雑誌「CREA Traveller」は、写真が綺麗で、旅心をそそられるので
お気に入り雑誌の一つになっています。
2015年夏号は、「フランス美を巡る旅」特集号
フランスの歴史やヴェルサイユ宮殿の紹介、マリー・アントワネットの物語など
私の興味をそそる内容です
この中に、こんなQ&Aがありました。
「佐藤賢一さんがお答えします
もっと知りたいマリー・アントワネットQ&A」
佐藤賢一さんは宝塚宙組公演「傭兵ピエール」の原作者
で、「王妃の離婚」で直木賞を受賞された方です
このコーナーが面白かったので、紹介したいと思います
もっと知りたいマリー・アントワネット Q&A
Q, 王妃の浪費で王国は破たんしてしまったの?
A, 着る物から食べる物、造園から増築まで、確かに破格の贅沢でしたが
国家の財政を傾けるほどではありませんでした。
何より金を食うのは、今も昔も戦争です。
フランスの財政が破たんしたのは、フランスがアメリカの独立戦争を
支援したからです。
アントワネットの贅沢の話にも、かなり尾ひれがついているようです。
ナポレオンの妻、ジョセフィーヌの宝石好きに比べたら、アントワネットの贅沢
は可愛い物だったという話も聞いたことがあります^^;
Q, 国王と王妃は、みんな幸せな関係だったの?
A, 一般論としていえば、幸せな関係とはいいがたいかと。
ルイ16世とマリー・アントワネットも例外ではありませんが、
ただ革命がおきてからは俄かに夫婦らしくなります。
家族として結束するしかなくなったといいますが、
皮肉にも非常な危機が結びつきを強めたようです。
Q, フェルゼンとの恋愛に国王は怒らなかったの?
A, 不倫でしたし、知れば自分は浮気もしないルイ16世でしたから
気が弱くて起こりはしなかったかもしれませんが、やはり心穏やかでは
いなかったと思います。
ただ当時の王侯貴族の感覚としては、許されない話ではなかったと。
結婚は有利な人脈をつくるビジネスで、あとは跡継ぎさえ作れば
お役御免とされたからです。
わけても女性にとっては、恋愛とはそれから楽しむものでした。
フランス語の「マダム」が魅惑的な響きを持つ所以です。
結婚=ビジネス・・・ ん~今でもありそうです。
マダム=魅惑的・・・ なるほど、そういうことだったのか
Q, 当時の王妃は今でいう大スターみたいなもの?
A, 王妃は王子王女を産むだけの人、かえって目立たない存在でした。
大スターは王の愛人、いうところの籠姫のほうで、フランスの美女という
美女がその地位を争いました。
マリー・アントワネットが特別目立つというのは、ルイ16世が
その籠姫を持たなかったからなのです。
野心ある美女たちを押しのけて籠姫の座に就いた女性たちですから
美しさと賢さ、したたかさを兼ね備えていたのでしょう。
日本でいうところの、大奥のイメージかな。
Q, デュ・バリー夫人って本当はどんな人だったの?
A, 前の籠姫ポンバドゥール夫人との比較で、下品な女、娼婦上がり、
色香の権化等々、これでもかと「女」を売りにしたように言われていますし
まあ、それも間違いではありませんが、貧しく恵まれない生まれから
王の籠姫まで上り詰めたわけですから、やはり大した人だったと思います。
Q, 結局王妃ってどんな人物だったの?

A, ごくごく普通の女性だったと思います。
ヨーロッパ屈指の名家に生まれ、その賜物か、独特の華やかさがある人
ですが、それだけのことで、マリー・アントワネット自身は特に聡明だった
わけでなく、また我慢が苦手だったり、ミーハーで享楽的だったりと
性格的にも弱いところが沢山ありました。
その普通の人がヴェルサイユで苦労したり、革命という試練に曝されたり
することで、強くなり、人間として成長していく。
その姿に共感することができるから、これだけ惹かれてしまうのではないか
と思います。
アントワネットの母、マリア=テレジアは、母として、妻として、そして女帝として
の役割を十分に果たしてきた偉大な女性。
共感ではなく、尊敬に値する女性です。
アントワネットは、というと、確かにごく普通の感性の女性のように思います。
憧れというよりは、「共感」できるところがある女性。
聡明でも偉大でもない、ごく普通の感覚の女性なのに
「美の象徴」となり、多くの女性を惹き付けているマリー・アントワネットは、
やはり大スターなのだと私は思います(#^^#)










すごく女性らしく なってしまったと思うんですが。」










































































