『アジア開発史』 アジア開発銀行著 澤田康幸監訳 (2021年8月25日第1刷)

 

 

 

第2章 市場・国家と制度の役割① (第②章は①~⑤まで)

 

 

2.1 はじめに

 

開発には効率的な市場、効果的な国家、および強固な制度が必要となる。国家は、強固な制度を確立し、市場が効率的に機能しえない場合には介入を行い、さらには社会的平等性を促進するうえで必要となる。強固な制度は、市場の秩序ある機能と国家の説明責任を保証する。

 

実際に、国家は通常、市場の規制と法の支配の維持、教育と医療の提供、インフラへの投資、税金を通じた所得の再分配および社会的保護、マクロ経済の運営、ならびに環境の保護に責任を負う。多くの国において、国家は開発に関する調整や産業の支援にも関与している。

 

アジアでは、市場と国家の役割が過去50年間で大きく進化した。第二次世界大戦による荒廃から回復した日本は、市場競争と民間企業に依拠して成長を推進する一方、政府は積極的に投資、製品の輸出および技術のイノベーションを促進した。それらが1950年代前半から20年以上にわたる急成長につながった。

 

アジア開発途上国・地域の多くは、第二次世界大戦直後、国家形成と開発に対する強力な国家統制のもとで輸入代替工業化政策を採用した。しかし1960年代から、大韓民国(韓国)、香港、シンガポールおよび台湾が日本に続いて輸出振興と市場に適した政策へと転換した。これらの国および地域は成長と遂げ、現在は新興工業経済地域(NIEs)として知られるようになっている。

 

1970年代には、インドネシア、マレーシアおよびタイが貿易と外国直接投資(FDI)を自由化した。これらの国もまた、その後20~30年で高成長アジア経済地域となった。こうした成功に刺激を受けて、アジアのより多くの国・地域が1970年代後半から広範囲にわたる市場志向改革に乗り出し、外部の世界に門戸を開いた。

 

1980年代以降、開発に関する考え方において、ガバナンスと制度の質が重要であるとの認識が深まってきている。ガバナンスと制度の重要な側面である国家としての強い能力は、大戦後のアジアの経済的成功に大きく貢献したとみなされることが多い。

 

アジアの一部の国では、脆弱なガバナンスが紛争や情勢不安、そして経済的な失敗につながったとの見方もなされている。近年では、透明性と説明責任、ならびにより幅広い市民の参加を促すための取り組みがアジア・太平洋全域で活発化している。

 

 

2.2 市場と国家の役割

 

市場と国家の役割は、開発経済において最も重要な事項の1つである。市場による解決では社会的に最適な成果をもたらすことができないという「市場の失敗」が起こる分野があり、そうした問題に対処するために国家による介入が必要となる。国家は、強固な制度の確立と社会的公平性の惻隠にも重要な役割を果たす。

 

英国の経済学者アダム・スミス(Adam Smith)は、市場、価格および競争が資源を効率的に配分する「見えざる手」として機能するという考え方を、1776年の著作『国富論 (The Wealth of Nations)』において概念化した。スミスは、利益に動機付けられた個々の参加者による、目に見えない市場の力が最適な資源配分を保証し、持続的な富の創造につながることを理論化した。

 

しかし、資源配分について市場に依拠することは、国家の重要な役割を排除するものではない。歴史的に見ても、国家が道路や灌漑などの公的インフラを提供することは一般に行われてきた。現代の経済理論では、政府は市場経済においていくつかの重要な役割を果たすことができるものとされている。

 

第一に、市場の形成に資する制度の確立と、その秩序ある機能の支援である。これには、政府が規則と秩序の維持、財産権(知的財産を含む)の保護、契約の履行、公正な競争の確保、金融の安定性の維持および消費者の保護を目的とした法規制を導入することが必要となる。これらはすべて、取引、投資およびイノベーションを支える近代市場経済に不可欠な制度である。法規制を強化し、開放的な貿易投資体制を促進する改革は、過去半世紀におけるアジアの経済的成功の重要な要素となってきた (第9章)。

 

第二の役割は、経済理論における「市場の失敗」と「公共財」に関わるものである。政府における介入は、いずれも市場による解決を不十分なものとする「外部性」、「不完全競争」および「情報の非対称性」によって生じる市場の失敗を是正するために必要となる。負の外部性の重要な例として、汚染主体が社会的費用を負わない環境汚染が挙げられる。汚染は政府が、規制や税金を通じて対処することになる (第13章)。

 

市場の失敗の重要な形態として、洪水管理、街路照明、警察、外交、国防などの公共財に関連するものが挙げられる。これらは消費において排除不可能(料金を課すのが困難)かつ非競合的である(誰かの消費によって他の人の消費が減少することはない)ため、市場はこうしたサービスを効率的に提供できない。教育と公衆衛生は特定の消費者に提供可能であり、料金を課して報酬を受けられるが、それらは社会に対する大きな正の外部性を有することから「準公共財」とみなされる (第6章および第8章)。

 

第三に、産業の振興とイノベーションの支援である。途上国および先進国の政府はいずれも特に開発の初期段階において、ターゲットを絞った「産業政策」を活用し、関税や補助金などさまざまな手段を用いて「幼稚産業」あるいは広く国内産業一般を支援した。また各政府は優遇税制の実施や政府系金融機関を通じた信用供与により、投資や研究開発(R&D)などを支援した (米国でのインターネット、全地球測位システム  (GPS)、先端医学など)。

 

完全ではないにせよ、政府は多様な民間主体の「調整の問題 (コーディネーションプロブレム)」にも対処できる。例えば、アジアの多くの国において、政府は長期計画の策定によって民間投資にガイダンスを与えること、公共政策、および金銭的インセンティブにより、産業クラスターの促進や戦略的部門の振興を図っている (第5章)。

 

第四は、マクロ経済の安定性の維持である。現代の市場経済において、政府は金融政策および財政政策を通じて、景気循環の管理とマクロ経済の安定性の維持に重要な役割を果たす。米国の経済学者ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes)による1936年の著作『雇用、利子および貨幣の一般理論 (The General Theory of Employment, Interest, and Money)』は、総需要が乏しい場合に、積極的な財政政策を活用して景気の後退に対処するための理論的な根拠を提供した。一方、1960年代におけるマネタリストの理論では、経済的安定の維持とインフレの制御には安定的でルールに基づいた通貨供給が重要であると講じた。

 

現在では政府が景気の後退時には財政刺激策や金融緩和を、景気の過熱時には財政および金融の引き締めを行うべきだという点について広いコンセンサスが存在する。しかし、近年問題となっている、先進国における極めて低いインフレ率のもとでの極めて低い成長率の長期化への対応方法については、コンセンサスはほとんど得られていない (第10章)。

 

第五は、公平な所得分配の促進である。所得および資産の分配における過度の不平等は、不公正であるだけでなく経済の発展と富の創造にとって有害となりうる。そのため、政府による介入が、課税ならびに教育、保健および社会的保護への支出を通じて貧困と所得の不平等へ対処するために必要となる (第11章)。ジェンダーの平等の促進も、政策上の重要な優先課題である (第12章)。

 

アジア・太平洋地域の各政府は以上述べたことをすべて実施してきたが、政策上の優先順位には国および時期によって大きな差異があった。1960年代から始まった議論で、1980年代に盛んになったのが「政府の失敗」に関する議論であった。

 

その主張とは、政府による過剰な介入は新たな歪みを招き、最適な資源配分からの大きな逸脱につながるというものであった。政府の失敗が生じる可能性があるのは、生産補助金が非効率な企業を保護する場合、(エネルギーや水などに関する)消費者補助金が非効率で過剰な消費を促す場合、価格規制が過少生産や過剰生産を引き起こす場合、または過剰な福祉支給金がモラルハザードや濫用もしくは財政の不均衡につながる場合である。

 

もう1つの議論は、産業政策の実効性に関するものである。産業政策は、扱いを誤ればレントシーキングや不正競争、あるいは長期的にみた場合の非効率につながるおそれがあるとして、しばしば批判されてきた。しかしすでに論じたように、産業政策が特に開発の初期段階で一定の役割を果たすことは広く受け入れられている。

 

最後に、政府に過剰な権力を与えることは政策バイアス、「エリートキャプチャー」、すなわちエリート層による特権の占有や横領といった問題を生み出す可能性があるという主張がある。これは、優れたガバナンスの重要な要素としてチェック・アンド・バランス、説明責任と透明性、腐敗の抑制、そしてより幅広い市民の参加が挙げられる根拠となっている (2.4節)。

 

 

2.3 市場と国家の関係の開発理論と政策の変化

 

実際には、経済における国家の役割、特に工業化の促進と経済発展における役割は、国によって、および時期によって大きく異なる。こうした差異は、各国の歴史、政治体制、政策上の経験および開発段階を繁栄している。

 

■ 第二次世界大戦後における国家主導の工業化

第二次世界大戦後、開発途上国世界全体の経済政策において、国家主導での工業化が支配的となった。多くの国は植民地支配から独立を果たしたが、広範囲で貧困がまん延していた。開発のペースを加速させ、工業化によって先進国に追い付きたいという強い希望が存在したが、それは国家の威信に関わる問題であり、外国勢力からの経済的独立を取り戻すことでもあると考えられていた。工業化には大規模な投資が求められ、必要な資源を動員できる力を持っているのは国家のみのため、国家が主導しなければならない。

 

さらにソ連の体制の表面上の成功を受けて、社会主義は開発途上国世界の大部分で広く受容されつつあった。中国などの社会主義諸国は、中央計画経済のもので工業化を目指していた。

 

1950年代から1970年代の「輸入代替」貿易政策を伴う国家主導の工業化戦略には、学術的な裏付けがあった。大規模な同時多角的投資による「ビックプッシュ」、生産波及効果の大きい特定の産業への集中的投資を重視する「不均衡成長」、成長の主要な資源として農村部の余剰労働を都市の工業セクターへ移転することを重視する「二重経済」、さらには「発展段階論」といった経済についての新しい考え方が、研究者と政策決定者の双方から大きな注目を集めた。

 

これらの考え方に共通する認識とは、貧しい国々は経済成長のための十分な投資を生み出せず、低水準均衡の罠に陥っており、罠から抜け出すためには国家による介入が必要である、というものである。

 

国家主導の工業化には、国有企業が主要セクター、特に資本集約的な重工業に大規模な投資を行う必要があった。そしてそれは多くの場合、輸入代替によって支えられていた。高い関税は、国内の幼稚産業を保護することになった。

 

輸入代替工業化政策は、当時流行していた、先進国の富の増大を、開発途上国を犠牲にして生み出されたものと捉える「従属」理論または「中心-周辺」理論からの影響も受けていた。

 

終戦時、特に欧州において、多くの政府がすでに経済の大規模な管理を行っていたが、第二次世界大戦後、経済における国家の積極的な役割と主要産業の国有は、開発途上国において、より広く受容された。さらに、社会主義イデオロギーと市場の失敗に対する懸念が政府の政策に強い影響力を持った。例えば英国とフランスでは、戦後に多くの産業が国有化された。

 

これらの考え方や開発理論は相当な期間にわたって世界中の開発途上国における経済政策に大きな影響を与えたが、その影響は日本、NIEs、マレーシア、タイなど一部のアジアの国・地域では限られたものとなった。これらの諸国は、早くから輸入代替から対外志向かつ市場志向の政策へと移行していった。

 

■ 1980年代における市場主導型成長への転換

1970年代後半から、一部の先進国の経済政策は国家の強力な介入から自由主義への高い依存へと移行し、それが開発途上国の政策にも影響を与えた。

 

理由の1つは、多くの先進国において、国有産業の業績が不振で、広く経済一般の非効率が看取されたことである。ちょうどその頃、西洋において「新自由主義」経済哲学が台頭した。このイデオロギーは、英国のマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)政権(1979~1990年)やロナルド・レーガン(Ronald Reagan)政権(1981~1989年)によって受容された。英国では、多くの国有産業が1980年代に民営化された。アジアでは、日本もこの時期に日本国有鉄道や日本電信電話公社をはじめ複数の国有企業を民営化した。

 

新自由主義的経済思考は開発途上世界にも重大な影響を与え、特に1980年代に債務危機により「失われた10年」を経験したラテンアメリカではその影響が大きかった。この危機は、国家による過剰な介入と保護貿易が、ラテンアメリカ諸国から効率性と競争力を奪ったと考えられた。そうした考えが、政府の失敗を重要視する政策論と、そして政府の失敗が市場の失敗よりも悲惨なものとなる可能性があるという見方につながった。

 

1980年代には、開発途上世界の他の地域や社会主義諸国において市場志向改革が活発化した。アジアでは、文化大革命による中国の経済的困難、1980年代半ばの石油ブーム終了時におけるインドネシアの財政危機、そして南アジアの経済不振と国際収支危機を機に、多くの国で政策の見直しが始まった。

 

中国、ベトナムおよびインドネシアがそれぞれ1978年、1986年および1991年に市場志向改革を開始し、中央アジア諸国も独立後、1990年代にそれに続いた。これらの改革はまた、日本、NIEs、そしていくつかの東南アジアの国・地域の目覚ましい経済上の達成にも刺激を受けていた。

 

しかし、過去20年にわたって、新自由主義的な政策とワシントン・コンセンサスに対しては批判が高まってきている。各国の状況を十分に考慮せず、ワシントン・コンセンサスに機械的に従った急進的改革は、特にラテンアメリカとアフリカにおいて、あまり芳しい経済上の成果をもたらさなかった。急速な自由化と大規模な民営化という「ショック療法」により、ロシア経済は何年もの間深刻な不況に陥り続けた。一方、中国の経済的成功は、市場原理と国家による介入を組み合わせた漸進的な改革の成果であると多くの人々が考えている。2008年から2009年の世界金融危機もまた、市場原理への過度の依存がもたらす問題を浮き彫りにした。

 

 

2.4 良いガバナンスと強い制度の重要性

 

1980年代以来。開発をめぐる考え方の中で、持続的な経済成長と富の創造における優れたガバナンスの重要性に対する認識が高まってきた。これは、1980年代の「新制度派経済学」の影響力の高まりを受けてのものであった。

 

現在、ガバナンスとは政府が自国の経済的および社会的資源を管理する方法に関わるものだという点について幅広い合意が存在する。優れたガバナンスには、透明性、説明責任および幅広い市民参加に加え、法の支配、政治的安定性および腐敗の抑制が求められる。

 

また、優れたガバナンスには、優れた政策を考案し実施するうえでの国家としての強い能力も求められる。アジアのこれまでの開発経験から示唆されるのは、国家としての強い能力は有能な官僚制度によって支えられなければならず、成功は多くの場合先見の明と明確なビジョンを持った政治的リーダーに関連付けられるということである。

 

強い制度には、公式と非公式の二種類がある。公式の制度とは、憲法、法律ならびに明示的な規則および規制であって、最も重要として強制力を持つ国家により実施されるものを意味する。一方、非公式の制度とは、伝統などの不文律、規範や行動基準、禁忌など人々の間の紐帯や関係性を基盤とした制度のことである。

 

開発専門家はガバナンスと制度の質を評価するためにさまざまな指標を考案してきたが、それらは主に、(ⅰ)発言力と説明責任、(ⅱ)政治的安定性と暴力の不在、(ⅲ)政府の実効性、(ⅳ)規制の質、(ⅴ)法の支配、(ⅵ)腐敗の管理に焦点を当てている。

 

アジア開発銀行(ADB)による世界各国を対象とした研究では、ガバナンスの質と経済発展のペースに関連があることが明確に示されている。この関係性は、ガバナンスの複数の側面にわたって異なり、開発段階による差異もあり、また開発の個々の指標(成長率、貧困削減、教育、保健など)によっても異なる。このADBの研究によれば、アジアでは政府の実効性は1人当たりの国内総生産(GDP)と非常に高い相関があり、次いで規制の質との相関が高かった。また、この研究では政府の実効性と規制の質は、アジアにおいて世界の他のどの地域よりも経済成長のペースと強い相関があることを見出している。

 

異なる開発段階にある国は、それぞれ異なる制約に直面する可能性がある。低所得段階では、成長を軌道に乗せることが優先事項であり、政府の(教育とインフラへの十分な投資を保証する)実効性と(民間投資を促進する)規制の質が重要となる。所得レベルが高い場合は、開発の優先事項は成長の維持となる可能性が高く、透明性、説明責任および幅広い市民参加がより重要となると考えられる。

 

こうした研究成果は、アジアの経済上の「奇跡」を生み出すうえで、国家としての強い能力が極めて重要な役割を果たしたという主張を支持しているように思われる。先見の明のある政治的リーダーたちは、経済と社会の発展のために長期的なビジョンと指針を提供した。能力主義に基づく有能かつ政治的に中立な官僚機構が、開発計画、産業政策、そして効果的な実施を通じて、こうしたビジョンの実現に重要な役割を果たした。

 

非公式の制度が機能して大戦後のアジアにおける経済的成功に貢献したとの主張もある。例えば、世界価値観調査(World Values Survey)によれば、アジア諸国では世界の他の地域に比べて、人々の間の信頼が高い数値となって示されている。グラミン銀行はバングラデシュで設立されたマイクロファイナンス機関であり、コミュニティをベースにした開発組織であるが、公式と非公式の諸力が力を合わせることで開発を支援できるという1つの例である。

 

 

第2章 市場・国家と制度の役割② につづく

 

『良い戦略、悪い戦略』 リチャード・P・ルメルト著 村井章子訳(2012年6月22日第1刷)

 

 

 

◇ 第2部 良い戦略に活かされる強みの源泉(第6章から第15章) ◇

 

 

第8章 鎖構造

 

 

最も弱い箇所によって全体の性能が決まってしまうようなシステムは、鎖のような構造を持つと言える。どこかに弱い環がある場合、いくら他の環を強化しても、鎖全体は強くならない。

 

鎖が切れないようにするためには、一部の環だけを強化しても意味がない。チャレンジャー号の場合で言えば、Oリングの強度に問題があるときに、ロケットブースターを高性能にしても、乗組員の訓練を強化しても、意味がない。同じことは、スポーツにも言えるし、芸術作品にも言える。どこかに劣るところ、弱いところがあったら、全体がダメになってしまう。

 

数で補えないような状況では、とりわけ質が重要になる。たとえば建設工事中にトラックが故障しても、別のところからトラックを調達すればよい。だが、凡庸な歌手が100人いたところで世界的なテナー歌手の代わりは務まらないし、腕の悪い医者ならかからないほうがましかもしれない。

 

 

■   鎖構造の問題点

企業の経済は、少なくとも部分的には鎖のようにつながった構造になっている。このような構造で、一つのひとつ単位(=環)が個別に運営されていると、システム(=鎖)全体は十分な機能を発揮できず、「質的不整合」の問題が発生する。つまり、ある単位の責任者が改善に投資したいと考えても、他の単位の責任者がそうしない限り、システム全体としては意味をなさない。

 

それどころか、1つの単位だけが改善に力を入れると、全体としてマイナスになりかねない。ある単位が改善に投資する場合、人材を含む高価なリソースをそこに注ぎ込むことになる。だがそのような投資をしても、鎖で結ばれたシステム全体の改善にはつながらない。したがって、その単位にリソースを投入した分だけ利益は減ることになる。

 

経済の発展段階に伴う困難な問題の多くも、鎖構造になっている。たとえば、未熟練な労働者に高性能の機会を与えるのは無意味だが、まだ存在しない機械のために教育を行うのも無意味である。また腐敗した官僚は賄賂を受けとらないと邪魔立てをする困った存在だが、その一方で官僚機構はネポティズム(縁故主義)への有力な対抗手段となる。また道路を整備すれば貧弱な港湾設備に過度の負担がかかる一方、港湾設備を整えても、良い道路がなければ価値がない。

 

 

■   鎖構造問題の解決

マルコ・ティネッリは、イタリアの伝統的な同族経営の機械メーカーで社長を務めている。1997年のある日、彼が会社を再生したいきさつを聞いた。

 

「当時の経営状況は芳しくなかった。製品の品質はライバル企業より劣っていたし、コストは高かった。おまけに営業の連中は、技術知識がひどく乏しい。改革しなければ、いずれ立ち行かなくなるのは明らかだった。だが、問題が多すぎた。いったいどこから手を付けたらいいのか、私は途方に暮れた」

「で、どこから手を付けたんだい?」と私は質問した。

「シンプルに、3つの改善運動を順番にやることにした。最初は、12か月間、機械の品質改善だけに集中した。業界で最も信頼性が高く最も効率の良い機械を1年間でつくるんだと宣言し、それにかかりきりになった。品質改善が達成されたら、次は営業の教育に取り組んだ。第一段階の品質改善には営業の人間を参加させたんだが、今度は製造部門のエンジニアやワーカーが教育担当になった。すぐに結果が出ないことはわかっていたが、先行投資しなければ収穫は得られないからね」。

 

もし品質適合という概念や鎖構造の問題を知らない人がマルコの説明を聞いたら、単に3つの問題に順に取り組んだだけだと思うかもしれない。だが知っている人なら、マルコのやり方の賢明さに気づくだろう。鎖構造になった問題で難しいのは、ボトルネックを特定することである。しかも厄介なことに小出しの改革では効果が上がらず、それどころか事態を悪化させる恐れさえある。こんなとき大方のリーダーは途方に暮れ、前に進めなくなってしまう。問題が鎖のようにつながっている場合、全部を解決するまでほとんど効果は現れないが、マルコは1回に1つの問題に集中し、他の問題をシャットアウトすることで、この悩みをクリアしたのである。

 

インタビューで大切なのは、話されたことだけでなく、語られなかったことである。マルコは、「利益を増やすよう各部門に圧力をかけた」とは言わなかったし、「厳格な品質基準を導入して改善を要求した」とも、「優秀なマネジャーを外部から雇った」と言わなかった。マルコの語った再生物語では、彼自身がやるべきことを決め、変革のむずかしさを予測し、それを引き受けている。どんな企業でも、現場への権限移譲とトップダウンによる指揮統制とのせめぎ合いがある。マルコは、鎖構造の問題を解決するために一時的な両者のバランスを変え、トップダウン方式で臨む選択をしていた。

 

マルコの努力は報われ、鎖構造の問題も解決も十分に可能である。まずはボトルネックを見つける。そして、短期的な損失は覚悟で将来に投資する覚悟を決める。ここではリーダーシップがとりわけ重要である。四半期ごとの利益などに拘泥せず、最終目標を掲げつつ近い目標からクリアしていったことが成功につながったのである。

 

 

■   鎖構造を強みにする

鎖構造になった問題を解決するためには、強力なリーダーシップと計画的な取り組みが必要である。逆に言えば、強力なリーダーシップにより巧みに鎖構造を作り上げてしまえば、容易にまねできなくなる。

 

スウェーデンの家具メーカー、IKEAが世界最大の家具メーカーの地位を守り続けているのは、彼らの戦略が鎖構造を形成するものだからである。IKEAの方針はどれ1つとっても家具業界では異色であり、しかもそれらが密接に一体化している。たとえば伝統的な家具店では大量の在庫は抱えないし、自ら販売もしない。通常の家具店は自分でデザインしないし、店員の代わりにカタログで済ませるなどということもしない。

 

このようにIKEAのやり方はひどくユニークなうえに、それらが組み合わされて鎖構造を形成しているので、どれか1つを真似するだけでは効果が得られないのである。既存の業者が本気でIKEAに対抗するにはゼロから事業を設計し直す必要があり、そうなれば自分の店と共食いになってしまうだろう。だから、誰もやらない。

 

IKEAの方針が今後も競争優位を維持するためには、3つの条件が満たされなければならない。

① コア事業での卓越した効率性を維持する。

② コア事業は引き続き鎖構造を維持し、競合相手が1つか2つをまねしてもIKEAに対抗できないようにする。言い換えれば、既存の家具メーカーが組立家具のラインを導入しても、あるいは店員の代わりにカタログを導入しても、びくともしないような態勢を維持する。

③ 鎖構造を形成しているIKEAならではの独自性を維持し、ある1つのノウハウが盗まれても別のノウハウは容易には身につけられないようにする。たとえばカタログ販売方式をまねたとしても、ロジスティクス・システムをまねなければ効率は上がらないし、郊外型の大型店舗を展開できなければ意味がない。さらに既存の家具メーカーだけでなく、思いがけない分野でリソースや能力を持つ競争相手が出現しないか、警戒を怠らないことが必要である。

 

IKEAの例から、さまざまなプロセスを組み合わせて鎖構造を形成すれば、それが持続可能な戦略優位となり得ることがわかる。こうすれば戦略はより有効になるし、競争相手がまねることも困難になる。鎖構造の問題は解決が難しいが、その裏返しとして、優位性を築くこともまた可能なのである。

 

すべての鎖の環が粒ぞろいであれば、互いに補い合い、鎖全体も秀でたものとなる。一方、鎖の環のどれも質が悪く、ばらばらに管理されていたら、2007年頃のGMのように鎖全体の魅力がなくなってしまう。こうなったら、環の1つか2つを改善しても、大きな効果を得られない。しかし、マルコ・ティネッリの成功例からもわかるように、強力なリーダーシップの下で最も弱い環の改善に努力すれば、鎖全体を再び機能させることができる。

 

『良き社会のための経済学』 ジャン・ティロール著 村井章子訳 (2018年8月24日第1刷)

 

 

 

◇ 第Ⅲ部 経済の制度的枠組み ◇

 

 

 

第7章 企業、統治、社会的責任

 

 

企業経営の根幹は、ガバナンスにある。統治とは要するに、企業という大きな船の指揮をとり、重要な意思決定を行うことである。現代において圧倒的に多い資本主義的ガバナンスでは、意思決定権が投資家つまり株主に与えられている。その株主は経営陣に意思決定の権限を委任し、自分たちは原則として監視するだけとなる。ただし経営陣が株主の利益に反する行動をとった場合には、介入する。とはいえ経営陣のほうが多くの情報を掌握しているので、現実には介入はむずかしい。

 

 

1 さまざまな組織形態は可能だが・・・・・・選ばれていない

 

そもそも驚くべきは、株式会社という経営形態がこれほど広まったことである。起業というものをよく考えてみると、じつに多くのステークホルダーがいることに気づく。したがって、企業の下す決定に影響を受けるプレーヤーはきわめて多い。株主はもちろん、社員、サプライヤー、顧客、さらには企業が拠点を置く地方自治体や国もそうだ。そこで、すべてのプレーヤーがその関与の度合いに応じて何らかの権利を持てるような組織はできないものか、ということが模索されてきた。

 

たとえば共同出資方式はその1つだ。サービスの利用者が出資者として事業を共同で所有し、合意により運営する。代表的なのは農業協同組合だろう。農業協同組合は、農業機械のリース、在庫管理、販売促進などさまざまなサービスを組合員に提供する。資本主義の権化のようなアメリカに共同出資形式の事業がたくさんあると言ったら、読者は驚かれるだろうか。またクレジットカードのビザとマスターカードは、ライセンスを得た事業者が会員にサービスを提供するという形で運営されている。

 

さらに、医師、会計士、税理士、弁護士等々いわゆる専門職の世界では、共同出資方式が多い。社会的経済の範疇に属す事業体(協同組合、NPO、財団など)は合意に基づく民主的運営を旨とし、会員や加入者が決定権を持つ。投資家が決定権を独占しないことも特徴だ (議決権の一部に制限されることが多い)。

 

経済活動に従事する組織は、本来はそれぞれの事業環境にふさわしい統治形態を選ぶことが望ましい。実際にも柔軟な選択が認められており、自主運営(とくに創業時)を選ぶも、共同出資方式、株式会社を選ぶも、あるいはまったく新しい形態を選ぶも、企業の自由である。となると、かくも圧倒的多数が株式会社を選んでいることに驚かざるを得ない。この方式では、議決権は投資家すなわち株主というたった一種類のステークホルダーに与えられる。しかもこのステークホルダーの大半は、企業の外に存在する。その株主に対して経営陣は説明責任を果たさなければならない。

 

この方式の欠陥がさかんに報道されているのだから、なおのこと驚きである。経営幹部の報酬は企業の短期的業績に連動している、破綻直前まで配当を出す、会計操作(エンロンなど)を行う、企業の長期的な健全性を犠牲にして目先の利益追求に走る・・・・・・等々。企業経営が破綻したり機能不全に陥ったりすれば、虎の子の資金を注ぎ込んだ投資家が痛手を被るだけでは済まない。企業経営に直接介入できない他のステークホルダーも犠牲を強いられる。従業員は失業し、地元経済は打撃を受け、社会保障制度は失業保険を払わなければならない。

 

 

■    資金調達

あらゆる企業は、大手から中小にいたるまで、事業を拡大するためであれ、不況を乗り切るためであれ、どこも資金を必要としている。企業は株を発行して市場から直接調達するか、銀行から借りて間接的に資金を調達しなければならない。しかし資金の出し手または投資家のほうは、企業への投資に期待できる見返りが他の投資と同等以上でなければ、おいそれと資金を投じようとはしない。となると企業としては、 「あなたの投資には十分なリターンが見込めますよ」 と請け合えるような体制を整え、事業を運営することが必要となる。

 

・ 投資家が決定権を持つ場合

投資家が決定権を持つ場合、従業員の利益は必ずしも考慮されない。企業は長期的な展望を持ち、従業員にしかるべき待遇を用意するほうが、投資家にとっても好ましいことが多い。目先の収益拡大のために従業員を冷遇する企業は、評判を落とし、社内の士気が下がるうえ、長期的にも優秀な人材を呼び込むことができない。その結果、従業員だけでなく株主にも損害を与えることになる。したがって投資家が決定権を持つ場合には、従業員の利益を守ることが従業な課題となる。

 

・ 従業員が決定権を持つ場合

逆に従業員が決定権を持っている場合には、今度は投資家の利益を保護しなければならない。自主運営型の企業では投資リターンへの配慮が十分になされないのではないか、不安になる。リスクを察知した投資家は、投資を躊躇するだろう。投資が無駄になるくらいなら消費するほうがよいと考えるかもしれないし、別のところ(不動産、国債、他の企業、外国など)に投資しようと考えるかもしれない。となれば結局、従業員は損をする。資金調達手段を失い、事業を拡大できないどころか、存続すらおぼつかなくなるだろう。

 

投資家に潤沢に分け前を分配することが結局は従業員の利益になるという考え方は、直観に反するかもしれない。人間はとかく直接の結果に注目しやすい。この場合で言えば、投資家の取り分が増えることである。だが長期的に見て重要なのは、企業が資金調達できることだ。そのとき初めて雇用を増やすことが可能になる。従業員に経営の決定権を与える方式では、企業の命綱とも言えるこの資金調達の必要性が後回しにされかねない。すると資本が不足して生産性が低下し、収益も減って、結局は雇用も失われる――自分で自分の首を絞めることになる。

 

以上の考察から、企業がなぜ株式会社を選ぶのか、理由がおわかりいただけよう。その一方で監査法人や弁護士事務所は、基本的に人的資本だけで成り立っているので、共同出資方式が可能になる。より多くの資本を必要とする企業の場合には、投資家が決定権を握る方式になりやすい。

 

 

■ 所有と経営の分離――最後は誰が決めるのか?

投資家と経営陣が別である以上。経営陣に効率的経営を実行させるにはどうすればいいか、ということが問題になる。情報の経済学やゲーム理論の考え方では、次の2つの要素から権力や権限の概念を理解する。1つめは、公式の決定権。この権限は契約によって権利者に与えられる。2つめは、実質的な決定権。公式の権限は持ち合わせていないが、意思決定に必要な特権的かつ正確な情報を掌握しているプレーヤー、および公式決定権の保有者との利害が一致し、その信任を得たプレーヤーが、実質的な決定権を持つ。

 

マックス・ウェーバーが指摘するとおり、両者の決定的ちがいは、情報の非対称性にある。株主総会が公式の決定権を持つとしても、取締役会が情報を開示しなかったら、主導権を握ることはできない。取締役会にせよ株主総会にせよ、現経営陣の強大な影響力の行使を食い止めることはできない。

 

では資金の出し手は、経営陣のふるまいが自分たちの利益に反しないことを、現実にはどうやって確かめられるだろうか。答は、企業統治のさまざまなメカニズムにある。単一のメカニズムでは投資家と経営陣の利害の一致を保証するには不十分だが、二重三重のプロセスを経ることによって、それが可能になる (だが万全ではない)。

 

・ 経営陣のインセンティブ

株主価値の向上を左右する大きな要因の1つは、経営陣に対するインセンティブであるとされている。インセンティブ・メカニズムは、経営陣の利益と会社の利益を一致させるべく複雑に組み合わされていることが多いが、一つひとつのインセンティブを取り出してみると、かなり欠点が目につく。中でもひんぱんに非難されるのは、経営陣に対する実績連動型の報酬(とくにボーナス)とストックオプションだ。このタイプの報酬は、法外だというだけでなく、そもそもよからぬ経営に対して払われているとして批判の的になっている。

 

2008年のグローバル金融危機の際には、短期的な利益を追求するあまり無謀なリスクテークに走った銀行や証券会社に対して轟々たる非難の声が巻き起こった。彼らがそんなことをしたのは、主として経営陣のボーナスがその年の業績を基準に算定されるというメカニズムのためである。その結果、将来を犠牲にして目先の利益を最大化する誘因が働いた。

 

報酬の実績連動部分をその年の業績に基づくボーナスではなく、株式で与えることにすれば、それだけでもかなりの進歩である。もし経営陣が、短期的に利益が増えても長期的にはコストがかさむようなやり方で会社の収益を膨らませても、そのことに市場が気づけば、たとえ見かけの業績はよくても株価は下がるはずだ。そうなれば、報酬を株でももらう経営陣は罰を受けることになる。だが1つ重大な問題がある。そのためには異時点間のこの利益のちがいに市場が気がつかなければならないが、それは必ずしも容易なことではない。

 

報酬の実績連動部分について、回収(clawback)条項を設定するのもよい。ある年の業績が一時的な見せかけにすぎないと判明した場合には、支払った報酬を遡って回収できるようにする。言い換えれば、経営陣に対する報酬を一定期間 「冷蔵庫」 に入れておけば、目先の利益追求をいくらかでもくじくことができる。こうした発想から、緊急危機後に開かれたバーゼル銀行監督委員会では、規制対象となる銀行および証券会社に対し、経営者の報酬を長期的な基準で算定するよう求めている。

 

・ 外部からの監視

社外取締役、主要株主、買収を仕掛ける企業や乗っ取りや、監査人、倫理委員会、マスメディア、規制当局といった第三者も、経営陣が株主利益の創出を怠っていることを発見し、追求する役割を果たす。彼らの複雑な影響力やその相互作用、企業の資金調達への影響などは議論の的になっている。監督役は誰に監督されるのか、これらの第三者は企業価値の創出に寄与しているのか、自己利益の追求をしているのではないか、等々。

 

・ 資産構成とガバナンス

十分な流動性と担保能力を備え、評判も高い企業は、社債にスプレッドが小さく、市場での直接調達が可能だ。これに対して中小企業は銀行借り入れに依存せざるを得ないので、企業と銀行の間の情報の非対称性はかなり解消される。同様に、スタートアップ企業は手元資金も担保も将来キャッシュフローもないので、調達資金の投資先、ガバナンス、借り換えなどを投資先に厳しく審査される。経営者がさまざまな制約を課され、あっさりクビになることもめずらしくない。

 

 

 

2 企業の社会的責任

 

第6章で論じたように、現在主流となっている企業の経営形態は長い進化の賜物であり、二本の太い柱に支えられている。1つは価値創造、もう1つは説明責任である。これらは、アダム・スミスとアーサー・ピグーにまで遡る概念だ。企業は、自らの決定に伴うコストについて、さまざまなステークホルダーに対して責任を負わなければならない。

 

とはいえ、ステークホルダーの保護はとかく手薄になりがちである。契約にしても規制にしても将来を完全に見通すことはできないので、不完全にならざるを得ない。そこにさらに、先ほど述べたように、国家の失敗という問題まで加わる。ステークホルダーを保護するからこそ、資本主義的な利益の最大化が社会的に許容されるのであるから、両者はもっとエレガントな方法で調和させることが必要となってくる。

 

そこで、企業の社会的責任(CSR)である。欧州委員会によるCSRの定義は 「企業が社会・環境・経済面の配慮を、自主的に事業活動およびステークホルダーとの相互関係の中に組み込むこと」 となっている。この定義で重要なのは 「自主的」 という要素である。社会的責任を感じる企業であれば、二酸化炭素排出量を減らす。あるいは障害のある人を雇用する。それは、政府が法令で定めるからではなく、また補助金や優遇税制が受けられるからでもない。社会に望まれる行動をとることは自らの義務だと考えるからである。

 

 

■ 持続可能なビジョン

社会的責任投資(SRI)を謳う多くの投資ファンドは、長期的な視点に立つ運用を旨とし、長期的な利益を重視する。言い換えれば社会的責任投資ファンドは、投資選択に際して、サスティナビリティ(持続可能性)を中心に据えている。

 

こうしたファンドの存在とCSRは何の関係があるのだろうか。じつは、目先の利益に走る企業の行動と社会にとって有害な行動は密接に結びついている。たとえば銀行がリスクの高い戦略を選んだとしよう。この戦略のおかげで短期的に利益は増えるとしても、破綻のリスクも大きくなる。そして銀行が破綻すれば、被害は株主だけにとどまらない。銀行の破綻が経済全体におよぼしかねない影響を懸念して、政府はだいたいにおいて救済に乗り出す。それを見越して銀行は無謀なリスクテークを続ける。資金の出し手も、銀行が破綻することはないと高をくくり、経営の健全性に目をつぶって投資を続ける。

 

こうした例は枚挙にいとまがない。こうした理由から、CSRは持続可能な戦略構想に相通じると言える。そしてSRIファンドは 「ものを言う」 投資家として行動し、企業の経営を監視するだけでなく、取締役会や株主総会に参加するなどして、より長期的な戦略への軌道修正を求めていくことが望ましい。

 

 

■ 人々の要望に応える社会貢献

社会的な行動を望む気持ちは、企業のステークホルダーの場合、企業に善き行いを求める形で表現されることもある。投資家は、人権を無視する国で活動する企業や、子どもを働かせたり武器やタバコを製造するサプライヤーに下請けに出す企業には投資したくない。消費者も、フェアトレードの商品であれば多少高い値段でも払う用意がある。さらには、安定した給与や地位を捨ててまでサブサハラの子どもたちの医療や教育に尽くすNGOに参加し、そこに大きな喜びを見いだす人もいる。

 

このような場合、企業は社会的な行動を望む人々の気持ちを体現する存在となりうる。つまり、ステークホルダー(投資家、消費者、従業員)に成り代わって、社会的責任のある行動をとるわけだ。ここで改めて注意してほしいのは、企業の社会的行動はアダム・スミスの思想と何ら矛盾しないことである。驚かれるかもしれないが、フェアトレードのコーヒーを提供するカフェ・チェーンは、利益を犠牲にするわけではない。高いお金を払う用意のある顧客の需要に応えているだけである。したがって、カフェ・チェーンは自己の利益を最大化している。

 

人々の要望に応えて社会貢献をするという考え方はわかりやすいが、十分な効果を上げるためにはいくつか考慮すべき点がある。第一は、フリーライダーの存在である。たいていの人は、温室効果ガスの排出量を減らすために多少の努力はしてもいいと思っている。だが、地球全体の温暖化を抑制するために必要な膨大な努力はいやだというのが本音だ。苦しい努力は他人にやってもらいたいのである。

 

第二は、ステークホルダーが持ち合わせている情報の質の問題である。どの企業に投資するか、どの企業の製品を買うか、どの企業で働くか選ぶためには、その会社が本当に社会的なのかどうかを知る必要がある。ところがそれは、次の3つの理由から容易ではない。

 

1つ目は、情報収集である。企業の実態を知るためには、的確な情報収集が必要だ。たとえば、その企業自体はやっていなくても、孫請けやその下になったら管理不能になることを承知のうえで、倫理観念の乏しい下請業者を使っていないだろうか。あるいは、ほんとうに環境改善に役立つことをしないで、グリーンウォッシング(メディア受けのする見かけだけの欺瞞的な環境配慮)をしているのではないだろうか。個人がこうした情報を集めるのは容易ではないので、最近ではステークホルダー向けに社会的評価を行う調査会社も現れた。

 

2つ目は、金銭的に計測できない業績や行動の重み付けである。企業は、環境、事業の継続性、従業員の福利厚生、納税などの面で、金銭価値とはまた別の価値を創出している。そして、ある面ではプラスであっても、別の面ではマイナスだったりする。それらをどう差し引きして総合的に評価すべきかは、悩ましい問題だ。この問題を解決するために、近年では社会的評価を行う調査会社が合成指数を開発している。

 

そして3つ目の理由は、社会的無責任になりがちなことである。CSRは権限委譲を伴うものであり、民主的なプロセスにつきものの長所と短所を伴う。消費者、従業員、投資家が企業に善き行動を要望できるのは、その行動の結果や影響をきちんと理解できる場合に限られる。

 

 

■ 企業の自主的な社会貢献

一方、社会的行動の中には、企業が自ら正しいと判断して行うものもある。たとえば貧困地区の支援、若年層の雇用、芸術・文化の後援、医療支援などで、これらは利益追求が目的ではない。とはいえ実際は、自主的な社会貢献(利益を犠牲にする)と要望に応えて行う社会貢献(利益を犠牲にしない)の区別をつけるのは容易ではない。というのも、社会的な責任を果たす行為はその企業のイメージを向上させるので、金銭的な利益につながる可能性は否定できないからだ。

 

ミルトン・フリードマンは1970年に発表した著名な論文の中で、企業は株主のお金で善意をすべきではなく、経営陣や取締役が自腹を切って行うべきだと主張した。一方ロバート・ライシュは、企業は国家の代わりを果たすべきではないと断じている。

 

両者の主張の正しさは、企業が社会貢献活動をしようとする分野の行政の質はどうなっているのか、いう別の評価基準に左右される。これは実証的な問題であって、どの国でも同じ答を期待することはできない。行政の質に関する知識はまだ限られており、したがって、この方面でのより一層の研究が望まれる。現実には大方の国が実利的な方針を採用しており、企業のフィランソロピーには大きな自由度が確保されている。

 

 

第Ⅳ部 マクロ経済の課題

第8章 気候変動① につづく

 

 

『子どもの貧困対策と教育支援』 末冨 芳 (2017年9月30日第1刷)

 

 

 

◇ 第2部 当事者へのアプローチから考える教育支援 ◇

 

 

 

第12章 ユースソーシャルワーカーによる高校生支援 / 梶野光信 (東京都教育庁) 柊澤利也(東京都ユースソーシャルワーカー)

 

 

■ はじめに

社会的困難を抱える子ども・若者への支援に注目が集まる中、東京都教育委員会は、2016(平成28)年度から都立高校における不登校・中途退学対策として、都立学校「自立支援チーム」派遣事業(以下、自立支援チーム派遣事業)を施策化した。その内容は、福祉支援系と就労支援系からなるユースソーシャルワーカー(以下、YSW)を都立高校に派遣するというものである。

 

この事業には2つのパターンがある。1つは、不登校・中途退学等の課題が集中的に現れる都立高校に対し、週1~3回のペースで継続的にYSWをチームとして派遣するパターン(以下、継続派遣校)である。もう1つは、学校の要請に応じて課題に対応できるYSWを派遣するというパターン(以下、要請派遣校)である。

 

 

 

1  都立高校 「自立支援チーム」 派遣事業の施策化の経緯

 

■ 都立高校改革推進計画に基づく中途退学者対策の実施

自立支援チーム派遣事業が施策化されたきっかけは、2012(平成24)年2月に出された「都立高校改革推進計画・第一次実施計画」において、若者の再チャレンジを支援するという方向性が打ち出されたことである。これを受け、地域教育支援部生涯学習課(以下、生涯学習課)は、2012(平成24)年度に「都立高校中途退学者等追跡調査」(以下、中退者調査)を実施した。

 

この調査結果を踏まえ、生涯学習課は、2013(平成25)年度から3年間の計画で「都立高校における中途退学者等未然防止モデル事業」(以下、モデル事業)を施策化し、若者支援NPOに事業を委託した。主な委託内容は、①中途退学の未然防止、②中途退学者を地域サポステ等の若者支援機関への的確な誘導、③在学中の進路決定支援(進路未決定卒業の防止)であった。

 

しかしながら、モデル事業では、①と②の取組みについては望ましい成果をあげることができなかった。NPOという外部の資源では、学年担任団に対し、十分コミットメントができなかったことが要因である。一方、③の取組みは一定程度成功を収めることができた。その理由は、進路指導部が窓口であったからである。進路指導部は校内分掌の中で、日頃から大学、専門学校そしてハローワークとの連携を行うなど、外に開かれた組織となっているため、NPOからのアプローチも好意的に受け止めてもらえることができた。

 

■ 都教委職員の身分を持つユースソーシャルワーカーの採用

モデル事業の反省を踏まえ、校内組織へのコミットメントを高めるために、中途退学の未然防止を担当する者に都教委の職員の身分を持たせることを考えた。生涯学習課では、2016(平成28)年度にYSW48名とYSWのスーパーバイズ役としてユースアドバイザー6名の計54名を非常勤職員として採用した。非常勤職員とはいえ、一度に54名もの人員配置が認められるということは、都庁内でも異例のことであった。

 

その背景には、舛添要一都知事(当時)が若年者雇用対策の必要性を訴えてきたことがある。それに加えて、「子供の貧困対策に関する大綱」(2014年)などを通じて、スクールソーシャルワーカー(以下、SSW)の必要性が政策課題となっていたことも施策の追い風となった。

 

 

 

2  ユースソーシャルワーカーの職務内容

 

 

YSWの職務パターンは、以下の4点に整理できる。パターンⅠは、いわゆる「派遣型」のSSWの役割に近いものである。主な役割は、教員や学校管理職からの要請に応じ、専門的な情報を提供するとともに、解決案を提案することである。このパターンは、主に要請派遣校で実施されている。

 

パターンⅡは、継続派遣校から期待される要支援生徒に対する直接アプローチである。このパターンの特徴は、生徒に関する問題が顕在化してから、YSWの対応が求められるところにある。主な職務は、学校からの依頼により生徒や保護者との面談、教員とともに不登校生徒への家庭訪問、児童相談所や子ども家庭支援センター、精神保健福祉センター、福祉事務所等関係機関とのネットワークの構築などである。

 

パターンⅢは、校内におけるユースワークである。ここでは、生徒とYSWの関係性の構築に重点を置いている。YSWは、課外活動、昼休み、放課後、部活動等の時間を利用して、生徒たちの学校生活の中に入り込む。日常的に交わされる生徒たちのことばに耳を傾け、生徒たちの中にある潜在的なニーズを把握、分析するのである。このアプローチは、生徒の問題が顕在化する前に、未然に問題を防止しようとするモデルである。

 

パターンⅣは、学校外におけるユースワークである。学校外の場所で、学習支援だけでなく、若者同士の交流の機会や居場所づくり、そして社会体験や職業体験、サービスラーニングやプロジェクトベースドラーニング等の手法を用いながら、生徒自身のエンパワーメントを支援していこうとするものである。自立支援チーム派遣事業においては、都立高校の通信制課程に在籍する生徒や高校中途退学者を対象に、若者支援NPOに都教育委員会が事業を委託し、「学び直し支援事業を」として実施している。

 

 

 

3  継続派遣校の取組み

 

 

自立支援チーム派遣事業において、とくに重視しているアプローチがパターンⅢの「校内ユースワーク」である。このアプローチは、神奈川県立田奈高校において取り組まれている図書館を利用した「校内カフェ (ぴっかりカフェ)」を通じて提起されている「交流相談」という考え方と軌を一にしている。本節では、この「校内ユースワーク」という概念を手がかりにパターンⅢに分類される取組みを、継続派遣校の1つであるX校の事例を通じて考察する。

 

 

■ X校の校内体制

本稿で取り上げるX校は、中退率が高い、東京都の多摩地域に位置する全日制普通科の進路多様校である。X校には困難を抱えた生徒が多く在籍するため、週時程に組み込まれた定例会議が週に一度開催される。

 

2016年度のメンバーは、管理職、自立支援担当教員 (生活指導部兼任)、進路指導部教諭、養護教諭、特別支援コーディネーター、各学年の教員1名、スクールカウンセラー (以下、SC)、YSWである。この会議では限られた時間を有効活用するために、中心となる自立担当教員があらかじめレジュメを配布し、学力不振、進路未決定、家庭環境、不登校、進路変更、人間関係のつまずき、特別指導等多岐にわたる生徒に関する情報共有が行われる。

 

こうした定例会議のメリットは、各学年で生徒情報が制限されることなく、管理職をはじめ、他学年やSC、YSWに情報共有が行われ、またそれぞれの立場から該当生徒を多面的に把握することにもつながっていることにある。

 

 

■ X校におけるパターンⅡの学校との連携による要支援生徒の直接支援

従来型のSSWと同様に、YSWは教員同行のもと家庭訪問や生徒・保護者面談等を行う。面談内容を大きく分類すると、①学校生活に関するケース、②家庭に関するケース、③進路・進路変更に関するケースの主に3種類となる。

 

たとえば、①では教員やSCと共有しながら、友人関係等の学校生活に関する面談を実施してきた。②では、教員とともに児童相談所や子ども家庭支援センターと連携が必須な生徒の面談を実施した。③担当教員と共に転学・編入学を希望する生徒、すでに中途退学した生徒の相談を行ってきた。このような依頼による生徒対応が、X校におけるパターンⅡである。

 

 

■ X校におけるパターンⅢの生徒との関係づくりに重点を置く

YSWが日常的に交わされる生徒たちのことばに耳を傾け、生徒の潜在的ニーズを把握し、分析を行う。その目的は生徒の問題が顕在化する前に未然にその問題を防止することにあり、YSWは「ナナメの関係」を心がけながら、校内において生徒と関係づくりを行っている。こうした活動は「校内ユースワーク」と位置づけられ、その中身を、①「生徒の顕在的ニーズ」へのアプローチ、②「生徒の潜在的ニーズ」へのアプローチの2種類に大きく分類することができる。

 

① 「生徒の顕在的ニーズ」へのアプローチ

パターンⅡで紹介した通り、生徒の課題が顕在化した中で、定例会議や直接教員からの依頼によりYSWは生徒と接することがある。ただし、パターンⅡと異なる点は、「校内ユースワーク」によって生徒と接する点である。つまり、あらかじめ「当該生徒を呼び、参加してもらう」といった面談形式の中で生徒と接するのではなく、偶然を装って生徒と接することがある。

 

教員(主に担当)が気になる生徒、つまり教員からみると生徒の課題が顕在化しているにもかかわらず、生徒自身がそれに対し向き合おうとせず、教員自身が生徒指導の困難性をかかえることがある。なぜ当該生徒が面談に応じないかといえば、入学当初から「先生」という存在に対して対抗心を持つ生徒やアルバイト等で忙しく面談という場に参加したがらない生徒、「別室に呼ばれた」という意識が働き、警戒する生徒などさまざまであるからである。こうした生徒に対して、教員とは別のアプローチである「ナナメの関係」に基づいた「校内ユースワーク」を行い、生徒と接するのである。

 

 

② 「生徒の潜在的ニーズ」へのアプローチ

YSWは、「授業見学」 「休み時間や放課後に廊下を歩く」 「部活動への参加」などの「校内ユースワーク」を行うと、多くの生徒と接することになる。ただ、①「生徒の顕在化ニーズ」へのアプローチのように、常に教員からの依頼等でYSWが活動しているわけではない。

 

つまり、生徒自ら「実は、私〇〇・・・・・・」と悩みを相談することもある。その相談内容は、「学校をやめたい」 「友人関係でつまずいた」 「進級できない」 「家庭が原因で進学をあきらめざるを得ない」 「家でいろいろあって」と多岐にわたる。

 

また、学校生活に限らず、かれらの家庭や日常生活の話を聞くこともある。つまり、これは「生徒の潜在的ニーズ」が浮かびあがったことといえよう。このように「校内ユースワーク」を行うことで、生徒とYSWとの関係性が構築され、問題が顕在化される前(未然)に、生徒の潜在的ニーズを把握することができる。

 

こうした取組みが行われることで、教員(とくに担任)が今まで1人で抱えていた課題のある生徒の対応にYSWが関わることで、多角的視点から生徒のニーズを把握し、生徒をサポートすることが可能となったのである。

 

 

 

4  都立学校自立支援チーム派遣事業の成果と課題

 

■ 事業の成果

本事業の成果として第一にあげられるのは、ユースワークの有効性が明らかになったことである。従来型のSSW事業の主たる関心は、貧困問題や社会的不利益等福祉的課題へのリスク対応型アプローチに置かれている。それに対し、「校内ユースワーク」では、YSWが日常生活場面(学校生活)に入り込み、生徒との信頼関係を紡いでいくことを支援の出発点とする。

 

生徒たちはYSWのことを呼び捨てにしたり、あだ名をつけたりして、自分たちのコミュニティにYSWを招き入れる。このコミュニティで発せられる生徒たちのことばの意味をYSWが理解することがユースワークの第一歩である。この関係性の中から得られた情報は、教員―生徒といった権力的な関係では得ることができない「生きた情報」である。

 

ここから得られた情報をYSWが教員たちと共有する。教員たちは自分たちの前で見せる生徒とは異なる生徒の姿を知り、多面的な生徒理解の必要性を実感する。

 

次のステップは、生徒に内在する主体性の芽を引き出すアプローチを展開することである。YSWが生徒にとって「重要な他者 [the significant others]」となり、生徒との間で信頼関係を構築することである。生徒たちの「語り」の中から、生徒自身の主体性を引き出すようなファシリテーションを行うのがYSWの役割である。このようなユースワーク的アプローチにより、生徒たちが自らの自立に向けた第一歩を踏み出していることに意味を、教員たちが実感するようになってきたのである。

 

第二に、継続派遣校の中で、YSW導入の効果が現れた高校はいずれも、学級担任まかせでなく、組織内に校内体制の確立ができていたことである。高校の多くは旧態依然とした「なべ蓋型」の組織が弊害を抱えている。

 

この弊害を乗り越え、学校が「チーム」としての機能を発揮するために、都教委が指名したのが、自立支援担当教員である。この教員の役割は、学校管理職、学級担任、生徒指導部、進路指導部、養護教諭、特別支援教育コーディネーター、そしてスクールカウンセラーといった教職員をネットワーク化し、不登校・中途退学問題に的確に対応するための校内体制(たとえば、教育相談委員会等)を構築することである。

 

自立支援担当教員を中心とした校内体制が確立されることにより、高校内で生徒個々の課題を把握する作業が進むようになっていく。そこにYSWが加わることにより、個に応じた支援が可能になるのである。

 

 

■ 今後の課題

東京都における施策化の過程では、ユースワーカーとソーシャルワーカーの役割を併せ持つことを目指し、YSW職名を設定した。今後は、ユースソーシャルワークの理論化が必要となってくる。

 

ドイツをはじめ、イギリスやデンマークなどの取組みなどを視野に入れながら、教育、雇用・就労、福祉・精神保健といった既存の行政枠組みを乗り越え、社会的困難を抱える若者たちのソーシャルインクルージョン(社会的包摂)の取組みを具現化する作業を進めていくことが喫緊の課題である。

 

それとともに必要なのは、YSWの支援スキルを向上させることである。YSWを採用するうえで、社会福祉士や精神保健福祉士、臨床心理士、キャリアコンサルティング技能士、教員免許、社会教育主事有資格者等さまざまな領域から意識的に人材を集めてきた。

 

これらの人材がチームを組むことによる化学反応が起きることを期待していたのであるが、まだそれが十分に発揮されているとは言いがたい。多職種連携が効果を発揮するためには、ユースソーシャルワークという共通の価値観(土台)を共有することが不可欠である。そのための研修プログラムづくりを進めていくことも課題である。

 

 

■ おわり

自立支援チーム派遣事業の取組みを通じて、我々が改めて認識したことは、子どもや若者たちの誰もが、自ら成長しようとする芽を持っているということである。生徒たちと適度な距離感を保ちながら、少しずつ成長の芽を育てていくために、水をやり、陽を照らしつづけることが支援の基本であることを肝に銘じ、実践を深めていきたい。

 

 

第13章 生活支援からの子どもへのアプローチ につづく

 

 

『絶望を希望に変える経済学』 アビジット・V・バナジー & エステル・デュフロ著 村井章子訳 (2020年4月17日第1刷)

 

 

 

第5章 成長の終焉?④ (第5章は①から④まで)

 

 

成長の終焉?① 

成長の終焉?② 

成長の終焉?③ のつづき

 

 

■ 鈍い新陳代謝

リソース配分の失敗はなぜ起きるのだろうか。インド企業はアメリカ企業より成長スピードがかなり遅いが、にもかかわらず、廃業に追い込まれる企業の数ははるかに少ない。言い換えれば、アメリカ経済は「成功するか退場するか」どちらかで、新しいことを試みてから数年後には成功にせよ失敗にせよ結果が出る。これに対してインド経済は新陳代謝が鈍く、よい企業が成長せずに悪い企業も退場しない。

 

この2つのことはおそらく密着している。よい企業がハイペースで成長できないから悪い企業が生き残るのでる。最適の企業が急成長すれば、製品なりサービスなりの価格を押し下げ、他の企業を市場から押し出すはずだからだ。価格競争に生き残れるのは、同じぐらい生産性の高い企業だけだろう。同様に、急成長を遂げる企業は賃金水準も原料価格も押し上げるので、生産性の低い企業はますます立ち行かなくなる。対照的に、生産性の高い企業がいつまでも小粒のままで地元の需要に応じるだけにとどまるなら、すぐ隣の市場で生産性の低い企業も生き延びることができる。

 

そうなってしまう原因の1つは資本市場にある。たとえばティルプルの例では、あきらかに資本市場に問題があった。インドの最も生産的なTシャツ・クラスターで最も生産性の高い起業家が資金を調達できず、非効率な地元事業者の規模をいつまでたっても凌駕できない。

 

インドと中国に関しては、ともに銀行部門に深刻な問題を抱えている。中国の四大国有銀行は政治的なしがらみから、相変わらず疑わしいプロジェクトに気前よく貸している。このため、若くて野心的な起業家が有望なアイデアに資金調達をしようとしても、政治家のお友達がいないせいで借りられないことが多い。

 

インドの銀行も同じような問題を抱えるうえ、甚だしく人員過剰だと言われている。必要以上の人員に給料を払うとなれば、貸出金利と預金金利に相当な差をつけなければならない。その結果、インドの貸出金利は他国と比べてひどく高く、預金金利はひどく低い。このように資金調達コストがかさむために、投資したい人が借りられない。この状況は、ティルプルのガンダー家のような裕福な親戚を持っている者に有利に働くことになる。このような悪い銀行は、二重の意味で非効率だ。まず貯蓄率が下がる。そのうえ既存の貯蓄は効率的に運用されない。

 

 

■ 心理的な理由

だが、インド、ナイジェリア、メキシコといった国で優良企業が不良企業に取って代われない理由はほかにもある。それはもっと心理的な理由だ。多くは創業者である会社のオーナーは、自社の成長に膨大なリソースを投じるほどには関心がないのかもしれない。ほかに急成長中の競争相手がいなければ、市場から押し出される心配はない。十分に暮らして行けるだけのものはすでに持っている。このうえ躍起になって事業を拡大する必要がどこにあるのか・・・・・・。

 

最近行われたある興味深い調査では、インド企業と欧米企業との経営格差が浮き彫りになった。アメリカの基準からすれば、インド企業の経営はまったくなっていない。こんなことを言うと、それは偏見だ、いろいろな経営手法があっていいのだ、と反論する人がいるかもしれない。

 

研究者チーム(うち1人は経営コンサルタントの経験がある)が、ランダムに選んだ企業の現場に優秀なコンサルタントチームを無料で派遣してさまざまな点を改善したところ、平均して1社あたり30万ドルもの利益が上乗せされたという。しかも改善の多くはごく簡単なことだった。たとえば廃棄物を移動させる、在庫品にラベルをつけるなどである。マネジャーたちがなぜこれをやらないのか理解に苦しむ。こんなことは、ひどく料金の高いコンサルタント(もし実際に払っていたら25万ドルはとられただろう)に言われなくてもすぐできるはずだ。インドのマネジャーたちは、指摘されればそれまでやらかなったことに恥じ入り、熱心に取り組む。だが自分たちだけではやろうとしない。これは、結局は、なにもそんなにがんばらなくてもいい、という創業者の姿勢が影響しているのだと思えてならない。

 

 

■ 待ち続ける若者たち

企業は言うまでもなく労働者を必要とする。おそらく大方の人は、労働力が豊富な貧困国には人手不足という問題だけは起きないと考えているだろう。だが実際には、起きている。インドで貧困率が高い州の1つであるオリッサ州では、未熟練労働者でさえ「適正賃金」を要求し、そのせいで仕事に就けなくてもあくまでこだわる。

 

インド全体で行われた全国標本調査の2009年と2010年の報告によると、20~30歳で10年以上の教育を受けたインド人男性の26%は働いていないという。仕事がないからではない。教育を8年未満しか受けていない同年齢の男性は、無職は1.3%にすぎない。また、10年以上の教育を受けた30歳以上の男性も、無職は約2%だ。

 

インドには仕事はたくさんあるが、若い男性が希望する仕事が十分にない、ということである。しかし彼らも30歳を過ぎると、若いときには選ばなかった仕事を選ぶようになる。おそらく年をとるにつれて経済的な必要に迫られるからだろう (家と食事を提供してくれる両親が退職する、あるいは死去する、あるいは自分に結婚相手ができた、など)。また、就職先の選択肢が狭まるという事情もある (公務員の多くは応募資格が30歳までである)。

 

エステルは、同じような問題がガーナでも起きていることを発見した。2000人のガーナ人の若者が高校進学適性試験(難関である)に合格したものの、学資不足から入学手続きをとらなかったことがあきらかになった。そこでエステルのチームはその中からランダムに3分の1を選び (介入群)、高校在学中の費用を全額まかなう奨学金の提供を申し出ることにする。ランダムに選んだ生徒に奨学金を申し出ると4分の3が大喜びし、ちゃんと高校に通って無事卒業する。これに対して、奨学金をもらっていない一般の生徒(対象群)は半分が高校を中退した。

 

エステルのチームは卒業後の彼らを追跡調査し、年一回定期的にインタビューも行ったところ、さまざまな肯定的な返事が返ってきた。また女の子の場合はあまり早く結婚せず、産む子どもの数も減ったという成果があった。その一方で、芳しくない結果もあった。首尾よく公務員になった一握りの生徒を除き、高校を出たからといって平均所得はさほど増えなかったのである。介入郡(とくに女生徒)はたしかに大学進学率が高くなったものの、そもそも進学率そのものがきわめて低い (対象群の12%に対し、介入郡は16%)。そのうち公務員になれる確率はさらに低い。介入郡が公務員になる確率は通常の倍ではあったものの、3%が6%になったに過ぎず、ごくごく低い確率からごく低い確率になっただけだった。

 

しかも追跡調査の結果、奨学金をもらって高校へ行った若者たちはすでに25歳から26歳になっているにもかかわらず、もっといい仕事があるはずだと大半がまだ夢を見ていることがわかった。そのかなりの割合がまったく働いたことがないという愕然とする事実も判明した。いったい若者たちは働かずに何をしているのだろうと興味をそそられた私たちは、何人かを訪ねてみた。スティーブはその1人である。若くて愛想がよく、話し好きの若者だ。訪問した時点で高校を出てから2年以上経っていたが、一度も働いたことはないという。大学へ行って政治学を勉強したい、そしてラジオ番組のキャスターになりたいという希望を抱いていたが、いまのところ入学試験の成績はまったく振るわず、合格ラインにはほど遠い。それでも再受験するといい、いまは祖母の年金で食べていると話した。いい加減に夢を諦めるべきだとはつゆ考えていないらしい。

 

こうした背景から、失業率がおそろしく高い南アフリカのような国(15~24歳の失業率は54%に達する)でさえ、募集をかけても欲しい人材が集まらないという摩訶不思議な状況が出現する。欲しい人材と言っても、決して高度な条件ではない。それなりの教育を受け、働く意欲もあり、こちらが申し出る給与水準で働くというだけのことだが、そういう若者がいないのである。

 

問題のかなりの部分は、期待のミスマッチである。インドで私たちがインタビューした若者たちは、小学校の先へ進めば一家の誇りだ、というような家庭で育ってきた。父親の平均教育年数は8年、母親は4年未満というところである。彼らは、がんばって勉強すればいい仕事に就ける、と言われて育った。いい仕事とは、デスクワークか教育職である。両親の世代には、たしかにそうだったかもしれない (とくにアファーマティブ・アクションで高等教育を受けることのできた下位カーストの人々にとっては)。だが政府財政が苦しくなってきたこともあり、増え続けてきた公務員の採用数はここに来て横ばいになった。その一方で、高等教育を受ける若者の数は、下位カーストの間でも増え続けている。親世代と比べてゴールははるかに遠のいたのである。

 

同じような現象は、南アフリカ、エジプトを始め、中東や北アフリカなど、インドより経済的に先行した国でも見られる。これらの国では、高校を出ただけでは十分ではないが、大学を出ればまずまちがいなく国家公務員になれるという時期があった。学位証明書が官庁に就職する切符代わりだったのである。だがもはやそうではない。それでもこれらの国々では、アラビア語や政治学などの学位を何百万も量産している。こうした学位を持っていても、就職には全然有利ならない。

 

こうした甚だしいミスマッチで労働市場が機能不全に陥るのは、まったくのリソースの無駄である。若者たちは、永久に手に入らない仕事をひたすら待ち望んでいる。インドでは、公務員の採用が狂気じみた様相を呈していることがたびたび報道される。たとえば国有鉄道が下級職員9万人を募集したところ、2800万人が応募したという。

 

発展途上国の場合、こうした問題の一部は自ら招いたことだ。ごく一部の仕事が、生産性とは無関係に、他の多くの仕事より飛び抜けて魅力的なのである。その代表例が国家公務員だ。最貧国では、官民の給与格差が途方もなく大きい。公的部門の労働者は、民間部門の平均賃金の倍以上もらう。しかもそのうえに、健康保険や年金という手厚い福利厚生が加わる。

 

これほどの格差があると、労働市場自体が崩壊してしまう。政府部門の仕事が民間よりはるかによいが、就職できる確率はきわめて低く、なんとかして公務員になりたいものだと大勢の若者が考え、長い長い待ち行列を作る。このあこがれの職に就くには試験に合格しなければならないとなれば、その余裕がある者は働かずに試験の準備に貴重な時間を費やす。本来ならとっくに働いているはずの年齢でも、である。

 

つまり発展途上国の労働市場は、極端に二極化しているのである。一方には一生安泰の高待遇の正規部門があり、他方には大勢の人が何の雇用保障もなく働き、あるいは自営で細々と事業を続ける非正規部門がある。もちろん一定の雇用保障は必要である。労働者が雇用主の気まぐれに翻弄されるようでは困る。だが労働市場の規制が厳重すぎれば、効率的なリソースの再配分は期待できない。

 

 

■みんな正しく、みんなまちがっている

本章でこれまで論じてきたことを総合すると、経済成長について何がわかったと言えるだろうか。まず、ロバート・ソローは正しかった。一国の1人当たり所得が一定の水準に達すると、たしかに成長は減速するように見える。技術の最先端にいる国、これは主に富裕国だが、これらの国々における全要素生産性(TFP)の伸びは、謎である。どうすればTFPを押し上げられるかはわかっていない。

 

そして、ロバート・ルーカスもポール・ローマーも正しかった。貧困国にとって、ソローの言う収束は自動的には起きない。これはおそらく、スピルオーバー効果が期待できないからだけではあるまい。貧困国のTFPの伸びが先進国より大幅に低いのは、市場の失敗が最大の原因だと考えられる。裏を返せば、事業経営に適した環境が整っていれば市場の失敗を是正できる。

 

それでもなお、彼らはみなまちがっていた。一国の経済成長も一国のリソースも総和として捉え (労働力人口、資本、GDPなど)、その結果として重要なことを見逃してしまったからである。非効率なリソース配分についてわかったことを踏まえると、私たちがすべきなのはモデルで考えることではなく、現実にリソースがどう使われているかをみることだ。

 

ある国がスタート地点ではリソース配分がひどくお粗末だとしよう。たとえば共産主義経済だった頃の中国や極端な経済統制を行っていた時期のインドがそうだ。このような国では、リソースを最適の用途に再配分するだけで大きなメリットが得られる。中国のような国があれほど長期にわたって高度成長を続けられたのは、彼らが人材や資源をまったく活用できていない状態からスタートし、それを最適活用できるようになったからだと考えられる。

 

このようなことは、ソロー・モデルでもローマー・モデルでも想定されていない。彼らのモデルでは、成長するためには新しいリソースか新しいアイデアが必要だということになっている。これが正しいなら、無駄になっていたリソースの再配分が一段落すると、成長のためには新たなリソースが必要になるので、成長に急ブレーキがかかることになるかもしれない。中国の成長鈍化の可能性について多くの分析がなされてきたが、とうとう現実に成長は減速しているし、これは将来も続きそうだ。中国はキャッチアップをめざしてひた走っていた時期にハイペースでリソースを蓄積し、あきらかに非効率な配分は是正された。したがって、現在では改善の余地が乏しくなっている。中国経済は輸出に依存しているが、世界最大の輸出国になってしまったいまとなっては、世界経済の成長より速いペースで輸出を拡大することはもはや不可能だろう。中国は (そして他国も)、驚異的なスピードで成長できる時代はもう終わりに近づいているのだという現実を受け入れなければなるまい。

 

ではこの先どうなるのか。1979年にハーバード大学教授のエズラ・ヴォーゲルが『ジャパン・アズ・ナンバーワン』 [邦訳:TBSブリタニカ] を発表し、日本はもうすぐすべての国を抜き去って世界一の経済大国になると予言した。だがそうはならなかった。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が出版された翌年の1980年に日本の経済成長率はがくんと落ち込み、その後は以前の水準に戻っていない。

 

ソロー・モデルによれば、理由は単純だ。低い出生率とほぼ移民の流入がないせいで、日本の人口が急速に高齢化したからである (それはいまも続いている)。生産年齢人口は1990年代後半にピークを打ってからは減り続けている。したがって、成長を維持するためにはTFPが以前にも増して伸び続けなければならない。さもなくば、何か奇跡を起こして労働生産性を大幅に押し上げるほかない。なにしろ、どうすればTFPを伸ばせるかはわかっていないのである。

 

中国はある意味で同様の問題に直面している。中国も高齢化がハイペースで進行中だ。中国の1人当たり所得はいずれアメリカに追いつくかもしれないが、現在の成長鈍化を見る限りでは、それはだいぶ先になるはずだ。それでも、彼らの掲げる成長目標はいまだに高すぎるようだ。危険なのは、指導部がその目標に縛られてしまい、なんとしても成長を取り戻そうと偏った決定を下してしまうことである。日本はまさにこれをやっていた。

 

経済学者は一般に産業政策というものを非常に警戒する。これにはもっともな理由がある。国家主導で行われた投資の過去の成績は、ひどくお粗末なのである。たとえ誰かお友達や既得権団体を依怙贔屓しない場合であっても判断ミスが多いうえ、依怙贔屓が横行しているのだからなおさらだ。市場の失敗があるのと同じで、政府の失敗も大ありである。したがって、政府が選ぶ「次世代の有望産業」といったものを鵜呑みにするのはじつに危険と言わねばならない。その一方で市場の失敗も掃いて捨てるほどあるので、リソースの最適配分を市場だけに委ねるわけにもいくまい。政府が産業政策を立案するのであれば、これらのリスクを十分にわきまえることが重要である。

 

リソースの非効率配分で成長が減速するのだとすれば、インドのように現在ハイペースで成長している国は、自己満足に注意すべきだろう。もともと無秩序状態だった経済が高度成長を遂げるのはさほどむずかしくない。よりよいリソース配分で得られるメリットが大きいからだ。だが経済から非効率な企業や工場が姿を消すにつれ、改善の余地は当然ながら狭まっていく。インドの成長は、中国と同じく鈍化するだろう。中国の1人当たり所得が今日のインドと同水準に達した時点では、中国は年12%のペースで成長していた。だが現在のインドは、8%をめざしている状況だ。となればインドの1人当たり所得は、中国よりかなり低い水準で横ばいになると推定される。

 

多くの経済学者が、もしかすると中所得国の罠 [middle-income trap] というものがほんとうに存在するのではないかと懸念している。中所得国の罠とは、低所得国を脱してGDPが中間的な水準まで達したものの、その後に伸び悩み、なかなか高所得国の仲間入りができないことを指す。世界銀行によると、1960年には中所得国が101か国あったが、そのうち2008年までに高所得国に昇格したのは13か国だけだったという。マレーシア、タイ、エジプト、メキシコ、ペルーなどは苦戦しているようだ。

 

 

■ 成長という蜃気楼を追いかけて

不幸なことだが、経済学者はなぜ成長するのかをわかっていないうえに、なぜ停滞する国としない国があるのか(韓国は成長し続けているのになぜメキシコはそうでないのか)も理解しておらず、停滞からどう抜け出すかもはっきりとわかっていないのである。

 

ただ1つ言えるのは、インドのような国や成長鈍化に直面している国にとって、遮二無二高度成長の維持を試みるのは非常に危険だということである。将来の成長の名の下に、現在の貧困を顧慮しない政策を追求しがちなるからだ。

 

成長のためには「事業経営に有利な環境」が必要だという議論は、たとえばレーガン=サッチャー時代の英米でさかんに行われた。だがこのような主張は、貧困層を放置して富裕層を優遇する政策(債務超過になった企業を公的資金で救済するなど)を容認するものとも言えよう。しかし他の大勢を犠牲にして富裕層を優遇しても成長にはつながらない。

 

レーガン=サッチャー時代の政策は、結局のところ、貧困層は我慢していろ、富裕層にインセンティブを与えれば繁栄のおこぼれがいずれ回ってくるから、ということに尽きる。これは成長にとっても非常に好ましくないことだ。というのも、多くの人の政治的反感を買い、奇跡の一発大逆転の処方箋をまことしやかに唱えるポピュリスト政治家の台頭を招くからである。そのような軌跡が起きることはめったになく、大方はベネズエラのような悲惨な結末に終わる。

 

興味深いことに、長らく成長至上主義を唱えてきた国際通貨基金(IMF)でさえ、いまや貧困層を犠牲にして成長を推進するのは悪しき政策だと認めるようになった。IMFは各国担当チームに対し、政策ガイダンスおよびIMFの支援を受ける条件を示す際には不平等も考慮するように指導している。

 

何より重要なのは、GDPはあくまで手段であって目的ではないという事実を忘れないことである。役に立つ手段であることはまちがいない。雇用創出、賃金上昇、政府予算の再配分といったことを考える際には有力な手がかりになる。だが最終目標はGDPを増やすことではなく、平均的な市民の、そしてとりわけ最貧層の生活の質を上げることだ。

 

GDPを増やすのは、貧しい人々の願いをいくらかでも叶える1つの方法ではあるだろう。だが唯一の方法ではないし、最高の方法でもない。それに、生活の質は中所得国の間でもばらつきが大きい。たとえばスリランカとグアテマラは1人当たりGDPがほぼ同水準だが、妊産婦死亡率はスリランカのほうがはるかに低い (アメリカと肩を並べる水準にある)。だからGDPを増やしさえすればいいということにはならない。

 

 

■ 幸福を実現するためには

振り返ってみれば、過去数十年間における目立った成功の多くは、乳幼児死亡率の低下といった具体的な目標を追求する政策の直接的な成果だったことがわかる。そうした政策は、いまなお貧しい国々でも功を奏している。

 

たとえば、5歳以下の乳幼児死亡率が最貧国でも大幅に減ったのは、新生児医療、ワクチン接種、マラリア予防のおかげである。このことは、貧困撲滅のための他の政策、たとえば教育、職業技能、起業家の育成、医療などにも当てはまる。カギを握る問題に焦点を合わせ、どうすればそれを解決できるか理解することが大切だ。

 

とはいえ、これは忍耐を要する作業である。お金を出すだけでほんとうの教育はできないし、よい医療も提供できない。ただし心強いのは、どうすれば経済成長を実現できるかはわかっていないが、教育や医療をよりよくする方法はわかっていることだ。明確に定義された政策のよい点は、計測可能な目標が定まっており、したがって直接的に評価できることである。実験を行ってうまくいかない政策を排除し、有望な政策を強化することも可能だ。

 

マラリア撲滅の試みは、その好例である。マラリアは子どもの最大の死因の1つである恐ろしい病気だが、蚊に刺されなければかかることはない。1980年代からずっと、マラリアによる死者数は年々増え続けてきた。2004年には180万人がマラリアで亡くなっている。だが2005年は劇的なターニングポイントとなった。2005~2016年にマラリアによる死者数は75%減ったのである。

 

これには多くの要因が寄与したと考えられるが、とくに重要な役割を果たしたのが、防虫剤処理を施した蚊帳の配布だったことはまちがない。蚊帳の効果が大きかったことは広く認められている。2004年に、広範囲で実施された22のランダム化比較試験(RCT)の結果評価が行われ、平均すると蚊帳で守られた子ども1000人当たり年間5.5人の命が救われたことがわかった。

 

だが『貧乏人の経済学』にも書いたように、蚊帳を売るべきか (補助金を出して安価にする)、無料で配布すべかについては激しい議論が闘わされた。そこでパスカリーヌ・デュパとジェシカ・コーエンがRCTを実施し、さらに他の調査の裏付けも得て、無料配布しても代金を払って買った場合と同じように蚊帳が活用されていることが確かめられた。それに無料配布のほうがはるかに普及率が高くなる。この点を説明した『貧乏人の経済学』が2011年に出版されて以来、関係者もマラリア撲滅には無料での大量配布がいちばん効果的だと納得したようである。ネイチャー誌は、防虫剤処理蚊帳の配布のおかげで、2000~2015年に4億5000万人がマラリアを免れたと結論づけた。

 

本章の結論はこうだ。経済学者が何世代にもわたって努力してきたにもかかわらず、経済成長を促すメカニズムが何なのかということはまだわかっていない。富裕国で再び成長率が上向きになるのか、どうすれば上向くのか、ということははっきりと言ってわからないのである。

 

それでも、できることはある。富裕国でも貧困国でも、現在の甚だしいリソースの無駄遣いを断ち切ることは十分に可能だ。それをしたからといって恒久的な高度成長が始まるとは言えないが、市民の幸福を劇的に改善することはできる。さらに、いつ成長という機関車が走り出すのか、いやほんとうに走り出すのかさえわからないにしても、貧困国の人々が健康で読み書きができ多少なりとも先見の明がありさえすれば、列車に飛び乗れるチャンスは大きい。

 

グローバル化で勝ち組になった国の多くがかつて共産圏に属していたのはけっして偶然ではなかろう。共産主義だった国は教育や医療など人的資源に精力的に投資した (中国、ベトナムがそうだ)。また共産主義の脅威にさらされていた国も、それに対抗すべく同様の政策を実行した (台湾、韓国が好例である)。したがってインドのような国にとって最善の政策は、手元にあるリソースで市民の生活の質を改善することである。教育、医療の質的向上を図り、裁判所や銀行の機能不全を解消し、インフラを整備する (道路建設、都市部の生活環境の改善など)。

 

このことが政策当局にとって意味するのは、富裕国の成長率を2%から2.3%にする方法を躍起になって探すよりも、最貧層の幸福にフォーカスすれば、何百万人もの生活を根本的に変える可能性が開けてくるということである。次章以降では、成長率を押し上げる方法などわからなくても、よりよい世界に向けてできることはまだまだあることを論じる。

 

 

第6章 気温が2度上がったら・・・・・・ につづく

 

 

 

『絶望を希望に変える経済学』 アビジット・V・バナジー & エステル・デュフロ著 村井章子訳 (2020年4月17日第1刷)

 

 

 

第5章 成長の終焉?③ (第5章は①から④まで)

 

 

成長の終焉?① 

成長の終焉?② のつづき

 

 

■ 産業集中

税制の変更は、すくなくとも世間の注視の中で行われる。だがアメリカ経済の成長率に直接影響する大きな変化はひそかに進行中だ。それは産業集中、すなわち1つの産業における上位企業への売り上げの集中である。

 

ロバート・ソロー、ポール・ローマーいずれのモデルでも、長期的な成長を牽引するのはイノベーションだということになっている。人々は絶えず新しい製品や新しい手法 [生産工程やビジネスプロセスなど] に投資し、それが全要素生産性(TFP)を押し上げ、経済成長に結びつくからだ。

 

イノベーションを創出した企業は、製品化して市場に打って出ようとする。だが一部のデータによると、新規参入企業が市場にアクセスすることは次第に困難になっているという。一国のレベルでみると、大方の産業部門(ハイテク部門を含むが、それだけではない)で寡占化が進んでいる。アメリカではどの産業部門でも、上位4社が部門売上高に占める割合は一貫して増えている。製造部門では、上位4社の占める割合が1980年には38%だったのが、2012年には43%に達した。また小売部門では、同じく14%だったのが30%と倍以上に増えている。

 

このような産業集中の進行が消費者にとって悪いことかどうかは必ずしもはっきりしない。依拠するデータや計算方法によって、経済学者の間でも意見が食い違う。だが全国レベルで集中が進み、その主因が巨大企業のシェア拡大による競争衰退だとすれば、問題である。

 

競争が減れば、参入障壁を高くして破壊的技術を持つ新興企業の参入を阻害できるので、イノベーションが停滞すると考えられるかだ。独占が恒常化すれば、イノベーションも成長も停滞する。独占企業は獲得した地位にあぐらをかき、何も新しいことを試みようとしない。

 

こうした状況がすでに起きていることを示す証拠も存在する。とくに、トーマス・フィリポンらによる調査の結果は示唆的だ。大型の買収合併案件が直前に予想外の理由で不発に終わると、その産業部門はその後数年にわたり以前より競争が活発になるというのである。こうした「ニアミス」を経験した部門では新規参入が相次ぎ、投資やイノベーションが増えるという。となれば、このところのTFPの伸びの鈍化は、産業集中の進行が一因と考えてよかろう。

 

 

■ 資本を何に投じるか

産業の集中化がアメリカの成長鈍化の一因だとしても、独占さえ解体すればそれだけで高度成長を取り戻せると考えるのは合理的ではあるまい。現にヨーロッパの規制当局は独占の企てに対してアメリカよりはるかに厳しい態度で臨んでいるが、ヨーロッパでも低成長が続いている。このことは、過去数十年の経験から学べる唯一の教訓をまたしても思い出させる。つまり、恒久的な高度成長をどうすれば生み出せるかはわかっていない、ということだ。高度成長は単に起きる (または起きない)。

 

だが富裕国で爆発的な成長が起きそうもないなら、これらの国はどんどん蓄積される資本をどうするつもりなのか。いや富裕国だけでなく、もうすぐその仲間入りをしそうな中所得国(中国やチリなど)にしても同じことである。頭のいい投資家や経営者は欧米の成長にはもはや期待できないとちゃんと理解しており、ありあまる資本の使い道について新たな方法を探り始めた。20年ほど前から突然、貧困国が関心の的になった。

 

産業界が貧困国に興味を持つようになったのは、一部の貧困国が高度成長を遂げているからである。成長のあるところでは必ず資本が必要だ。そして貧困国への投資は、富裕国を悩ませる収穫逓減の亡霊に対抗する手段になりそうだった。富裕国の成長鈍化を防ぐ1つの方法は、資本の生産性の高い国へ資本を送ることである。それは富裕国の労働者を助けることにはならないが、すくなくともGDPの持続的成長にはつながる。資本家は、海外投資によって潤沢な利益を上げられるからだ。

 

 

■ たしかに貧困は減っている

経済学者や実業家は、言うまでもなく単に利益のために貧困国の成長を望んでいるわけではない。貧困国の成長は、人類の幸福にとっても望ましい。1980~2016年には、世界人口の下位50%の所得は残り49%(欧米のほとんどの人がここに含まれる)よりハイペースで増えている。下位50%より所得が大きく伸びたのは、富裕国の最富裕層および発展途上国のスーパーリッチで構成される最上位1%だけだ。この最上位1%は、世界のGDP成長率のなんと27%相当分を占める。下位50%はわずか13%だ。

 

絶対貧困率(購買力平価でみて1日1.90ドル未満で生活する人々が世界人口に占める割合)は1990年から現在までに半分になったのである。その一因が経済成長にあることはまちがいない。過去30年間を振り返ってみると、単に貧困が減っただけではないことがわかる。貧しい人々の生活のクオリティを大幅に改善する出来事がいくつも起きているのだ。1990年以降、乳児死亡率と妊産婦死亡率は半分まで下がった。その結果、1億人以上の子どもの死が回避されている。今日では、大規模な社会的混乱さえなければ、子どもたちのほぼ全員が小学校教育を受けられる。また成人の識字率は86%に達する。このように、貧困層の所得増は単に数字上のことではない。

 

新たな「持続可能な開発目標」では、極度の貧困(1日1.25ドル未満で生活する人々)を2030年までに撲滅することが掲げられている。この目標を達成することは十分可能だと考えられるし、すくなくとも現在のペースで世界が成長を続けるなら、目標にかなり近づくことは可能である。

 

 

■ 成長の決め手はあるのか

ソロー・モデルの信奉者にとっても、ローマー・モデルの信奉者にとっても、世界になお残る極度の貧困は悲劇的な損失である。なぜ悲劇的かと言えば、そこから脱する簡単な方法があるからだ。ソロー・モデルでは、貧困国には貯蓄と投資によって成長を加速する余地がある。にもかかわらず貧困国が富裕国より速いペースで成長しないとなれば、ローマー・モデルによれば、それは政策が悪いからだということになる。

 

ローマーは2008年に発表した論文の中で「貧困国において先進国の高い生活水準を実現するために必要なのは知識である」と主張し、成長の処方箋を示している。それは、右派が唱えるお題目と変わらない。税率を下げよ、規制を緩和せよ、政府は教育と知的財産権の保護以外は干渉するな、云々。2008年にこの提言が書かれる頃には、私たちはさまざまな研究成果を知っており、懐疑的にならざるを得なかった。

 

1980年代から1990年代にかけて成長理論を専門とする経済学者が好んで行った実証分析に「クロス・カントリー成長回帰分析」と呼ばれる手法がある。教育、投資、汚職・腐敗、不平等、文化、宗教さらには海からの距離や赤道からの距離など、あらゆるデータに基づいて成長予測を行い、ある国の政策の中から成長を予測させる(願わくば促進させる)要因を見つけようというのである。だがこの方法は手強い壁にぶつかった。

 

問題は大きく分けて2つある。第一は、ウィリアム・イースタリーが指摘したとおり、同じ1つの国でも、とくに他の要因に変化はないのに成長率が時期によって大幅に変わることだ。1960年代と70年代のブラジルは、世界の成長競争で先頭を走っていた。だが1980年から20年にわたって成長が止まってしまい、2000年代に入ってまた始まり、2010年からはまた低迷している。

 

ルーカスが成長に失敗した国としてしきりに引き合いに出すインドは、本章で引用したあの有名な発言「インド経済が成長するために・・・・・・何ができることがあるならぜひ知りたい」をしたあたりから順調に成長し始めた。そしてこの30年間というもの、インドは世界の成長スターだった。一方、ルーカスがインドのお手本にしたいと述べたインドネシアとエジプトは不調に陥っている。そして1970年代にアメリカ国務長官ヘンリー・キッシンジャーに「自力では何もできない」と見放されたバングラデシュは、1990年代から2000年代の大半を通じて5%を上回る成長率を記録した。さらに2016年と17年には7%を上回り、世界の高度成長国上位20位にランクされている。

 

第二は、より根本的な問題で、成長を予見させるものを見つける努力にはさして意味がないことだ。そもそも国レベルで起きることの大半には、複合的な原因がある。たとえば教育を考えてみよう。教育は初期のクロス・カントリー成長分析で例外なく重視された項目である。なるほど教育は政府の学校運営方針と教育予算方針の産物にはちがいない。しかし教育をうまく提供できる政府は、ほかのことにも長けているだろう。となれば教育水準の上がった国で成長が加速したとしても、一概に教育のおかげとは言えず、同時に実行された他の政策も貢献している可能性が高い。

 

より一般的には、国も国の政策もさまざまな点で異なるので、成長を説明しようとする国の数よりも多い要因を考慮しなければならず、その多くは到底計測できない。したがって、唯一合理的な態度は、成長を説明する企て自体を放念するしかない。さらに言えば、おおむね事業経営のしやすい環境が整った国同士を比べると、「よい」マクロ経済政策の指標とされてきたものが必ずしも1人当たりGDPの伸びと相関しないこともあきらかになった。ちなみによいマクロ経済政策の指標とは、自由貿易や低インフレなどで、ローマーはどの国もこれらを実現することを期待している。

 

では、どうすればいいのか。比較的はっきりしているのは、ハイパーインフレ、自国通貨の過大評価、ソビエト型、毛沢東型、北朝鮮型の共産主義は避けるべきだということである。もっと言えば民間企業に対する政府の過度の介入や規制も避けたほうがよい。

 

たとえば1970年代のインドでは造船から靴にいたるまで国営企業が手がけていた。だがこれらを避けるべしと言ったところで、今日の大半の国が抱える問題の解決には役に立たない。ベネズエラを別にすれば、ハイパーインフレをわざわざ起こそうという政治指導者などどの国にも存在しない。たとえばベトナムやミャンマーのような国は、北朝鮮モデルを避けるべきかどうかなど知りたがっていない。彼らが知りたいのは、驚異的な成功を収めている中国型の経済モデルをお手本にしていいのかどうか、ということだろう。

 

2014年にフォーチュン・グローバル500社にランクされた中国企業95社のうち75社までが、一見すると民間企業のように経営されているが、実際には国営なのである。また、中国の銀行の大半も国営である。政府は企業の人事にも介入するし、産業別の労働者の割り当ても指示する。さらに中国は人民元のレートをここ25年にわたって実力以下の水準に維持し、その代償として超低金利でアメリカに何十億ドルも貸す格好になっている。加えて土地はすべて国家の所有である中国では、どの土地を誰が耕作してよいかを地方政府が決めているのだ。これが資本主義だと言うなら、中国型資本主義とでも言うほかあるまい。

 

日本と韓国の場合は、もう少し話が簡単になる。両国はいずれも政府が積極的な産業政策を導入し (今日でもある程度はそうだ)、どの産業を輸出産業として振興すべきか、どこにどれかで投資すべきかを指導していた。またシンガポールでは、国民は所得のかなりの割合を強制的に中央積立基金に徴収され、当人の医療費や年金に充当される。こうした特徴的な政策が経済学者の間で話題になるときはいつも、日本や韓国やシンガポールが驚異的成長を遂げたのはこうした政策を実行したからなのか、それともこのような政策が行われたにもかかわらず成長したのか、ということが問題になる。そして読者のご想像のとおり、結論はでない。

 

富裕国の成長要因がわからないのと同じく、貧困国についても誰もが納得する決定的な成長の処方箋は見当たらない。今日では、専門家もこの事実を認めている。2006年に世界銀行が、ノーベル経済学賞を受賞したマイケル・スペンスに成長開発委員会の委員長を引き受けてほしいと要請した。スペンスは最初断ったが、高名な学者ぞろいのメンバーの中にあのロバート・ソローも含まれるとしって引き受ける。だが彼らの報告書は、要するに成長を導く一般原則といったものは存在しない、という結論に終わっている。過去の成長事例には2つとして似通っているものはないというのである。

 

イースタリーはこの結論について、きわめて正確にこう論評した。「21人の世界一流の専門家で構成される委員会、300人もの研究者が参加した11の作業部会、12のワークショップ、13の外部からの助言、そして400万ドルの予算を投じて2年におよぶ検討を重ねた末、高度成長をどのように実現するかという問いに対する専門家の答は、わからないというものだった。しかも、専門家がいつか答を見つけることを信じろという」。

 

 

■ ハイテクは奇跡を起こすのか

シリコンバレーの熱狂に包まれている若い社会起業家たちは、スペンス報告など読んでいないにちがいない。彼らに必要なのは最新の技術だけ――中でも重要なのはインターネットである。フェイスブックのCEOのマーク・ザッカーバーグはインターネットの接続性が計り知れないプラス効果をもたらすと信じているが、そうした信念を共有する人は大勢いるらしく、多くの報告書や論文にそれが反映されている。

 

たとえばアフリカなど新興国に特化した戦略コンサルティング会社ダルバーグが発表した報告書には、「インターネットの持つ疑う余地なく膨大な力がアフリカの経済成長と社会変革に寄与することはまちがいない」と書かれている。

 

この事実がほとんど自明なので、あれこれ証拠を挙げて読者を煩わせるまでもないと考えたのだろうか、何のデータも引用されていない。これは賢い判断だったと言うべきだったろう――そんなデータは存在しないからだ。先進国に関する限り、インターネットの出現によって新たな成長が始まったという証拠はいっさい存在しない。世界銀行の代表的な発行物である「世界開発報告」の2016年度版も、いかにも歯切れ悪く、インターネットの与えたインパクトについてはまだ結論が出せないと述べている。

 

もっともインターネットは、ハイテク信奉者が貧困国の経済的成功と成長エンジンになると期待するさまざまなテクノロジーの1つに過ぎない。アキュメントを始めとする社会的投資ファンドが考えたのは、発展途上国が貧しいままなのは、「北」で開発された技術が必ずしも「南」には適していないからだ、ということだった。

 

たとえばエネルギーを使いすぎるとか、教育水準の高い労働者が大勢必要だとか、必要な機械設備が高価すぎる、などである。加えて、そうした技術の多くは「北」のほぼ独占企業によって開発されているため、「南」は特許権料などを払わないと利用できない。だから「南」には独自の技術が必要である。だがそのために必要な資本を市場で調達することができない。これこそが多くの国で成長が滞っている原因であり、そこをアキュメントが埋め合わせよう、という発想である。

 

技術志向の開発をめざすという意味では、1960年代の開発支援を思い出させる。当時の途上国支援は技術者が中心で、彼我の「インフラ・ギャップ」を埋めるべく、貧困国に巨額の融資を提供してダム建設や鉄道敷設を行った。それが先進国のキャッチアップに役立つと信じられていたからである。このタイプの援助が貧困国の成長を後押ししたという証拠はないが、成長と開発の源泉となるのは電力だという電力信仰はいまだになお消えていない。エクアドルは中国からの借款で巨大なダムを建設した結果、現在財政が逼迫している。ちなみにそのダムは一度もフル稼働したことがない。

 

アキュメント・ファンドが抱く夢は同じだ。技術が世界の問題を解決してくれる、というのである。アキュメント・ファンドの重点部門の1つは電気である。電力重視は50年前から変わっていない。しかし、貧困国に適した技術であって、かつ貧困国でも利益の上がる技術を発明するのは容易ではない。アキュメント・ファンドの失敗例の大半はそこにある。問題は、生活を変えるような新しいモノやサービスを見きわめるむずかしさもさることながら、そのための努力に対して、当の現地の人々の無関心、無理解という壁に突き当たることだ。

 

電力はまさにその代表例である。ケニアで最近行ったランダム化比較試験(RCT)では、研究者チームがケニア地方電化庁の協力を得て、いろいろな市町村に異なる料金で全国電力網への接続を申し出た。すると、料金が高いほど需要は顕著に減少し、電力網への接続コストをカバーできる水準の料金を払おうという村人はほとんどいなかったのである (まして電力網の建設など言うまでもない)。

 

 

■ 漁師たちと携帯電話

これまでに挙げた成長理論はどれも、ある経済の中でリソースが最も生産的な用途に円滑に供給されることが前提になっている。市場が完璧に機能しているなら、たしかにそうなるはずだ。だが現実は往々にしてそうではない。一国の経済には生産的な企業と非生産的な企業が混在しているし、リソースが最適活用されているとは言いがたい。

 

適切な技術を導入できないのは何も貧困世帯だけの問題ではない。発展途上国の工業部門においても同じである。どんな産業分野であれ、先頭を走る企業は世界の最新技術を駆使しているものだが、それ以外の企業は技術の導入が経済的に見合う場合ですら、いっこうに進んでいないのが現状だ。その最大の原因は、生産規模が小さすぎることにある。

 

たとえばごく最近までインドのアパレル生産は量産ではなく個人の工房で行われていた。だからインドで全要素生産性(TFP)が伸びないのは、不適切な技術を使っているからではなく、規模が小さすぎて最新技術を取り入れたところでメリットがないからである。むしろ不思議なのは、こうした非効率な生産形態がなぜ生き残っているのか、ということだ。つまり発展途上国で技術が導入されないのは、利益をもたらす技術にアクセスできないからではなく、手元のリソースが十分に活用できていないからなのである。こうした状況を指して、マクロ経済学者はリソースの非効率な配分 [misallocation] と呼ぶ。

 

非効率配分の顕著な例を、インドのケララ州の漁業に見ることができる。ケララの漁師たちは、朝早く漁に出て昼前には戻り、釣ってきた魚を売り捌く。携帯電話がなかった頃は、いちばん近い港に入港するとそこの買い手が集まり、魚が売り切れるかお客さんがいなくなるまで市が立つという形だった。漁獲量も需要も日によって大幅に変動するので、ある市場では魚が余り、別の市場では魚が足りないということがめずらしくない。まさに非効率配分である。だが携帯電話の登場で、状況は一変した。漁を終えると漁師たちは電話をしてどの市場にいちばん買い手が多く、競争相手が少ないかを確認するようになる。その結果、売れ残りはほぼ消滅し、価格は安定して、売り手、買い手ともに満足が得られるようになった。

 

発展途上国では非効率配分がそこここで見受けられる。たとえば第3章で紹介したTシャツの町ティルプルがそうだ。ティルプルには二種類の事業者が存在する。外からやってきてTシャツ製造を始めた事業者と、この町で生まれ育った事業者だ。後者はまず例外なく、地元で手広く農園経営をする富裕なガンダー一族の息子たちで、農業以外のことをやろうとアパレルに手を出した連中である。

 

アビジットはカイバン・ムンシとの共同研究で、あることに気づく。Tシャツ製造に長けている移住者が経営するTシャツ事業は、生産性は高いものの、地元事業者よりも規模が小さく、機械の数も少ないことだ。理由は、ガンダー家が息子たちの事業に資金を注ぎ込んでいるからだった。ガンダー家は、移住者に貸せば高い金利を得られるにもかかわらず、こうした「生産性の高い」投資をやろうとしない。その結果、同じ町に生産的な事業者と非生産的な事業者が長年にわたって共存している。

 

なぜ有能な移住者に投資して利益を得るのではなく、息子たちの事業に金を出すのかとアビジットが質問すると、ガンダー家の当主はこう答えた。「だってよそ者は貸した金を返してくれるかどうかわからないからね」。金融市場がきちんと機能していないがために、彼らは無能な息子たちに貸して少ないが安全なリターンを得るほうがましだ、と判断したのだった。

 

同族経営企業は、ごく小規模なものから大規模なものまで世界中に多数存在する。そのどれもが効率的に経営されているとは言いがたい。これはブルキナファソやインドやタイだけの問題ではなく、アメリカでもそうだ。ある研究者が同族経営企業を調査したところ、335件のCEO交代のうち122件は新任CEOが現職CEOの子どもかその配偶者だった (現職CEOの多くは創業者か創業者の子どもである)。CEOの後任が発表された日の株価を調べると、同族ではない外部のCEOが指名された場合は株価が上昇し、同族CEOの場合には下落することもわかった。株式市場ははっきりと外部者の指名を歓迎したわけである。これにはちゃんと根拠があった。同族CEOを選んだ企業のその後3年間の業績は、外部CEOを選んだ企業と比べてかなり見劣りするのである (総資産利益率 [ROA] が14%低かった)。

 

こうした事例を考えれば、リソースが最適の用途に当然のごとく流れ込むと仮定するのは現実離れしていることがわかる。1つの家族や1つの町の中でさえ最適配分ができないとなれば、一国の経済全体にそれを期待するのは無理というものだ。リソースが適切に配分されないと、全体として生産性が低下する。貧困国が貧しいままである一因は、リソース配分がうまくいっていないことにあると言ってよかろう。裏返せば、既存のリソースを適切な用途に配分するだけで、成長の余地が大いにあるということだ。

 

マクロ経済学者は過去数年にわたり、リソース配分の改善でどれだけの成長が可能か数値化を試みてきた。ある信頼できる推定によると、ある特定産業内で1990年に生産要素の再配分を行っていたら、インドのTFPは40~60%、中国のTFPは30~50%は高かったはずだという。もっと幅広い産業で再配分を行ったら、TFPはさらに大幅に伸びたにちがいない。

 

 

第5章 成長の終焉?④ につづく

 

 

『絶望を希望に変える経済学』 アビジット・V・バナジー & エステル・デュフロ著 村井章子訳 (2020年4月17日第1刷)

 

 

 

第5章 成長の終焉?② (第5章は①から④まで)

 

 

成長の終焉?① のつづき

 

 

■ 私にテコを与えよ

多くの貧困国が現に成長していないこと、ソロー・モデルでは長期的な成長をどのように生み出すか説明できないことを、いまや経済学者ははっきりと理解している。それでも成長を手助けするために何かできることはないのかと経済学者たちは必死に知恵をしぼった。ロバート・ルーカスもその1人である。反ケインズ経済学の旗印であるシカゴ学派の重鎮で、今日では最大級に影響力のある経済学者だ。その彼が、1985年のマーシャル記念講演でこんな告白をした。「インド経済がインドネシアやエジプトのように成長するためにはインド政府に何かできることがあるならぜひ知りたい」というものである。

 

だがルーカスはただの問いかけで終わらせてはいない。経済学者は何か重要なことを見落としているにちがいないと考え、インドが貧困から抜け出せないのは技能と資本の欠如が原因だとの結論に達する。だが、アメリカとインドの1人当たりGDPの差は膨大である。この膨大な差をもし資本不足だけで説明するとなれば、資本は途方もなく少ないということになる。そしてそれほど稀少なら、非常に貴重なはずだ。

 

ルーカスはアメリカとインドのGDP格差がインドの資本不足だけで説明できるとすれば、インドにおける資本の価格はアメリカの58倍になるはずだと試算した。だがこれほど高い値段がつくなら、アメリカにある資本はすべてインドに流入しそうなものだが、実際にはそうはなっていない。そこでルーカスは、インドの資本の価格はそれほど高くないと結論づける。別の言い方をすれば、インドにおける資本の本来的な生産性はアメリカより大幅に低いにちがいない。さもないと、これほど稀少なインドの資本が、ルーカスの試算通り天文学的リターンを生み出さない理由は説明がつかない。あるいはソローの言葉を使うなら、インドにおけるTFP(全要素生産)の伸びはアメリカより大幅に低いということになる。

 

ルーカスの博士課程の教え子だったポール・ローマーは、成長を何とか内生的要因で説明したいというルーカスの情熱的な呼びかけに応えた1人だった。しかしソローの答は経済学においておそらく最も基本的な2つの考え方に依拠しているため、これを打破するのはむずかしい。第一は、資本家はより高いリターンを求めて投資するということである。第二は、階級としての資本家は資本を増やす傾向があるので、資本の生産性は徐々に下がる。資本に対して労働者の数が足りなくなるからだ。経済学では、これを「収穫逓減 [diminishing returns] の法則」と呼ぶ。

 

資本の収益性は逓減するという仮定は直感的にも頷ける。資本の蓄積に労働力が追いつかず、たとえば新しい機械を導入しても労働者が払底して動かせなかったら、と想像してほしい。とはいえ、反証が存在することもたしかだ。たとえばアマゾンのコスト削減の大半は、巨大な販売規模によって初めて可能になった。アマゾンがいまの100分の1の規模だったら、利益は到底捻出できなかっただろう。現にアマゾンは巨大化するまでほとんど利益を上げられなかった。

 

ソロー世代の経済学者もこうした収穫逓増現象が起きる可能性には気づいており、これを「大きいことはいいことだ」と表現した。だがもし収穫逓増の法則というものが成り立つとすれば、規模の大きい企業ほど利益が増え、他社を押しのけられるようになるので、必然的に市場は独占にいたることにある。たしかにインターネット通販などではそうなっているが、重要なプレーヤーが何社か共存している市場も少なくない。こうした理由から、経済学者は理論構築にあたって収穫逓増に過度に依存することを慎重に避けている。

 

ローマーにしても、個々の企業は収穫逓減の法則に縛られると考えた。そして、ソロー・モデルから脱却するには、全体として多くの資本を備えている経済は、より生産的な資本ストックを備えていると仮定すればよい、と閃く。たとえ個々の企業には収穫逓減の法則が当てはまるとしても、経済全体として資本の生産性が高まるなら、企業が巨大化して独占にいたることにはならない。

 

ローマーが想定するのは、新しいアイデアが次々に創出される場所、たとえばシリコンバレーのような場所だ (ローマーが論文を書いた時点では、シリコンバレーがまだ現在の姿にはほど遠かったことを忘れてはいけない)。シリコンバレーの企業群は、ソローが想定する企業とよく似ているが、ある重要な一点で異なる。一般に考えられている資本(機械、工場など)をあまり使わない一方で、人的資本を多く使うことだ。とくにさまざまな分野の専門的なスキルが活用される。

 

収穫逓減の法則は、シリコンバレー型の企業にも当てはまる。だとしても、大事なのはシリコンバレーという全体としての環境だ、とローマーは主張する。天才がたくさんいることに加え、その天才たちが競い合うことだ。世界の超一流の頭脳が集まってきて互いに人工授粉ができるような環境が整うことが望ましい。そうなれば産業、都市、地域のレベルで収益性が高まる。企業レベルで見ればどの企業も収穫逓減の法則に縛れられていても、シリコンバレーにいる天才たちの数が2倍になれば全員の生産性が高まるのだという。

 

ローマーは、繁栄した産業都市はみなそうだと指摘する。18世紀半ばのマンチェスターしかり、金融イノベーションが相次いだ時期のニューヨークとロンドンしかり、今日の深圳やベイエリアしかり・・・・・・。これらの都市や地域では、おおむね土地や労働者が稀少だ (労働者が稀少になるのは、土地が稀少なため高すぎて住めないことが一因である)。しかしこの稀少性に由来する収穫逓減の法則の力も、互いに学び新しいアイデアを交換する活力とエネルギーに打ち消されるのだという。この活力に惹かれてより多くの頭脳が流れ込んでくれば、ソローの神秘に満ちた外生的要因がなくとも、成長は永遠に続くというのである。

 

一国の経済全体のレベルでは収穫逓減の法則から逃れられるのだとすれば、アメリカの資本がインドに向かわない理由も説明がつく。ローマーの世界では、インドでもアメリカでも資本の収益性はほぼ変わらない。インドのほうが資本ははるかに少ないにもかかわらず、である。なぜなら、ソロー・モデルでは収穫逓減の法則がインドに有利に働くとしても、富裕国ではアイデアの生まれるスピードが速いため、収穫逓減の不利を埋め合わせてくれるからだ。なるほど大いに結構。だが超優秀な頭脳に頼って安心してよいのだろうか。ローマーが強調するアイデアの力は全世界に働いているのではなかったのか。

 

 

■ 成長の物語

この疑問を検討する前に、賢明な読者がすでにお気づきの点を取り上げておきたい。それは、成長理論について書き始めてから、どうも話が抽象的になっていることである。たとえばソローは、経済全体に収穫逓減の法則が働くことを理論の中心に据えた。一方ローマーは、企業間のアイデアのフローに着目した。いずれにせよ理論は理論であって、手で掴むことはできない。まして実証するのは至難の業である。

 

ソローは、調達できる資本の総額が増えたら経済に何が起きるかを考えた。だが経済というものが資本を蓄積できるわけではない。蓄積するのは個人である。ソローは資本に比して労働力の供給がどう変化するか、というたった1つの変数に還元しようとした。同様にローマーは、高度なハイテク人材が都市に流入したら、多くのことが変わると考えた。ローマーはアイデアの交換というたった1つの変数に還元しようとした。ソローもローマーも、何が重要かという着眼点に関しては正しいのかもしれない。だが彼らの抽象的な議論を現実の世界に押し広げるのはむずかしい。

 

さらに困るのは、私たちにとってデータが唯一の拠りどころなのに、そのデータがこの問題に関してはあまり助けにならないことだ。ソローやローマーの理論は経済全体のレベルで成り立つのだとすれば、個別企業や個別の集団ではなく、国(最低でも都市)同士の経済の比較テストを実行する必要がある。だが貿易を取り上げた第3章で述べたように、各国経済はさまざまな点で異なるので、それを比較するのは非常にむずかしい。

 

さらに、成長理論で主張される多くのことは、長期的にはこうなる、ということである。つまりソローの世界では成長は長期的には鈍化し、ローマーの世界では鈍化しない。私たちは成長理論を裏付ける証拠をがんばって探したが、勇気づけられる結果が得られたとは言いがたい。そもそも成長を計測するのはむずかしいが、成長を牽引する要因をこれとはっきり特定するのはもっとむずかしい。だから、成長と促す政策とはこういうものだと自信を持って言うこともできない。

 

となれば、いまはもう経済学者は成長に取り憑かれるのをやめるべきではないだろうか。すくなくとも富裕国で答を探すべき問いは、どうすればもっと成長しもっと富裕になるかということではなくて、どうすれば平均的な市民の生活の質を向上できるか、ということではないだろうか。そのほうがずっと有益である。

 

たしかに発展途上国では、経済理論のとんでもない誤解や誤用によって成長が阻害されているケースがままある。それについては経済学者に何か役に立つアドバイスができるかもしれない。しかし後段で述べるように、それすらも限られている。

 

 

■ 100万ドルの工場

ポール・ローマーの語るハッピーな物語のキーワードは、スピルオーバー(漏出)効果である。高度なスキルを持つ人たちが一都市、一地域に集中していれば、互いにアイデアやスキルを高め合い、ちがいを生み出すというものだ。シリコンバレーでこの効果が信じられていることはまちがいない。

 

実際、今日ではアメリカ中の州や都市が企業を誘致しようと躍起になっており、巨額の補助金や優遇措置を申し出ている。最近の例では、アマゾン第二本社(HQ2)の誘致合戦が記憶に新しい。アマゾンは全米238都市から魅力的な申し出を受けており、これらの都市がスピルオーバー効果に期待していたのはまちがいない。そしてアマゾン自身も期待していた。第二本社の候補地選びにあたり、「人口100万人以上の大都市圏であること」 「高度なハイテク人材を惹きつけ定着させられるような都市または都市近郊であること」などを条件にしたのはその何よりの証拠と言えよう。

 

ローマーの仮説のさまざまな発展型が考案され、人材が集積する都市をシリコンバレーに限定せず、教育水準の高い人間が周囲にいるほど全員の生産性が上がることを立証する試みが行われた。だがそうなると、高等教育を受ける人が増えるにつれて全員の生産性が上がることになるが、実際にはそうはなっていない。

 

なるほど、教育水準の高い人の多い都市部の所得は他より多いが、その原因はスピルオーバー効果以外にも多数考えられる。たとえば都市部には教育水準の高い人が多いだけでなく、高報酬の企業も多い。希望する人材を見つけやすいからである。しかし教育水準が大幅に上がった都市の多くでは、他の要素(政策、投資など)も同時に変化していることが多く、人的要因だけを取り出すのはむずかしい。

 

とはいえ、都市全体が巨額の投資の恩恵を受けることはまちがいない。ここではマイケル・グリーンストーン、リック・ホーンベック、エンリコ・モレッティの研究を紹介しよう。モレッティは『年収は「住むところ」で決まる』[邦訳:プレジデント社]の著書で、スピルオーバー効果は都市を繁栄に導くが、農村部ではそれは期待できないと論じている。

 

モレッティらは、アマゾンのような著名企業を誘致すれば都市にとって全体として利益になるかどうかを調べた。この問いに答えるために、彼らは企業誘致合戦に勝利した郡と次点に終わった郡を比較するという方法を採用している。

 

その結果、全要素生産性(TFP)は誘致に成功した郡で急伸したこと、これがスピルオーバー効果と整合することがわかった。工場建設から5年後のTFPの伸びは、誘致に失敗した郡と比べて平均12%高かったのである。これは、誘致に成功した郡にとって年間4億3,000万ドル以上の利益に相当する。雇用と賃金水準も押し上げられた。

 

地元に企業を誘致するもう1つの方法として、インフラを整備するという選択肢がある。テネシー川流域開発公社(TVA)がテネシー州と近隣州で1930~60年にやったのは、まさにそれだ。公的資金を投じて道路、ダム、水力発電などを建設した。インフラが整えば企業が進出してくる、そうなれば他の企業もやって来る、という発想である。もっとも、都市開発に関して20世紀アメリカで最も影響力のあった作家ジェイン・ジェイコブスは、この考え方に懐疑的だ。彼女は単刀直入に「なぜTVAは失敗したのか」と題する論文を1984年に発表している。

 

だがモレッティは失敗していないという。モレッティのチームは、TVAの対象地域と、当初は同様の投資が検討されていたが政治的理由から見送られた他の6地域とを比較した。するとTVA対象地域では、1930~60年に農業・製造業ともに対象群より雇用が伸びていることがわかった。1960年に外部からの投資が打ち切られると、農業はその後横ばいになったものの、製造業は2000年まで好調を維持している。このことは、スピルオーバー効果が農業より製造業に顕著に現れるという、広く支持されている見方と一致する。効果はかなり大きく、モレッティらの試算によると、TVAはコストを差し引いても長期的に65億ドル相当の所得増をもたらしたという。

 

となれば、複数の地域で同時に地域開発計画を推進することによって、国家は恒久的な高度成長の条件を整えられるのだろうか。残寝ながら、2つの理由からそうはなるまい。第一に、初期投資だけでは不十分である。企業はまず、土地、労働者、スキルの不足といった成長阻害要因を克服するだけの利益を上げなければならない。モレッティは、今日の雇用が10%増えれば将来の雇用は2%増えるというが、これでは長期にわたって持続的な成長を生み出すには十分とは言えない。

 

第二に、地域の成長は、一国の成長とはちがう。一地域の成長は、他地域から資本や労働者やスキルを奪うことによって、つまり共食いによって実現する部分があるからだ。アマゾンの誘致に成功した都市の繁栄の一部は、他の都市の犠牲の上に成り立つことになる。

 

モレッティは膨大な研究報告を精査した結論として、地域開発は成長の終焉を回避するテコにはなり得ないと結論づけている。彼の評価はやや悲観的すぎるかもしれないが、その主張は正しい。ある都市が他から雇用機会を奪うことは、それぞれの都市にとっては意味がある。だがシンガポールのような小さな都市国家を除けば、一国全体の繁栄には貢献しないのである。

 

 

■ チャーター・シティ

とはいえ、モレッティの論拠を支えているのは主にアメリカやヨーロッパの事例であることは強調しておかなければならない。発展途上国では事情がちがうことは大いにあり得る。

 

発展途上国の多くでは、質の高い都市インフラが少数の都市に集中していることを考えると、優秀な頭脳の集中する「高品質」の都市を建設するか、既存の大都市の住環境を改善するなどして、国全体の経済成長を押し上げることは可能かもしれない。

 

これはまさに世界銀行が追求した政策である。たとえば2016年のインドの都市化に関する報告書では、スラムとスプロール現象にむしばまれる「無秩序」な「見えない」都市化が指摘されている。基本的な都市というものは、境界を外へ外へと押し広げて水平方向に発展する。クオリティの高い高層ビル建設による垂直的な発展はごく一部の例外に過ぎない。

 

南アジアでは、合計1億3000万人(メキシコの人口より多い)が都市部の居住区に無秩序に住んでいる。通勤距離は長く、公共交通機関はないか麻痺しており、大気汚染がひどい。これで都市部に優秀な頭脳を集めようというのは無理な相談だ。また、生産や取引の場としての都市機能も大幅に制限されてしまう。理想的な都市とは、他地域から成長潜在性を奪うことなく、一国にとって新たな成長機会を創出できる都市である。

 

 

■ 知的財産権の保護はどこまで必要か

本章のここまでの議論をまとめると、地域的なスピルオーバー効果はたしかに存在するにしても、私たちに集められた数少ないエビデンスを見る限りでは、国家レベルでの成長を維持できるほど強力ではないと思われる。おそらくこのことを予期していたのだろう。ローマーは第二のストーリーを用意している。そのストーリーで成長を牽引するのは企業だ。企業が次々に新しいアイデアを開発し、そのアイデアがより生産的な技術を生み出すという。

 

とはいえすでに多くのものが発見されてしまった現在、新しい独創的なアイデアを生み出すことはどんどんむずかしくなっている。これは科学者や技術者なら誰でも実感していることだ。この現実に対抗できる要因がないと、イノベーションが次々に出現して成長が加速するモデルを構築することはできない。そこでローマーが想定したのは、新しいアイデアというものはいったん生み出されたら誰もが自由に使える、だからそれに基づいて次にアイデアを生み出せる、ということだった。知識のスピルオーバー効果である。

 

ローマーは正真正銘の楽観主義者にちがいない。だが現実の世界では、新しいアイデアを生み出すのはたいへんな難事業であり、難産の末に生まれたアイデアをふわふわ浮かばせておくわけにはいかない。市場性のあるアイデアが創出されたら、企業はそれを独占したがるものだ。たとえば製薬会社やソフトウェア開発会社は、新しいアイデアの権利を独占しようとする。今日では、特許の出願は一大産業となっている。

 

経済学者のフィリップ・アギオンとピーター・ホーウィットは、ローマーより数年あとに発表した内生的成長理論に関する著名な論文で、イノベーション主導型の成長が可能になるのはローマーが考えるよりもっと競争の激しい環境だと論じた。というのもイノベーションを創出するのは、知識欲に駆り立てられるからではなく、競争に先んじたいからだ。彼らによれば、特許による保護が過去のアイデアの活用を完全には排除しない限りにおいて、新しいアイデアは生まれ続けるという。

 

この視点の転換は、結果に影響をおよばさずにはおかない。ローマーのモデルでは、イノベーションは創造的な頭脳が世界にもたらす「お恵み」である。もちろん天才たちも利益を手にするが、経済が得るリターンはそれとは比べものにならないほど大きい。そこでローマーは、イノベーターを最大限に厚遇すべきだと訴えた。

 

一方アギオンらは、イノベーターに対してこれほどロマンティックな考えは抱いていない。興味深いのは、アギオンはイノベーションの創出プロセスを目の当たりにする機会に恵まれた稀有な経済学者だということだ。彼の母親はユダヤ系の両親の間に生まれ、1950年に代前半にエジプトを追われた後、フランスに移ってクロエ(Chloé)というファッション・ブランドを立ち上げた。

 

クロエが単なる洋装店からグローバル・ブランドに飛躍を遂げる過程をつぶさに観察したアギオンによれば、イノベーションはまさに「創造的破壊 [creative destruction]」だったという。彼らの理論がシュンペーター・アプローチと呼ばれる所以だ。創造的破壊とは、1つのイノベーションが新しいものを生み出すと同時に古いものを破壊するというほどの意味である。アギオンのモデルでは、ときに創造が支配するものの、それ以外は破壊が圧倒する。新しいものが創造されるのは、有用だからではなく他人の既存特許を無価値にするからだ。だからイノベーションの見返りを大きくしすぎると、かえって裏目に出る可能性がある。

 

特許による保護は、イノベーションに報い、より多くのイノベーションを促すために、もちろん必要である。いま必要なのは、まったく新しいイノベーションを促すことと、多くのアイデアを取り入れる余地を残すことのバランスなのだとアギオンらは主張する。

 

 

■ 減税は成長を加速させるか

ロバート・ルーカスを始め多くの経済学者がソロー・モデルに満足できない理由の1つは、このモデルではいったいどんな政策を立てればいいのか、何ら方向性を示せないことだった。だがローマー・モデルにはできる。しかも都合のいいことに、さほど革命的な政策提言ではない。ローマーが政府に提言するのは、がんばって新しいアイデアを生み出す気になるようなインセンティブ、端的に言って減税である。

 

ローマーはアメリカでは民主党支持者であるらしい。だが減税がイノベーションを促し長期的な成長に寄与するというのは、長らく共和党の唱えてきたお題目である。レーガンからトランプにいたるまで、共和党の政治家は何かにつけて減税を公約し、成長の推進をその理由に挙げてきた。それも、最富裕層の税率を引き下げなければならない、なぜならビル・ゲイツのような人たちに新しいアイデアを生み出し、第二、第三のマイクロソフトを発明するインセンティブを与え、国全体の生産性を押し上げる必要があるからだという。

 

だが果たして減税にそのような効果があるのだろうか。1960年代以降の成長率を見る限り、レーガンに始まる低税率時代に成長が加速していないことは明らかだ。レーガン政権の初期には景気が後退し、その後の回復局面で成長率は景気後退前の水準に回帰した。クリントン政権では成長率がいくらか上向いたものの、その後は下がっている。長期的なスパンで変動を見る限りにおいて、税率と成長の間に因果関係が存在するとは結論できない。一国における1960年代~2000年代の減税幅と成長率の変化の間には、何の関係も見受けられなかったのである。

 

これまでのところ、高所得層に対する減税はそれだけで経済成長にはつながらない、という点で経済学者の大多数の意見は一致している。2017年のトランプ減税についてIGMパネルが実施した質問調査でも同様の結果が得られた。トランプ減税では法人税率が恒久的に35%から21%に引き下げられたほか、最富裕層に適用される最高税率は39.6%から37%に引き下げられ、最高税率の課税対象所得の下限が引き上げられ、また不動産税が廃止されている。最富裕層以外に適用される減税ははるかに小幅のうえ、大半が時限措置だ。

 

IGMパネルの「現在議会を通過した減税法案と同じような減税をアメリカが実施し、他の税金や歳出方針に変更がないとしたら、アメリカのGDPは現状維持だった場合と比べ、いまから10年後に大幅に増えているでしょうか」という質問に対し、イエスと答えた経済学者は1人のみだった。52%は「そうは思わない」か「まったく思わない」と回答している (残りは「わからない」か無回答)。

 

にもかかわらず財務省の覚書では、減税により経済成長率は年0.7%押し上げられるとしている (裏付けるデータは示されていない)。なぜ彼らは、専門家がまじめに信じていないようなことを表明してただで済まされるのか。もちろん、それがトランプ政権のやり方なのさ、と片付けるのは簡単である。

 

だが富裕層への減税が経済成長を導くと言われて世の人がすぐに信じてしまうのは、一時代前の高名な経済学者たちがそういうことを言い続けたせいではないだろうか。当時は統計も未整備だったから、データなしに直感に基づいて発言することがあたりまえのように行われていた。著名な経済学者が何世代にもわたって呪文のように同じことを主張すれば、まるで子守唄のように耳になじんでしまう。いや一昔前だけではない。今日でもデータに依拠する必要性をとんと感じない評論家や自称専門家が同じようなことをメディアで発言している。このため「減税=経済成長」が常識になっているらしい。

 

トランプ減税に関しては、尊敬されている旧世代に属する保守的な経済学者9人が減税を支持する書簡に署名して政権に送った。この書簡によると、成長率は上向き、「長期的にはGDPは3%押し上げられるだろう。すなわち10年にわたり年0.3%の押し上げ効果が期待できる」という。これに対して直ちに、何の根拠もない、都合のいい実証研究の結果だけを踏まえているに過ぎない、との批判が相次いだ。だが所管の趣旨は世間やマスコミが経済学者に期待するものとまさに一致していたため、疑う余地はないものとされた。

 

こうしたことが起きると、喫緊の課題について、大多数の経済学者が最新の研究に基づいて合意している政策をイデオロギー抜きで推奨することが困難になってしまう。だからと言って道理の通じない政治の世界に対して経済学者が何もせず手をこまねいていたら、経済学者自身が意味のない存在に成り下がるだろう。だからここではっきりさせておこう。富裕層への減税は経済成長を生まない。

 

 

第5章 成長の終焉?③ につづく

 

 

『絶望を希望に変える経済学』 アビジット・V・バナジー & エステル・デュフロ著 村井章子訳 (2020年4月17日第1刷)

 

 

 

第5章 成長の終焉?① (第5章は①から④まで)

 

 

 

成長は1970年代前半のどこかで終わった。もう戻って来ない。ロバート・ゴードンは著書『アメリカ経済――成長の終焉』 [邦訳:日経BP] でそう強固に主張する。

 

1970年代前半と言えば、第一次石油危機があった時期だ。1973年にアラブ石油輸出国機構が石油禁輸を発表して世界に激震が走った。禁輸が1974年3月に解除されるまでに原油価格は4倍に高騰。石油危機後の欧米先進国は、スタグフレーション(インフレを伴う景気後退)の10年に苦しむことになる。低成長はいずれ高度成長に転じるものと期待されたが、ついにはそうはならなかった。

 

政治指導者は、自国の成功をたった1つの物差しで測ることに慣れ切っていた。それは国内総生産(GDP)である。この慣行はいまもさして変わっていない。あの1970年代の決定的な瞬間はいまなお頻繁に話題に上る。何がまちがっていたのか。成長を取り戻し、維持することはできるのか。中国は成長の終焉とは無縁なのか、等々。

 

経済学者はこれらの問いの答を探すのに忙しい。先進国経済の成長を加速するにはどうすればいいのか、自信を持って言えることはあるのだろうか。これほど多くの論文や本が書かれたこと自体、経済学者には打つ手が何もないことの証ではなかろうか。いやそもそも、成長の終わりを心配する必要はあるのか。

 

 

■ 栄光の30年

第二次世界大戦の終わりから石油危機までの30年間、欧米先進国の経済成長は史上最高のペースを記録した。1870~1929年には、アメリカの1人当たりGDPは年1.76%増というささやかな数字で推移していた。だが1950~73年には2.5%に達する。年成長率が1.76%の場合、1人当たりGDPが倍増するまでに40年かかる。だが2.5%なら28年で倍増する。

 

ヨーロッパは1945年以降はまさに爆発的な成長を遂げることになる。エステルが生まれた1972年後半には、フランスの1人当たりGDPは、母親のヴィオレーヌが生まれた1942年の4倍になっている。ヨーロッパの1人当たりGDPは、1950~73年に年3.8%のペースで伸びたのである。第二次世界大戦が終わった年から数えてフランス人がこの時期を「栄光の30年」と呼ぶのも故なきことではない。

 

経済成長を牽引したのは、労働生産性の急速な伸びである。つまり労働者1人1時間当たりのアウトプットが増えたということだ。アメリカでは労働生産性が年2.8%のペースで伸びた。25年で2倍になったわけである。労働者がこれほど生産的になった理由の1つは、教育水準が上がったことである。1880年代に生まれた平均的な人は小学校しか出ていない。これに対して1980年代に生まれた平均的な人は大学2年生程度までの教育を受けている。もう1つの理由は、労働者の使う機械の性能がどんどん改良されたことだ。電気と内燃機関が動力の主力に躍り出たことも大きい。

 

いくらか大胆な仮定を設ければ、この2つの要素の労働生産性への寄与度を計算することが可能だ。ロバート・ゴードンは、教育水準の上昇でこの期間の労働生産性の伸びの約14%が説明できるとしている。さらに機械設備の改良に投じられた資本投資で、19%が説明できるという。

 

労働生産性の伸びの残りの部分は、経済学者に測定可能な要因ではない。そこで経済学者は説明できないと言う代わりに、固有の名前を与えた。全要素生産性(TFP)がそれである。もっとも成長論の父と呼ばれるロバート・ソローは、全要素生産性は 「われわれの無知を計量化したもの」 だと言っている。

 

同じ機械を使う同じ教育水準の労働者が同じインプットを投入しているのに、去年よりも今年の1時間当たりのアウトプットが増えたとすれば、それはTFPが伸びたからである。人間は既存のリソースの効率的な活用をつねに追い求める。その重要な一翼を担うのが技術革新である。コンピュータのチップはより安価で高速になり、新しい合金が発明され、成長が速く水をあまり必要としない新種の小麦が開発される、という具合に。

 

1970年までの数十年間が他の時期と比べて特別な時期になったのは、TFPがとくにハイペースに伸びたからである。アメリカでは1920~70年のTFPの伸びは、1890~1920年の4倍に達した。ヨーロッパにおけるTFPの伸びは、アメリカよりもさらにハイペースだった。アメリカですでに発展した技術革新を導入できたことが一因だったと考えられる。

 

この目を見張るTFPの伸びは、国民所得統計に現れただけではない。生活の質のどの点から見ても向上した。さまざまなものを潤沢に消費し、健康で長生きできるようになった。19世紀にはあたりまえだった児童労働も、欧米ではほぼ見られなくなっている。すくなくとも先進国の子どもたちは子ども時代を謳歌できるようになった。

 

 

■ 冴えない40年

だが1973年あたりを境に、伸びは止まってしまった。平均すると、その後の25年間のTFPの伸びは、1920~70年の3分の1にとどまっている。危機から始まった停滞がニューノーマル(新常態)になったのである。とはいえ、停滞が長引くことがすぐにわかったわけではない。学者や政策担当者は、当初これは一時的な不調であってすぐに自律的に回復すると考えていた。だがアメリカのGDP成長率は2018年半ばにいくらか持ち直したものの、TFPの伸びは低いままだ。この年のTFPの伸びはわずか0.94%で、1920~70年の1.89%の比べると半分に過ぎない。

 

この新たな停滞は経済学者の間で活発な議論を呼び起こした。日頃耳にする明るい材料を考えると、この低迷ぶりは受け入れがたかったからである。早い話がシリコンバレーだ。イノベーションに満ちあふれ、創造と破壊を日々行われている。たしかに、コンピュータ、スマートフォン、機械学習・・・・・・と進化は止まらない。それなのに経済が成長の兆しさえ見せないとは、どういうことなのか。

 

議論は2つの疑問を軸に展開されてきた。1つ目は、生産性の持続的なハイペースの伸びは復活するのか。2つ目は、ニューエコノミーがもたらす幸福や満足はGDPでは計測できないのではないか、ということである。

 

 

■ 幸福の創出とGDP

子どもの頃、玩具を買ってもらえなかったアビジットは、長い午後を花で戦争ごっこをして過ごしたという。アビジットによれば、あの長い午後は子どもの頃の最も楽しい時間の1つだったという。これはまちがいなく幸福の1つとしてカウントすべきだろう。だがGDPの従来の定義では、この幸福はまったくカウントされない。経済学者はこのことにずっと前から気づいていたが、ここで改めて強調しておくべきだと感じる。もしコルカタで人力車の車夫が仕事を休んで恋人とひとときを過ごしたら、GDPは減る。だが幸福の合計はどうして増えないのか。GDPは、値段がついて販売できるものしか対象にしないのである。

 

成長がつねにGDPでのみ数値化されていることを考えると、これは大きな問題だと言わねばならない。TFPは1995年に急伸した後に2004年に再び伸びが鈍化したが、ちょうどこの頃フェイスブックが人々の生活の中で大きな地位を占めるようになる。2006年にツイッターが、2010年にはインスタグラムが続いた。

 

これらのプラットフォームに共通するのは、名目上は無料であること、運営にあまりコストがかからないこと、広く人気があることだ。現在のGDPの計算では、料金を払えばカウントされる。だが動画を見ても、オンラインに投稿しても、ほとんど場合に料金は発生しない。これでは、幸福の創出へのフェイスブックの寄与度があまりに過小評価されていると言えないだろうか。

 

GDPにカウントされるフェイスブックの運営コストとGDPにカウントされないフェイスブックが創出する幸福(または不幸)との間にはほとんど関係もない。しかし、計測された生産性の伸びが鈍化した時期と、SNSが爆発的に浸透した時期がほぼ同じであることは、意味深長だ。GDPにカウントされたものと幸福度の上昇としてカウントすべきものとのギャップがこの時期に拡大したと考えることは十分に可能である。幸福を増やしたという意味では、真の意味の生産性が伸びたと言えるのではないだろうか。それなのにGDPではまったく無視されている・・・・・・。

 

 

■ 無料サービスの価値をどう計測するか

SNSのカウントされていない価値は、先進国における生産性の伸びの鈍化(と見えるもの)を埋め合わせられるのだろうか。これは悩ましい問題である。無料のサービスの価値は、どのように計測すればいいかわかっていないからだ。

 

だが、このサービスに人々がいくら払っていいと考えているかは推定することができる。たとえば、インターネットの閲覧に費やした時間を計測し、その時間働いて得られたはずのお金に換算する方法はその1つだ。この方法で試算した研究によると、アメリカ人にとってのインターネットの価値は、2015年は1人当たり年間3,900ドルになるという。GDPに換算すると、同年の「失われたアウトプット」3兆ドル(2004年以降の生産性の伸びの鈍化がなかったとすれば達成されたはずのGDPから実際のGDPを差し引いた差額)の約3分の1が埋め合わされることになる。

 

このアプローチの問題点は、インターネットに費やす代わりにその分だけ労働時間を増やしてお金を稼ぐ選択肢が人々にあるとの前提になっていることだ。だが決まった時間だけ働く人々にそのような選択肢はない。となれば、1日のうち働いていない時間は何か楽しみを見つけることになり、本を読んだり友人と過ごしたりするよりはインターネットのほうがすぎだというだけのことになる。となれば、それに年間3,900ドルの価値をつけるわけにはいくまい。

 

また、別の問題もある、インターネットなしの人生は考えられない、毎朝フェイスブックやツイッターをチェックしないと気が済まないという人いるとしよう。この人は知人の近況を知り、楽しいイベントや有意義な情報を収集するのに至福の時間を過ごす。一方、もう忘れてしまいたいような友人からの投稿を見てとりとめもなく2時間を過ごす人もいるだろう。そのどちらも同じ2時間としてカウントしたら、前者にとっての価値を過小評価することになる。

 

費やした時間に基づく方法ではインターネットの価値を大幅に過大評価したり過小評価したりする可能性があるとなれば、別の方法を探さなければならない。その1つとしてフェイスブックへのアクセスを遮断したらどうなるかという実験を行うランダム化比較試験(RCT)が何種類か行われている。

 

その中で、被験者になにがしかの報酬を払ってフェイスブックへのアクセスを1か月遮断してもらった。すると結果は――幅広い幸福度・生活満足度に関する項目で、本人が申告する評価が上昇したのである。また興味深いことに、意外に退屈しなかったと答えた人も多かった。そう回答した人たちの多くは、友人や家族と時間を過ごすことに楽しみを見つけたようである。実験後にフェイスブックを再開した人たちの多くは、閲覧の頻度が実験前より大幅に下がり、数週間後になってもフェイスブックで費やす時間は以前の23%減にとどまった。

 

以上の調査で判明したことは、フェイスブックには中毒性があるという見方と一致する。大方の人はフェイスブックが病み付きになっており、それなしでは生きられないとまで感じている人も少なくないが、実際にやめてみるとそうでもなかった。

 

となれば、フェイスブックの価値はいったいどの程度なのか。はっきりした答えは出ない。いくらかでも自信を持って言えるのは、フェイスブックは熱烈なファンが信じているほど全人類に貢献しているわけではないが、それでも人々は現在の無料以上の価値を認めているということぐらいである。すくなくとも、友人がみなフェイスブックかインスタグラムかツイッターのどれか(または全部)をやっているという状況では、そう言える。

 

では、こうした新技術を「ほんとうの価値」で評価したら、経済成長のペースはもっと加速するのだろうか。現在手元にあるさまざまな研究成果を見る限りでは、おそらく答えはノーだ。ヨーロッパの栄光の30年やアメリカの黄金時代は、計測されたGDPのハイペースな伸びに現れていた。だがそのような高度成長の復活を予見させるような証拠は、残念ながら存在しないと言わざるを得ない。

 

 

■ ソローの直観

だがそう言ったからといって、とくに驚きではあるまい。なにしろ戦後の高度成長期の最中だった1956年に、ロバート・ソローははやくも成長がいずれ減速すると予想しているのである。

 

彼の基本的な考えは、こうだ。1人当たりGDPが増えると、人々はより多く貯蓄するようになる。よって投資に回るお金が増え、労働者1人当たりに投下される資本(資本装備率)は増える。すると資本の生産性は低下する。機械が1台しかなかった工場に機械が2台になったとしよう。すると同じ数の労働者で2台の機械を同時に動かさなければならない。したがって導入された追加的な機械は、前よりも少ない労働者で動かすことになる。となれば追加的に投入された資本もその結果である追加的な新しい機械も、GDPへの寄与度がどんどん減っていく。かくして成長は減速する。そのうえ、資本生産性が低下すれば資本のリターンも減る。すると貯蓄意欲が薄れ、ついに人々は貯蓄をしなくなって成長はますます減速する。

 

この論理は、資本の乏しい国、潤沢な国、どちらにも当てはまる。資本の乏しい国は、追加的な投資の生産性がきわめて高いのでより速いペースで成長する。資本の潤沢な富裕国は、追加的な生産性がさほど高くないので成長が遅い。よって、労働力と資本の大幅な不均衡はいずれ是正されると考えられる。

 

短期的には、不均衡は存在しうる。たとえば今日のアメリカがそうだ。GDPに占める労働者への報酬(労働分配率)は下がり続けている。だが長期的には、経済には自ずと均衡成長路線に近いところで安定する傾向がある。すなわち労働も資本もおおむね同じペースで成長する。人的資本もそうだ。GDPも結局のところ労働、技能、資本の生産物であるから、ソローはGDPもやはり同じペースで成長すると主張した。

 

労働人口の増加が過去の出生率と就労希望者の数によって決まる以上、これを左右するのは人口動態だとソローは考えた。ただし、全要素生産性(TFP)の改善を加味しなければならない。たとえば、技術の進歩などによって労働者の生産性が高まり、2人分の仕事を1人でこなせるようになれば、労働力人口は実質的に2倍になったことになる。

 

ソローは、このような大きな変化は一国の経済や政策とは無関係だと考え、実質的な労働力人口の増加率を経済の範疇から除外した。ソローが労働力人口の増加率を「自然成長率」と呼んだのはこのためである。ソローの理論からは、GDPも長期的には労働力人口の増加率と同じペースで成長するので、やはり自然成長率ということになる。

 

ソローの理論からはいくつかの仮説を導き出すことができる。第一は、成長は鈍化する可能性があるということだ。大転換後の高度成長期を過ぎると、経済は均衡成長経路に回帰する。これは、1973年以降にヨーロッパに起きたこととぴたりと符合する。戦争で破壊され、資本が払底したヨーロッパでは、遅れを挽回するためにやるべきことは多く、資本の生産性は高かった。だがキャッチアップによる高度成長時代は1973年までに終わっている。一方アメリカでは、ソローの考えた投資主導の成長は戦後あきらかに鈍化する。だが幸運なことに、それに代わってTFPが1973までハイペースで伸び続けた。先進国で金利は軒並み低いという事実は、まさにソロー・モデルのとおり、資本が潤沢であることを示しているように見える。

 

 

■ 収束仮説

第二のより衝撃的な仮説は、経済学者が収束仮説と呼ぶものである。資本が少なく、それに比して労働力が豊富な国(多くの貧困国がそうだ)は、まだ均衡成長経路に達していないので、成長ペースが速い。労働と資本の均衡を改善することで高度成長を遂げ、その結果として長い間には富裕国との1人当たりGDPの格差は縮まる。他の要素も同じ経過をたどるので、貧困国は次第に富裕国に追いつく。

 

ソロー自身は用心深く、必ずそうなるとは言っていないにもかかわらず、この神話は30年にわたって信奉され、それからようやく経済学者たちは、ソロー・モデルが現実と全然一致しないと気づき始めたのである。

 

まず、貧困国が富裕国より速いペースで成長するとは言えない。1960年の1人当たりGDPとその後の成長率の間の相関関係は、ゼロにきわめて近い。では、第二次世界大戦後のヨーロッパがみごとにアメリカに追いついた事実をどう説明するのか。ソローは答えを用意している。ソロー・モデルは本来なら同じはずだったはずの国同士について記述しているのだというのである。なるほど西ヨーロッパとアメリカは多くの点でよく似ているし、戦争がなければ同じはずだったはずだろう。ならば収束するのも頷ける。

 

その一方で、ソロー・モデルによれば、生得的に倹約家でアウトプットのうち投資に回す比率が高い国ほど長期的には富裕になる、とは言える。また、自然成長率に落ち着くまでは、当初は貧しい国がより多くの投資を行えば、1人当たりGDPが高い水準に収束するまではハイペースで成長する、ということも言える。では、発展途上国と欧米に差がついたのは投資不足が原因なのだろうか。以下で検討するが、どうやら答はノーのようだ。

 

 

■ なぜ成長するのか

ソロー・モデルから導き出される第三の、そして最も大胆な仮説は、1人当たりGDPの伸びは、相対的に富裕な国では、いったん経済が均衡成長に達するとさして差がなくなるというものである。基本的にソロー・モデルでは、この差はTFP成長率のちがいに由来する。そしてソローは、すくなくとも富裕国にとってTFP成長率はほぼ同じだと考えていた。

 

ソローの考えでは、TDPの成長はただ起きるものであって、なぜ起きるのか、どうすれば起こせるのかはよくわからない。だから政策当局もほとんど手の打ちようがない。これは大方の経済学者にとってたいそう居心地の悪いことだ。

 

一国の均衡成長率は政策にはほとんど左右されないという見方に反論が出るのはある意味で予想されたことだが、この反論はさまざまな意味でソローの鋭い視点を見落としている。第一に、ソローが技術の進歩を促す要因を問題にしたとき、それは、すでに最先端にいる国が対象だったということだ。だが、アイデアがなぜ国境で止まってしまうのか説明がつかない。

 

第二に、ソローが問題にしたのは均衡成長率に達した国の成長率だった。そして、富裕国の一部はすでに均衡成長率に達していたと考えられるので、その時点で資本が不足している国にとっては、そこに追いつくのはかなり先になる可能性が高い。ケニアとインドがソローの言う均衡成長率に達するまでには、両国は現在よりもはるかに富裕になり、最新技術の多くを活用しなければなるまい。現時点で両国が技術面で大幅に遅れをとっているのは、資本の欠如の表れと考えられる。

 

最後に、均衡成長経路をめざす途上にある国は、すでに経路に乗っている国よりも、技術をアップグレードするペースが速い。たしかに自動運転車、3Dプリンターといったブレークスルーが出現するのは、決まって先進国である。だがそうした技術は、先行する国で試され、改良され、使われてきた技術なのだから、未知の領域を切り拓くより容易であることは言うまでもない。

 

こうした理由から、ソローは国によって均衡成長率に差が出る原因を探ることをあえて断念したのだと考えられる。つまり、資本蓄積のプロセスが終わって資本のリターンが低くなったら、もはや長期的な成長についてソローに言えることはほとんどないということだ。

 

ソローのモデルは、経済学者の言う外生的成長モデルである。「外生的」とは、外からの影響や外から来た要因による、という意味だ。内側からは長期的成長率について何もできることはない、と認めたわけである。要するに成長は私たちの手には余る、と。

 

 

第5章 成長の終焉?② につづく

 

 

『アジア開発史』 アジア開発銀行著 澤田康幸監訳 (2021年8月25日第1刷)

 

 

 

第1章 アジア開発の50年:概観② (第1章は①~②まで)

 

 

アジア開発の50年:概観① のつづき

 

 

1.5 アジアに残る開発課題

 

その急速な経済成長と変革にもかかわらず、いまだ先進国とアジア開発途上国との経済格差は大きいままとなっている。2018年、アジア開発途上国の米ドル(市場為替相場)換算での1人当たり平均GDPは、OECD平均のわずか14%であった。アジア諸国は、今なお変わらない開発課題、そして新たに登場しつつある開発課題双方に幅広く取り組まなければならないのである。

 

■ 市場機能の向上ならびにガバナンスと制度の強化

アジア諸国は、それぞれの労働市場、金融、および貿易・投資体制の改革を継続し、市場から硬直性と歪みを除去すべきである。また、各国のニーズに応じて、国有企業の改革も継続しなければならない。さらに、規制の質を向上させ、腐敗をより効果的に抑制し、より幅広い社会参加を実現するとともに、政府の説明責任を強化させるべきである。

 

■ 高所得への移行と支援

いわゆる「中所得国の罠」を克服し、中所得から高所得へと移行するには、より革新的で知識集約型の経済への転換が求められる。さらに、上位中所得諸国は、国内における先進的な地域と開発が遅れている地域との格差を含め、所得格差の縮小に尽力すべきである。

 

■ 継続的な農業および農村の変革と支援

各国は、いまだに残っている農産物価格の歪み(保護主義的な貿易政策や補助金等による)に取り組むとともに、気候変動など新たに生じた環境課題に対応しなければならない。

 

■ 技術的進歩への投資

新技術を継続的に導入してイノベーションを促進するために、教育の拡充を通じて技能を有する多様な労働力集団を育成すべきである。引き続きR&Dを支援しながら、知的財産権の保護や公正な競争の促進など、イノベーションを支える制度の強化も図るべきである。

 

■ 人的資本における格差の是正と人口構成の変化への対応

保健に関しては、各政府は国民皆保険制度を整備しなければならない。また各国は、「ケア経済」をターゲットとした政策、すなわち家庭内における無報酬の介護労働に対する再分配、そして育児施設や育児有給休暇(出産休暇など)などの家庭に優しい労働政策を通じて、女性の労働市場への参加を支援すべきである。アジアに人口動態上の大きな多様性が存在するということは、平均年齢が高い国も低い国も、労働力が国境を越えて移動することによって恩恵を享受できることを意味する。

 

■ 貯蓄と投資のバランスの最適化、ならびに金融セクターの強化

貯蓄を生産的な投資に動員するため、アジア諸国は金融制度の多角化、より多数の機関投資家の参加による資本市場の深化、金融包摂の促進、およびリスク緩和を目的とする金融規制の強化を継続していかなければならない。さらには、地域的な金融協力を強化することでより大きな恩恵を享受できる。

 

■ インフラ格差の是正

2017年の時点で、アジアでは4億人の人々がいまだに電気のない生活を送っており、3億人が安全な飲料水へのアクセスが不十分な状況にあり、15億人が衛生施設へのアクセスを欠いている。インフラセクターでの継続的な能力開発と制度改革は、効率性を押し上げ、高品質のサービスを実現できる。インフラ格差の是正には、民間セクターの参加が不可欠である。

 

■ 開放的な貿易投資体制の維持

アジア諸国の政府は、関税の引き下げと非関税障壁の削減、eコマースやデジタル貿易を含むサービス貿易の促進、そして中小企業による国際市場へのアクセス支援を通じて、開放的な貿易と投資を引き続き促進すべきである。

 

■ マクロ経済の安定性の維持

マクロ経済上の安定性を維持するための政策上の優先課題には、財政の強化、マクロプルーデンス政策のより積極的な活用、為替相場の柔軟性の維持などが挙げられる。各国は資本の流れを注意深く監視するとともに、必要に応じて、外的ショックによる為替相場の変動を抑えるための措置を実施するなど、市場の「センチメント (市場心理)」を把握・管理していかなければならない。

 

■ 貧困の撲滅と不平等の是正

通常は下位中所得国で用いられる、比較的高い1日3.20ドルの貧困ラインでみた場合、アジアの29%はいまだに貧困状態にある。貧困の撲滅と不平等の是正のため、各政府はより質の高い雇用を創出し、教育への支出を増やし、所得の再分配における税の役割を増大させ、都市と農村の所得格差および地域格差を解消し、さらにガバナンス改革を継続して平等な機会を促進しなければならない。

 

■ ジェンダーギャップの是正

ジェンダーの平等はいまだ達成されないアジェンダである。政策上の優先課題には、女性の教育、特に科学・技術・工学・数学(STEM)教育への継続的な投資や、性と生殖に関する健康と権利の改善などが挙げられる。各政府は、女性のニーズに応える基礎的なインフラへの投資を継続すべきである。

 

■ 環境の保護と気候変動への対処

環境の劣化と気候変動は、今後のアジアにおける持続的な発展を脅かしている。アジア諸国は、環境保護の取り組みの規模を拡大し、気候変動の緩和と適応に向けた行動を今すぐ起こさなければならない。

 

■ 二国間および多国間開発パートナーシップの強化

アジア開発途上国は、開発資金へのアクセス、政策上の助言、知識交流や能力開発において、二国間および多国間パートナー双方による開発協力から恩恵を享受してきた。各政府は開発パートナーとの協力を継続し、開発援助の実効性を高めるべきである。

 

■ 地域協力・統合のさらなる強化

これまで達成してきたことを足掛かりに、河川、海洋、森林などの共有天然資源の保全と管理、ならびに政策や研究を含む農業の分野において、より大きな協力が求められている。また、人材育成へのさらなる注力が求められるし、いくつかの国をまたぐ持続可能な観光の促進も優先課題の1つである。各国は、世界経済におけるアジアの重要性の高まりに見合うよう、地球規模の課題に対するアジアの発言力を高めるために協力すべきである。

 

 

第2章 市場・国家と制度の役割 につづく

 

 

『アジア開発史』 アジア開発銀行著 澤田康幸監訳 (2021年8月25日第1刷)

 

 

 

第1章 アジア開発の50年:概観① (第1章は①~②まで)

 

 

本書は、過去半世紀において、アジア開発途上国が繁栄に向けてたどった道程について概観するものである。ここでは、当該地域の目覚ましい成長と変化に注目し、その主要因を多面的な視点から明らかにするとともに、それぞれの国の固有性と多様性を浮き彫りにする。さらに、政策上の教訓や将来に向けた示唆を抽出する。本書では主に、アジア・太平洋地域でアジア開発銀行(ADB)に加盟する香港、大韓民国(韓国)、シンガポール、台湾を含む46のADB開発途上加盟国・地域の発展の経緯について論じる。必要に応じて、アジアの先進国であるオーストラリア、日本およびニュージーランドの3国についても触れ、1950年代にまで遡って議論する。

 

 

1.1 この半世紀におけるアジア諸国の急速な成長と貧困の削減

 

1960年代のアジアは主に農業を営む村落から成る低所得地域であり、そのほとんどの国や地域は、増え続ける人口のための食料確保に苦しんでいた。しかし、今や多様な輸出製品、成長するイノベーション能力、新興都市、そして増大する熟練労働者と巨大な中間層を抱える世界経済の一大中心へと変貌を遂げた。

 

1960年から2018年のデータによれば、アジア開発途上国の1人当たり国内総生産(GDP)の年間成長率は平均で4.7%であり、世界のどの地域よりも高かった。1960年、アジアの1人当たりGDPは330ドル(2010年米ドルベース)であった。2018年にはこれが4,903ドルと実に15倍にも増えた一方、世界全体での1人当たりGDPは約3倍の伸びにとどまった。その結果、世界のGDPに占めるアジア開発途上国の割合は4.1%から24.0%、日本、オーストラリアおよびニュージーランドを含めた場合には13.4%から33.5%と飛躍的に増えた。

 

1960年代には、労働力の3分の2超が生産性の低い農業に従事していたが、現在では、65%超が工業とサービス業に従事しており、一部の国・地域(カザフスタン、マレーシア、韓国、台湾など)ではそれが85%~95%にも達している。1960年代におけるアジアの輸出は農業やその他の一次産品、縫製品などの軽工業製品に限られていた。しかし現在、この地域は「ファクトリー・アジア」と呼ばれており、自動車、コンピュータ、スマートフォン、工作機械、ロボットなど、精密かつ革新的な製品を多く製造し輸出している。

 

また、交通・運輸とエネルギーの分野に多額の投資が行われたことにより、アジアのインフラは大幅に改善した。アジア開発途上国の電化率は90%にも達している。世界の高速鉄道網の4分の3はアジア地域において

敷設・運営されている。技術的進歩、特に情報通信技術(ICT)の進歩は、近年におけるアジア開発途上国の高付加価値サービス産業の成長の原動力となってきた。

 

経済協力開発機構(OECD)諸国との経済格差は依然として残っているものの、急速な経済成長や構造転換により、アジアのさまざまな開発指標は大幅に向上した。例えば、2011年の購買力平価で計測した国際貧困ライン(1日1.90ドル)に基づく極度の貧困率は、1981年の68.1%から2015年には6.9%まで低下した。しかしながら、1.5節で論じるように、アジア開発途上国はその成功にもかかわらず、今なお多くの課題に直面している。

 

 

1.2 アジアの経済的成功の理由

 

本書では、戦後におけるアジアの経済的成功は、優れた政策と制度に負うところが大きいということを論じる。第2章以降の14の章で詳述するように、時間の経過とともに、成功したアジアの国・地域は、程度の差こそあれ、以下に列挙したような政策を追求したという共通点がある。

 

・ 市場と民間セクターが成長の原動力となるものの、市場が効率的に機能しない分野では政府が積極的な開発振興による補助を行うこと(第2章)

・ 農業から工業、さらに高度な生産活動を含むサービス業への構造変化、ならびに都市化の促進(第3章)

・ 土地改革の実施、「緑の革命」の推進、ならびに農業の近代化と農村における改革の促進(第4章)

・ 海外直接投資(FDI)の誘致、研究開発(R&D)への投資、必要なインフラの建設、および知的財産権の保護等における技術的進歩の支援(第5章)

・ 義務教育、技術職業教育訓練(TVET)、高等教育、予防接種などにターゲットを絞った保健政策、そして国民皆保険等の推進を通じた、教育と保健への投資(第6章)

・ 主に銀行セクター(間接金融)を通じて高水準の国内貯蓄を動員し、生産的な投資をすすめるとともに、資本市場の深化を図ること(第7章)

・ エネルギー、交通、水の汚染および通信分野へのインフラ投資を優先的に実施し、成長を支えるとともに生活水準を高めること(第8章)

・ 開放的な貿易投資体制を導入し、資源配分の効率性を確保するとともに世界市場、外国資本および先進技術へのアクセスを実現すること(第9章)

・ 健全な財政政策および金融政策、ならびに柔軟性を持たせた適切な為替制度の採用等を通じ伝統的・非伝統的マクロ経済政策を通じてマクロ経済の安定を追求すること(第10章)

・ 社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)のある経済成長の達成に加えて、ターゲットを絞った社会扶助プログラムの促進を通じた、直接的な貧困削減の追求(第11章)

・ 教育 (女子就学年齢の向上など)、保健(妊産婦死亡率の削減など)および労働市場への参加におけるジェンダーの平等の推進(第12章)

・ 土地、水、空気など環境問題への積極的な取り組み、そしてより近年では気候変動の緩和策や適応策など、環境問題・気候変動問題への長期的な対応(第13章)

・ 二国間および多国間開発パートナーを発展のプロセスに参画させ、金融および知識の両面で恩恵を享受すること(第14章)

・ 地域協力・統合(RCI)を促進し、貿易とインフラの連結性、政策改革、ならびに近隣諸国との良好な関係を促進すること(第15章)

 

 

1.3 アジア・コンセンサスは存在するのか

 

アジアのサクセスストーリーを説明できる「アジア開発モデル」、あるいは、いわゆる「ワシントン・コンセンサス」とは異なる「アジア・コンセンサス」が存在するかどうかについて、これまで多くの論争がなされてきた。

 

本書の立場は、「アジア・コンセンサス」のようなものはない、というものである。アジアの発展に大きな役割を果たした要因は、各国が輸入自由化、FDIの受け入れ、金融セクターの規制緩和および資本取引の自由化を漸進的かつ段階を踏む形で実施したことであった。そして、(ⅰ) 政策の有効性を改善するために必要な制度の強化、 (ⅱ) 教育と保健への投資の支援、 (ⅲ) インフラの開発の促進、および (ⅳ) 民間部門の発展に適した環境の整備、に努めた。

 

産業政策の有効性もまた、激しい論争の的となった。現在では、産業政策は賢明に活用されれば、特に発展の初期段階において(幼稚産業の保護において)効果的でありうるという意見も強い。より発展が進んだ段階であっても、特にイノベーションのような大きな「正の外部性」がある場合や、新しい非伝統的産業を開発する際など「コーディネーションの失敗」がある場合には、産業政策が有益となりうる。産業政策は、成果ベースで競争を促す場合、そして明確な政策目標、効果的な実施メカニズムおよびいわゆるサンセット条項を備えた透明性のある形で実施される場合において、成功する可能性が高い。

 

 

1.4 多角的開発の半世紀

 

■ 市場・国家と制度の役割

開発には効率的な市場、効果的な国家、および強固な制度が必要となる。効率的な資源配分と企業活動への強いインセンティブ付与には、市場、価格、そして競争が不可欠の要素となる。国家は、強固な制度を確立し、市場が効率的に機能しえない場合には介入を行い、社会的な平等を促進するうえで必要となる。強固な制度は、市場の秩序だった機能と国家の説明責任を保証する。

 

アジアにおける市場と国家の役割は、各国の歴史的経緯ならびに経済と政策の進展を反映し、過去50年間、著しい変化をとげた。それはまた、世界全体における、開発に関する考え方の転換によっても影響を受けた。

 

第二次世界大戦直後、アジア開発途上国の多くの政府は強い国家統制を行い、輸入代替工業化政策を採用した。しかし1960年代から、香港、韓国、シンガポールおよび台湾が輸出を振興し、市場機能を補完するような政策へと転換した。これらの国および地域は成長を遂げ、やがて新興工業経済地域(NIEs)として知られるようになった。1970年代には、インドネシア、マレーシアおよびタイが貿易とFDIを自由化した。これらの国もまた、その後の20年間で「高成長アジア経済地域」となった。こうした発展のパターンは、日本を先頭に次々と経済が羽ばたいたことから「雁行的発展モデル」とも呼ばれる。しかし現在、アジアの経済関係は雁行形態というよりも、グローバル・バリューチェーン(GVC)の一部としてのネットワークに近い形態となっている。

 

1980年代以降、開発を考えるうえで、ガバナンスと制度の質が重要であるとの認識が高まってきている。近年、アジア開発途上国は政府の有効性、規制の質、法の支配および腐敗防止政策を強化する取り組みにより一層力を入れている。

 

■ 産業構造転換のダイナミクス

アジアの急速な産業構造転換は、戦後の同地域における経済的成功の重要な要素であった。大部分の国や地域は、生産と雇用に占める農業の割合が工業の割合の増加に伴って減少し、続いて「脱工業化」によりサービス業が支配的となるという、高所得国の過去の経験と同じ産業構造転換のプロセスをたどった。

 

都市化が産業構造の変化とともに進行し、アジアでは過去50年間で都市居住者が15億人以上に増加した。製造業や多くのサービス業は、都市における「集積の経済」の恩恵を受けることが多い。都市化に伴って、多くの多様な企業や労働者が同じ地域内で交流する機会が増え、そのことがシナジーを生み、全体的な生産性の向上に寄与するためである。

 

サービス業の重要性は高まり続けており、2018年、サービス業はアジア開発途上国の総付加価値の54%を占めている。また、アジアが観光地としてますます人気を集めると同時に、多くのアジアからの旅行者を生み出しつつあるなかで、ツーリズムセクター全体が急速に拡大している。

 

■ 農業の近代化と農村の開発

「緑の革命」は1960年代後半、灌漑への投資の拡大、高収量を達成するための種子の品種改良、さらには化学肥料や農薬などの近代的投入物の利用によって始まった。この革命によって、アジアの農家はコメ、小麦その他の作物の生産量を飛躍的に増大させることに成功し、広範囲かつ長期に及ぶ食料不足に対する不安が大きく取り除かれた。

 

緑の革命に続いて、トラクターや収穫機の使用をはじめとする機械化も農業の近代化と構造変化に寄与した。過去半世紀において、アジア開発途上国の1人当たりのコメと小麦(アジアの最も重要な2つの主食作物)の生産量は、それぞれ41%と246%増加した。

 

アジアの農業と農村経済は変容し続けている。食料消費は、所得の上昇と都市化に伴い変化してきている。特に東アジアで顕著であるが、コメの消費割合が減少している。そして、食の多様性の高まりに伴って、現在では高価値作物と家畜の生産額が主食のそれを上回っている。生産、加工、マーケティング、流通を結ぶ農業バリューチェーンは、市場志向改革と貿易自由化を原動力として、より高度なものとなっている。

 

■ 成長の重要な原動力としての技術的進歩

開発の初期段階において、アジアの成功は主として資本や労働といった資本動員に基づくものであった。その後、そうした成功は技術的進歩と効率性の向上、すなわち「全要素生産性 (TFP)」の成長に大きく依存するようになった。

 

アジア各国や地域は外国ライセンスの取得、機械の輸入とリバースエンジニアリングの実施、輸出を通じた学習、FDIの誘致、そして技術協力援助の受け入れを通じて技術を導入した。輸入した技術を習得し、財とサービスを生産していくなかで、各国はR&D能力の構築と産業クラスターの振興を通じたイノベーションに向かっていった。

 

このプロセスを支援するために、各政府は、 (ⅰ) 教育の向上とエンジニア、科学者および他の研究者の育成と人材プールの拡大、 (ⅱ) 研究機関、国立研究所、サイエンスパークなどを含む国家的なイノベーション体制の確立、 (ⅲ) 知的財産制度を含む法的および制度的な枠組みの導入、 (ⅳ) 税制上の優遇措置などを通じた民間セクターのR&Dの支援、 (ⅴ) 高速ブロードバンドやモバイルネットワークなどのICTインフラストラクチャへの投資、そして (ⅵ) イノベーションを促す競争的な市場環境の創出に多大な努力を傾注した。

 

■ 教育・保健と人口動態

2017年には、アジア・太平洋のほとんどすべての国で初等教育への普遍的またはほぼ普遍的なアクセスが達成され、多くの生徒が中等教育へと進んでいる。女子の教育も多くの国で男子に追い付きジェンダーギャップ(社会的性差)の是正に貢献している。

 

また、アジアは人々の健康状態も大きく改善した。1960年から2018年にかけて、生活水準の向上と公衆衛生への投資により、平均寿命は45.0歳から71.8歳に上昇するとともに、5歳未満児死亡率は6分の1となり、妊産婦の死亡も大幅に減少した。各国では全体的な保健の制度が改善し、多くの国は国民皆保険の実現に向けてさまざまな取り組みを行っている。

 

当初高かった出生率、全年齢層で減少した死亡率、および平均寿命の上昇は、アジア開発途上国に急速な人口の増加と生産年齢人口割合の上昇をもたらした。1960年に15億人であったアジアの人口は2018年には41億人となり (年率1.7%増)、同じ期間に生産年齢人口は8億5,500万人から28億人となった (年率2.1%増)。生産年齢人口の割合は、いわゆる「人口ボーナス」を生み出し、成長を支える鍵となった。しかし現在、多くのアジア諸国は出生率の減少と人口の高齢化という新たな課題に直面している。

 

■ 投資・貯蓄・金融

アジア各国は、新しい工場やプラントへの投資のほか、道路、鉄道、港湾などの物理的インフラ、さらには発電所や送電線に大規模な投資を行ってきた。1960年から2017年にかけて、アジア開発途上国の物的資本ストックは3.9兆ドルから176.0兆ドルに増加したと推計されている (2011年米ドルベース)。これら物的資本ストックへの投資は生産能力を向上させ、技術のイノベーションを支えるとともに、産業の高度化を促進した。

 

域内のGDPに総貯蓄の割合は、1960年代の18.0%から2018年には41.0%まで増大した。1980年代まで、純公的資金流入(二国間政府開発援助 [ODA] および多国間開発融資を含む)は、アジア開発途上国にとって、国内貯蓄を補完する最大の外部資金調達源であった。以来、多くの国や地域が貿易と投資を自由化したのに伴い、対内FDIが最大の外部資金調達源となった。

 

1997年から1998年にわたるアジア通貨危機(AFC)の後、東南アジア諸国連合(ASEAN)ならびに中国、日本および韓国(ASEAN+3)は協力して、いわゆる「いわゆる2つのミスマッチ」、つまり通貨および満期のミスマッチを最小限にとどめるために、自国通貨建て債券市場を推進した。

 

■ インフラ開発

官民両セクターが資金を拠出するインフラへの大規模な投資は、急成長を遂げるアジアの最も重要な特徴の1つとなってきている。電力へのアクセス、道路および鉄道、港湾、安全な飲料水、質の高い通信手段はどれも、経済の成長のみならず、人間の幸福に不可欠な要素である。

 

1971年から2018年にかけて、アジアの発電量(オーストラリア、日本およびニュージーランドを含む)は16.5倍にも増えており、世界全体での増加率(5倍増)をはるかに上回っている。また上水道サービスへのアクセスも改善され、多くの国で1960年代にはそうしたサービスへのアクセスは30%未満だったものの、2017年には90%超に達した。通信およびICTインフラの進歩によって、アジアではeコマース、モバイル決済、ライドシェア、電子公共サービスといった新しいサービスの急拡大が可能となった。

 

また、それによって金融包摂(インクルージョン)すなわち貧困層の金融サービスへのアクセスが改善し、ならびに質の高い保健と教育サービスへのアクセス機会が増えている。

 

■ 貿易・外国直接投資・経済開放

1950年代から1960年代において、アジアの多くの国・地域が輸入代替工業化戦略を採用したが、1960年代から、NIEsの4つの国・地域は成長戦略として輸出の振興を図った。1970年代以降は、多くの国がその後に続き、同様の戦略を採用した。

 

その後、1990年代までに、アジアの大半の国・地域は貿易と投資を自由化し、FDIを資本と新技術の源として活用した、輸出とFDIの促進のために、多くの国は経済特区を試験的に設立し、優遇税制など金銭的なインセンティブを提供するとともに、ビジネス環境全体の改善を目的とした改革に着手した。

 

1960年から2018年の間、アジア開発途上国の輸出と輸入はともに平均して年率11%もの成長率を示し、GDPに対する貿易(輸出および輸入)の割合は20%から53%に上昇した。輸出品の構成についても、ほとんどが原材料から製品へ、さらに軽工業品から重工業品、さらにはハイテク輸出品へと大幅な変化が生じた。現在、アジアは世界で最も人気の高いFDIの投資先の1つとなっている。

 

■ マクロ経済安定化の取り組み

1997年から1998年のアジア通貨危機(AFC)は、アジアの政策決定者たちに警鐘を鳴らす機会となった。経済および財政上の持続可能性に対する懸念が生じると、それまで流入していた資本の急激な逆流が通貨危機と銀行危機をもたらした。

 

危機の根本原因の1つは、外国からの借り入れとそれによって資金を調達した非効率な投資に対する、通貨および満期の2つのミスマッチであった。政策決定者たちは、より柔軟な為替相場の採用、中央銀行に対するより高い独立性の付与、そしてより慎重な財政運営によって対応を図った。

 

AFCを受けた諸改革は、持続的な高成長の基礎となるとともに、2008年から2009年の世界金融危機(GFC)のアジア地域への影響を和らげ、アジア開発途上国におけるマクロ経済的管理と金融規制の強化をさらに推進することとなった。過去10年間、アジアはマクロプルーデンス政策を世界の他のどの地域よりも幅広く活用してきた。地域の金融セーフティネットは、チェンマイ・イニシアティブのマルチ化のもとで、またマクロ経済監視を目的として2011年に設立されたASEAN+3マクロ経済リサーチオフィス(AMRO)により、強化された。

 

■ 貧困削減と所得分配

アジア開発途上国の急速な成長は、極度の貧困の劇的な減少につながった。1人1日1.90ドルの国際的な貧困ラインでみた場合、貧困率は1981年の68%から2018年には7%未満にまで低下した。13億人を超えるアジアの人々が困窮状態から救われ、アジアは世界の貧困削減に最も貢献した地域となった。

 

しかし、所得分配の改善という点において、アジア開発途上国での成果は成功と失敗の入り混じったものとなった。1960年代から1980年代まで、東アジアおよび東南アジアの大半の国では急速な成長を遂げつつも、所得格差は安定しているか、あるいは若干の格差縮小が見られた。労働集約的製造業の輸出拡大とインクルーシブな政策から恩恵を受けた、「公平な経済成長」と呼ばれる成長パターンである。同時期、南アジアの所得格差は、その成長のスピードが緩やかだったにもかかわらず、おしなべて安定していた。

 

1990年代以降の多くの国において、急速な成長と貧困の削減は、同時に所得格差の拡大を伴うものとなった。アジア開発途上国では、技術進歩とグローバル化は、技能のある労働者とそうでない労働者のいずれの所得も引き上げたものの、両者間の相対的な賃金格差の拡大を招き、労働所得よりも資本所得を増大させた。

 

また、都市部と農村部の所得格差の拡大と地域格差の拡大、ならびに機会の不平等を通じた所得格差の拡大が生み出された。これらの格差拡大の傾向を受けて、近年、多くの国が「インクルーシブな成長」を開発戦略の主な目標として採用している。

 

■ ジェンダーと開発

アジア・太平洋地域は、教育、保健、雇用などの分野において、ジェンダーギャップと不平等の是正の点で重要な進歩を果たした。これはジェンダーの平等を、より優れた開発成果を達成する手段としてのみならず、公正かつインクルーシブな社会を達成するための本質的な権利・前提条件と認識してきたことによる。

 

女性および女子児童の教育へのアクセスは大幅に改善された。1960年、アジア諸国の大半で女性の就学年数は男性よりも短かったが、2010年にはおよそ半数の国で、女性は男性よりも修了した学校教育の年数が長くなっている。保健の分野では、女性の平均余命にも大幅な改善がみられた。妊産婦死亡率も一貫して減少してきている。加えて、ジェンダーギャップは依然として残るものの、過去半世紀の間に女性の労働力参加も大幅に増加した。

 

■ 環境の持続可能性と気候変動

過去半世紀もの間にわたるアジアの経済的な成功は、「成長を優先し、汚染への対処は後で」というアプローチのもと、環境を犠牲にして達成されたものであった。成長は、大気や水の汚染、ならびに土地の劣化の拡大を伴ってきた。これが毎年何百万という人々の若すぎる死、生態系の脆弱化、ならびに陸上および海洋資源の潜在生産力の低下につながった。

 

こうした課題に直面して、アジア開発途上国は、世界の環境問題、特に気候変動の解決に向けた国際的な取り組みへの関与を深めている。域内のほぼすべての国が、気候変動に関する3つの主な条約や協定、すなわち1992年の国連気候変動枠組条約、1997年の京都議定書、および2015年のパリ協定に参加している。アジア開発銀行(ADB)その他の国際開発金融機関(MDB)は、各国が気候緩和・適応へ努力するために必要な資金の拠出および能力開発への支援を通じて、パリ協定で定められている「自国が決定する貢献 (NDC)」を達成できるように支援を行っている。

 

■ 多国間・二国間開発資金の貢献

二国間ODAとMDBによる支援は、アジア地域の発展に重要な貢献を果たしてきた。これらは資源の動員に貢献し、技術協力を支え、域内外での知識の共有を促進した。そして次第に保健、教育その他の社会セクターに関する知識を提供するになった。

 

近年では、開発援助は持続可能な開発目標(SDGs)や気候変動に関するパリ協定など地球規模のアジェンダへの支援にますます注力するようになっている。

 

■ アジアにおける地域協力・統合の強化

戦後、アジア・太平洋における地域協力・統合(RCI)は進化を続けてきた。RCIの成功事例がASEANである。近年ASEANは貿易、投資の自由化および基準の統一等を通じた「ASEAN経済共同体」の実現に向け取り組みを行ってきた。また、新たな加盟国を招きながら、一丸となって健全な市場志向型の政策を長年にわたり促進してきている。

 

南アジアでのRCIでは、交通、エネルギー、および貿易の振興を通じた質の高い連結性を促進することが優先事項となっている。中央アジアはインフラの連結性を中心とした協力から、域内経済回廊の開発とさまざまな分野における知識共有へと軸足を移している。太平洋諸国は、貿易、海洋およびデジタルの連結性、共有海洋資源の管理、持続可能な観光、民間セクター投資のための能力開発を優先事項としている。

 

1966年のADB創設は、RCIの重要例とみなすことができる。それは、地域の発展のために協力に向けたアジア・太平洋内外の人々の強固な意志と努力を反映したものだった。RCIを支援するため、ADBは大メコン河流域圏 (GMS)、中央アジア地域経済協力 (CAREC)、南アジア・サブリージョン経済協力(SASEC)など複数の地域的プログラムを立ち上げている。

 

 

第1章 アジア開発の50年:概観② につづく