投手には応援歌がないそうです。
少し前の話しになりますが、人生初となる甲子園で阪神戦を応援しました。
残念ながら1点もとれず負けてしまいましたが、日常から離れ異次元の世界へ迷い込んだような、とても興味深い体験でした。
元々、野球のルールも特にわからず、そこまで興味はありません。
どちらかと言うと、読書したり映画を観たりすることが好きです。
そして1人で物思いにふける、若しくは感想や考察を誰かに聞いてほしくて身悶えする。
一見、私が好む趣味にはなり得ないように感じます。
が、心動かされたことがあります。
私の趣味との共通点は、
どちらもファンがいて、応援していることです。
甲子園で声の限りに応援している人たちを見て、とても感動したのです。
応援を歌でする。
野球の応援としては当然のことなのかもしれませんが、それは私にとって不思議なことで、まるでミュージカルのようでした。
試合の結果にがっかりはしたけれど、
応援をしている人たちを見るだけでも価値がありました。
そしてまた次があるなら、名前も知らないけれど、同じ人たちと応援したい、そんな気持ちです。
最後は縁切り呪文で。
不在の時に預かった伝言を伝えると、イチイチ文句を言う。
えー、それってその人がする仕事じゃないのー?
そう思うなら
本人に直接言えよ。
もし伝言でなく、直接自分に連絡があったなら、
はいっはいっそうですね!わかりましたー!
って返事するんですよね。
いつもそうだから。
即拒否する必要もないけれど、
疑問に思うことは聞けば良いし、
納得いかないことは確認すれば良いし。
それだけのことを避けて、
何十年もイエスマンに徹してきたなら、
私にもそうであれ。
いつも上司と2人でグチグチ文句言って終わり。
人の悪口ばっかり。
おまえらがこの部署の仕事を悪循環にしてるんだって、早く気づけよ。
2人が幸せになりますように。
俯瞰できないこと。
こんな年齢にな っても可愛いと言われると嬉しい。
お世辞でも。
どちらかというと、他人に冷たくされることの方が多いのだけれど。
そしてそんな被害妄想かもしれない他人の顔色や、態度に一喜一憂させられているけれど、
何気ない褒め言葉にも、実は千喜一憂している自分に気付いた。
なのに、自分が嫌いな人の機嫌をとることには抵抗がある。
媚びるのも大嫌い。
媚びられているかもしれないことは、素直に受け入れるのに?
酔っているので、これは明日考えます。