龍のひげのブログ -34ページ目

国会議員はワクチンを打っているのか。

国会でのワクチン職場接種が始まったのは良いが、衆参国会議員計700人超に対して、申し込みが8月16日時点の報道で約100人に止まったとは、一体どういうことなのだろうか。

https://news.yahoo.co.jp/articles/ed533d48c7b32ffdd4e2ab02719a2291c00c39c9

地元で接種を済ませたケースが多いとみられる、ということだが永田町界隈で在住しているべき国会議員が、選挙でもないのにわざわざ地元に帰省して、ワクチン接種を済ませているなどという見方は不自然であろう。ここにおいて「~とみられる」という言い回しに注意していただきたい。マスコミ報道で頻繁に使われている伝え方であるが、取材や調査で確認すればわかることをしないで、「とみられる」と報道することは印象操作による誘導以外の何物でもない。マスコミ報道は事実を述べている部分は全体のごく一部で、その他ほとんどの部分は印象操作である。マスコミのしていることは実質的には報道と言う名の政治工作活動であり、それによる大衆への世論操作なのである。コロナやワクチンの問題でマスコミの本質が鮮明に顕在化しているものである。どのようにみられているかなど、どうでもよいことであって、実際にどうであるかを調べて国民に伝えることが公共に資するマスコミの本来の使命であり、役割ではないのか。とみられる、などという怠慢かつ無責任な言葉をマスコミは使うな。そして国民はマスコミの誘導や言い回しに対してもっと鋭敏な感覚を持たなければならない。政治とマスコミは一蓮托生に腐敗の極みにある。国会議員はワクチン接種を忌避しているようにしか考えられない。権威筋はそのような見方をまたデマやフェイクなどと決めつけて排除しようとするのであろうが、そもそもきちんとした情報公開がされていないことが問題なのであって、隠蔽されているのであれば疑惑が生じることは必然なのである。閣僚で見れば、菅総理大臣と河野大臣がワクチン接種をしたことは報道されているが、それ以外については、したのかしていないのかよくわからない状態に伏せられている。伏せられているということを別の表現で言えば、これだけ国民に強引に勧めているのだから閣僚はいくら何でも間違いなくしているのであろうと思わせる印象操作に止め置かれているということである。果たして本当にそうなのであろうか。日本の政治家に共通する卑劣さを甘く考えてはいけない。多数の国民がそのように思っているのであれば、実際にワクチン接種をする必要はないと考えることが国会議員の思考回路なのである。言ってみれば選挙公約と同じなのだ。国民がそうであろうと考えてくれることが政治家に絶大な力を付与するのであって、現実に国民が信じてくれたり考えている通りに公約やワクチン接種を実施する必要性は政治家にとってはないのである。そうでないと反論するのであれば、少なくとも全閣僚は一覧にして明瞭、明確にワクチン接種の履歴を国民に公表すべきであろう。それをしないのはなぜなのかということにならざるを得ないものである。子供や妊婦にまでワクチンを無理強いしておきながら自分たちはワクチンの危険性を知っているか、危険であると思っているゆえに忌避しているとしか考えられないものである。見落としている部分もあるかも知れないが、私が調べた範囲で見れば、たとえば萩生田文部科学大臣は、6月1日時点での報道によると「閣僚は堂々接種を」などと立派というか、まあ当たり前のことを発言している。見てください。

https://www.asahi.com/articles/ASP613WHMP61UTIL00X.html

記事を読めばわかる通り、その一方で自分自身の接種については「打っていないし、予定もない」などとした上で、東京五輪・パラリンピック開催時期に訪日する関係者との会談が予定されていることから「可能だったらその前に接種した方がいいと自分では思っている」などと、結局打つのか打たないのか、よくわからないような発言をしている。それで現在、オリンピックは閉幕し、パラリンピックは始まっているが、同氏の秘書が書いていると見られるブログ「はぎうだ光一の永田町見聞録」を見てもどこにもワクチン接種をしたという報告が見られないのである。

https://www.asahi.com/articles/ASP613WHMP61UTIL00X.html

これはどう考えても接種していないであろう。常識的に考えてもわかることではないか。TVやネットなどでもそれなりの金を掛けて国民にワクチン接種を勧める広告が流されているものである。大臣がワクチンを打ったのであれば、その報告は何よりも説得力と訴求効果のある宣伝になるのだから、その事実を黙っている理由などないではずである。ただ普通の従順な一般国民はそこまで踏み込んでは追求しないし、マスコミの印象操作で打っているであろうと思い込んでくれているから、実際に打つことから逃げているとしか考えられないものである。

田村厚労相も同様である。この人も非常にインチキ臭いと言うか、TVなどではワクチン確保や接種を進めることについて、存在感を誇示するように積極的に発言し、自分自身も当然のようにワクチンを接種していますというような「顔付き」だけはしているのだが、同氏の公式ホームページを探して見てもワクチン接種の報告がなされていない。都合が悪いからなのか活動報告は2月26日で止まってしまっていて、そこから先の報告は記載されていない。

https://tamura-norihisa.jp/?cat=21

さてこれはどういうことなのであろうか。厚生労働省大臣の立場としておかしいであろう。自分の個人的なことは公表したくないし、またする必要もないと考えているのであろうか。接種しているならしているで、自分は何月何日にどこのメーカーのワクチンを接種したのか国民にきちんと報告する責任と義務があるのではないのか。

加藤官房長官も同様である。この人は元々「俺は打たないよ」と身近な人間には明言していたものだが、ワクチンパスポートを推進する立場からそれではまずいと判断したのであろうが、6月11日時点の記者会見では「自衛隊の大規模接種センターを予約している」と言っていた。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2021061100994&g=pol

ところが実際に何月何日にワクチン接種を済ませましたという報告は、どこにも見当たらないのである。私の探し方が悪いのであろうか。そうではないであろう。恐らくは打ってはいないし、打つつもりもないのである。その他の国会議員なども推して知るべきであろう。閣僚だけでなくほとんどの議員は、地方議員はともかくも国会議員(地方議員とは入手している情報のレベルの差も大きいと思われるが)は、全員ではないにせよワクチンを打つことから逃げているのである。そう推測される国会議員の動静がワクチンの危険性を何よりも雄弁に物語っているのではないのか。またそれでいながらにして国民に対しては、子供や妊婦にまで無理強いするように勧めているのであるから日本の政治の邪悪さを証しているとしか私には思えないのであるが、いかがであろうか。違うというのであれば、マスコミなど外野の声はいらないから政治家本人が自分の声で反論してみろと言いたい。出来ないであろう。そういう卑怯な政治家の類が、多くの国民がコロナ禍で経済苦に喘いでいる中で、歳費として多額の給金を支給され、日本の支配者のように振舞っているのである。現世はともかくも、死後は地獄に堕ちゆくべき人々である。

(吉川 玲)

コロナワクチンは本当に重症化を防ぐ効果があるのか

コロナ重症者数が過去最多という厚労省の発表であるが、それはそれで良い。良いという意味は、事実であると受け止めることにやぶさかでないということだ。8月14日時点の重症者数は、1,521人となっている。陽性者数や死亡者数と比べて、集中治療室への入室や人工呼吸器での対応が必要とされる患者数は、恣意的な判断やデータ操作で改竄される余地が少ないと思われるので信憑性があると考えられる。しかしである。その重症者数がワクチン接種との関連性ということになると、途端に怪しくなる。怪しいというよりも厚労省のHPのあちこちを探しても、様々な統計やグラフがあるのに、直近の重症者数におけるワクチン接種の内訳が存在しないのである。これはおかしな話しであろう。コロナのワクチンは、罹ったとしても重症化が防げるという理由で国民は国やマスコミに強引に勧められているものである。ということは重症者数における未接種者、1回接種、2回接種の具体的な構成人数は、ワクチンの効果を確認、判断し、将来的に蒙る可能性のある副作用のリスクを両天秤に掛けて国民の一人一人が自己責任、自己判断の決定をする上で最も重要で、欠かすことのできない情報であるはずだからである。どうしてその肝心、要の情報が伏せられていて、コロナに関する枝葉のデータは見ていてうんざりするような量の資料やグラフで埋め尽くされているのであろうか。

厚労省が作成している資料で、「ワクチン接種状況と新規感染者数等の動向について」資料2-4があるのだが、見ていただきたい。

file:///C:/Users/oosak/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/YF9F4825/000809571.pdf

冒頭で述べられている、三段論法のような要約が、厚労省の言いたいことなのであろうが、官僚の押し付け的な論理展開と緻密な統計データは面妖というか、迷宮を徘徊させられて疲労困憊し、自主的な思考を放擲せざるを得ないような内容である。

曰く、冒頭部分を抜粋すると

1、 国内の新規感染者の多くは、65歳未満のワクチン未接種者となっている。

2、 国内の新規感染者数をワクチン接種歴別にみると、7月にワクチン未接種者  (65歳以上)は10万人当たり13.0だが、ワクチン2回接種者(65歳以上)は0.9となっている。未接種者と2回接種者を比較して65歳以上の高齢者の感染が10分の1以下になっている。

3、 東京都の新規感染者に占める65歳以上の割合は4%程度にとどまっており、これまでのところ、重症者や死亡者の増加が抑えられている。

そのあとにたくさんの量のグラフやデータが掲載されているのであるが、全ては陽性者数やワクチン接種率、重症者数、入院者数、死亡者数などの独立した数値の推移を様々な様式で一つのグラフの中に表したものであって、直接的にワクチンの効果を確認できる類のものは一つもないのである。厚労省の官僚は、ここまで手間暇を掛けて一体、どういう意図でこのような資料を作成しているのであろうか。簡単なことではないか。一つのグラフすら必要ないのである。コロナのワクチンは重症化を防げるということが政府が国民に説明するメリットなのだから、重症者数の中のワクチン接種者数の内訳を示せばよいだけのことである。敢えてグラフにするのであれば月別の時系列的な推移を一つ作成すれば済むことである。あるレベル以上(といっても大したものではないが)の知性の持ち主であれば、厚労省が作っているこのような夥しい量の資料やデータは本質的には、国民への印象操作に過ぎないものであることを理解することであろう。国民の一人一人に考えさせないために、見切れないほどのたくさんの資料を作成して、国が国民に期待する理解や答えを植え付けているのである。大衆が特殊詐欺に騙されるのも、政治やマスコミに騙されるのも構図とすれば同様であると私が主張するのはそういうことである。人間は処理しきれないほどの情報を提示されて説得されると、思考を放棄してしまって全面的に受け入れてしまう傾向がある。弁護士や警察などの知的な仕事に従事している人種は、それぞれの職務内においては印象操作されないために、主体的に情報を取捨選択する技術を持っているが、我々一般国民も政治やマスコミの提示する圧倒的な量の情報に対してそういう意識と姿勢で立ち向かう必要性があると言えよう。政治やマスコミ、官僚は所詮は利権の元でしか物事の善悪や可否を考えていないのだから。そういう認識がなければ簡単に誘導、洗脳されるだけのことである。10の情報を提示されれば、その内の9ないしは10の全てを無視して、残りの1か、関連した10以外の情報の1を追求していけば、嘘やごまかしの全体像が見えてくることであろう。今の時代はそれをしなければ自分の身を守れないのである。もう破滅のスイッチは入ってしまっているのである。誘導やミスリードさせるための情報はことごとく無視しなければならない。そうしなければ選択すべき、核心的な1が見えてこないのである。

練習的にもう一つの例を挙げれば、NHKが報じた2回接種済の高齢者致死率が未接種の人の約5分の1という厚労省調査がある。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210812/k10013196751000.html

65歳以上で亡くなった人は

▽    ワクチン接種を受けていない人では、感染した5387人中、232人で致死率は4.31%だったのに対し、

▽    1回接種を受けた人では857人中26人で3.03%、

▽    2回の接種を受けた人では112人中1人で0.89%と、致死率は接種を受けていない人のおよそ5分の1でした。この結果から「ワクチン接種によって重症化を予防し、死亡を抑える効果が見てとれる。」

ということだが皆さんはどのように感じられるであろうか。正直に言って私には小学生相手の説明のように思われてならない。冒頭でも言ったように致死率では測れないのである。致死率などはどうでもよいのだ。何が原因で死亡しているのかわからないではないか。65歳以上の高齢者になれば分母の数が大きくなれば死亡者が増えるのは当然である。ワクチン接種を受けていない5387人と2回接種の112人だと、48倍もの開きがある。それを単純に比較して致死率が5分の1の効果があるなどとは呆れて言葉を失うものである。それをまた「重症化を予防し、死亡を抑える効果」などとは詭弁以外の何物でもない。何度も繰り返すが、そんな回りくどいことをせずに、ワクチンの効果は重症化を防ぐことだとされているのだから、重症者数の中のワクチン2回接種の人数を公表すればよいだけのことではないか。分母が大きく異なる比較のできない二つのデータで、致死率が5分の1に減っているからすなわち重症化の予防にもなっているなどという理屈は、小学生でも少し利口な子なら首を傾げるのではなかろうか。苦笑を禁じ得ないとはまさにこのことである。

私は仮にワクチンに重症化を防ぐ効果があるとしても、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は人工的に作られたものであり、その遺伝子コードが埋め込まれたワクチンを人体に注入することなど危険極まりないものであると考えているものである。デマだフェイクだと言われようが、断定はできないもののSARS-CoV-2がコロナとエイズウイルス(HIV)とのハイブリッドで作られた可能性があるとも私は考えているので、もし万が一でもそうであるならば大変なことである。エイズは潜伏期間が長いので5年先、10年先にエイズと同様の免疫不全の症状を発症するのではないかと大きな声では言えないが、内心では本気でそう考えている。政府やマスコミが説明するようにワクチンによって体内に作られた抗原が本当に2~3週間で体外に排出されるかどうかも疑わしい。遺伝子の転写はDNAからRNAへの一方通行でその反対はあり得ないものであるが、エイズはレトロウイルスなので逆転写酵素を持っていてDNAに侵入し書き換える可能性があるものである。人体とは数十万年もの歴史のなかでその繰り返しによって進化してきたのである。今、我々人類はワクチンによって新しい種へ進化していくごく一部の選抜組と、その進化の流れから脱落して絶滅してゆく多数組への分岐のとば口に立たされているような気がしてならない。もちろん私が勝手にそう思っているだけのことなので実際のところはわからないものである。間違っているのかも知れない。しかしそれでも政府やマスコミを注意深く観察していると私はその主張や説明はどうしても信用できないものだ。信用出来ないなら出来ないで黙っていればよいのかも知れないが、私は自分のためだけではなく、将来のある若者や人類全体のために何か言わなければならないというある種の使命感に突き動かされていることもまた否定できないものである。ともかくも私にはワクチンが安心、安全なものとは到底思えないし、実際に既に900人以上の人間が亡くなっていることは事実であるが、それでもなお権威筋の人々がワクチンを接種するメリットの方が大きいと主張する最大の根拠である重症化を防ぐ効果があるということ、陰謀論的な見方を全く抜きにしてその観点からのみ考察したとしても、厚労省やマスコミの説明には隠蔽や誤魔化しが多いと言う以上にほとんどがそうであるように感じられて、やはり信用ならないということなのだ。信用しない私と信用されない権力のどちらが悪いのであろうか。(吉川 玲)

悪いのはマスコミである。

諸悪の根源は、マスコミと政治の癒着にあると言えば、皆さんはどのように思われるであろうか。癒着というよりもむしろマスコミの報道を通じた政治活動とでも言うか、TVや新聞はほとんど政権の広報宣伝組織であると見做すべきなのだと考えられる。戦争と同じである。少なくともコロナの状況やワクチンに関して言えば戦時中の大本営発表と同じで、国民の生命や利益を無視して、都合の悪い情報は隠蔽したり、印象操作で目立たないようにして、製薬会社やマスコミ、政治など大きな利権を有する者のための宣伝、啓蒙をしているだけである。またそれを盲従して受け入れてしまう大衆の心理的反応や意識状態も、80年前の太平洋戦争突入の時と何の変化も進歩も見られないのかも知れない。日本の民主主義とは本質的に、政治家の失言や不適切な発言を弾劾したり、日々、日常的に発生している不倫報道や猥褻事犯に世間の注意と関心を集めさせる程度のもので、肝心の国民の健康や生命については莫大な利権の前では、髪の毛一本ほどの価値も重みも持ち得ていないのである。私に言わせれば、若者にワクチンを接種させるなどということは、特攻隊で突撃させたり、回天に搭乗させて人間魚雷を命ずるのと同じである。戦後の76年で進歩したものとは、政治の嘘とマスコミの偽善的正義の巧妙さだけではないのか。

TVを見ていると、キャスターが緊急事態宣言が出ているにも関わらず、休日にはこれだけの人流が見られますなどと危機感を訴えながら、どこかの街の風景が映し出されている。何度も何十回もTVで見せられ、聞かされている報道内容である。だから新型コロナの感染者数は終息するどころか、右肩上がりに増加しているのだと。それは良い。確かにその通りなのかも知れない。その一部分を切り取れば、正しいことを言っているのである。正義なのだ。しかしその報道の僅か30分後には、同じ局の違う番組でタレントが何人か連れ立ってどこかの飲食店や行楽地にロケでぞろぞろと訪問している様子が放映されている。画面に映っているタレントは2~3人であってもカメラマンや同行しているスタッフを含めればそれなりの人流と賑わいになっていることであろう。そういう楽しそうな映像を日常的に何度も見せられれば、緊急事態が出ているとか、すでに医療崩壊が発生しているなどと何度も繰り返し訴えられても、タレントの行楽や散策のロケ映像から受ける印象の方が圧倒的に心地よいので、誰だって若者なら特に普段通りに外出しようと思うであろう。悪いのはマスコミなのである。それを全く問題視しない政治も同罪である。実際にタレントや芸能人のコロナ感染率は、正確なところはわからないが、一般人の数倍どころか数十倍も高いのではないかと見られる。ということはマスコミの偽善的な姿勢が、直接的にも間接的にもコロナの終息を妨げている最大の要因であると言えるのではないのか。このコロナ禍の状況において、飲食店や零細小売業者が倒産、廃業などの深刻な危機に陥り、仕事を失っている人も多数存在しているというのに、マスコミだけは感染を増やす要因となる、能天気でくだらない内容の映像を公共の電波を使用して垂れ流し続けているものである。感染者が爆発的に増加しているとか、医療崩壊だなどと危機感を煽り立てながら、自分たちはどうでもいいような、少なくとも緊急事態においては何の価値も認められないような宣伝、経済行為を決して止めようとしないのである。小さな飲食店が自粛要請に従わずに営業しているのと果たしてどちらが問題なのであろうか。マスコミのための正義や解釈などはいらないのである。マスコミにほんのわずかでも良心というものがあるのであれば、危機を訴える前に、まず自分たちがバラエティー的な野外での撮影や行楽、散策などの企画の一切を中止すべきではないのか。

(吉川 玲)