龍のひげのブログ -33ページ目

コロナワクチンは本当に重症化を防ぐ効果があるのか

コロナ重症者数が過去最多という厚労省の発表であるが、それはそれで良い。良いという意味は、事実であると受け止めることにやぶさかでないということだ。8月14日時点の重症者数は、1,521人となっている。陽性者数や死亡者数と比べて、集中治療室への入室や人工呼吸器での対応が必要とされる患者数は、恣意的な判断やデータ操作で改竄される余地が少ないと思われるので信憑性があると考えられる。しかしである。その重症者数がワクチン接種との関連性ということになると、途端に怪しくなる。怪しいというよりも厚労省のHPのあちこちを探しても、様々な統計やグラフがあるのに、直近の重症者数におけるワクチン接種の内訳が存在しないのである。これはおかしな話しであろう。コロナのワクチンは、罹ったとしても重症化が防げるという理由で国民は国やマスコミに強引に勧められているものである。ということは重症者数における未接種者、1回接種、2回接種の具体的な構成人数は、ワクチンの効果を確認、判断し、将来的に蒙る可能性のある副作用のリスクを両天秤に掛けて国民の一人一人が自己責任、自己判断の決定をする上で最も重要で、欠かすことのできない情報であるはずだからである。どうしてその肝心、要の情報が伏せられていて、コロナに関する枝葉のデータは見ていてうんざりするような量の資料やグラフで埋め尽くされているのであろうか。

厚労省が作成している資料で、「ワクチン接種状況と新規感染者数等の動向について」資料2-4があるのだが、見ていただきたい。

file:///C:/Users/oosak/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/YF9F4825/000809571.pdf

冒頭で述べられている、三段論法のような要約が、厚労省の言いたいことなのであろうが、官僚の押し付け的な論理展開と緻密な統計データは面妖というか、迷宮を徘徊させられて疲労困憊し、自主的な思考を放擲せざるを得ないような内容である。

曰く、冒頭部分を抜粋すると

1、 国内の新規感染者の多くは、65歳未満のワクチン未接種者となっている。

2、 国内の新規感染者数をワクチン接種歴別にみると、7月にワクチン未接種者  (65歳以上)は10万人当たり13.0だが、ワクチン2回接種者(65歳以上)は0.9となっている。未接種者と2回接種者を比較して65歳以上の高齢者の感染が10分の1以下になっている。

3、 東京都の新規感染者に占める65歳以上の割合は4%程度にとどまっており、これまでのところ、重症者や死亡者の増加が抑えられている。

そのあとにたくさんの量のグラフやデータが掲載されているのであるが、全ては陽性者数やワクチン接種率、重症者数、入院者数、死亡者数などの独立した数値の推移を様々な様式で一つのグラフの中に表したものであって、直接的にワクチンの効果を確認できる類のものは一つもないのである。厚労省の官僚は、ここまで手間暇を掛けて一体、どういう意図でこのような資料を作成しているのであろうか。簡単なことではないか。一つのグラフすら必要ないのである。コロナのワクチンは重症化を防げるということが政府が国民に説明するメリットなのだから、重症者数の中のワクチン接種者数の内訳を示せばよいだけのことである。敢えてグラフにするのであれば月別の時系列的な推移を一つ作成すれば済むことである。あるレベル以上(といっても大したものではないが)の知性の持ち主であれば、厚労省が作っているこのような夥しい量の資料やデータは本質的には、国民への印象操作に過ぎないものであることを理解することであろう。国民の一人一人に考えさせないために、見切れないほどのたくさんの資料を作成して、国が国民に期待する理解や答えを植え付けているのである。大衆が特殊詐欺に騙されるのも、政治やマスコミに騙されるのも構図とすれば同様であると私が主張するのはそういうことである。人間は処理しきれないほどの情報を提示されて説得されると、思考を放棄してしまって全面的に受け入れてしまう傾向がある。弁護士や警察などの知的な仕事に従事している人種は、それぞれの職務内においては印象操作されないために、主体的に情報を取捨選択する技術を持っているが、我々一般国民も政治やマスコミの提示する圧倒的な量の情報に対してそういう意識と姿勢で立ち向かう必要性があると言えよう。政治やマスコミ、官僚は所詮は利権の元でしか物事の善悪や可否を考えていないのだから。そういう認識がなければ簡単に誘導、洗脳されるだけのことである。10の情報を提示されれば、その内の9ないしは10の全てを無視して、残りの1か、関連した10以外の情報の1を追求していけば、嘘やごまかしの全体像が見えてくることであろう。今の時代はそれをしなければ自分の身を守れないのである。もう破滅のスイッチは入ってしまっているのである。誘導やミスリードさせるための情報はことごとく無視しなければならない。そうしなければ選択すべき、核心的な1が見えてこないのである。

練習的にもう一つの例を挙げれば、NHKが報じた2回接種済の高齢者致死率が未接種の人の約5分の1という厚労省調査がある。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210812/k10013196751000.html

65歳以上で亡くなった人は

▽    ワクチン接種を受けていない人では、感染した5387人中、232人で致死率は4.31%だったのに対し、

▽    1回接種を受けた人では857人中26人で3.03%、

▽    2回の接種を受けた人では112人中1人で0.89%と、致死率は接種を受けていない人のおよそ5分の1でした。この結果から「ワクチン接種によって重症化を予防し、死亡を抑える効果が見てとれる。」

ということだが皆さんはどのように感じられるであろうか。正直に言って私には小学生相手の説明のように思われてならない。冒頭でも言ったように致死率では測れないのである。致死率などはどうでもよいのだ。何が原因で死亡しているのかわからないではないか。65歳以上の高齢者になれば分母の数が大きくなれば死亡者が増えるのは当然である。ワクチン接種を受けていない5387人と2回接種の112人だと、48倍もの開きがある。それを単純に比較して致死率が5分の1の効果があるなどとは呆れて言葉を失うものである。それをまた「重症化を予防し、死亡を抑える効果」などとは詭弁以外の何物でもない。何度も繰り返すが、そんな回りくどいことをせずに、ワクチンの効果は重症化を防ぐことだとされているのだから、重症者数の中のワクチン2回接種の人数を公表すればよいだけのことではないか。分母が大きく異なる比較のできない二つのデータで、致死率が5分の1に減っているからすなわち重症化の予防にもなっているなどという理屈は、小学生でも少し利口な子なら首を傾げるのではなかろうか。苦笑を禁じ得ないとはまさにこのことである。

私は仮にワクチンに重症化を防ぐ効果があるとしても、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は人工的に作られたものであり、その遺伝子コードが埋め込まれたワクチンを人体に注入することなど危険極まりないものであると考えているものである。デマだフェイクだと言われようが、断定はできないもののSARS-CoV-2がコロナとエイズウイルス(HIV)とのハイブリッドで作られた可能性があるとも私は考えているので、もし万が一でもそうであるならば大変なことである。エイズは潜伏期間が長いので5年先、10年先にエイズと同様の免疫不全の症状を発症するのではないかと大きな声では言えないが、内心では本気でそう考えている。政府やマスコミが説明するようにワクチンによって体内に作られた抗原が本当に2~3週間で体外に排出されるかどうかも疑わしい。遺伝子の転写はDNAからRNAへの一方通行でその反対はあり得ないものであるが、エイズはレトロウイルスなので逆転写酵素を持っていてDNAに侵入し書き換える可能性があるものである。人体とは数十万年もの歴史のなかでその繰り返しによって進化してきたのである。今、我々人類はワクチンによって新しい種へ進化していくごく一部の選抜組と、その進化の流れから脱落して絶滅してゆく多数組への分岐のとば口に立たされているような気がしてならない。もちろん私が勝手にそう思っているだけのことなので実際のところはわからないものである。間違っているのかも知れない。しかしそれでも政府やマスコミを注意深く観察していると私はその主張や説明はどうしても信用できないものだ。信用出来ないなら出来ないで黙っていればよいのかも知れないが、私は自分のためだけではなく、将来のある若者や人類全体のために何か言わなければならないというある種の使命感に突き動かされていることもまた否定できないものである。ともかくも私にはワクチンが安心、安全なものとは到底思えないし、実際に既に900人以上の人間が亡くなっていることは事実であるが、それでもなお権威筋の人々がワクチンを接種するメリットの方が大きいと主張する最大の根拠である重症化を防ぐ効果があるということ、陰謀論的な見方を全く抜きにしてその観点からのみ考察したとしても、厚労省やマスコミの説明には隠蔽や誤魔化しが多いと言う以上にほとんどがそうであるように感じられて、やはり信用ならないということなのだ。信用しない私と信用されない権力のどちらが悪いのであろうか。(吉川 玲)

悪いのはマスコミである。

諸悪の根源は、マスコミと政治の癒着にあると言えば、皆さんはどのように思われるであろうか。癒着というよりもむしろマスコミの報道を通じた政治活動とでも言うか、TVや新聞はほとんど政権の広報宣伝組織であると見做すべきなのだと考えられる。戦争と同じである。少なくともコロナの状況やワクチンに関して言えば戦時中の大本営発表と同じで、国民の生命や利益を無視して、都合の悪い情報は隠蔽したり、印象操作で目立たないようにして、製薬会社やマスコミ、政治など大きな利権を有する者のための宣伝、啓蒙をしているだけである。またそれを盲従して受け入れてしまう大衆の心理的反応や意識状態も、80年前の太平洋戦争突入の時と何の変化も進歩も見られないのかも知れない。日本の民主主義とは本質的に、政治家の失言や不適切な発言を弾劾したり、日々、日常的に発生している不倫報道や猥褻事犯に世間の注意と関心を集めさせる程度のもので、肝心の国民の健康や生命については莫大な利権の前では、髪の毛一本ほどの価値も重みも持ち得ていないのである。私に言わせれば、若者にワクチンを接種させるなどということは、特攻隊で突撃させたり、回天に搭乗させて人間魚雷を命ずるのと同じである。戦後の76年で進歩したものとは、政治の嘘とマスコミの偽善的正義の巧妙さだけではないのか。

TVを見ていると、キャスターが緊急事態宣言が出ているにも関わらず、休日にはこれだけの人流が見られますなどと危機感を訴えながら、どこかの街の風景が映し出されている。何度も何十回もTVで見せられ、聞かされている報道内容である。だから新型コロナの感染者数は終息するどころか、右肩上がりに増加しているのだと。それは良い。確かにその通りなのかも知れない。その一部分を切り取れば、正しいことを言っているのである。正義なのだ。しかしその報道の僅か30分後には、同じ局の違う番組でタレントが何人か連れ立ってどこかの飲食店や行楽地にロケでぞろぞろと訪問している様子が放映されている。画面に映っているタレントは2~3人であってもカメラマンや同行しているスタッフを含めればそれなりの人流と賑わいになっていることであろう。そういう楽しそうな映像を日常的に何度も見せられれば、緊急事態が出ているとか、すでに医療崩壊が発生しているなどと何度も繰り返し訴えられても、タレントの行楽や散策のロケ映像から受ける印象の方が圧倒的に心地よいので、誰だって若者なら特に普段通りに外出しようと思うであろう。悪いのはマスコミなのである。それを全く問題視しない政治も同罪である。実際にタレントや芸能人のコロナ感染率は、正確なところはわからないが、一般人の数倍どころか数十倍も高いのではないかと見られる。ということはマスコミの偽善的な姿勢が、直接的にも間接的にもコロナの終息を妨げている最大の要因であると言えるのではないのか。このコロナ禍の状況において、飲食店や零細小売業者が倒産、廃業などの深刻な危機に陥り、仕事を失っている人も多数存在しているというのに、マスコミだけは感染を増やす要因となる、能天気でくだらない内容の映像を公共の電波を使用して垂れ流し続けているものである。感染者が爆発的に増加しているとか、医療崩壊だなどと危機感を煽り立てながら、自分たちはどうでもいいような、少なくとも緊急事態においては何の価値も認められないような宣伝、経済行為を決して止めようとしないのである。小さな飲食店が自粛要請に従わずに営業しているのと果たしてどちらが問題なのであろうか。マスコミのための正義や解釈などはいらないのである。マスコミにほんのわずかでも良心というものがあるのであれば、危機を訴える前に、まず自分たちがバラエティー的な野外での撮影や行楽、散策などの企画の一切を中止すべきではないのか。

(吉川 玲)

新型コロナウイルスの不可解さについて

世界は狂っている。狂わされていると言うべきか。今、我々が見極めなければならない真実とは何なのか。それは新型コロナを終息させるためのワクチンなのか、ワクチンを接種させるために新型コロナが存在するのか、ということではないのか。政府やマスコミが、政府広報や報道を通じて躍起になって行っていることは、後者の見解や疑惑を何の根拠もない軽佻浮薄の陰謀史観によるデマやフェイクだと徹底して否定、消散させつつ、ワクチンの危険性や死者数などの否定的なデータの露出を抑制しながら、前者の立場で国内のワクチン接種を拡大させる姿勢を固持していることである。政府やマスコミは、陰謀論イコール、何のエビデンスもない軽佻浮薄なデマというレッテル貼りの印象操作で国民の思考から駆逐させようとしているが、果たしてそれが正しいのであろうか。私にはそうは思えない。陰謀論はともかくも、エビデンスの用法には要注意である。自分の頭で考えられる能力のある人々には、人類のためにさらに考えを進めて欲しいと願うものである。政府やマスコミの、または真実を追求しようとする人々を否定するために用いられるエビデンスという言葉は、恣意的な統計やデータあるいは政治権力に寄り添った御用学者、製薬会社から講演料で多額の収入を得ている医師などの著述、論文、TV出演での発言を指しているものである。政府やマスコミに都合の悪い真実は、陰謀史観によるデマ、フェイクにならざるを得ないのである。ワクチンを打つべきかどうかということは、副次的な問題である。本当に重要な追求は、新型コロナの正体とは何なのかということであるはずだ。なぜならそれがワクチンを打つか、打たないかという選択を決定する唯一の要因であるからだ。御用学者や権力の見解に寄り添う人々の分類では軽佻浮薄なデマということであっても、真実を追求している限り、こう考えることが自然であり、またそのように考えざるを得ないという一つの見解に到達する。そういう意味で言えば、新型コロナのウイルスは自然に発生したものではあり得ない。生物兵器か単なる研究目的のためかは不明であるが人為的に作られたものであることは間違いないであろう。なぜそう考えるのかと具体的に縷々、述べるまでもないと思われるが、常識的に考えてコロナ由来の一つの型のウイルスが1年以上の長期間に及んで勢力を消長させることなく、変異しながらモンスターのような生命力で存在し続けることがあり得ないことである。自然発生のものは季節性のインフルエンザのように一旦消滅して、次年度の新しい型の発生を待つ方が自然の摂理に適合しているものである。自然界が一時的にそこまで驚異的な生命力を持つウイルスを生み出す必然性を擁しているとは考えられない。大衆がメディア報道や政治の説明に騙される原因は、思考停止と時流への流されやすさが第一であろうが、過去の事実をすぐに忘れてしまって、現時点における過去と整合性の取れていない後付け的な現象の解釈を盲目的に受け入れてしまうことも大きいと考えられる。クルーズ船のダイヤモンド・プリンセス号が2020年の2月上旬に横浜港に入港した当時は、新型コロナは中国の武漢では猛威を振るっていたが、その時点では日本国内も含めて中国以外では新型コロナの感染者は確認されていなかった。横浜港でクルーズ船の乗客乗員が下船を許可されずに船内で隔離されている時に検疫官が船内に入っていく映像を私は覚えているが、まるでアポロ11号の船員が月面で着ていた宇宙服のような防護具を着用していた。密室状態の中に潜入するとは言え、そこまで厳重に防護する必要があるのかと思ったが、それでも確か一人の検疫官が感染したのであった。厚生労働省は基本的な感染防護が徹底していなかったから検疫官が感染したのだなどと見え透いた言い訳をしていたが、発生当初の新型コロナはそれほどまでにモンスターのような感染力を有していたのであって、それゆえに武漢は地獄のような状態に陥っていたものである。その後、日本国内で徐々に感染者が確認されるに至って、感染の疑いがある人間を検査する指定医も同様に厳重な防護服を着用することとなり、気温が上昇する2020年の4月、5月ごろにはその恰好で一日に十人近くの検査をしていると暑さで体力が持たないのではないかなどとも報道されていた。要するに何が言いたいかと言えば、新型コロナウイルスであるSARS-COV2が発生した時点の感染力はそれほどまでに驚異的なものであって、デマかフェイクか知らないが武漢の研究所で生物兵器として開発されていたものが、何らかの原因で漏出されたに違いないと考える人も当然のように存在したということである。生物兵器というワードは、政治やマスコミにおいては絶対に口にしてはならないタブーだからであろうが、新聞やTVだけでなく週刊誌においてもそれを匂わせるような記事はまったく目にすることはなかった。それだけではなくて一部の週刊誌では、某女性週刊誌であるが、生物兵器などというようなことはあり得ないなどとご丁寧にも多数国民の疑問に答える形でそのような噂を打ち消す説明をしていたほどである。マスコミなどは所詮、その程度のレベルなのだからそれはよいとして、私の印象に強く残っていることは、新型コロナの発生起源が中国の武漢研究所である可能性を世界全体が認めている段階で英語圏5か国(アメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド)の機密情報共有の枠組みであるファイブ・アイズが足並みを揃えて、新型コロナウイルスが生物兵器や人為的なものであることを否定したことである。何で諜報機関が世界に向けてわざわざそのような声明を出す必要があるのであろうか。WHOの調査団が武漢の研究所に立ち入る1年近くも前の段階でである。アメリカの大統領やイギリスの首相がそう言うのであればまだしも英米の諜報機関がそういう声明を出すこと自体が、不自然でありまた事の真相を物語っているようにも思えたものである。ともかくもその後本流のSARS-COV2は感染拡大の中で弱まっていったことは否定しようのない事実である。もうあの宇宙服のような防護具を着用している医師や検疫官の姿を見ることはあり得ない。普通の風邪と同じようにマスクや手洗い、ソーシャル・ディスタンスで防げるレベルに弱毒化しているものである。本家本元の勢力がそうであるのに、何で傍流の変異種であるデルタ株が本家の発生当初の強さに迫るような感染力を復活させて登場してくるのかということである。これも自然の摂理から考えても、これまでの感染症の実態から見ても不可解としか言えないはずのものである。自然界の中においてウイルスや細菌の種類は無数にあるのであろうが、それゆえにその中の一つのウイルスの系統性が絶えることなく連綿とつながっていく必要性はないし、そういう状況は本来はあり得ないことである。その程度のことは専門の学者であればわかっているはずだが、恐らくは言えないのであろう。関連して言えばマスコミの報道も今や、やたらと感染者数の増加を強調し、変異株の脅威と合わせて危機感や不安を煽る一方である。遡って不可解な点を指摘すれば、日本で2020年に新型コロナの感染者数が増え始めた時期に、これはデマや陰謀論としてではなくエイズのワクチンが効くという情報が新聞等で報道された事実がある。実際に効いたのかどうかはわからないが、何で新型コロナにまったく別種のウイルスであるエイズのワクチンが効くなどということが一時的にではあれ思われたのかということである。これも私は記憶しているが2020年の2月ごろにインドの研究チームが新型コロナウイルスを分析した結果、自然界には見られない遺伝子の配列が見られてエイズ・ウイルス(HIV)の遺伝子コードが部分的に挿入されているとの論文を一旦は発表したものの、世界中から激しい反発と批判に遭って、その論文を撤回したということである。撤回されたもののエイズのワクチンが効くとされたことと符合しているではないか。今、推奨されている、そして多くの人々が何の疑いも持たずに接種しているmRNAワクチンはスパイク部分のタンパク質に限定されているとは言え、その新型コロナウイルスの遺伝子コードが設計図として組み込まれたものを体内の細胞に注入するものである。自己判断、自己責任とは言え、よくもそのような得体の知れないものを接種する了承をするものだなと、別にこれは反対派の意見とか陰謀論云々の話しを抜きにしても理性的、常識的に考えて率直にそう私は思うものである。この先、世界や人類がどうなろうと私の知ったことではないが、それが正直な感想なのだから仕方ない。 (吉川 玲)