はい、おはようございます
学校遅刻ですw
マンガの性的描写の販売規制が東京都で制定されて問題になっていますね。
僕個人としては、懸念されているものはあまり意味がないのではないかと思います。
なぜか、仮に当該条例が過剰規制を行えば、それはあくまで憲法上の表現の自由や知る権利との定食の問題として扱われると考えられますから。
この条例に本来的に意味があるとは思いません。
セックスなどの性描写を、賞美称賛するという判断基準のあいまいさが非常に問題ではあると、拡大解釈の問題を指摘していますかが、僕としては基準のあいまいさには賛同いたしますが、拡大解釈については問題ないかと…なぜかと言えば、これは児童ポルノの法律よりも明らかに立法措置として劣るものであるからです。
その点、ここまで国民が反応していのは僕としては非常にうれしいんですがね笑
確実に過剰規制御行えば、憲法上の権利に反した規制を行えば憲法上の争いがおこり、条例が実効性を失うことになるので、結果として条例が意味をなさなくなるので笑
あくまで、表現の自由を規制するものではないことであるということは認識しておく必要があると思います。
仮にこの条例によって作者の表現の自由が侵されてしまう事態が起きた場合は、憲法を武器に徹底的に戦う必要があると思いますし、そうした事態は多分都が避けたいと思いますのでまずないかと思います。
でも、そもそもなぜ青少年が健全に育つために、性的な描写を規制する必要があるのでしょうか?
まぁ、この条例に言うような性的なものを賞美するとかいう描写というのは、あくまで描写なわけで実際上の出来事ではないですよね、と思います。
よくゲームとかも否定されますね、残虐なシーンがうんちゃらみたいな。
あれは悪影響なのでしょうか?
ではゲームの残虐なシーンと、マンガの性的描写、後はそもそもの話。
さてゲームの残虐なシーンについて。
僕は自分の人生においては少なくとも、時間を取られてしまったことということ以外には何の悪影響もないかと思います。
まぁ、後は脳味噌が休んでしまうので、もしかしたら頭悪い方向に傾いたかと思ったりもしますけどね笑
ただ、残虐性という点ではテレビとすごく変わりがあるものではないと思います。
ゴールデンの時間でさえ、血しぶきは上がることありますし(笑)そういった点ではすごく問題があるかというと難しい…
テレビとゲームの違いは何か、それはプレイヤーとしての位置づけだったりしますね。
自分で操ること、テレビは自分では操れないですから。
でもプレイヤーとして操っているからといって、人を殺すことが快感になるなんて非常に論理としての飛躍があるかと思います笑
根本にある問題はどちらかというと家庭環境にあることが多いように思います、さらに深いところにあるのは個人的な思想等。
現実とゲームの世界の区別がつかない?そんなあほな話を真面目に議論している人がいること自体頭狂ってんじゃないかと思いますし、ゲームではむしろ、死んだ人のせつなさとか、死によって生まれる連鎖なんかがあることは多いと思うのですがね、むしろドラマなんかよりも生産性のあるストーリーであるかと思うこともあります。
例えば戦争物のゲームは人を殺しながら進んでいくことが多いです、ただ、そこには正義と悪などをテーマとしてしっかりストーリー展開しているものもあります。
そういったものを見ていると、あくまでゲームの持つ残虐性というのは、要素の中の一つに過ぎないのではないかと思います。
理論整然としてなくて気持ち悪いですが、僕はゲームの中で数えきれなほど人を殺しましたが、現実で殺そうと思ったことなんて一度もないですよ^^笑
マンガに関しても、小説を読むことを許容しているにも関わらずなぜ規制するのでしょうか?
マンガというのは小説を作者が映像化してから誰かに届けているものだと思います。
あれの中には様々な哲学が詰まっているとすら僕は思います。
ゲームの時と同じような話になりますが、痴漢や強姦などの描写を見た人間が同じことをするとは思いません。
ストーリーの中でうまくその描写が描かれている作品もありますよね、僕としては変にごまかすことはむしろ教育的にも良くない気がします、知りたいことを隠されているのは知識欲的に許せませんから。
14歳の母というドラマがありました、あれもセックスの描写について一切触れずに妊娠というプロセスを追います、なんだか良く分からないけど周りの大人が怒ってて、なんだかよくわからないけどみんなが避けている、そんな感想で終わってしまうのはなぜでしょうか。
それはそういった描写やそれに関する知識の欠乏によるのかと思います。
結構都の方針自体には賛成なんですよ?
ただ、やっぱりそういったものを冷静に見れる頭脳は必要だよね。
性に対して正しい何かを打ち出せるかということ。
むしろ正しいセックスとは何でしょうかね。
結果として、基本的に何かを影響を受けるとしても、それはあくまで人間としての理性で対抗するべきだと思います。
戦争や殺人は恐らくそういったゲームができる前からあった。
痴漢や強姦もマンガができる前からあったでしょう。
これはいつの間にか論理関係が逆になるという不思議な事態を招いているように思います。
現実を知るための一つのツールとしてとらえてもいいんじゃないでしょうか。
まぁ、あれが現実だとは言わないけど、現実を見事にとらえている作品もあるのではないかと思います。
んまぁ、これくらいで^^
読み返してないからひどいことになってそうだが放置。ww
学校遅刻ですw
マンガの性的描写の販売規制が東京都で制定されて問題になっていますね。
僕個人としては、懸念されているものはあまり意味がないのではないかと思います。
なぜか、仮に当該条例が過剰規制を行えば、それはあくまで憲法上の表現の自由や知る権利との定食の問題として扱われると考えられますから。
この条例に本来的に意味があるとは思いません。
セックスなどの性描写を、賞美称賛するという判断基準のあいまいさが非常に問題ではあると、拡大解釈の問題を指摘していますかが、僕としては基準のあいまいさには賛同いたしますが、拡大解釈については問題ないかと…なぜかと言えば、これは児童ポルノの法律よりも明らかに立法措置として劣るものであるからです。
その点、ここまで国民が反応していのは僕としては非常にうれしいんですがね笑
確実に過剰規制御行えば、憲法上の権利に反した規制を行えば憲法上の争いがおこり、条例が実効性を失うことになるので、結果として条例が意味をなさなくなるので笑
あくまで、表現の自由を規制するものではないことであるということは認識しておく必要があると思います。
仮にこの条例によって作者の表現の自由が侵されてしまう事態が起きた場合は、憲法を武器に徹底的に戦う必要があると思いますし、そうした事態は多分都が避けたいと思いますのでまずないかと思います。
でも、そもそもなぜ青少年が健全に育つために、性的な描写を規制する必要があるのでしょうか?
まぁ、この条例に言うような性的なものを賞美するとかいう描写というのは、あくまで描写なわけで実際上の出来事ではないですよね、と思います。
よくゲームとかも否定されますね、残虐なシーンがうんちゃらみたいな。
あれは悪影響なのでしょうか?
ではゲームの残虐なシーンと、マンガの性的描写、後はそもそもの話。
さてゲームの残虐なシーンについて。
僕は自分の人生においては少なくとも、時間を取られてしまったことということ以外には何の悪影響もないかと思います。
まぁ、後は脳味噌が休んでしまうので、もしかしたら頭悪い方向に傾いたかと思ったりもしますけどね笑
ただ、残虐性という点ではテレビとすごく変わりがあるものではないと思います。
ゴールデンの時間でさえ、血しぶきは上がることありますし(笑)そういった点ではすごく問題があるかというと難しい…
テレビとゲームの違いは何か、それはプレイヤーとしての位置づけだったりしますね。
自分で操ること、テレビは自分では操れないですから。
でもプレイヤーとして操っているからといって、人を殺すことが快感になるなんて非常に論理としての飛躍があるかと思います笑
根本にある問題はどちらかというと家庭環境にあることが多いように思います、さらに深いところにあるのは個人的な思想等。
現実とゲームの世界の区別がつかない?そんなあほな話を真面目に議論している人がいること自体頭狂ってんじゃないかと思いますし、ゲームではむしろ、死んだ人のせつなさとか、死によって生まれる連鎖なんかがあることは多いと思うのですがね、むしろドラマなんかよりも生産性のあるストーリーであるかと思うこともあります。
例えば戦争物のゲームは人を殺しながら進んでいくことが多いです、ただ、そこには正義と悪などをテーマとしてしっかりストーリー展開しているものもあります。
そういったものを見ていると、あくまでゲームの持つ残虐性というのは、要素の中の一つに過ぎないのではないかと思います。
理論整然としてなくて気持ち悪いですが、僕はゲームの中で数えきれなほど人を殺しましたが、現実で殺そうと思ったことなんて一度もないですよ^^笑
マンガに関しても、小説を読むことを許容しているにも関わらずなぜ規制するのでしょうか?
マンガというのは小説を作者が映像化してから誰かに届けているものだと思います。
あれの中には様々な哲学が詰まっているとすら僕は思います。
ゲームの時と同じような話になりますが、痴漢や強姦などの描写を見た人間が同じことをするとは思いません。
ストーリーの中でうまくその描写が描かれている作品もありますよね、僕としては変にごまかすことはむしろ教育的にも良くない気がします、知りたいことを隠されているのは知識欲的に許せませんから。
14歳の母というドラマがありました、あれもセックスの描写について一切触れずに妊娠というプロセスを追います、なんだか良く分からないけど周りの大人が怒ってて、なんだかよくわからないけどみんなが避けている、そんな感想で終わってしまうのはなぜでしょうか。
それはそういった描写やそれに関する知識の欠乏によるのかと思います。
結構都の方針自体には賛成なんですよ?
ただ、やっぱりそういったものを冷静に見れる頭脳は必要だよね。
性に対して正しい何かを打ち出せるかということ。
むしろ正しいセックスとは何でしょうかね。
結果として、基本的に何かを影響を受けるとしても、それはあくまで人間としての理性で対抗するべきだと思います。
戦争や殺人は恐らくそういったゲームができる前からあった。
痴漢や強姦もマンガができる前からあったでしょう。
これはいつの間にか論理関係が逆になるという不思議な事態を招いているように思います。
現実を知るための一つのツールとしてとらえてもいいんじゃないでしょうか。
まぁ、あれが現実だとは言わないけど、現実を見事にとらえている作品もあるのではないかと思います。
んまぁ、これくらいで^^
読み返してないからひどいことになってそうだが放置。ww




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