次の瞬間に、私の体は柔らかい何かで包まれて、周りが光輝きはじめました。
そして、声がしたのです。
「自分を責めるのはやめなさい。もう十分だ。私は今も、これからもお前を見捨てはしない」

神?
直感的に神を意識しました。何故かはわかりません。ただ、私はこれだけで、救われました。
頬をつたう涙は、いつの間にか感涙に変わっていました。
「こんな私を、見捨てないで下さる存在がある」
そう確信しただけで、私の苦しみ、悲しみは癒されました。ありがたくて、ありがたくて、感謝以外にはなにもありません。

そして、これをきっかけとして、自己探求が始まろうとしていたのです。

救われたと同時に私はある決意を固めていました。
「神と共に歩く」と。その存在との対話は、連日続きました。
その中で私のそれまでの価値観は崩壊し、新たな視点が芽を出しはじめていました。
彼は名乗りません。正体を明かすこともありません。強制もしません。
ただ、必要なアドバイスをくれ、待っているようでした。
対話が始まって直ぐに私は警察から検察に身柄を移されました。
地震から一ヶ月半。当初の判決予定から大幅に期間が遅れていました。
ただ、それも「自覚」をさせるための期間だったのでしょう。
何かが大きく動きはじめていました。
真っ暗の中で、駐車場のワゴン車の中から見える景色には、路頭に迷う人たちが見えていた。

毛布にくるまり、脅えながら近くの体育館に非難してゆく人々。
行き交う車もなく、遠くでサイレンがなり響いていた。
「どうなるのかな…」

何時間たっても、待機の状態は変わらないし、情報も入らない。疲れもピークになろうとしていた。

「あんた達には安全な場所に移ってもらう」
副署長から言われたとき、違和感を感じた。

「周りの人は苦しんでいる。なのに、犯罪者である私は移管されようとしている。これは理不尽ではないのか?不公平ではないのか?」

そんな私の抱いた疑問は、時間ともに大きくなっていった。

「なぜなんだ?なぜ守られる?なぜ生かされる?」
それがなぜ起きたかもしらないまま、私は葛藤していた。

深夜、裁判所からの移管命令が出て、私は安全な警察署へ移管された。
この時、これが大いなる気づきのきっかけになろうとは、思いもよらなかった。

深夜に移管され、次の日に目覚めた私は、抱いた思いと葛藤していた。

「私には守られる資格はない。私は落伍者なんだ」
そんな思いが支配していました。

毎日回覧されてくる新聞には、昨晩の地震の規模が記されていて、ラジオでもその情報一色だった。
被害の大きさを知るにつけ、私の自責の念は次第に強くなっていった。

「助けられない、手を貸せない」状況と、「守られた」という自責の念が、私の中で交差して、ただ、ひたすら詫びていた。

「苦しむのは、私でいい。死ぬのは私でいいじゃないか。なのに、なぜ他の人の命を奪う?」
そんな思いで、号泣する毎日。
「生き残ってしまった事」への後悔で、私は「自分」を責め続けていた。

そして…

「生きる意味がないなら、今すぐ私の命を奪えば良い!価値がないなら、殺してくれ!!」そう叫んでいた。
拘留期間は、既に二ヶ月を過ぎようとしていた。
10月も末が近づき、風も晩夏から秋の深まりを告げていた。

房は、基本的には独房だ。だが、時に「部屋不足の為」に二人部屋になることがある。無論、そうなっても、殆ど話すことは許されてはいないが。

ある時、1日だけ二人部屋になった時がある。その人は「窃盗」で逮捕された、私より10歳も若い人だった。
「なんでバレるんですかね?」
その言葉を聞いたとき、「あぁ、またこの人は繰り返すんだな」となんとなくわかった気がした。

私はこの二ヶ月を学びながら過ごした。少なくとも知識は蓄えられ、私の中に芽生えた「新しい価値観」を通して、物事を見ることができるようになってきていた。
「確実に変わりはじめている」そんな実感があった。
そして…あの日を迎えた。

10月23日。


警察署の裏にある銀杏の木に、当時は毎日物凄い数のムクドリがとまり、煩い程の鳴き声をいつもなら聞くはずだが、その日は鳴き声は全く聞こえず、不気味な静けさが広がっていた。

時間だけか過ぎていき、普通に一日が終わると思われたが、突然の轟音と共に静寂は破られた。

「ゴ…ゴゴゴゴ…」

地響きと共に、体が浮き上がる程の地面の突き上げを体験した。

「ドーン!!!」


爆音と共に体が揺れた。地震だ。それも今まで体験したことのない規模の。

強烈な縦揺れは、一瞬で夕食の弁当の容器を簡単に吹き飛ばし、湯飲みをひっくり返した。
そして、激しい縦揺れの後、今度は横揺れが襲ってきた。
何かにつかまらなければ、立っていられない。丁度、電車が発車するときに体が揺れる感じ。

一瞬で停電となり、暗黒となった留置場は、警官達の怒号だけが、聞こえていた。
どれくらい続いただろう?ようやく揺れがおさまったとき、ロッカーはメチャメチャ。机は本来の位置からかなり動いていた。

留置場に通じる廊下は、左右からのロッカー、棚の倒壊により通れない。
警察所長が非常口から入ってきた。

「無事か?」
「ここは危険だから、駐車場に出てもらう」

手錠を覆いで隠し、腰紐を結ばれた私を含む三人は、前後を警官に挟まれながら、正面の駐車場に移動した。
ワゴン車に乗り込んですぐ、第二波を体験した。