人のためになる、といっても「どういう人の」がポイントになると思います。
誰でもいい、はずがありません。悪人のためになる=悪に加担することになるからです。
善人ならいい、でもありません。善人でも「正しい」人が重要と考えるからです。
善良でも誤りの場合は、助けるべきではないと思います。
すると、善良で正しい人にためになる生き方、金の使い方について考えることになります。
特に最近、この点について考えることが増えてきました。
初めの頃は、「簡単なこと」と思っていました。
ところが、考えを深めるにつれ、非常に大変なことではないか、と思うようになってきました。
相続等の問題が発生すると、亡くなった人=被相続人が遺言書を残すケースがあります。
遺言書があると、比較的、相続はスムーズに進みます。
問題は、内容です。
「寄付するという文言で、具体的に指定していない場合、です。
これが大変になると思います。
被相続人は、困っている人の役に立てればいい、というくらいの軽い感じ
かもしれません。しかし、実際に手続きをする人は、本当に良い使い道なのか
責任が残ることになります。
慈善団体に寄付=良いこと、ではないと私は考えます。
なぜ、良いことではない、と考えるのか。
その慈善団体が、本物かどうかを見極めないといけないこと、全ての
費用が正しく目的に沿った使い方になっているかどうか確認できるのか、などの疑問が生じるからです。
基本的に疑ってかかるべき、と思うようになりました。
他人に委託する、しかも死後に委託することは、非相続人は死亡しているので、後で何も自分では解決することができません。
自力でできるうちに、責任を持って行うことが必要と思います。
先日も高齢者の施設で、元施設長による「盗難、窃盗」がありました。
逮捕されましたが、盗まれた、引き出された現金は返って来たとの報道は
今のところありません。
意思表示ができないことを悪用した、汚い手口です。
意思表示ができない=実質的には死亡と変わりません。
自力での解決ができない状態です。
こうなる前に、自分の死後処理に必要な資金を除き、残りの資金の使途を
明確にしておくことが誰にでも求められるようになると思います。
その自分に必要ではない資金の使い方について、元気な時に考えるべきと
思います。
この世界だけで考えた場合、寄付行為は良いことと誰もが思うはずです。
または行政に寄付することも、良いことと思うはずです。
しかし、この世界以外の世界も含めて考えた場合、どうでしょうか。
あの世は次の世界になるので、検討からは外します。
前の世界、前世は考えないといけない、と思いました。
前世の行いが、この世に反映されている、という事実を知った時、この世界の
見方が変わりました。
この世だけで考えてきた時は、この世は不公平だ、と思っていました
しかし、前世が影響していると考えた時、この世は公平だ、と気づきました。
この世が公平だとすると、この世の福祉施設等が気になりました。
その施設に関係して生まれてきた=前世の行いが反映されているから、と
気づくと、救う気がしなくなりました。
前世での行いが悪かったから、スタートが厳しくなっているのだ、と
理解したからです。
そのため、このような施設に寄付する行為とは、前世で良い行いをしなかった
人たちを救うことになる=善良で正しい人ではない所に支援することになる=悪を救うことになる、と考えるようになりました。
このように考えると、安易に寄付することは反対の行為になる可能性がある、と思いました。
最も楽な方法が慈善団体への寄付と思っていましたが、これは違うようだ、と気づきました。
そうすると、金の使い方が非常に難しくなってきました。
善良で正しい人を見抜き、この人たちの役に立つにはどうすれば良いのか、と
悩みました。
遺言書で、簡単に記載するべきではない、となりました。
色々と考えました。
回答はいくつもあると思います。
人によって異なるはずです。
私の場合、本業を通して行うことができそうだ、とわかりました。
本業は不動産業です。
幸い、他人と接することが多く、善良かどうか、正しいかどうか、を見極める
ことは日常の業務で鍛えられます。
善良で「困っている人」ではありません。
善良で「正しい人」が救うべき人です。
資金的に全く困っていないこともあります。
資金援助ではありません。
善良で正しい人が、安心して生活できる、住宅面でのサポートです。
必要な場所を作る、求められている建物を用意する、などです。
賃貸であれば、賃料等の条件を緩和すること、が考えられます。
人を正しく見抜く、これが重要になります。
決して救ってはならない人、当ブログに何度か記載していますが、
「横同格」です。これは前世の行いが悪いから、この世に横同格として
現れています。人間性が汚いです。クズです。しかし、本人は気づいていません。
おそらく死んでも気づかないでしょう。
見た目で判断できる部分と、見えない部分で考える部分があります。
色々な分析方法を駆使すべきです。
遺言で使用方法を指定するときは、慎重に考えるべきと思います。
できれば、存命中に、自分の得意分野を通して、支援することが良いのでは
ないかと思います。
金の使い方=その人の生き方や考え方を表す、と私は思います。