子供の行方不明者数と日本の闇
神隠しという言葉がある。子供が急に消え去ることで、天狗や山の神の仕業とされている。昔の民俗学的な話しで、実態はどうであったかはわからない。それでは質問ですが、今のこの令和の時代にも神隠しはあるのだろうか。答えは多くの人が考えであろう通りに「ある」のだが、問題はその数である。なんと毎年、国内で9歳以下の千人以上の子供が行方不明になっているのである。信じられないであろうが、嘘ではない。警察庁が作成している統計で詳細に報告されているのである。
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/fumei/R05yukuefumeisha.pdf
そのデータによれば、令和5年の9歳以下の行方明者数は1,115人で、10歳代は17,732人となっている。但しこの統計は見方に注意を要するものである。私は基本的に政府機関が作り、公表する統計というものを信用していない。だから国勢調査とか、景況感の調査などにも応じないか、適当に済ませることが多いのだが、まあそれはいいとして、データそのものが信用できないと言うことではなくて、データの処理方法や公表の仕方によって、問題の真相や本質が隠蔽されたり、操作されていることが多いと考えられるからである。警察庁が作成しているこの行方不明者数の資料について言えば、行方不明者とは、「警察に行方不明届が出された者の数である」ということになっている。つまりその後に所在確認がなされた者の数も含んでいるということだ。全体で見れば、令和5年には90,144人の行方不明届けが出されていて、令和5年以前に受理した届出分も含めて、令和5年中に所在確認がなされた者の数は8万8470人となっている。令和元年から5カ年のデータであるが、ざっくりと言えば毎年7万人後半から9万人程度の行方不明届けが警察に受理されているが、その各年度にほぼ同数の所在確認がなされているということである。それはそれでよい。行方不明になったものが発生して届出が出されても、その大半(8割程度)は届出受理の当日か、2~3日以内に所在の確認がなされているのである。しかしである。先にも述べた通りに令和5年においては、全体で90,144の行方不明届けが出されていて、令和5年以前の届出分も含めて88,470人の所在確認がされているということだから、令和5年の行方不明者90,144人の内、少なく見積もっても差引き1,674人は令和5年に見つかっていないということになる。その1,674人には、死亡確認がなされたものや、届出が取り下げられたものは含んでいない。要するに何が言いたいのかと言えば、9歳以下の1,115人や10歳代の17,732人の内、果たして何人の所在が確認されたのかということが、この統計ではまったく見えてこないということである。見えさせなくさせるため、考えさせなくさせるための統計ではないのか。そもそも自分の意志で失踪している可能性が高い20歳代以上の層(認知症の可能性の高い80歳代以上は除くとしても)、と事件性の可能性が濃厚な9歳以下や、義務教育期間の15歳以下を含む10歳代を同じような図式で全体を通して警察庁が統計作成することに何の意味があるのか。そこにおいては犯罪捜査の危機感や嗅覚というものが全く感じられないではないか。仮に9歳以下の1,115人の内、9割の1,000人の所在が後に迷子や家出などで確認されたとしても、残りの100人が不明のままであるとすれば、それが毎年、発生しているということなので、これは大変な数である。10歳代を加えればさらに恐ろしい数となる。当然、組織的な人身売買やペドフェリアの犠牲になっている可能性があることが考慮されなければならないはずである。日本は永遠の平和ボケ国家なので見えてはこないが、元々ヨーロッパなどでは人身売買が盛んで、特にウクライナやフランスなどが多いと言われていたが、日本も水面下で標的になされていたとしてもおかしくはないと考えられないであろうか。そして全くそのような危機感を感じさせるような報道は表面上にあがってくることはない。むしろ反対にマスコミは都市伝説だのフェイクだなどと言って馬鹿にするような態度を取り、大衆の意識から遠ざけようとする。フジテレビのように長年の間、性上納のような人権侵害を行ってきた報道機関に限ってそのような傾向が強いものである。偽善そのものである。本当にこの国は腐り果てている。この子供の行方不明者数が多い事象を政治家で取り上げているのは私の知る限りにおいて、ワクチンの弊害についての主張で提訴されている原口一博氏ただ一人であるということが、日本の闇の深さを如実に物語っているといえよう。
(吉川 玲)
戦争か、金儲けか。
確かにトランプ大統領は、交渉のディール(取引)として関税強化を利用している側面が大きい。本来は自国の産業や雇用を守る保護主義的な政策としての関税の在り方が、外交問題を解決に導くための交渉材料になってしまっているのである。それで日本のマスコミはいつもの通りにそれをトランプ流の“脅し”であると報道し、中国やカナダ、メキシコなどからの報復関税があると貿易戦争が勃発したなどと騒ぎ立てる。トランプ大統領のやり方は表面的には突飛で過激なように見えるかもしれないが、我々が着目しなければならない最も肝心なことは、そのトランプ大統領のやり方が国家間の武力衝突や戦争に流れていく要因となるのかということである。これは人によっても考え方は異なるかも知れないが、関税強化や貿易摩擦は戦争を生み出す要因とはならないのである。何でならないのかと問われると説明するのは難しいが、簡単にいうとトランプ大統領のビジネス感覚による政治スタイルというものは、経済的な対立やコンフリクト(緊張状態)を生み出しはするが、それは軍事的な衝突のトリガー要因とは別の位相のものであると考えられるということだ。わかりやすく個人レベルの話しで例えると、金の貸し借り、返済でトラブルになったとしても裁判になる可能性は当然あるが、普通は殴り合いの喧嘩や殺し合いにはならないということである。それでは何で国家間で戦争が発生するのかということであるが、それまた説明することは難しいが、国家というものはトランプ大統領のような政治スタイルで、つまり自国第一主義のビジネス感覚や金儲け主義で運営されている限りにおいては平和なのである。反対に関税撤廃のノーカントリーで、貿易物資だけでなく、不法移民や麻薬もどんどんと流入してくるという状態は、国家が戦争を回避する能力が弱まることを意味していると見れるものである。さらに言えば多様性の重視か少数者の権利保護か知らないが、男女の区別をなくしたり、LGBT法案のようなものは、国内に社会的な混乱を作り出して、国民が戦争の真の要因や動きに気付いたり、思考が焦点を合わせることを妨げる働きをしていると見れるのである。そしてそれがいわゆるグローバリズムというものの正体なのであって、トランプ大統領はその意図的に戦争を作り出すグローバリズムと戦っているのである。要するに自国第一主義の金儲けで戦争を回避するか、誰か一部の者の金儲けのために戦争を誘発する混乱や思想を維持するかの二社選択が今まさに人類に問われているということであって、その基本が見えていなければマスコミの報道を見ていても何もわからないであろうということである。洗脳されるだけなのだ。なぜならマスコミ報道は後者の戦争を誘発する混乱や思想を維持、推進する方向性に完全に偏ってしまっているからだ。悪魔的なグローバリズムに完全に毒されてしまっているというか、元々がその配下なのである。トランプ大統領がバイデン政権の時に大統領であったならば、ロシア、ウクライナ戦争は起こっていなかった可能性が大きいと思われる。それはロシアのプーチン大統領も認めていることなのである。金儲けで戦争を回避するか、戦争で誰かに金儲けさせるか、あなたはどちらを選びますかということだ。
(吉川 玲)
馬鹿は報道によって生産される産物である。
関税強化といえば、日本のマスコミは決まったように「貿易戦争」という形容で報道する。それで日本の大衆はそのイメージだけで認識してしまうのであるが、関税についてきちんと正しく理解がもたらされているとは思えない。アメリカのトランプ大統領が、メキシコとカナダに25%の関税を発動することを決定した。日本の大衆の多くは、たとえばメキシコの輸出業者や生産者などが、ペナルティー、罰則として商品価格の25%の税金を負担させられ、アメリカ政府に支払っているという風に間違った理解をしている。ところが実際には仮に100ドルのものを輸出したら、輸出者が25ドルの上乗せを相手国の税関に徴収されている訳ではなくて、基本的には輸入者が輸入国の税関(政府)に25ドルを支払っているのである。何でそのような間違った理解が広まっているのかと言えば、マスコミがそのように誤解させる伝え方をしているからであり、或いはマスコミ自体がよくわかっていない可能性もある。要するに関税の在り方は消費税と同じように内政問題なのであって、他国がその税率について撤廃や変更を要求することは内政干渉であるといえる。関税とは税による価格調整を通じて、国内の産業を保護したり、或いは反対に輸入を促進するために、あくまでも自国の状況に応じて個々に税率が決定されるのであって、貿易戦争というような表現は適切ではないし、誤った理解を導くものでしかないのである。たとえば農産物について安い輸入品ばかりが市場に出回るようになり、国内の生産業者が衰退し、完全に消滅してしまう事態になると、その輸入品、ひいてはその輸入国に対して依存せざるを得ないということとなり、経済的な輸出入収支の問題ではなくて、国家間のパワーバランスが揺らぐということが懸念される結果になる。自国で調達できないものを輸入させてもらうために、相手国を批判したり逆らえないということになる。たとえばロシアの天然ガスへの依存度が高いドイツは、ロシアの戦争を批判しにくいというようなことである。また半導体のように自国で生産する設備や能力がなくて、どうしても必要な工業製品に高関税を掛ける国はないであろう。そういうことで関税の在り方というものは貿易の促進が善であるというような単純なものではなくて、その国の内情や安全保障上のリスクにも深く関わるきわめて重要な政治決定なのである。トランプ大統領はアメリカのためには正しい意思決定をしているのであるが、それをグローバリズム至上主義に毒されている日本のマスコミは大衆に対して間違った理解をもたらすような報道で批判しているということである。そしてそれは正に今日の日本が直面している問題でもあるのだ。安価な中国製の農産物などの食品に依存するのではなくて、国内の業者を保護するべきであろう。今のような日本の食料自給率では、有事の際に中国からの食料輸入が長期的に途絶えてしまえば、日本人の多くが餓死する結果になるであろう。それゆえに政治的に中国を批判できないと言うことにならざるを得ないというか、もう既にそうなっている。何も鎖国しろと言っている訳ではない。国家的なリスクを鑑みた健全なバランス感覚があるのか、ないのかという問題である。石破政権など明らかに中国寄りに軸足が傾いてしまっていて、なおかつグローバリズムが絶対的な正義であると言うような単純馬鹿の思考しか出来なくなってしまっている。もう本当に日本という国はダメである。悪魔の呪縛から抜けられなくなってしまっている。微かな救いはそのような日本の現実なり危機に対してマスコミの洗脳から離れて理解できる人間が増えてきていることである。それに対抗してマスコミは従順な馬鹿を増やすことしか考えていない。自分の頭できちんと物事の真贋を見極める能力を持ち得ない人間を大量生産するような日本の馬鹿報道にこそ高率の報道税を課すべきである。
(吉川 玲)