良い人が候補者に

なっています。これが間違いです。

入れたい人ではない、場合があるからです。

入れたくない、仕方がないから党に入れよう=比例代表と

なってきます。

比例代表だと、党の都合で順位が決まるので、いつまでも悪党が

のさばることになります。論外の手法です。

 

もっと重視しないといけない問題を報じるべきです。

「一票の価値」についてです。

今の制度では、極めて不公平です。

毎回のように最高裁判決まで行きます。

不公平だが、有効という寝ぼけた結論に終始しています。

 

まず、この点を改めるべきです。

完全に公平にすること、これが第一です。

 

私は、小選挙区を廃止し、国全体を一つの選挙区にすることが

解決策の一つと思います。

大大選挙区です。

言い換えると、日本国中から入れたい人に投票できる選挙、です。

そうすると、皆が公平になります。

一票の価値は平等になります。

 

言うまでもなく、上位から当選とします。

注意しないといけないこともあります。

人数です。

今の議員数は多すぎます。

おそらく、大多数の国民は似た考えではないかと思います。

 

大幅に削減することです。

例えば、衆参合わせて100人にする、などです。

これで十分な数と思います。

こうなると、議員一人の価値が大きく向上します。

しかも、一票の価値は平等なので、全議員が同じ価値と

なります。

 

もう一つ改善すべきことがあります。

議員の強制退場について、です。

当選時は良かったのに、途中からふさわしくない、となることが

多々あります。そうなったときに、強制的に議員資格をはく奪できる

ようにすることです。

国会で議員資格を強制的にはく奪できる、面倒ですが有権者からの

解職請求を極めてしやすくする、などです。

 

悪党をのさばらせてはいけない、と思います。

今でも議員不適格者は相当数います。

いちいち選挙するのではなく、いつでも退場させることができる

仕組みを構築するべきです。

 

全国津々浦々、どこからでも立候補できるようにすることです。

必ず、本物はいます。

通常、その本物たちは、進んで選挙に出ることはありません。

自分で立候補するのではなく、その人を知っている人たちが、

国のためになるからと、推薦して候補者にすることです。

これが本物の議員の始まりです。

 

本人は嫌がっていても、ほかの人のためになる、救いになるから

仕方なく候補者になる、結果として議員になる、のでよいはずです。

私利私欲ではないことが、すぐに証明されます。

また、いつでも解職させることができるので、選んだ人も安心です。

むしろ本人は辞めたいと思っているので、しなくてよいなら進んで

議員を辞めるような人です。

 

このような本物が集まると、素晴らしい国会、内閣になるはずです。

今の議員の姿と比較してみると分かります。

一人でも、本物の議員であると言える人がいるでしょうか。

私には、利権まみれの権力欲の権化と化した、醜悪な生物にしか見えません。

 

皆の一票の価値が平等で、日本全国、どこからでも自分が議員になってほしいと思う人に投票する、これが正しい姿と思います。

当然ながら、総責任者も国民投票にすべきです。

総理は国民による選挙で選ばれるべき、です。

現総理のような、恥だけを残すことがないように、教訓とすべきです。

 

人気投票ではありません。

実力投票です。

当然ながら、人気で一定数の得票は得られるでしょう。

しかし、もし人気だけで議員になり、国民に不利益を及ぼす人の場合、

投票した人には責任を負ってもらうべきです。

マイナンバーの活用です。

誰が誰に投票したのかが、履歴が残る仕組みです。

無責任な投票をしないこと、できないようにすることも、有権者の責任ではないかと思います。

 

一票の価値を正しい意味で向上すること、平等にすることが必要です。

今までは投票しても無意味と思っていたことが、自分が責任を持つと

なると、真剣に投票について考えるようになると思います。

 

また、投票することによるメリットも国民に付与すべきです。

マイナンバーを活用し、税制で優遇する等です。

投票しない人には、ペナルティを科すことも必要と考えます。

そうすると、90%以上の投票率が実現するはずです。

今まで見たことがないような得票数になると思います。

 

得票数が多いほど、重責です。

覚悟のない者は議員になるべきではありません。

なりたくなくても、求められてなった人の場合、その大きな

思いに応えるべきと思います。

 

正しい選挙、平等な一票、清廉な候補者、責任を負う有権者、という

構図を作るべきと思います。

 

人のためになる、といっても「どういう人の」がポイントになると思います。

誰でもいい、はずがありません。悪人のためになる=悪に加担することになるからです。

善人ならいい、でもありません。善人でも「正しい」人が重要と考えるからです。

善良でも誤りの場合は、助けるべきではないと思います。

すると、善良で正しい人にためになる生き方、金の使い方について考えることになります。

 

特に最近、この点について考えることが増えてきました。

初めの頃は、「簡単なこと」と思っていました。

ところが、考えを深めるにつれ、非常に大変なことではないか、と思うようになってきました。

 

相続等の問題が発生すると、亡くなった人=被相続人が遺言書を残すケースがあります。

遺言書があると、比較的、相続はスムーズに進みます。

問題は、内容です。

「寄付するという文言で、具体的に指定していない場合、です。

これが大変になると思います。

被相続人は、困っている人の役に立てればいい、というくらいの軽い感じ

かもしれません。しかし、実際に手続きをする人は、本当に良い使い道なのか

責任が残ることになります。

 

慈善団体に寄付=良いこと、ではないと私は考えます。

なぜ、良いことではない、と考えるのか。

その慈善団体が、本物かどうかを見極めないといけないこと、全ての

費用が正しく目的に沿った使い方になっているかどうか確認できるのか、などの疑問が生じるからです。

 

基本的に疑ってかかるべき、と思うようになりました。

他人に委託する、しかも死後に委託することは、非相続人は死亡しているので、後で何も自分では解決することができません。

自力でできるうちに、責任を持って行うことが必要と思います。

 

先日も高齢者の施設で、元施設長による「盗難、窃盗」がありました。

逮捕されましたが、盗まれた、引き出された現金は返って来たとの報道は

今のところありません。

意思表示ができないことを悪用した、汚い手口です。

意思表示ができない=実質的には死亡と変わりません。

自力での解決ができない状態です。

 

こうなる前に、自分の死後処理に必要な資金を除き、残りの資金の使途を

明確にしておくことが誰にでも求められるようになると思います。

 

その自分に必要ではない資金の使い方について、元気な時に考えるべきと

思います。

この世界だけで考えた場合、寄付行為は良いことと誰もが思うはずです。

または行政に寄付することも、良いことと思うはずです。

 

しかし、この世界以外の世界も含めて考えた場合、どうでしょうか。

あの世は次の世界になるので、検討からは外します。

前の世界、前世は考えないといけない、と思いました。

 

前世の行いが、この世に反映されている、という事実を知った時、この世界の

見方が変わりました。

この世だけで考えてきた時は、この世は不公平だ、と思っていました

しかし、前世が影響していると考えた時、この世は公平だ、と気づきました。

 

この世が公平だとすると、この世の福祉施設等が気になりました。

その施設に関係して生まれてきた=前世の行いが反映されているから、と

気づくと、救う気がしなくなりました。

 

前世での行いが悪かったから、スタートが厳しくなっているのだ、と

理解したからです。

そのため、このような施設に寄付する行為とは、前世で良い行いをしなかった

人たちを救うことになる=善良で正しい人ではない所に支援することになる=悪を救うことになる、と考えるようになりました。

 

このように考えると、安易に寄付することは反対の行為になる可能性がある、と思いました。

最も楽な方法が慈善団体への寄付と思っていましたが、これは違うようだ、と気づきました。

 

そうすると、金の使い方が非常に難しくなってきました。

善良で正しい人を見抜き、この人たちの役に立つにはどうすれば良いのか、と

悩みました。

遺言書で、簡単に記載するべきではない、となりました。

 

色々と考えました。

回答はいくつもあると思います。

人によって異なるはずです。

私の場合、本業を通して行うことができそうだ、とわかりました。

本業は不動産業です。

幸い、他人と接することが多く、善良かどうか、正しいかどうか、を見極める

ことは日常の業務で鍛えられます。

 

善良で「困っている人」ではありません。

善良で「正しい人」が救うべき人です。

資金的に全く困っていないこともあります。

 

資金援助ではありません。

善良で正しい人が、安心して生活できる、住宅面でのサポートです。

必要な場所を作る、求められている建物を用意する、などです。

賃貸であれば、賃料等の条件を緩和すること、が考えられます。

 

人を正しく見抜く、これが重要になります。

決して救ってはならない人、当ブログに何度か記載していますが、

「横同格」です。これは前世の行いが悪いから、この世に横同格として

現れています。人間性が汚いです。クズです。しかし、本人は気づいていません。

おそらく死んでも気づかないでしょう。

 

見た目で判断できる部分と、見えない部分で考える部分があります。

色々な分析方法を駆使すべきです。

 

遺言で使用方法を指定するときは、慎重に考えるべきと思います。

できれば、存命中に、自分の得意分野を通して、支援することが良いのでは

ないかと思います。

 

金の使い方=その人の生き方や考え方を表す、と私は思います。

一般的に、不動産の実情に疎い人は、間違いなく現金が有利、と考えるはず

です。中には、現金が偉い、ローンは恥ずかしい、と考える人もいます。

これは大きな誤りです。

金の勉強をしてこなかった、そのせいで現金が良い、という勝手な解釈、妄想を抱くようになります。

 

語弊がないように、現金が悪いのではありません。

あれば良いです。ローンだけではなく、現金という選択肢ができるからです。

 

芸能人が良い例です。

売れているときの所得は、一般人よりも桁が違うことがあります。

人気芸人が有頂天になることも、よくあります。

しかし、その所得があっても、通常の金融機関であれば融資は不可、と

なることが普通です。融資する場合、無担保のフリーローンで、300万円程度であれば可能な場合はあります。

 

これが住宅ローンとなると、まず不可です。

1,000万円程度でも不可、となるケースが出てきます。

理由は簡単です。

「信用が無いから」です。

信用度が極端に低いのが、芸能人です。

そのため、銀行と名のつく機関から融資を受けることは、まずありません。

 

年収が芸能人よりは桁違いに低くても、一定の条件を満たした人は、金融機関から低金利での融資を受けることができます。

信用があるから、です。

 

融資=ローンとは、信用の証、です。

 

信用があるかどうか=融資を受けられるかどうか、となります。

すると、現金信者は戸惑います。

現金が偉い、と勝手に思い込んでいるから、です。

 

特に不動産の場合、高額になってきます。

現金であれば、強気で価格交渉等ができると思い込む人も一定数います。

大きな間違いです。

売主が「今、現金が必要」というケースを除き、全く意味がありません。

むしろ、現金の人は警戒されます。

 

現金が警戒される理由は、いくつかあります。

まず、なぜ現金で購入するのか。

その現金の出所は何なのか。

適正な資金なのか。

ローンを利用しない理由は、何なのかなどです。

 

特に警戒するのが、現金で、決済時も現金で支払う人の場合です。

現金で良いのですが、「振り込み」が常識です。

現金で受け取った方が迷惑だからです。

また、現金だと、数えないといけません。

手間と時間が必要になります。

 

現金で「振り込みしない」場合が最も問題です。

まず、疑うのは、口座がないのではないか、という点です。

振り込みしたくても、口座がない可能性があります。

口座がない、今どき一般人であれば「あり得ません」。

ですが、口座がない人がいます。

ない、作れない人です。

これは論外です。

現金だけで完結しようとする人は、要注意です。

 

次に、現金はあるが「融資が受けられない人」です。

社会的に信用がない、信用が低い人、となります。

先ほど芸能人もこの類です。

何らかの問題がある人、となります。

その資金を、どうやって手に入れたのか、疑うことになります。

 

現金はあるが、ローンを利用する人、これが最良です。

ついで、現金はないけど、融資が受けられる人、です。

社会的な信用で決まってきます。

 

芸能人の場合、一般的に金融機関から融資を受けることは不可、と言えます。

ですが、多くの人が耳にすることがあります。

芸能人の「多額の借金」です。

すると、疑問に思うはずです。

銀行等は信用がないから貸さないよな、とすると、どこから借りたんだ、という感じです。

 

当然、一般的な金融機関からではありません。

個人の場合、一般的ではない金貸し等がメインになります。

当然、貸す側もリスクを警戒します。

相当に高い金利で貸し付けます。

利息で苦労することになります。

 

一般的な金融機関であれば、借り手が死亡したときは、保険で相殺する

ようにしています。住宅であれば、団信です。

そのおかげで、死亡した時は保険で残債務が返済されることになります。

相続人に迷惑をかけることはありません。

 

しかし、このような金融機関ではない場合、そもそも団信のような仕組みが

ありません。民間の保険でさえも、加入が困難です。

すると、死亡したと同時に、「借金取り」が現れることがあります。

醜い姿を晒すことになります。

また、より悪質な貸し手であれば、法律上の手続きを知らない借り手と相続人であると分かっていれば、わざと放置します。

単純承認になると同時に、相続人に請求します。

 

単純承認になってしまうと、プラスだけではなく、マイナスも全て相続することになります。

しかも被相続人が何も書面等を残さずに死亡した場合、相続人は反論することが困難になります。

このような事態は避けるべきです。

 

一見すると、所得は低い一般人ですが、社会的に見ると、芸能人よりも

圧倒的に信用度が高い、ことを誇りに思って良いと思います。

コロナのせいにしている人がテレビに出ていました。

教育の格差が・・・という感じでした。

内容を少し見ました。

すると、その人の子は、家で「ゲームばかりしている」、

だから教育格差が開く、という主張をしていました。

 

私は呆れました。

この人、コロナの検査ではなく、脳の検査を受けたほうが良いと

感じました。学校に行かないから、ゲームをしているんだ、学校が悪い、

という主張が出る脳の構造を解明することが、必要と思いました。

 

教育とは、学び方を教えること、です。

学ぶことは、強制されることではありません。

学びたいから学ぶ、べきです。

その学びたいと思ったときに、無駄を減らし、効率よく学べるように

「手助け」をすることが、本来の学校の仕事と私は考えます。

 

ゲームしているかどうか、は本人の「出来」の問題です。

教育の格差ではありません。

時間をゲームに充てた、というだけです。

同じ時間を「自ら学ぶかどうか」の差、です。

これは格差ではありません。

 

努力と学ぶ姿勢の差、です。

 

遺伝の影響が少なくとも半数はあります。

すると、この子の姿は親の姿とも言えます。

自分が「アホ」であることを、テレビで伝えていることと同義です。

恥ずかしくないのでしょうか。

 

学校で教わる、という姿勢を改めろ、ということもコロナの教えと

思います。テキストも、今は電子化が可能です。

タブレット等で余裕で閲覧できます。

 

持ち運ぶことが教育や学ぶことではありません。

むしろ複数の端末を設置したほうが、効率が良いと思います。

教科書の費用の大幅な削減が可能です。

物理的には紙が減ります。

不要になってきます。

 

同じ時間に一律に下手な授業を受けることは、私は苦痛でした。

いちいち言われなくても、先に読めばわかる内容です。

先生、という言葉も問題と思います。

特に、20代で教員になった場合、社会的な経験が皆無に近い状態です。

それを「先生」と呼ぶことが誤りと思います。

 

何か「偉い」とでも思っている者たちが多数います。

大間違い、です。

字の通りです。「先に生まれた」だけ、です。

若干の時間差がある、というだけです。

この点を認識すべきです。

 

学校で学ぶことで、多くの人が疑問に思うことがあったと思います。

「実社会で使うのか」という点です。

 

使わない内容を学ぶ意味はない、と思います。

むしろ、学ばないといけない内容が、義務化されていません。

生きる上で必要なことを学ばせるべきです。

 

読み書きは生きる上で必要です。

四則演算も必要です。

地理は必要になることがあります。

化学や物理も、必要になることがあります。

 

ですが、数学になってくると、とても実社会で使うとは思えない

内容もあります。例えば、ラグランジュの乗数法です。

これを日常生活で使う人はいるでしょうか。

二重、三重の積分や微分、使いますか。

 

大多数が日常生活で必要な知識を、義務化すべきと思います。

法律は必須にすべきです。

少なくとも、社会に出ることになれば、賃貸、売買が関係します。

民法や、借地借家法の基礎、建築基準法の基礎、ハザードマップに

関係した内容などは、必須化すべきと思います。

 

知らないから危険な目に遭う、これが多いです。

知っていれば回避できた、かもしれないことがでてきます。

 

全てを網羅することは、学校では不可能です。

学校は、「学び方を教える」ことに徹するべきです。

学びたくない者は、学ばなくてよい、のです。

自己責任です。

 

学ばない、努力しない者を基準にすることが甚だしい間違いです。

努力する、学ぶ者の能力を向上させることが重要です。

 

学力テストの結果、どうでもよいと思います。

「平均点」に何の意味があるのでしょうか。

向上する者を「救う」べきです。

税は、怠け者ではなく、必死に努力する者に使用すべきです。

例のメンタリストは、自惚れの権化だったのでしょう。

救うべき人を見誤る結果になりました。

 

現状がどうか、ではありません。

学ぶ姿勢があるか、努力しようとしているか、で見極めるべきです。

正しい眼で判断すべきです。

 

コロナにより、生活の根幹を失う人も出てきます。

今までは温室のような環境にいた人が、突然、野ざらしで風雨に

さらされるようなことも十分にあり得ます。

 

そうなったときに慌てないこと。

学ぶことを学ぶ姿勢が身についていれば、必要な内容を調べ、

優先順位をつけ、自分で自力で解決できるようになります。

これが、学校が教えないといけない、最も重要なことと私は考えます。

 

しかし、今の教員にいるでしょうか。

その教員自身、自分のことすら対応できないでしょう。

 

私も中学校以降の教員の当時の姿を考察することがあります。

当時は先生、として偉いんだ、と思っていました。

ですが、今はバカの見本と感じています。

よくも偉そうに言ってくれたものだ、と怒りを感じます。

 

教員は、実社会を少なくとも20年以上は経験してからなるべき、と

思います。社会常識のない教員を、昔から揶揄します。

「先生と呼ばれるほどのバカは無し」です。

これは学校の教員だけではありません。

議員や士業も含まれます。

非常識で自我が強く、改めることを知らない生物、とも言えます。

 

学校を卒業すると、学ばない人が非常に多くなってきます。

特に今の高齢者が典型です。

なぜ、高齢者は敬われてきたのか、すら分かっていません。

ただ、馬齢を重ねてきただけ、の干からびた醜い生き物と化しています。

 

学ぶことを学ぶ、学び続けてきた人、これが教えを乞うに値する高齢者です。

学ぶに値する高齢者の場合、顔が良い顔をしています。

美しいかどうかではありません。

とても好感を得る顔をしています。

素晴らしいことと思います。

 

顔は生き様です。

顔に書いてあります。

整形では無理です。

にじみ出てくるからです。

 

学校は、単なる役に立たない知識を強要するよりも、生きるために

必要な学び方を教えるべきと思います。