『鬼の交流博物館』

 

「大江山の鬼伝説の紹介をはじめ、全国各地の鬼にまつわる伝統芸能、世界の鬼面などが展示され「鬼とは何者なのか」について考えることができます。」(博物館ホームページより抜粋)

 

「…福知山の北にそびえる大江山、そして三岳山周辺などには酒呑童子の物語を今に伝える伝説が数多く残っている。その多くは、ひっそりと伝わるものであり、決して有名なものではない。しかし、地域の伝説として大切に語り継がれてきたその背景には、先人たちの精神文化の歩みが確かに刻み込まれている。」(「福知山の酒呑童子伝説」より抜粋)

 

大江山は、前回の「裏出雲見参!」の時は通過しただけでした。

今回は、ある意味で主要な見参地として考えていました。

「鬼」は、「神社」を知るうえで重要な要素の一つです。

 

多種多様な鬼瓦や面の数々。

「鬼」とは、いったい何なのか・・・全ての展示は、それを見る者に考えさせます。

 

 

 

 

 

 

 

「鬼」とは、端的にいえば権力に屈しない者のことです。

 

大江山には、鬼伝説が3つ残っています。

 

まず一つは、日本国成立の頃、陸耳御笠(くがみみのみかさ)が日子坐王(ひこいますのかみ)によって退治された話。

次に、聖徳太子の弟にあたる麻呂子親王が、三上ヶ嶽(大江山の古名)で英胡・軽足・土熊などを討った話。

そして、3つ目に酒呑童子の話。

 

前の2つの伝説の背後には、

古代丹後勢力のヤマト王権への屈服という史実があったのではないか…

 

そして、酒呑童子の話。

酒呑童子は平安王権に抗い、討たれた鬼の首領でした。

日本史上最強の鬼として知られる酒呑童子が言ったとされる言葉に、「鬼」と呼ばれた者たちの真実が含まれています。

 

「鬼に横道(おうどう)なきものを」

 

横道とは、不正なこと、悪いことと知りつつ悪事を働くことですが、この言葉の奥にある耐え難いほどの無念が、ズンと心に響いてきます。

 

 

 

 

車で下山中に見つけた神社『平神社』に参拝。

 

 

そして、夕暮れ近い頃に

『元伊勢内宮 皇大神社』

 

 

前回の「裏出雲」に続いての参拝。

まだ16時台でしたが、神職の方々は誰もおらず、寒々としていました。

 

 

 

ここからこの日の宿泊先へ。

そして直会。

 

鴨すき。

いや、うまかったですキラキラ

 

そして、お店のすぐそばにある…

『御霊神社』

 

御祭神は宇賀御霊大神。

しかし、この神社を「御霊神社」と云うのは、明智光秀公を祀ったことに由来しています。

 

光秀公は丹波において、諸豪が所々に割拠していたものを平定しました。

そして、その拠点として福知山城を修造し、由良川に長い堤防を構築してその流路を転じて氾濫を防ぎ、ここに城下町を建築するにあたっては地子を命ずるなど、種々善政を施したのだそうです。

 

「御霊社」とは、生前、人々に慕われていたものが冤罪(エンザイ)を蒙った様な場合に、その御霊を鎮めようとする神社のこと。

御霊社は、各地に存在する。

 

 

この日はここまでキラキラ