主人のライフワークといえるダンテ研究は、様々な形で色々な人たちに支えられながら、実現している。
本日の講演場所はバディア フィオレンティーナ教会。
以前こちらのハンドクリームなどについても触れた。
開いていたら、その他のものも購入しようと思っていたが、20時前にはすでにしまっていて、修道女の方々も教会内に集まっていらっしゃった。
私は子供たちと大急ぎで夕食をすませて、飛ぶようにやって来る。
本日は「煉獄編」第11歌。
名声を手にして驕り高ぶっていた人々が、魂の浄化のために祈りを捧げている。
名声を存分に集めていたチマブーエの後にはジオットがやって来た。
世の中というものは、その時代に素晴らしい才能、天才だと褒めそやされた人を軽く凌ぐ存在がどんどんと生み出されて行くもの。
煉獄では罪を祈りで贖うことで、天国へと少しずつ近づいていく。
そして現世の人々が彼らについて祈ることで、その速度は一層早まると言われている。
今回は、ダンテ協会の一員マッシモ セリヤコピ氏も歌の一部を論じ、
そして17世紀のパイプオルガンの演奏も所々に入り、
いつも以上に趣深い構成となっていた。
そして、この講演を聞きながら、私はふと先日亡くなった登山家栗城さんのことを思い出していた。
彼も自分の名声や偉業が一人歩きしていった先に、死という休息が待っていたかのようだ。
そういう彼の生き方とは反対に
頑張らなくていい
という生き方を推奨する人々もいる。
もっと楽になっていいんだと。
辺りを見渡すと、祈りの世界に身を置く修道女たちが真剣な眼差しで講演を聞いている。
信じるものがある人々の目の光の強さに打たれる。
響き渡るパイプオルガンの音色が、心の中でもこだまを呼び起こし、
いかに生きるかということが、ふと脳裏をよぎる。
立ち止まって、生きることの意味を考えさせてくれるダンテ講演会は
私にとっての哲学的時間。
この講演のために、本を読んでささやかな準備していくことも、
その場で、難解なイタリア語と、思考の連鎖の渦に浸ることも、
それもまた生きている実感をもたらす一瞬なのだ。
感謝の心を持って一瞬一瞬を味わいたい。
皆さん今日も最後まで読んで下さり、ありがとうござました

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