• 28 Dec
    • 2017.12.11〜13 『神社おそうじ隊  丹後見参!』その6

      『出雲大神宮』昨年に続き、今回も見参。  そして、『愛宕神社』旧称は「阿多古神社」。式内社で、旧社格は村社。 社伝では愛宕山の愛宕神社(京都府京都市)は当社からの勧請とし、そのため「元愛宕」や「愛宕の本宮」とも称される。御祭神 火産霊神(軻遇突智神) 伊邪那美神  大国主神  今回の『丹後見参!』は、大本二大聖地に始まり、元伊勢、「鬼」、産屋、最古の天満宮、そして再びの亀岡にて丹後一宮と元愛宕…終わってみれば、今回も濃厚な道行きでした。丹後は、かつて強大な王国であったと伝えられます。弥生時代以来、丹後半島にはガラス細工や製鉄など、きわめて高度な技術をもつ集団が存在し、ヤマト王権に対しても容易には屈服しなかったといわれ、これを「丹後王国」とする説もあります。その「王国」は、4世紀中頃〜4世紀末・5世紀にかけて最盛期であり、6世紀中頃にヤマト王権による出雲攻撃に伴い、ヤマト王権の支配下に入っていったとされるようです。いづれ、もう一度見参できれば、と思います今回ご参加頂いたみなさま、本当にありがとうございました長崎から連続参加の方も複数いましたし、京都在住で初日と三日目にご参加頂いた方もまた、ご一緒できますこと、心より楽しみにしております2018年最初の『神社おそうじ隊 見参!』は、東京です2月以降も、ただいま検討中

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  • 27 Dec
    • 2017.12.11〜13 『神社おそうじ隊  丹後見参!』その5

      『一宮神社(いっきゅうじんじゃ)』御祭神 大己貴神慶雲四年(西暦707年)麿子親王の創建とされる古社。丹波・丹後の国境の守護神として崇敬され、福知山城築城後は、城の鎮守神として崇敬される。地元で「いっきゅうさん」として親しまれる神社。  『大原神社』御祭神 伊弉冉尊    天照大神    月弓尊(つきよみのみこと)「大原神社は安産の神として広く信仰を集めています。創建は『丹波誌』によると仁寿二年(852年)3月23日、桑田郡野々村(現南丹市美山町字樫原)に鎮座、 弘安2年(1279年)9月28日に大原へ遷座、応永4年(1379年)10月13日に社殿が整ったとされています。しかし社伝によると創建は仁寿二年と伝えられ、元宮の大原神社(美山町鎮座)は大化元年(645年)の創建と言い伝えられています。大原神社には『大原神社本紀』という大原神社の縁起を書き綴ったものが5点残されており、大原神社が安産の神として信仰を集める所以として、 「邪那岐と伊邪那美の神は天下万民を生み出した父母であるのだから、天下太平・国土安隠・宝祚長久・五穀能成・万民豊饒を守護すること、 他所の神社に勝り、天下万民を生み出した神なので、ことに婦人の安産を守る神なのである」と記されています。」(大原うぶやの里ホームページより抜粋)大原神社は、古くから安産・万物生産の神として崇敬され古事記や日本書紀にも記載のある神社で、「産屋」というお産をする場所が残っているところです。   「産屋」は、この神社境内より見ることもでき、徒歩で数分の場所にあります。 そして、『生身(いきみ)天満宮』約一万二千社ある天満宮の中で、御祭神・菅原道真公ご存命時から唯一お祀りしていたとされる神社です。歌舞伎「菅原伝授手習鑑」に登場する武部源蔵は、生身天満宮初代宮司で、現在の宮司で28代目になるそうです。延喜元年(901)、道真公は太宰府に左遷を命ぜられます。当時、京都・園部の役人であった源蔵は、菅公から八男の慶能君を匿い育てるように頼まれました。源蔵は密かに祠を建立し、自ら彫った菅公の御木像を生祠(いきほこら)としてお祀りし、日夜御安泰を祈っていたそうです。しかし、その2年後菅公はお亡くなりになります。それから源蔵は、この生祠を霊廊として礼拝、のちに神社と改め「生身天満宮」と称したそうです。(生身天満宮資料より)   

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  • 24 Dec
    • 2017.12.11〜13 『神社おそうじ隊  丹後見参!』その4

      『鬼の交流博物館』「大江山の鬼伝説の紹介をはじめ、全国各地の鬼にまつわる伝統芸能、世界の鬼面などが展示され「鬼とは何者なのか」について考えることができます。」(博物館ホームページより抜粋)「…福知山の北にそびえる大江山、そして三岳山周辺などには酒呑童子の物語を今に伝える伝説が数多く残っている。その多くは、ひっそりと伝わるものであり、決して有名なものではない。しかし、地域の伝説として大切に語り継がれてきたその背景には、先人たちの精神文化の歩みが確かに刻み込まれている。」(「福知山の酒呑童子伝説」より抜粋)大江山は、前回の「裏出雲見参!」の時は通過しただけでした。今回は、ある意味で主要な見参地として考えていました。「鬼」は、「神社」を知るうえで重要な要素の一つです。多種多様な鬼瓦や面の数々。「鬼」とは、いったい何なのか・・・全ての展示は、それを見る者に考えさせます。「鬼」とは、端的にいえば権力に屈しない者のことです。大江山には、鬼伝説が3つ残っています。まず一つは、日本国成立の頃、陸耳御笠(くがみみのみかさ)が日子坐王(ひこいますのかみ)によって退治された話。次に、聖徳太子の弟にあたる麻呂子親王が、三上ヶ嶽(大江山の古名)で英胡・軽足・土熊などを討った話。そして、3つ目に酒呑童子の話。前の2つの伝説の背後には、古代丹後勢力のヤマト王権への屈服という史実があったのではないか…そして、酒呑童子の話。酒呑童子は平安王権に抗い、討たれた鬼の首領でした。日本史上最強の鬼として知られる酒呑童子が言ったとされる言葉に、「鬼」と呼ばれた者たちの真実が含まれています。「鬼に横道(おうどう)なきものを」横道とは、不正なこと、悪いことと知りつつ悪事を働くことですが、この言葉の奥にある耐え難いほどの無念が、ズンと心に響いてきます。車で下山中に見つけた神社『平神社』に参拝。そして、夕暮れ近い頃に『元伊勢内宮 皇大神社』前回の「裏出雲」に続いての参拝。まだ16時台でしたが、神職の方々は誰もおらず、寒々としていました。ここからこの日の宿泊先へ。そして直会。 鴨すき。いや、うまかったですそして、お店のすぐそばにある…『御霊神社』御祭神は宇賀御霊大神。しかし、この神社を「御霊神社」と云うのは、明智光秀公を祀ったことに由来しています。光秀公は丹波において、諸豪が所々に割拠していたものを平定しました。そして、その拠点として福知山城を修造し、由良川に長い堤防を構築してその流路を転じて氾濫を防ぎ、ここに城下町を建築するにあたっては地子を命ずるなど、種々善政を施したのだそうです。「御霊社」とは、生前、人々に慕われていたものが冤罪(エンザイ)を蒙った様な場合に、その御霊を鎮めようとする神社のこと。御霊社は、各地に存在する。この日はここまで

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  • 23 Dec
    • 2017.12.11〜13 『神社おそうじ隊  丹後見参!』その3

      『飯尾醸造』全国唯一といわれる、純米酒から手作りで酢の醸造を行なっているこちらの蔵見学が、この日最初の見参地。原料となるお米は無農薬で、その段階から自分たちで一切の手抜きなく酢を造られています。写真にもあるように、この日は積雪宿泊先のホテルの方も、「例年は年が明けてから降るのですが・・・この時期の雪は珍しい」と言われていましたが、天橋立を見下ろす位置にあるのこのホテル。なかなか見れない光景に、出会うことができました。  「静置発酵」の仕組みや、季節による発酵期間の違いなど、興味深い話が続々と。 蔵見学のあと、すぐ近くに鎮座されている『久理陀神社』与謝郡式内社20座(大3・小17)のなかの小社。(この神社が式内社であるかどうかは説がいろいろあるらしい)現在地には昭和六十二年(一九八七)に移転したらしい。以前は日比ひい大明神、日比宮と呼ばれていた。現在の社殿は、寛政三年(一七九一)の建立である。 そして、ランチは「こんぴら」にてうどん富士酢を使った黒酢あんかけうどんは絶品でしたそして、『真名井神社』「神社」に多少なりとも興味のある方なら、知らない人はいないであろう元伊勢・籠神社の奥宮。別称として、 豊受大神宮・比沼真名井(ひぬまない)・外宮元宮・元伊勢大元宮。古称として、匏宮(よさのみや)・吉佐宮(よさのみや)・与謝宮(よさのみや)・久志濱宮(くしはまのみや)など、数多くの呼び名で知られる。御祭神は、豊受大神を主祭神とし、天照大神・伊射奈岐大神(いざなぎおおかみ)・伊射奈美大神(いざなみおおかみ)・罔象女命(みづはのめのみこと)・彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)・神代五代神(かみよいつつよのかみ)神社の説明では、「豊受大神は別名を天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)・国常立尊(くにとこたちのみこと)・御饌津神(みけつかみ)とも云い、その御顕現の神を豊宇気毘女神・豊受比売とも云います」『籠神社』丹後一宮・元伊勢。「籠神社は第四代懿徳(いとく)天皇の御代(紀元前507年)に始まった「藤祭」を第二十九代欽明(きんめい)天皇(539~571年)の御代に「葵祭」と改称し、2500年以上その祭祀を継承しています。」【別称】 籠宮大社(このみやたいしゃ)・元伊勢大神宮・伊勢根本丹後一宮・一の宮大神宮【旧社格】 延喜式内・名神大社・月次・新嘗・案上之官幣大社・山陰道一之大社御祭神 彦火明命(ひこほあかりのみこと)亦名・穂赤命(ほあかのみこと)・天火明命(あめのほあかりのみこと)・天照御魂神(あまてるみたまのかみ)・天照国照彦火明命(あまてるくにてるひこほあかりのみこと)社伝では、彦火明命は上賀茂神社の賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)と異名同神であるといい、その御祖の大神(下鴨)も併せ祀られていると伝えられる。また、饒速日命(にぎはやひのみこと)ともいわれる。また古伝によると、十種神宝(とくさのかんだから)を持って来られた天照国照彦天火明櫛玉饒速日命(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)また、大汝命(大国主命)の御子神、火明命(彦火火出見命の御弟)、丹波道主王とも云われています。ちなみに、「元伊勢」とは・・・『「元伊勢」とは、天照大神が宮中を出られてから伊勢の五十鈴川の河上に御鎮座されるまで皇女が天照大神の籠もられた御神鏡をお持ちになって各地を御巡幸になり、一時的に天照大神をお祀りした二十数カ所の宮々のことを云います。また、それとは別に雄略天皇の御代に天照大神のお告げによって丹波国(現在の丹後)の与佐(よさ)の小見(おみ)の比沼(ひぬ)の魚井原(まないはら)にいる丹波道主(たにわのみちぬし)の娘・八乎止女(やおとめ)のお祀りする豊受大神が天照大神の食事を司る神として伊勢に迎えられました。この丹波の魚井原で豊受大神をお祀りしていたお宮のことも「元伊勢」と云います。』(以上、「籠神社」ウエブサイト参考および抜粋)「神社」というのは、縁結び・家内安全・恋愛成就…などなどのご利益や、聖地とか聖なる〇〇といったパワースポット的視点から見ていては、決してわからないことがあります。「お祀りする」…この一言に、神社の本質は、よく現れていると私は思います。いったい、何(誰)が何(誰)を「お祀り」するのか…歴史はいつも錯綜し、起きたとされる事実はうやむやなまま、いつしかその時代時代で新たな「事実」が形成されるのが常。今日の事実が明日の事実とは限らない…歴史はそうやって紡がれてきました。丹後は、「裏日本」ともいわれます。古代において、この地がどれほど重要な地であったか。。。籠神社の存在は、それを示しているように思います。

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  • 21 Dec
    • 2017.12.11〜13 『神社おそうじ隊  丹後見参!』その2

      『熊野新宮神社』出口家の氏神さま。大本二大聖地の一つ、梅松苑のすぐ北側に位置する神社。平安時代末期、丹波の国守だった平重盛(1138~1179)が紀州・熊野速玉神社より勧請したとされています。しかし、出口王仁三郎は、熊野三山よりも古い時代に創建された神社、といっています。素盞嗚尊が出雲から出て来られた時に、本宮山の上に母神である伊弉那美尊をお祀りになられ、そこに熊野神社と名付けられ、それから紀州に向かわれたのだ、と。この神社は、実際に以前は本宮山の中腹にあったそうです。この後に向かったのが、「梅松苑」でした。ニューヨーク・聖ヨハネ大聖堂の献石。元屋敷。大本発祥の地とある。『弥勒殿』長生殿が建設されるまでの約40年間は、梅松苑の中心神殿であったそうです。ご祭神 おほもとすめおほみかみ現在は祖霊社と万霊社が設けられている。ここで参拝していると、大本の方から「これから長生殿で夕拝を行います。いかがですか?」とお声がけをいただき、参加させていただきました。『長生殿』宇宙の主神、天地の主宰神をまつる神殿。向かって右に歴代教主・教主補の神霊をまつる老松殿、左に会議・集会・茶席などに利用される白梅殿、さらに前殿の鶴亀殿と四棟からなり、これらを総称して長生殿というそうです。職員の方から一般の信徒の方まで、大変に物腰の柔らかな対応をしていただきました。夕拝も、凛とした空気が満ち、清々しいものでした。「野に山に 神の恵みは 満ちぬれど 心なければ 目にも止まらず」(出口王仁三郎 「大本案内」より抜粋)この後、今晩の宿泊先に向かいました。その途中で、『菊姫稲荷』こちらの神社に参拝。そして、少し早い雪の降る中、お宿に到着。 初日、無事終了となりました

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  • 20 Dec
    • 2017.12.11〜13 『神社おそうじ隊  丹後見参!』その1

      『天恩郷・月宮宝座』「天恩郷」は、大本二大聖地の一つ。京都府亀岡市にあります。戦国時代の名将・明智光秀公の居城であった旧亀山城址の敷地。「月宮宝座」は、出口王仁三郎が高熊山修行中に見せられた天界の宮殿を模写したもの。「教学碑」天恩郷における拝殿「万祥殿」の前にて。二度に及ぶ弾圧の刻印を残す。「月の輪台」満月を型取って円形に造られた。神は瑞の御霊大神(みづのみたまのおほかみ)。第二次事件が解決し、天恩郷の再建が始まると、出口王仁三郎はやはり月の輪台の築造から始めたといいます。 出口王仁三郎による書や碗、記録ビデオなども視聴できます。ここからランチに。地元で大人気のこのお店に。混雑してましたが、親切に対応いただきました

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