祈るまえに、恋をして。 -34ページ目

祈るまえに、恋をして。

ときどきぽつりと更新。

会議室に向かう廊下は
いつも気難しい顔をして
いたかもしれない。

会議室のドアの前に立つ。
中から若い女性社員の溌剌とした声と
それを取り囲む男性スタッフの
談笑の声が漏れ聞こえてくる。

会議室のドアを開ける。
一同、無言。静まりかえる。
なぜか慌てて席に着き
真面目腐った顔で
私の顔色を見るみんな。

「定例ミーティング始めます」

私は威圧感があったらしい。

「会議室の空気が一変する」
と言われれば聞こえはかっこいいが
ようは、恐かっただろう。

無駄に長いブレストは頭の悪さの象徴で
無駄に長い談笑は、
優先順位が付けられないだけのこと。
無茶なスケジュールを部下に仕切らせ
スタッフ一同から罵られる彼を
助けるわけでもなく、
仕切りきれないと、楽しげに
制裁を加えていた。

「仕事が好きですね」とか
「キャリア志向なんですね」とか
「女じゃないっすね」とか。
そんな風に言われることが多かった。

「結婚して、会社辞めたいですよ」

と答えても、

「今日の米のための労働です」

と答えたところで、
働かねば生きてはいけないことに
からめとられた私は
立派なキャリア志向だったかもしれない。

「仕方ないから、会社ではそんな私」

そう、どこか割り切って働いていた。


「会議室に来い」
ある日上司に呼ばれた。
来期の人事にむけて、
君がどう会社に貢献できるのか
その考えをまとめておけ、と言う。
それは、昇進の内々の耳打ちで
「我が社にも女性初の営業部長だな」
などと、上司は時代錯誤な
スローガンに酔っている。

エゲツナイ“営業部門”で
女性初の営業部長候補として存在する
一般的に言う課長クラスの私。

こういう時はアホでもうれしそうにするものだ。

「何時でも会社に尽くしますっぅ」

などと言って、会議室を出たものの
「はて、いかに?」と考えてしまった。

私はこのまま、ここオフィスで
あのイスに座るため、生きるのか?
そして60歳定年を迎えるのか?
会議室の扉を閉じると
長い廊下の先に、
人生の岐路があるようで
身震いしたことを覚えている。

「私はこの先、どう生きたいんだっけ?」

考えてもいなかった
質問を自分に投げて
その後私は、自分のありようについて
2年間悩み続けた。
「法」や「金」
「組織の中でのルール」や
「ビジネスのルール」
それらを身につけたほうが
自分の身に何か起こった時
対処は格段に楽になるよ。

と、ブログに書いて。

まぁ何やら
私ってば、可愛げのない女のよう。

と、今日、お洋服なんか
見に行く道すがら
ガラスに映った自分を見て。

「恐い女じゃないわよ、わたし」
と、言い訳をつぶやいてみたりした。

私とリキシは婚姻関係にない。
その代わり、諸々の約束を契約書
として形にしている。
法律的効力を持って。

その一部を
さらに執行力を高めるため
公証役場に出向いた。

リキシのオフィスがある街の
小さな公証役場。
それはもうなんだか
“枯れて”いるんである。
いい具合にその室内はグレー
がっかって見えるのだ。

あらかじめ、
公正証書にする内容を
リキシが伝えてあるので
その日は、ハンコを持って
証書の正本を確認するだけ。

法曹会を勤めあげた
その枯れた風景の一部のような紳士が
私たちの契約内容を読み上げる。

わたしは“甲”で
リキシは“乙”。

読み続けられる
“条”だの“項”だのを
眺めながら、
物思いにふけってしまった。

この“乙”が明日にも
私につれなくし
メールが減り
「飽きた」などと
言おうものなら
私は、この契約の行使を
するのだろうか。

愛の真裏にある「憎」を
むき出しにして。

そんなことを考えて
でも、結局何にもしないんじゃ
なかろうかと思い。
いやぁ、わかんないよなー、わたし
とも思い。

そんな風につらつら考え事を
していたら、その慣れた私の姿に
「公証役場、初めてじゃないの?」
とリキシが聞いてくる。

「初めてじゃないよ」

その答えに驚くリキシ。
こんなところ、そんなみんな来ないだろ、
そんな風に思ったらしい。

いえいえ、離婚した時と
ほんとはね、あと1回。
その日が3回目。

この“枯れた場所”で
人生と向き合って、
ケジメをつけていたのよ。

そう答えはしなかったけれど
“甲”と“乙”はその後
仲良くオフィス街を歩き
「あーおれパンツほしい」
という“乙”のリクエストを受け
デパートの希少アイテム
LLサイズのブリーフを
ひとり選んでいた、わたし。

危うく白いブリーフでもはかせて
みようかしらんと妄想し。
それでも、嫌いにならないわよ、わたし
と感じ入り、
契約書を作ったところで
愛なんてものは、
どうこうと保障されるものではないわね
などど帰結しながら
「浮気なんかしないでね」と
パンツに念力を送っておいた。

3億という損失が
大きく感じるかどうかは
その事業規模によって
違うだろう。

もう少し大きかった穴を
およそ3億というところまで
縮小しながらも
私個人としては、
その穴の大きさに驚いた。

私は恐れおののき、
逃げるどころか、
より攻撃的な姿勢を
崩せないまま
当時、戦っていた記憶がある。

先方とのセッションに疲弊し
内側に対しては、スケープゴートに
されぬよう細心の注意を払う。
ましてや、生活があるのだから
管理上の数字は達成させて
おかねばならない。

そんな風に汲々としていたが。

組織はおもしろいもので、
責任をなすりつけあうのかと
思っていた役員たちから、
私たちは会社の新事業に
大きな貢献をしたと称えられ
壇上に祭り上げられ表彰される。

役員は無事任期を終え、
円満に会社から去った。

このカラクリに
是非を問うつもりはない。
組織のルールは組織内では絶対だ。

そして何より会社は
巨大生物のように
欠損というやり方で
この穴を埋めてしまった。
何事もなかったようにだ。

私は、このことで
妙に関心してしまった記憶がある。

企業とは個の寄せ集めであり、
一人一人がまんべんなく働いた結果
収益が蓄積される。
私は3億円の損失を
“個”の価値基準と照らし合わせ考えたが
“個人の利益”と“会社の利益”を
同じように考えるのは
そもそも無理があるのだ。

シンプルかつ道理の通った話で、
そんな穴はみんなで埋めたら、
すぐ埋まるといわんばかりに
組織はその傷をのみこんでいくのだ。

私は「3億円/1人」という
負担率を勝手に背負い悶々としていたが
「3億円/社員全体」として
とらえる企業は、当然だが
私が思うよりはるかに
大きな存在だった。

そうやって、
会社は生き残るんだなと
妙に感心してしまったのだ。

さて、その後どうなったか?
損失は上記のように欠損として扱われ
個人としての罰はなかった。
チームとしての罰もなかった。
チームは解散し、若い男の子たちが
新しい武勇伝として
この話をネタにしている。

私は、神風がふいたと揶揄されたが
その損失以上の金額を
他のクライアントから引き寄せ
個人の数字上では穴を埋める
それ以上のことができた。

その業務の事務処理が終わっても
組織上、私の立場には何も変化はなかった。
プロジェクトルームは消え
大量の文書はシュレッダーにかけられ
会社のどこにもその業務の痕跡はなくなった。

ただ私の記憶の中にだけ苦味が残り
会社や仕事に対する
物の考え方が変化したように思う。

若かった時に、見ていた会社や業務が
まったく違う顔をして目の前に存在
しているような。
あの時初めて、そんな風に
感じていたように思う。