『高堂巓古 Officia Blog』 -90ページ目

『創造と娯楽と成功と』

 娯楽から創造が生まれることはまずない。なぜなら、両者は昼夜だからである。娯楽があかれば創造がとじ、創造があければ娯楽が暮れる。したがって、娯楽的習慣を有した瞬間、その方の人生からはクリエイティビティがこぼれ落ちる。創造的な香りがするのは、仮説が添わった実験的生活のみであろう。


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 話をすすめよう。どうも創造の先に成功があるという風潮があるが、これは怪しい。無論、娯楽の先には奴隷しかないけれども、創造の行方には成功でないものが待っていて欲しい。というのは、成功というのは本質的なところで、追随者の獲得でしかないからである。少し言の葉を鋭く削れば、これは絶賛して欲しいと過度に願う成功者のマスターベーションに過ぎないのではないだろうか。つまりは集団的娯楽に堕してしまっている。


習慣によって我々はそこに物があるというものがあるかのように信じている。


 と云ったのは、ヒュームであった。私たちはここから再スタートすべきではないだろうか。原初的習慣のボタンをかけまちがえることによって、創造と娯楽と成功とが「もの」的になってきたのである。こう考えると、ボタンは今、しめるものではなく、はずすべきものだということがわかる。そう、この莫迦げた暑さには脱皮がよく似合うのだ。