つかこうへい「幕末純情伝」に・・・
涙も出ない。
拍手すらできない。
こころがあまりに動かなかったから。
ああ。
幕末純情伝。
高尚じゃなくとも、下品でも、ベタでも、泥臭くても、歌謡ショーでも、
「やっぱり生っていいよな!!!」と、
役者のパワーの渦に巻き込まれて、大笑いし、大泣きし、
その具体的な内容以上に、
「演劇」という一つの表現媒体がどれだけ私のこころを揺さぶるかを
教えてくれた芝居の一つだったのに
客席で置いてけぼりになって
すごく残念で
終焉を感じて
とぼとぼ
新橋演舞場を去った。
もう二度と面白い「幕末純情伝」は観れないのだろう。確信した。
筧利夫の坂本龍馬と藤谷美和子の沖田総司で生き別れ。
芝居が、まるで役者で生き役者で死んでゆく生き物のように思えた夏の夜。
さよなら。
さよなら。
さよなら。
さびしい。
拍手すらできない。
こころがあまりに動かなかったから。
ああ。
幕末純情伝。
高尚じゃなくとも、下品でも、ベタでも、泥臭くても、歌謡ショーでも、
「やっぱり生っていいよな!!!」と、
役者のパワーの渦に巻き込まれて、大笑いし、大泣きし、
その具体的な内容以上に、
「演劇」という一つの表現媒体がどれだけ私のこころを揺さぶるかを
教えてくれた芝居の一つだったのに
客席で置いてけぼりになって
すごく残念で
終焉を感じて
とぼとぼ
新橋演舞場を去った。
もう二度と面白い「幕末純情伝」は観れないのだろう。確信した。
筧利夫の坂本龍馬と藤谷美和子の沖田総司で生き別れ。
芝居が、まるで役者で生き役者で死んでゆく生き物のように思えた夏の夜。
さよなら。
さよなら。
さよなら。
さびしい。
だんごむし女
出会う
ほとんどの人と
別れたり、離れたり、すれ違ったりする
カラクリ。
世のカラクリ。
対面して見つめ合っているそのときから
言葉を交わしているそのときから
別れや、すれ違いを予感できることもある。
寂しい。
たくさんの言葉を交わしても
たくさんの時間を共にしても
どこにもなににも収束しない感じは
異様に寂しい。
そう、だから出会う人に期待をしない。
心の半分をぱっくり開けて
もう半分はぱたんと閉じて
できるだけ寂しいと思わないように
誤摩化しながら愛想を振りまいて時には饒舌になって
目を閉じる。感じないようにする。
こんな自分は全然好きじゃないんだが。
でもね、
稀に、
男子でも女子でも、
「おや、なにかつうじるかも」と思う人が現れると
石の下のじめじめしたところでうだうだしてるダンゴムシが
急に石を持ち上げられてお日様の光を浴びたときみたいに
びっくり仰天して
あわわわわわわと、てんやわんやする。
そして
どうしていいかわからなくて
どきどきして
とりあえず
その人が私に気付かずどこかへ行ってしまわないように
あれやこれやと策を練る。
行かないで行かないで行かないで。
ちょっとみっともないくらいの感じで
引き止める。
ほとんどの人と
別れたり、離れたり、すれ違ったりする
カラクリ。
世のカラクリ。
対面して見つめ合っているそのときから
言葉を交わしているそのときから
別れや、すれ違いを予感できることもある。
寂しい。
たくさんの言葉を交わしても
たくさんの時間を共にしても
どこにもなににも収束しない感じは
異様に寂しい。
そう、だから出会う人に期待をしない。
心の半分をぱっくり開けて
もう半分はぱたんと閉じて
できるだけ寂しいと思わないように
誤摩化しながら愛想を振りまいて時には饒舌になって
目を閉じる。感じないようにする。
こんな自分は全然好きじゃないんだが。
でもね、
稀に、
男子でも女子でも、
「おや、なにかつうじるかも」と思う人が現れると
石の下のじめじめしたところでうだうだしてるダンゴムシが
急に石を持ち上げられてお日様の光を浴びたときみたいに
びっくり仰天して
あわわわわわわと、てんやわんやする。
そして
どうしていいかわからなくて
どきどきして
とりあえず
その人が私に気付かずどこかへ行ってしまわないように
あれやこれやと策を練る。
行かないで行かないで行かないで。
ちょっとみっともないくらいの感じで
引き止める。
遊び疲れて夜が更ける。ゆやーんゆよーんゆやゆよーん。
今週は見事に遊んだ。ブログも更新できないほどの遊びっぷり。遊びっぷりを以下列挙。
1 レイハラカミの念願の初ライブ!!!
水曜日に恵比寿のリキッドルームで行われた
レイハラカミのライブ。
最高でした。ああ、最高でした。
何かに対して「最高」と思うことが久しぶり。
江頭的な動きにも、絶妙なトークと独特の間にも、そしてあの音にも、満足。
途中音が出なくなるハプニングすら面白い。
生演奏と呼んでいいのかわからないけれども
彼の「操作」は、会場の空間もわたしの脳みそも支配する。
あふれる才能を地肌に受ける。
ジムオルークとカヒミカリイ、おおともさんたちのライブもよかったのだけれど
ちょい客が飽きてしまっている感じが残念。
2 見知らぬお兄さん
初めて入った居酒屋のような場所で
見知らぬお兄さんにおごってもらいつつ、
うだうだと飲む。
店主のお兄さんも親切で、なんか、楽しい。また、行こう。
妙な出会い。イチゴイチエ。
3 線香花火
酔っぱらいの至り。深夜二時に線香花火の沈黙。ぽとりと落ちる音。
真夜中の空に響く。
4 ピアノのコンサート
今回はちょびっとの参加だったので、
暑い中お呼び立てするのは申し訳ないと思い
珍しく友人のほぼ誰にも声をかけず、ひっそりと弾いた。
ここんとこは弾くことが楽しいんだかなんだかわからず
っつーか、何が楽しいんだかなんだかさっぱりわからず
むしろ生きてる事の何が楽しいんんだかなんだかさっぱりわからず
糸の切れた凧寸前のぎりぎりの気分でいたのもあって
誰かに聞いてもらうのは申し訳ない気分であったのも
呼べなかった理由の一つかもしれない。実は。
とはいえ、、、やっぱり弾くのは楽しかったので
次はもっとアホのようにぱあっとやりたいなあ、と、思う次第。
しかしみんな働きながらよくやるよなあ。
エラいなあ。と、感心。
5 歌舞伎
野田版アイーダ目的で歌舞伎座に行ってきました。
ラストシーンはすてきだった。ああ、もう、泣いちゃうよ。
「愛蛇姫」と「アイーダ」をかけて、
野田氏がアイーダを歌舞伎バージョンで演出していたのだけれど、
なにはともあれ、流石、勘三郎さん、お見事でした。
野田秀樹が一番元気いっぱいの頃と言ったら失礼かもしれないけれど
あの頃を観ているので
最近のつまらんアイドルを使って演出する彼のお芝居はあんまり好きじゃなくて
その点、基礎からみっちり仕込まれた歌舞伎役者さんを起用しての芝居は
伝わるものがちゃんと伝わるから、もどかしさを感じない。
実は偶然にも去年のほとんど同じ時期に(ちょうど365日前かも!)
イタリアのヴェローナで「アイーダ」を観ている。
これも何かの巡り合わせか。
「愛」だし。
身を焦がすような愛に飢えたりしてみる。年甲斐もなく。
愛蛇姫の台詞を聞きながら胸がきゅんとしてしまって
なんだか思い出す優しい気持ち。
6 美輪明宏待ち受け
ピアノの会の打ち上げである人から美輪明宏の待ち受け画面写真を頂く。
運気が上がるって。
上げます。
7 家族のいる風景
ヴェンダース監督の「アメリカ、家族のいる風景」をぼんやりと鑑賞。
大した感想は言えないけれども
とにかくラストのカット、空と道路のカットが、美しい。わたし好み。
いつの日やらか、彼の写真展に行ったのだけれども
なんだかその写真たちの感じがきゅっとつまって溢れていたような気がする。
今も目に焼き付いたまま。
《ヴェンダーズ監督の撮る風景》
1 レイハラカミの念願の初ライブ!!!
水曜日に恵比寿のリキッドルームで行われた
レイハラカミのライブ。
最高でした。ああ、最高でした。
何かに対して「最高」と思うことが久しぶり。
江頭的な動きにも、絶妙なトークと独特の間にも、そしてあの音にも、満足。
途中音が出なくなるハプニングすら面白い。
生演奏と呼んでいいのかわからないけれども
彼の「操作」は、会場の空間もわたしの脳みそも支配する。
あふれる才能を地肌に受ける。
ジムオルークとカヒミカリイ、おおともさんたちのライブもよかったのだけれど
ちょい客が飽きてしまっている感じが残念。
2 見知らぬお兄さん
初めて入った居酒屋のような場所で
見知らぬお兄さんにおごってもらいつつ、
うだうだと飲む。
店主のお兄さんも親切で、なんか、楽しい。また、行こう。
妙な出会い。イチゴイチエ。
3 線香花火
酔っぱらいの至り。深夜二時に線香花火の沈黙。ぽとりと落ちる音。
真夜中の空に響く。
4 ピアノのコンサート
今回はちょびっとの参加だったので、
暑い中お呼び立てするのは申し訳ないと思い
珍しく友人のほぼ誰にも声をかけず、ひっそりと弾いた。
ここんとこは弾くことが楽しいんだかなんだかわからず
っつーか、何が楽しいんだかなんだかさっぱりわからず
むしろ生きてる事の何が楽しいんんだかなんだかさっぱりわからず
糸の切れた凧寸前のぎりぎりの気分でいたのもあって
誰かに聞いてもらうのは申し訳ない気分であったのも
呼べなかった理由の一つかもしれない。実は。
とはいえ、、、やっぱり弾くのは楽しかったので
次はもっとアホのようにぱあっとやりたいなあ、と、思う次第。
しかしみんな働きながらよくやるよなあ。
エラいなあ。と、感心。
5 歌舞伎
野田版アイーダ目的で歌舞伎座に行ってきました。
ラストシーンはすてきだった。ああ、もう、泣いちゃうよ。
「愛蛇姫」と「アイーダ」をかけて、
野田氏がアイーダを歌舞伎バージョンで演出していたのだけれど、
なにはともあれ、流石、勘三郎さん、お見事でした。
野田秀樹が一番元気いっぱいの頃と言ったら失礼かもしれないけれど
あの頃を観ているので
最近のつまらんアイドルを使って演出する彼のお芝居はあんまり好きじゃなくて
その点、基礎からみっちり仕込まれた歌舞伎役者さんを起用しての芝居は
伝わるものがちゃんと伝わるから、もどかしさを感じない。
実は偶然にも去年のほとんど同じ時期に(ちょうど365日前かも!)
イタリアのヴェローナで「アイーダ」を観ている。
これも何かの巡り合わせか。
「愛」だし。
身を焦がすような愛に飢えたりしてみる。年甲斐もなく。
愛蛇姫の台詞を聞きながら胸がきゅんとしてしまって
なんだか思い出す優しい気持ち。
6 美輪明宏待ち受け
ピアノの会の打ち上げである人から美輪明宏の待ち受け画面写真を頂く。
運気が上がるって。
上げます。
7 家族のいる風景
ヴェンダース監督の「アメリカ、家族のいる風景」をぼんやりと鑑賞。
大した感想は言えないけれども
とにかくラストのカット、空と道路のカットが、美しい。わたし好み。
いつの日やらか、彼の写真展に行ったのだけれども
なんだかその写真たちの感じがきゅっとつまって溢れていたような気がする。
今も目に焼き付いたまま。
《ヴェンダーズ監督の撮る風景》
偶然の祝福
小川洋子さんの小説が好き。
さらりと読めて、繊細で柔らかで、
それでいてちょっとぎょっとする感じと、あとに残る物哀しさらしきものがあって、
旅のお供なんかには、よく彼女の小説を選ぶ。
「偶然の祝福」を昨日買って、
今朝から読み始めて
電車の乗り継ぎの間も本から目を離さずホームを歩き
帰り道、落雷で電車が止まってダイヤが乱れたおかげで
いつもより長い電車の待ち時間が読書タイムに変わり
電車を降りる頃にはすっかり読み終えてしまった。
遠くで鳴る雷と
嵐の前の空気が水でぱんぱんになった感じと
稲妻の光は
彼女の小説の雰囲気に合っているような感じがした。
小説の中で、主人公は、犬と、生まれたばかりの息子と、3人で暮らしている。
この3人の関係が、要所要所で、ふんわりと、伝わってくる。
もしも私があと数年以内に子供を産んだら
愛しの我が飼い猫栗子さんもきっとまだ生きているだろうから、
その、私の生まれたばかりの娘(仮想)は
栗子さんとじゃれあったりしたりするのかもしれない。
私と娘と栗子さんの関係。
想像しただけで胸が詰まりそうになる。
ああ、そんな素敵なことってあるのかしら?ああ、なんて素敵。
(妄想は続くよどこまでも。)
是非、我が子に、栗さんを紹介したいなあ。
さらりと読めて、繊細で柔らかで、
それでいてちょっとぎょっとする感じと、あとに残る物哀しさらしきものがあって、
旅のお供なんかには、よく彼女の小説を選ぶ。
「偶然の祝福」を昨日買って、
今朝から読み始めて
電車の乗り継ぎの間も本から目を離さずホームを歩き
帰り道、落雷で電車が止まってダイヤが乱れたおかげで
いつもより長い電車の待ち時間が読書タイムに変わり
電車を降りる頃にはすっかり読み終えてしまった。
遠くで鳴る雷と
嵐の前の空気が水でぱんぱんになった感じと
稲妻の光は
彼女の小説の雰囲気に合っているような感じがした。
小説の中で、主人公は、犬と、生まれたばかりの息子と、3人で暮らしている。
この3人の関係が、要所要所で、ふんわりと、伝わってくる。
もしも私があと数年以内に子供を産んだら
愛しの我が飼い猫栗子さんもきっとまだ生きているだろうから、
その、私の生まれたばかりの娘(仮想)は
栗子さんとじゃれあったりしたりするのかもしれない。
私と娘と栗子さんの関係。
想像しただけで胸が詰まりそうになる。
ああ、そんな素敵なことってあるのかしら?ああ、なんて素敵。
(妄想は続くよどこまでも。)
是非、我が子に、栗さんを紹介したいなあ。






