ワクチンを打たない議員
前回の記事の続きは後回しにして、今回はある疑惑について述べる。11月26日号の週刊新潮を入手した。疑惑の記事の見出しタイトルは「俺は射たねーよ」だ。現在、ワクチンパスポートを進めている加藤勝信官房長官は、コロナワクチンを打っていない(打つことを拒否し続けている)可能性がある。一応、6月11日の記者会見で加藤氏は、コロナワクチンを接種することを明らかにし、「自衛隊の大規模センターを予約している」と語ったということだが、具体的な接種予定日は明らかにされずに、その後1か月ほど経つが新たな情報は出されていないようである。どうなのだろうか。「改心」して本気で接種するつもり、あるいはもう済ませたのであろうか。11月26日号の週刊新潮の記事を読む限りは、そうは考え難いものである。別に私は打たないのが悪いと言っている訳ではない。政治家にだって打たないという選択をする権利は当然ある。しかしワクチンパスポートを推し進める立場上、それを国民に対して曖昧に誤魔化すことは到底、許されないことであろう。もし自らが接種するつもりがないことを、嘘をついたり、隠蔽しようとするのであれば西村大臣の問題の比ではないはずである。週刊新潮によれば、さる厚生労働省関係者によるものとして
「加藤勝信官房長官は、厚労大臣時代から“俺はワクチンを射たねーよ”と漏らし、その姿勢はいまに至るまで一貫しています。“一部の高齢者を除けば、インフルエンザより重症化リスクが低い”“感染予防を徹底していれば大丈夫”というのが理由です」
ということである。仮に改心、いや変心して6月11日の記者会見以降にワクチンを接種しているとしても昨年の厚労大臣の時にそういう考えを持っていたのであれば、今、ワクチンパスポートで半ば強制的に国民に接種を押し付ける姿勢は、国民感情としてそう簡単に受け入れられるものでないのではないのか。そういう疑いの目で今の政治家を見ていると加藤官房長官だけではなく、全ての議員が怪しいのである。自分たちはワクチンのリスク、有害性をよくわかっていて接種を密かに拒否しながら、国民に対しては将来のある若者や子供にまで「騙して」打たせているという構図は、決してあり得ないことではないのである。全議員とまでは言わないが、少なくとも自民党の国会議員は接種する意思があるのかどうかと、接種した(今後接種する)日付を国民に明確に知らせる必要性があるのではないのか。それを拒否するのであれば、次の衆議院選挙では自民党の議員は、国民が一致団結して、全員を落選させなければならない。 (吉川 玲)
mRNAワクチンの危険性について
半ば予想されたことではあるが、前回の記事で私が疑問として挙げた、なぜコロナワクチンが従来の生ワクチンや不活化ワクチンではなくてmRNAという遺伝子ワクチンであるのか、その必然性についてどこからも回答や説明が出てきそうにないので、第二の疑問に進むことにする。それはより核心的で根本的な疑問である。そこから目と意識を離してはいけないと考えられる。新型コロナ感染症(COVID-19)は、本当に自然界の中で自然に発生したものなのか。こういうことを言うと、なんだ、やはり陰謀論ではないかと思われるかも知れないが、そうとも言えないであろう。実際に今年の2月には、アメリカのトランプ前大統領の主張による中国の武漢研究所からの流出疑惑を調べるためにWHOの調査団が、茶番としか考えられないが、現地に調査に入ってウイルスが研究所から出てきた証拠はないとの発表を行っている。1年以上も経ってから調査に入って証拠など残っているはずがないし、仮にその研究所からウイルスが流出したことが事実であったとしても、人工的に作られたものであるのか、自然発生のものを管理、研究していたものかはわからないが、いずれにせよCOVID-19の起源ははっきりとはわかっていないのである。表面化している情報だけから考えても、陰謀論とは関係なく、人工的に作られたウイルスである可能性を否定できないのである。旧ソ連の生物兵器の研究について書かれた有名な本に、1992年に家族とともにアメリカに亡命した科学者ケン・アリベック(カナジャン・アリベコフ)の『バイオハザード』(二見書房)がある。ソ連邦解体以前の大規模で高度な生物兵器研究の詳細が生々しくも赤裸々に告白されている。入手できるかどうかはわからないが、図書館で借りるなどして是非その本を読んで欲しいと思う。陰謀論などではなくて、紛れもないノンフィクションである。その本ではアメリカなどの西側諸国の生物兵器研究動向については述べられてはいないが、それは作者がアメリカに亡命しているのだから当然のことであって、現状はともかくも少なくとも一時的には世界各国で感染力がきわめて強く、致死率の高い危険な生物兵器の研究開発が行われていたことは否定しようのない事実であることが、はっきりと推察できる内容である。私は個人的には、新型コロナもそうであるが、エイズもエボラも人工的に作られたものである可能性がきわめて高いと考えている。今回のコロナウイルスについて、タブーなのでビジネスなどの社会的な場面では一切、口にはできないが私同様にそういう風に内心で思っている人は、相当に多いのではないかと私は考えている。どれだけの割合かと言えば何とも言えないが、政治家やマスコミ、医師なども決して少なくはないと想像される。ある一定以上の知的レベルの人々は人工的に作られたものである可能性を認めていて、本気で自然発生のものであると信じ込んでいる人々は馬鹿と言ってはいけないであろうが、まあそういう単純な多数層が存在することは事実である。普通に見れば、新型コロナが純粋に自然のものであるなどと考えにくいであろう。何が言いたいのかと言えば、ところがどうもほとんどの人々が、内心ではコロナウイルスが人工的なものである可能性があると思っている人までが、ワクチンの安全性や有効性については受け入れてしまっているように見えるということなのである。それは違うのではないのか。mRNAワクチンとは、新型コロナウイルス(SARS―CoV―2)の遺伝子コードを用いて作られているものである。報道では決して語られることのないmRNAワクチン特有の危険性については、苫米地英人氏がTV番組内で詳しく説明してくれていて、それがユーチューブの動画においても閲覧できる。リンクは張らないが(私がリンクを張ったことで削除されるようなことになると申し訳ないからであるが)、苫米地氏の不思議なところは、他の人が絶対に口に出来ないようなことをこの人が言っても許されていると言うか、認められているのである。だから日本において、あるいは世界の中でもごく限られた例外なのかも知れないが、苫米地氏だけが公共の電波を通じて真実を伝える特権を有しているとも言える。これはある意味では奇跡的なことである。苫米地氏がmRNAワクチンについて説明してくれていることを簡単に要約すると、mRNAとは新型コロナウイルスの突起(スパイクタンパク)部分のみの遺伝子情報をコードした設計図であり、それを脂質ナノ粒子でコーティングしたものを人体に打ち込むことになるのだが、細胞内のリボソームで作られるスパイクタンパクが自己細胞由来のものであるために、外部のウイルスが細胞に感染して自己複製する場合の反応とは異なって、有害な異物とは見做されずにホメオスタシスで免疫寛容される可能性があるというものである。そうするとmRNA自体は3~4日で細胞内で分解されるが、合成されたスパイクタンパクが体内の全身細胞に残ることになってしまい、細胞レベルでそれまでとは別の体になってしまう。その後に変異種や別のコロナ、普通の風邪などに感染した場合にキラーT細胞が全身に残存している健康なスパイク細胞を有害な敵と見做して一斉に攻撃するリスクがあるというものである。2012年の論文では3,4日で致死的な臓器不全を引き起こすリスクが警告されていて、それ故に米国において、mRNAワクチンは承認されていなかったものが、今回は緊急措置として治験が完了していないにも関わらず特別に認可されたという経緯があるということである。なおこのmRNAワクチン特有のリスクについては、米国ではフェイク情報扱いで規制対象となっていてこのことに言及した複数の専門家が処分され、なんとファイザーの副社長は解任されたということである。
長くなるので次回に続く。
コロナワクチンについての疑問
正直に言って、コロナワクチンへの疑惑について核心的だと思える内容、疑問を述べることには、これまでかなりのためらいや逡巡があったが、それはもう既に接種している人が相当数、存在するということと、あまり世間をざわつかせるようなことを言って、社会全体が混乱したり、パニックになることは避けた方が良いのではないかと言う自分なりの抑止が働いていたからでもあるが、よくよく考えれば、何でそこまで私が考慮しなければならないのかと、国やマスコミがここまで国民を馬鹿にしたような情報操作や誘導をするのであれば、そういう考えはやはり間違えているのではないか、国民全体の安全、利益を代表して不審に思えることは声を上げていくべきではないかと考えるに至った次第である。先ず私がそう決断せざるを得なくなった、許し難い情報操作、誘導についてであるが、ワクチン接種直後に既に500名以上の人が亡くなっていて、厚労省は関連性が否定できないものはその中の1例だとしていることである。その1例についても関連があると認めている訳ではない。否定できない、可能性はあるがよくわからないと、ということでその他の五百数十例については明確に関連性、因果関係を否定しているということだ。以前からTV番組で、国民にワクチン接種を勧めるために、いかにも程度の低い報道キャスターがワクチン接種直後の死亡数について、日常的に発生している自然死や突然死で説明できることでワクチンとは関連がないかのような誘導を行ってきたものであるが、知的レベルの低い大衆向けの娯楽情報番組であるならともかくも、国がそこまであからさまに統計データの恣意的な解釈を国民に押し付けるのであれば、到底、看過できるものではない。国民を馬鹿にしているとしか言えないものであるからだ。自然死について言えば、死にかけている人間はワクチンなど打ったりはしない。それは入院している人だけではない。個人的な例で言えば、私の母も80代後半であるが、今から1年ほど前は体調が極めて悪く、寝ていても明け方になると呼吸困難になって救急車を呼んでくれというようなことが何度となくあった。またその時期に、片方の瞼が下りたままになっていて、それを上げることが出来ない状態にもなった。それで大きな病院に連れて行って(連れて行ったのは私ではなく、私の妹だが)精密検査をしてもどこも異常はないということである。病院というところは、政治家やタレントなら別かも知れないが、病名がない状態では入院させてくれないのである。同居している身内の私にとって見れば、本人はもういつ死んでもおかしくはないような苦しさを訴え続けるので、入院させてくれる方が助かるのだが、それが出来ないので自宅療養ということである。因みにその当時は、同じく同居していた父も、元々足が悪かったのだが、その症状が悪化してきて日常生活が困難になり、階段から落ちたり、前立腺肥大で何度、私がやめるように注意しても本人は関係ないと言って酒を飲み続けるので、それが原因で排尿できなくなり、救急車を何度となく要請したりと本当に大変であった。自宅に隣接した会社で私は毎日、夜11時ごろまで仕事をしていたので、その時に疲労とストレスでほぼ完治していたアトピーをぶり返してしまい、それが今も続いている。必死になって一旦は治して、2019年末までは登山やランニングに励んでいたというのに。元々は私のそのアトピーも薬害が原因なのである。それで結局、父は要介護認定3か4ぐらいで昨年に介護施設に入所し、母は要支援か要介護か忘れたけれど、相変わらずほぼ家で一日中寝たきりであるが、幸いにして容態は回復してきて、瞼の開閉も出来るようになり、食欲も出てきていつ死んでもおかしくないというようなことは言わなくなった。日本の病院は、病名が在ろうと、無かろうと高齢者を長期間、入院させてはくれない。入院しても1~2か月で出されてしまうのである。何が言いたいのかと言えば、そういうことで日本では自然死を待つような状態で家族と一緒に自宅で住んでいる高齢者の数がかなりたくさん存在していると思われるが、そういう人は私の母がそうであるようにワクチンを打ったりはしない。一日中家にいて、息子である私やたまにやってくる介護ヘルパーとしか会うことがないのに、そもそも打つ必要がない。そういえば今日、妹が私に電話してきて、母の体の調子を聞いてから、私を責めて、母がワクチンを打っていない(私が打たせていない)ので、うつしてはいけないから会いに行けないと文句を言った。因みに妹は2回接種を済ませている。それで私が、500人も死んでいるようなものを打たせることは出来ないと言うと、妹はちょっと驚いて、えぇーそんなに死んでるの、でもそれ、全世界でやろと言うので笑ってしまった。単に妹が無知ということだけではなくて、その妹の反応がまさに、日本のワクチン接種者全体の意識や認識度合いを代表しているのだと思われる。マスコミがそういう情報をあまり出さないし、出したとしても強調しないからほとんどの人は知らないか、大したことだとは考えていないのである。次に突然死についてであるが、突然死は高齢者だけでなくて心臓発作などで40代ぐらいの特に男性などに多く起こる現象だと思われる。その突然死が一日にどのくらいの数で発生しているのかわからないが、その死亡パターンがワクチン接種直後の死亡数にカウントされているとする説明は、よく考えればわかることだがおかしい。統計上の数値だけ見ればそのような解釈も成り立つのかも知れないが、それは生活実態に即していると言えるのかということである。身寄りのない一人暮らしのケースであれば容態の変化を目撃している者がいないので突然死である可能性はあるであろう。しかし配偶者や子供などの近親者が存在する場合、果たして心臓発作や心筋梗塞、脳溢血などの突然死とワクチン接種が原因としか考えられない容態の変化の違いが、普通に考えればわからない訳がないものである。ワクチン接種が原因である場合はワクチン接種と死亡の間に数時間であれ数日であってもプロセスがある。接種前は元気であったのが、接種直後の副反応中や副反応が収まった後に徐々に容態が悪くなっていって危篤状態に陥り死亡するというケースを突然死とするには無理がある。近くで見ている者にはわかるはずである。心臓発作などの突然死にはそういう段階的なプロセスがない。また傍目には一見、突然死と見えるような心筋梗塞や脳溢血にもワクチン接種による血栓の可能性も存在するのではないのか。いずれにせよ突然死だからワクチンとは関係ないとする主張は暴論である。ワクチン接種と死亡情報がどのように紐付けられてデータ収集されているのかということもあるが、普通に考えれば医師や遺族がどこかの窓口に報告しているのであろう。遺族は死亡給付金が貰えるからと言う理由でワクチンが死亡原因であると主張する動機は確かにあるとは言えるが、それが現在の状況を見て妥当な見方だと言えるのかということである。医師は死亡診断書に何らかの死亡原因を書くのであろうが、どんなに優秀な医師であってもそれがワクチンとの因果関係があるのかないのかなどということはわからないのである。遺族の話しを聞いて、そういう経過であればおそらくはワクチンが原因なのだろうと思うぐらいのことである。要するに厚労省の発表している500名もの死者数の中で関連性が否定できないケースは1例だとする見解は、自然死も突然死も何の関係もなくて、おそらくは大半がワクチンが原因なのであろうと推察されるが、あくまでも「政治判断」で1例だけに可能性を持たせているものである。本当は0だと言いたいところなのであろうが、それではちょっと信憑性が薄れるかも知れないとの判断でそうしているのだ。国民はもっと政治や官僚の思考回路がどういうものかを学習する必要性があると思われる。それからTVキャスターやTVに出演している御用学者の意識レベルというか精神性が低過ぎるように感じられる。
では長くなったが、これから本題に入る。コロナワクチンについての根本的な疑問を述べる。きわめて単純な疑問だがこれがすべての不信の始まりである。陰謀論とは何の関係もない。一市民としての至って素朴な疑問である。政治やマスコミは自分たちに都合の悪い国民の疑問、質問は無視する傾向があるので恐らく無視されるであろうが、その疑問を多くの人に共有してもらいたいと思う。そしてその第一の疑問が解消されないのであれば、より核心的な第二の疑問に入っていくことになる。では聞くが、コロナワクチンはこれほど爆発的に世界中に感染拡大して、膨大な数の感染者数が発生しているにも関わらず、どうして従来の鶏卵法による生ワクチンを弱毒化したものが採用されずに、m-RNAなどという人類史上初めて試みられる遺伝子ワクチンになったのか。コスト的なことはわからないが、これまでの実績や治験データの豊富さなどを考えれば、安全性や信頼性から誰が考えても不自然ではないか。どうしてその基本的な説明や質問がこれまでなされてこなかったのかも不可解である。仮に新型コロナのワクチンが技術的にこれまでのワクチンで対応することが不可能であるならその理由は何なのか。または遺伝子ワクチンでなければならない理由があるのだとすればなぜなのかを答えていただきたい。ファイザーもモデルナも作っているのはアメリカの企業であるが、それを承認しているのは日本の厚労省であり、国民に推奨しているのは日本の政治やマスコミなのだから、その三機関には国民に対する説明責任があるはずである。(吉川 玲)