8月13日 第4号 【アナトミー&フィジオロジー】 | メスとたましいのブログ

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 獣医学と臨床心理学の両視点から、主に動物病院で働いておられる獣医師の先生、動物看護師さんに向け、日々の生活にお役立ていただけるような情報を発信しています。もちろん他分野の方も大歓迎。一種の“異文化交流”と思ってお読みいただけたら嬉しいです。

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 みなさま、こんにちは。 

 

 今日は学ぶ、何かを身につけるということについて私が思っていることを、実体験を交えながらお伝えしたいと思います。 

 

 昔からの親友であり、私にとっては学びの基礎を教わった、モデルとしているある獣医師が、昔からことあるごとに、 

 

「ある程度のことを勉強して一周してくると、結局、解剖学と生理学が重要っていうことに気づくよね。」 

 

 という話をしていました。 

 

 当時の私は、 

 

「そうやなぁ~。」 

 

 と、分かったような分かっていないような返事をしていました(汗)というぐらいですから、そこからまともに動物の解剖や生理を勉強しよう!とはならなかったんですね。 

 でも最近になってようやくその大切さが実感として持てるようになってきました。自分が動物の救急に携わる獣医師としてもう一段階レベルアップしたいという思いが強くなってくると、自分自身の能力のボトルネックが見えてきたからです。解剖と生理のことが分かっていなければ、より高いレベルの獣医療は提供できない。この事実に否応なく向き合わされることとなりました。

 その一つの例が、先日Facebookなどでも紹介させていただいた、福井大学の林先生の“ショック”をテーマとしたDVDを見た時の気づきです。解剖学と生理学のことを熟知しているからこそ、理にかなった救命措置が可能になるということがテキストの随所から漂ってきます。 

 

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 車で言えば、、、“解剖学”は車のパーツがどこにどんなふうに組み込まれているかということを知ることであり、“生理学”は車がそのパーツを使いどうやって走るかというメカニズムを知ることです。 

 その中で救急の場面というのは言わばモーターレースのピットみたいなもの。車のことを熟知していなければ、咄嗟の判断でレースカーのメンテナンスを施し、再びレースに戻すことはできません。 

 下手をこけば命が失われるという意味では、救急の現場と通じるものがあります。

 

 今になって思えば、、、「あぁ親友はこのことを何年も前から言っていたんやなぁ。」と言えるんですけどね。

 

 獣医療のカラクリを知ってなければ、いずれ自分の獣医師としての実力は頭打ちになる。

 

 このことに彼は早くから気づいていたんだと思います。それを私は聞き流していたことが本当に勿体なかったなぁと後悔しています。 

 

 後悔しているからこそ、今から必死になって取り戻そうという思いも強くなっているのですが。 

 

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 私はこれ、“学び”そのものにも言えるのではないかと思っています。少し抽象的な言い方になってしまいますが、 

 

「学びのカラクリを知っていなければ学ぶことはできない。」 

 

 というところでしょうか。 

 

 つまり、学ぶためにはどんなアイテムを自分の中に持ち、そのアイテムをどのように動かすかということを知っていなければならないということ。 

 

 ここでも私は、、、信頼している私にとってコーチのような、トレーナーのような存在の方から、 

 

「こうやったほうが学びの成果が上がるよ。」 

 

 というカラクリをコーチングされていたのに、それをなかなか実行に移すことにしていませんでした。 

 

 このコーチング、具体的には二つです。 

 

 一つは、時間を金で買うこと。 

 

 もう一つは、学んだらすぐに行動に移すこと。 

 

 独学でコツコツと積み上げていくことは一見美徳のように思われますが、それでは時間がかかりすぎますし、そもそも方向を間違えていたら積み上げてきただけに後戻りができません。こういうのサンクスコスト、というのは有名な話ですよね。 

 

 だったら多少のお金を払ってでも、その道のプロに直接指導を受けたほうが良いに決まっています。なんだったらそのやり方をパクればいいんですから。 

 

 高額なフィーを要求されると、人はよく、 

 

「騙されてるんちゃうん??」 

 

 と言いますが、そもそも自分が騙されてみないと、どんなタイプに自分が騙されやすいのかが分からないですよ。私もこれまで数々の詐欺にあってきましたので(涙)、それはもう実体験は豊富にありますが、騙しにかかってくる人を最初から見抜けるような人は、おそらく学びのカラクリなんてすでに見抜いておられるので、こんな話がそもそも不要なんだろうと思います。 

 

 高いお金を払うことで、地道に辿っていかないといけなかった道をショートカットすることができたら、そっちのほうがどんなにお得か。こればっかりはやってみないと分かりません。 

 

 行動に移すことも同じですね。

 

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 学んだら学んだだけ、 

 

「俺ってやれるんじゃね??」 

 

 という感覚が増してきます。これが俗に言う“意識高い系”モードです。

 ここで行動に移さず、さらに自分を満足させるために学びの方に注力すると、、、外に対して何も働きかけていないのに自尊心がどんどん高まっていきます。どんどん高まる自尊心とは裏腹に、世間は自分を認めてくれないという思いが募っていますから、さらに意固地になって動けなくなってしまいます。当然ですよね。行動していないのだから、他人が認めるもへったくれもないのです。そんな自分を慰めるためにまた学びを重ねる、、、。 

 

 もう結果を出せないことは明白です。 

 

 これも自分では、 

 

「行動に移してるよ!!」 

 

 と思っていても、そのやりかたではだめだよ、ということを誰かに指摘されないとわからないということが往々にしてあるものです。 

 

 時間を金で買うこと。

 

 学んだら行動すること。 

 

 このカラクリに自分で気づくことは我々凡人にとってはそう容易いことではありませんから、そういった意味では、 

 

【自分が信頼できる、もしくは目標とする人から受けたコーチングは素直に受け入れる】 

 

 ということが一番重要なカラクリと言えるのかもしれませんね。 

 

 今日は解剖と生理というキーワードから、私自身が長年犯していた学びに対する失敗を交え、学びそのものにもカラクリがあるんだろうという話をお送りさせていただきました。 

 今日の話はある程度汎用性はあるカラクリだとは思っていますが、それぞれの方にしっくりくるカラクリはそれぞれにあると思います。それをみつけることのほうが大事だろうと思います。それをどうやってみつけたら良いかが難しいからこそ、 

 

「これは!!」 

 

 という人に巡り会えたならば、そのためにお金が必要であればお金を、時間であれば時間を投入することに躊躇してはならないということでもあると思います。そこで躊躇している限り、もしかしたら一生足を踏み出せないかもしれないですから。 

 

 皆様にとって何かしらのヒントとなれば幸いです。それではまた。 

 

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