祈るまえに、恋をして。 -33ページ目

祈るまえに、恋をして。

ときどきぽつりと更新。

先日ある女性から
こんな言葉をいただいた。
その方は、「忘れてね」と
言ったのに私はその約束を破って
なぜか、心の中でその言葉を
転がしている。
ごめんなさい。

そのお人は、
悲しみを味わわなければ
見えてこない美しさあるといい、
私のブログを読む時、
なぜかいつもどこか痛みに
似た感情を味わうと。
そしてその痛みが好きだと
おっしゃった。

私はこの言葉をいただいた日
この意味を考え、
私のブログについて
考えたりしていた。

私は、中学校2年生の夏ごろから
「レイプする」と
何者かに脅され続けた。
その行動は執拗で
17歳くらいまで続いた。

だから、私の青春期は
暗澹たるもので
校門前にとめられる
親の車に乗り込み
家に帰るという生活が
しばらく続くことになる。

何度かこのブログに
このテーマで何か書いてみようか
とも思って来たが。
何が起こったかという
その細かな描写を書こうとする度、
私の手はキーボードで止まり、
他人の目に晒して
何になるのか意味が見いだせず
形にはしなかった。

苦しいと言うのとも違う
意味がないという気持ち。

私が経験したことは
最悪の事態を免れていたが
14歳の少女の私にとって
その心がすべて砕け散って
しまうような、経験、時間
だったように思っている。

男性への不信感や恐怖心は
おのずとすべての人間への
不信感につながり
恐怖心は過剰な、攻撃的な
自己防衛につながっていった。

人間の裏側の好奇な目線と欲を
この女である自分の体に
一身に受けて
自分を肯定的にとらえることは
非常に難しく、苦しんだまま
その成長期を
生きていたように思う。

“砕け散ってしまった心”
のパーツを、当初は必死に拾い集め、
もとの形に戻そうとしたが、
それはどうしても
もう、元の形には戻らない。
小さな、小さな“欠け”があって、
絶望のようなものが
のぞいていたのだろう。

埋めることができないままの
20代などは意味不明に
人生が苦しかった。

忘れたと思っているのは一瞬で
恋愛に悩み、仕事に苦しみ
といった様々な場面で
足元からこの記憶が忍び寄り
その都度、考え、整理し
その時代時代に応じて
この問題を処理してきた。

「“悲しみ”や“トラウマ”は克服しましょう」
などと、高尚な言葉を並べた本を
白けたような気持ちで見てしまうのは
何年もかけなければ
その悲しみや痛みは乗り越えられないと
経験上思うからだろうか。

私の記憶は、痛みと悲しみからスタートし
どす黒い人間の欲望を動機にした
様々な行為を見てきた。

ただ、その一方で
様々な人に支えられ、
いつもいつもぎりぎりのところで
品位を保ち、守られてきた。

その両端を見て、生きてきた。
そして今は、少々の自己肯定も
自分の美しさを認めることも
できるようになった。

このブログに痛みを感じるとしたら
それは私の欠けがある心で
感じとった出来事を切り取って
お話をしているからだろう。
その欠けに触れたら
ちくりとするのかも知れない。

「このメッセージは
褒めてくれてるのかな?」
そんなことを考えて、
なかなか結論が
出せなかった。
このブログもしかして
イタイだけなんだろうか?とか。

私は褒めてくれたと解釈したかったのだと思う。
でもよくわからないまま
すわすわしながら
その美しい人からのメッセージを
反芻していた。

私は、「ハッピーオーラぁ」とか
「苦労したことないのぉ」とか
言う女は、それなりに美しいと思うが
「で?」と言い返してしまうところがある。笑

ドラマチックな人生をおくる
我が人生のほうが、なんぼかおもしろいと
心の内でほくそ笑んでいる
ところもある。

だから、どこか、自分の痛みを
自慢げに、晒し、自嘲的に、遊び、
そして大切にしている。

痛みや悲しみは、その都度
頑固な思いこみや恨みをたぎらせる
ようなことをしなければ
人生の物語として
人に深みを与えてくれる。
私はそう信じ、悲しみとともに
生きている。
仮に、ここに

長い長い、
人ひとりが通れるくらいの
道があったとしよう。
人がすれ違うには
少し狭い道。
肩がぶつかってしまう道。

あなたはその道を歩いていく。
ここでいう“あなた”は
私と同じ“女”だとして。

少し歩いていくと
向こうから男性が
一人歩いてくるのが見えてくる。

この狭い道の主導権を
握るのはあなたか?
その男性か?
その道を譲るのは誰だ?

その昔なら、この私
その男性が近づくにつれ、
手に手榴弾なんぞ握り
戦闘態勢に入っていたかもしれない。

この狭い道
絶対わたしが先に、その主導権を握り
立ち止まらず、歩かねばならぬ。

そんな風に思っていたかもしれない。

「道を譲るのはお前だ!」
とばかり前進していたことだろう。
立ち止まらず、肩をぶつけたところで
かまわぬとばかり、強い目をして
ずんずんと進むわたし。

今からしたら、嫌な女だね。

リキシは、付き合いが進むにつれ
まるで、そうだな
七五三の女児に着物を買うかのように
彼は、私の身支度に興じた。
リキシはそれはそれは
とても楽しそうに、少し自慢げに。

私はリキシの目線で選ばれた
洋服やバックが物珍しく
そして似会うよと言われるまま
“素直”に身につけてみた。

今までと違う自分。

「男好みの」と言われてしまえば
それで終わってしまうが
男の目で吟味された色彩や素材、
デザインは私に変化をもたらした。
体のラインに沿うシルク
優しげな色あい
彼の持つ元来の趣味の良さもあったが
私はどんどん、柔らかで、艶やかで
なにやら華やいだ雰囲気を
まとうようになった。

様子の良い女に
リキシは私を仕立てたのだ。

そして、本当に私は
細い細い歩道を歩いた。
工事現場の横に仮設で
用意された歩道。

向こうからサラリーマンの
男性がやってくる。
どんどん近づいてくる。
するとその男性は
柵ぎりぎりに身をよけて
「どうぞ」と手を出し
道を譲ってくださった。

「道をゆずってもらえる女」

そう心で叫んだわたし。

狭い道の主導権を握るため
戦わなくても
なにやら
様子よく歩いていただけで
道はひらけたのだ。
心から
「ありがとうございます」
を言って、その男性と気持ちよく
すれ違うことができた。

その瞬間、私は今までの自分を恥じ
戦い方を変えた。

戦い方が変わる時がくる。
奪い合うようにして
戦い、我を通すのは辛い。
若いから出来ることだ。

戦わずして得るという、
戦わずして勝つということは
女の大切な知恵のようなものだと
私はこの時感じた。


かつて、私は
男性から愛の証に
「何か君にプレゼントしたいな」
などと言われると

「プレゼントはもらわない主義」

などとのたまって断っていた。

タイムマシーンに乗れるなら
今すぐ自分の所に向かい
「あほぉ」と言うに違いない、私は。

とにかく、自分の力だけで
生きていかなくてはと力み、
その男の愛を手で払いのけた
ようなものだ。
ほしくても、断った。

うっかりして
苦労を背負ってしまう
生き方を選んでしまったせいか。

いやいやそれよりもっと前から
私は“素直”ではなかった。

“素直”というのが
どういうことなのか
いい大人になるまで
わからないまま
過ごしていたように思う。

話は脱線するけれど
私が40台を目の前にし
「はて、どう生きるのか?」
を悩み始めた頃、
リキシと私は、
とあるブティックの前にいた。

父の生業はファッション業界で
家そのものがクローゼット
のような環境で育った私は
お洋服が大好きだった。
でも、母子家庭の実情をもって
ファッションには臆病になっていた。

リキシは、
艶やかな服の方が
似会うのになぁなどと
私に対して
思っていたかもしれない。

そのブティックの前に
リキシは佇み、
「これいいねぇ~」
などと目を輝かせる。
「ちょっと入ってみようよ」

ところがである。
その当時、意地っ張りだった私。
途端に高速回転で
ショップに入った自分を
想像し先走る。

お洋服がほしくなるに違いない。
でも、私の財布に余裕はない。
そして惨めになるにちがいない。
ましてや、ましてや、この付き合い始めた
ばかりの男にそんなもの買ってもらい
いやいや“恵んで”もらうわけ
にはいかないわ。

だから
「いいよ、いいよ、高そうだし」
そんな風に、答え遠慮した。
リキシは「買ってあげる」
なんて言ってないのに。

そんな風に答えてもリキシは
私を無視してステップを上がる。

アロマが香り、太陽がさんさんと
降り注ぐ場所。

ハンガーにかけられた
お洋服とお洋服の間は
30センチ以上ひらいて、
値札など、お洋服の奥底に隠されいる。
いやいや、この店に値札なんて見て
買う人はこないだろう。

そう考えると諦めが先に立つ。
「ぐるりと店内を回ったら
店を出ようね、リキシっ」
と振り返った瞬間

リキシがニットのアンサンブルを
むんずと掴んでいるではないか。
柔らかな黄色、光沢感ととろりとした風合いは
私の距離から見てもシルク100%。

「おぉ恐ろしい。リキシさん、
そんなぁ高いものぉ握らないでぇ」

「ねぇ、着てみて!」
天真爛漫なリキシがそう笑って言った。

私の歪んだ自立心がその時どう
狂ったのかわからない。
リキシに言われるがまま試着し。
うっとりとする。
1枚の洋服だけで
一つ階段をのぼり
いい女になった気分。

私の顔はキラキラして
うれしそうで
楽しそうにしていたに違いない。
ただただそれだけ。

リキシはそのニットを値段も見ずに
買ってしまった。

その時思ったのだ。

「チョーっうれしいっ」

私の持つ紙袋には
宝石のように丁寧に薄紙で包まれた
ニットが入っている。

「うれしいっうれしいっ」

あれやこれやといらぬ想像をし、
手に出来ぬ理由を並べ正当化し、
ましてやプレゼントなどけしからぬ
と相手の気持ちを無視し、
自分のひとりよがりな自立心を盾に
悦に入ってた私。あほぉと言いたい。

その日、そんなものを封じ込め
本当に「うれしい」顔をして
本当に「ありがとう」と言った。

みんなができるそんなコトが
私はできていなかった。
このうれしいとありがとうで
「素直に生きる」
最初の第一歩を学んだように思う。
まだこの時点で、
私は気がついていないけれど。

40代をどう生きる?

「素直に生きる」

それは一つ心に書き止めて。