4.悲しみと生きる | 祈るまえに、恋をして。

祈るまえに、恋をして。

ときどきぽつりと更新。

先日ある女性から
こんな言葉をいただいた。
その方は、「忘れてね」と
言ったのに私はその約束を破って
なぜか、心の中でその言葉を
転がしている。
ごめんなさい。

そのお人は、
悲しみを味わわなければ
見えてこない美しさあるといい、
私のブログを読む時、
なぜかいつもどこか痛みに
似た感情を味わうと。
そしてその痛みが好きだと
おっしゃった。

私はこの言葉をいただいた日
この意味を考え、
私のブログについて
考えたりしていた。

私は、中学校2年生の夏ごろから
「レイプする」と
何者かに脅され続けた。
その行動は執拗で
17歳くらいまで続いた。

だから、私の青春期は
暗澹たるもので
校門前にとめられる
親の車に乗り込み
家に帰るという生活が
しばらく続くことになる。

何度かこのブログに
このテーマで何か書いてみようか
とも思って来たが。
何が起こったかという
その細かな描写を書こうとする度、
私の手はキーボードで止まり、
他人の目に晒して
何になるのか意味が見いだせず
形にはしなかった。

苦しいと言うのとも違う
意味がないという気持ち。

私が経験したことは
最悪の事態を免れていたが
14歳の少女の私にとって
その心がすべて砕け散って
しまうような、経験、時間
だったように思っている。

男性への不信感や恐怖心は
おのずとすべての人間への
不信感につながり
恐怖心は過剰な、攻撃的な
自己防衛につながっていった。

人間の裏側の好奇な目線と欲を
この女である自分の体に
一身に受けて
自分を肯定的にとらえることは
非常に難しく、苦しんだまま
その成長期を
生きていたように思う。

“砕け散ってしまった心”
のパーツを、当初は必死に拾い集め、
もとの形に戻そうとしたが、
それはどうしても
もう、元の形には戻らない。
小さな、小さな“欠け”があって、
絶望のようなものが
のぞいていたのだろう。

埋めることができないままの
20代などは意味不明に
人生が苦しかった。

忘れたと思っているのは一瞬で
恋愛に悩み、仕事に苦しみ
といった様々な場面で
足元からこの記憶が忍び寄り
その都度、考え、整理し
その時代時代に応じて
この問題を処理してきた。

「“悲しみ”や“トラウマ”は克服しましょう」
などと、高尚な言葉を並べた本を
白けたような気持ちで見てしまうのは
何年もかけなければ
その悲しみや痛みは乗り越えられないと
経験上思うからだろうか。

私の記憶は、痛みと悲しみからスタートし
どす黒い人間の欲望を動機にした
様々な行為を見てきた。

ただ、その一方で
様々な人に支えられ、
いつもいつもぎりぎりのところで
品位を保ち、守られてきた。

その両端を見て、生きてきた。
そして今は、少々の自己肯定も
自分の美しさを認めることも
できるようになった。

このブログに痛みを感じるとしたら
それは私の欠けがある心で
感じとった出来事を切り取って
お話をしているからだろう。
その欠けに触れたら
ちくりとするのかも知れない。

「このメッセージは
褒めてくれてるのかな?」
そんなことを考えて、
なかなか結論が
出せなかった。
このブログもしかして
イタイだけなんだろうか?とか。

私は褒めてくれたと解釈したかったのだと思う。
でもよくわからないまま
すわすわしながら
その美しい人からのメッセージを
反芻していた。

私は、「ハッピーオーラぁ」とか
「苦労したことないのぉ」とか
言う女は、それなりに美しいと思うが
「で?」と言い返してしまうところがある。笑

ドラマチックな人生をおくる
我が人生のほうが、なんぼかおもしろいと
心の内でほくそ笑んでいる
ところもある。

だから、どこか、自分の痛みを
自慢げに、晒し、自嘲的に、遊び、
そして大切にしている。

痛みや悲しみは、その都度
頑固な思いこみや恨みをたぎらせる
ようなことをしなければ
人生の物語として
人に深みを与えてくれる。
私はそう信じ、悲しみとともに
生きている。