「脳」について関心を寄せたのは、いつだろう?

   あなたは、考える、気持ちの喜怒哀楽する「脳」に興味はありますか。

 

      テレビっ子だった僕は、テレビに好奇心を育てられました。

    初めて、脳に関心を寄せたのは、洋画で水槽の中で生きる脳でした。

    記憶がハッキリしなけど検索すると、「ドウエル教授の首」だったかも。

 

 

     それと、映画「フランケンシュタイン」が思いだされます。

 

 

    テレビアニメでは、「ロボタン」「鉄腕アトム」などがありあす。

 

    

 

    

 

      人の思考は、脳という一つの個体で完結するのだろうか?

      20歳から35歳ぐらいまで、脳科学について読み漁り、

      「脳は知識と体験と環境から、それぞれの個性と教養が育つ」

      との視点で学んでいたけど、その後に疑問を感じるようになりました。

 

      

 

      毛利拡さんの著書『「頭がいい」とは どういうことか』の、

      それは「脳の持久力」!の言葉に関心を寄せました。

      これは、ウォルター・ミシェルの『マシュマロ・テスト』を、

      上手く日本語で表現されたと納得しました。

 

      彼の本を読んで各章のあとに、それぞれの参考文献と動画の

      紹介があるのが印象的でした。

      このことに、とても好感が持ていました。

 

      アメリカの名門高校に留学したレイコを思いだしました。

      学校でレポートを提出する時、参考文献を明記して添えるのが、

      ルールであることを学びました。

 

 

 

 

 

      

 

    「人は、学びで育つ」というけれど、「生まれつきの才能はない」とも

    アメリカの心理学者の研究も読んだけど、どうなんだろう?

 

    物理学の量子力学的な思考として、村松大輔の本には説得力がある。

    p128「意識は私たちの外にある、という驚きの真実から見えてくるもの」

    これは、僕が読んできた本からの学びの視点と一致します。

 

 

 

    魂がフォトンという物体であり、永遠に受け継がれると、

    次の生命に影響するようです。

    それが、前世を記憶する子供たちとしての研究が、北米の凄さです。

 

      

 

 

 

 

 

      

 

       2010年4月24日に、アマゾンにレビューを書きました。

     タイトル「“知能を育てるとは何か”を考える。」(3人、役に立った)

 

   クイズのような記憶形式の学習以上に、自分で考えて学ぶ姿勢の大切さを、

   『知能革命』から多くのことを学びました。

   記憶に関しては、今、ネットの記事とチャットGPTが教えてくれる時代です。

   現代は自分でテーマを考えて、体験することの重要性があります。

 

   その影響もあると思うけど、僕の趣味の「修理」は自分を育ててくれます。

 

 

 

 

       脳は、魂という意識を受信する装置なのかも知れいない。

 仮説だけど認知症は脳の機能が正常化すると、記憶を呼び戻すことができるかも。

 脳を個体として孤立した存在として考えるよりも、脳を受信機と考えると、

 認知症に対する改善の一つの目安になるかも知れない。

 

 

          脳は、魂の受信機だった⁉