『アジア開発史』 アジア開発銀行著 澤田康幸監訳 (2021年8月25日第1刷)
第2章 市場・国家と制度の役割① (第②章は①~⑤まで)
2.1 はじめに
開発には効率的な市場、効果的な国家、および強固な制度が必要となる。国家は、強固な制度を確立し、市場が効率的に機能しえない場合には介入を行い、さらには社会的平等性を促進するうえで必要となる。強固な制度は、市場の秩序ある機能と国家の説明責任を保証する。
実際に、国家は通常、市場の規制と法の支配の維持、教育と医療の提供、インフラへの投資、税金を通じた所得の再分配および社会的保護、マクロ経済の運営、ならびに環境の保護に責任を負う。多くの国において、国家は開発に関する調整や産業の支援にも関与している。
アジアでは、市場と国家の役割が過去50年間で大きく進化した。第二次世界大戦による荒廃から回復した日本は、市場競争と民間企業に依拠して成長を推進する一方、政府は積極的に投資、製品の輸出および技術のイノベーションを促進した。それらが1950年代前半から20年以上にわたる急成長につながった。
アジア開発途上国・地域の多くは、第二次世界大戦直後、国家形成と開発に対する強力な国家統制のもとで輸入代替工業化政策を採用した。しかし1960年代から、大韓民国(韓国)、香港、シンガポールおよび台湾が日本に続いて輸出振興と市場に適した政策へと転換した。これらの国および地域は成長と遂げ、現在は新興工業経済地域(NIEs)として知られるようになっている。
1970年代には、インドネシア、マレーシアおよびタイが貿易と外国直接投資(FDI)を自由化した。これらの国もまた、その後20~30年で高成長アジア経済地域となった。こうした成功に刺激を受けて、アジアのより多くの国・地域が1970年代後半から広範囲にわたる市場志向改革に乗り出し、外部の世界に門戸を開いた。
1980年代以降、開発に関する考え方において、ガバナンスと制度の質が重要であるとの認識が深まってきている。ガバナンスと制度の重要な側面である国家としての強い能力は、大戦後のアジアの経済的成功に大きく貢献したとみなされることが多い。
アジアの一部の国では、脆弱なガバナンスが紛争や情勢不安、そして経済的な失敗につながったとの見方もなされている。近年では、透明性と説明責任、ならびにより幅広い市民の参加を促すための取り組みがアジア・太平洋全域で活発化している。
2.2 市場と国家の役割
市場と国家の役割は、開発経済において最も重要な事項の1つである。市場による解決では社会的に最適な成果をもたらすことができないという「市場の失敗」が起こる分野があり、そうした問題に対処するために国家による介入が必要となる。国家は、強固な制度の確立と社会的公平性の惻隠にも重要な役割を果たす。
英国の経済学者アダム・スミス(Adam Smith)は、市場、価格および競争が資源を効率的に配分する「見えざる手」として機能するという考え方を、1776年の著作『国富論 (The Wealth of Nations)』において概念化した。スミスは、利益に動機付けられた個々の参加者による、目に見えない市場の力が最適な資源配分を保証し、持続的な富の創造につながることを理論化した。
しかし、資源配分について市場に依拠することは、国家の重要な役割を排除するものではない。歴史的に見ても、国家が道路や灌漑などの公的インフラを提供することは一般に行われてきた。現代の経済理論では、政府は市場経済においていくつかの重要な役割を果たすことができるものとされている。
第一に、市場の形成に資する制度の確立と、その秩序ある機能の支援である。これには、政府が規則と秩序の維持、財産権(知的財産を含む)の保護、契約の履行、公正な競争の確保、金融の安定性の維持および消費者の保護を目的とした法規制を導入することが必要となる。これらはすべて、取引、投資およびイノベーションを支える近代市場経済に不可欠な制度である。法規制を強化し、開放的な貿易投資体制を促進する改革は、過去半世紀におけるアジアの経済的成功の重要な要素となってきた (第9章)。
第二の役割は、経済理論における「市場の失敗」と「公共財」に関わるものである。政府における介入は、いずれも市場による解決を不十分なものとする「外部性」、「不完全競争」および「情報の非対称性」によって生じる市場の失敗を是正するために必要となる。負の外部性の重要な例として、汚染主体が社会的費用を負わない環境汚染が挙げられる。汚染は政府が、規制や税金を通じて対処することになる (第13章)。
市場の失敗の重要な形態として、洪水管理、街路照明、警察、外交、国防などの公共財に関連するものが挙げられる。これらは消費において排除不可能(料金を課すのが困難)かつ非競合的である(誰かの消費によって他の人の消費が減少することはない)ため、市場はこうしたサービスを効率的に提供できない。教育と公衆衛生は特定の消費者に提供可能であり、料金を課して報酬を受けられるが、それらは社会に対する大きな正の外部性を有することから「準公共財」とみなされる (第6章および第8章)。
第三に、産業の振興とイノベーションの支援である。途上国および先進国の政府はいずれも特に開発の初期段階において、ターゲットを絞った「産業政策」を活用し、関税や補助金などさまざまな手段を用いて「幼稚産業」あるいは広く国内産業一般を支援した。また各政府は優遇税制の実施や政府系金融機関を通じた信用供与により、投資や研究開発(R&D)などを支援した (米国でのインターネット、全地球測位システム (GPS)、先端医学など)。
完全ではないにせよ、政府は多様な民間主体の「調整の問題 (コーディネーションプロブレム)」にも対処できる。例えば、アジアの多くの国において、政府は長期計画の策定によって民間投資にガイダンスを与えること、公共政策、および金銭的インセンティブにより、産業クラスターの促進や戦略的部門の振興を図っている (第5章)。
第四は、マクロ経済の安定性の維持である。現代の市場経済において、政府は金融政策および財政政策を通じて、景気循環の管理とマクロ経済の安定性の維持に重要な役割を果たす。米国の経済学者ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes)による1936年の著作『雇用、利子および貨幣の一般理論 (The General Theory of Employment, Interest, and Money)』は、総需要が乏しい場合に、積極的な財政政策を活用して景気の後退に対処するための理論的な根拠を提供した。一方、1960年代におけるマネタリストの理論では、経済的安定の維持とインフレの制御には安定的でルールに基づいた通貨供給が重要であると講じた。
現在では政府が景気の後退時には財政刺激策や金融緩和を、景気の過熱時には財政および金融の引き締めを行うべきだという点について広いコンセンサスが存在する。しかし、近年問題となっている、先進国における極めて低いインフレ率のもとでの極めて低い成長率の長期化への対応方法については、コンセンサスはほとんど得られていない (第10章)。
第五は、公平な所得分配の促進である。所得および資産の分配における過度の不平等は、不公正であるだけでなく経済の発展と富の創造にとって有害となりうる。そのため、政府による介入が、課税ならびに教育、保健および社会的保護への支出を通じて貧困と所得の不平等へ対処するために必要となる (第11章)。ジェンダーの平等の促進も、政策上の重要な優先課題である (第12章)。
アジア・太平洋地域の各政府は以上述べたことをすべて実施してきたが、政策上の優先順位には国および時期によって大きな差異があった。1960年代から始まった議論で、1980年代に盛んになったのが「政府の失敗」に関する議論であった。
その主張とは、政府による過剰な介入は新たな歪みを招き、最適な資源配分からの大きな逸脱につながるというものであった。政府の失敗が生じる可能性があるのは、生産補助金が非効率な企業を保護する場合、(エネルギーや水などに関する)消費者補助金が非効率で過剰な消費を促す場合、価格規制が過少生産や過剰生産を引き起こす場合、または過剰な福祉支給金がモラルハザードや濫用もしくは財政の不均衡につながる場合である。
もう1つの議論は、産業政策の実効性に関するものである。産業政策は、扱いを誤ればレントシーキングや不正競争、あるいは長期的にみた場合の非効率につながるおそれがあるとして、しばしば批判されてきた。しかしすでに論じたように、産業政策が特に開発の初期段階で一定の役割を果たすことは広く受け入れられている。
最後に、政府に過剰な権力を与えることは政策バイアス、「エリートキャプチャー」、すなわちエリート層による特権の占有や横領といった問題を生み出す可能性があるという主張がある。これは、優れたガバナンスの重要な要素としてチェック・アンド・バランス、説明責任と透明性、腐敗の抑制、そしてより幅広い市民の参加が挙げられる根拠となっている (2.4節)。
2.3 市場と国家の関係の開発理論と政策の変化
実際には、経済における国家の役割、特に工業化の促進と経済発展における役割は、国によって、および時期によって大きく異なる。こうした差異は、各国の歴史、政治体制、政策上の経験および開発段階を繁栄している。
■ 第二次世界大戦後における国家主導の工業化
第二次世界大戦後、開発途上国世界全体の経済政策において、国家主導での工業化が支配的となった。多くの国は植民地支配から独立を果たしたが、広範囲で貧困がまん延していた。開発のペースを加速させ、工業化によって先進国に追い付きたいという強い希望が存在したが、それは国家の威信に関わる問題であり、外国勢力からの経済的独立を取り戻すことでもあると考えられていた。工業化には大規模な投資が求められ、必要な資源を動員できる力を持っているのは国家のみのため、国家が主導しなければならない。
さらにソ連の体制の表面上の成功を受けて、社会主義は開発途上国世界の大部分で広く受容されつつあった。中国などの社会主義諸国は、中央計画経済のもので工業化を目指していた。
1950年代から1970年代の「輸入代替」貿易政策を伴う国家主導の工業化戦略には、学術的な裏付けがあった。大規模な同時多角的投資による「ビックプッシュ」、生産波及効果の大きい特定の産業への集中的投資を重視する「不均衡成長」、成長の主要な資源として農村部の余剰労働を都市の工業セクターへ移転することを重視する「二重経済」、さらには「発展段階論」といった経済についての新しい考え方が、研究者と政策決定者の双方から大きな注目を集めた。
これらの考え方に共通する認識とは、貧しい国々は経済成長のための十分な投資を生み出せず、低水準均衡の罠に陥っており、罠から抜け出すためには国家による介入が必要である、というものである。
国家主導の工業化には、国有企業が主要セクター、特に資本集約的な重工業に大規模な投資を行う必要があった。そしてそれは多くの場合、輸入代替によって支えられていた。高い関税は、国内の幼稚産業を保護することになった。
輸入代替工業化政策は、当時流行していた、先進国の富の増大を、開発途上国を犠牲にして生み出されたものと捉える「従属」理論または「中心-周辺」理論からの影響も受けていた。
終戦時、特に欧州において、多くの政府がすでに経済の大規模な管理を行っていたが、第二次世界大戦後、経済における国家の積極的な役割と主要産業の国有は、開発途上国において、より広く受容された。さらに、社会主義イデオロギーと市場の失敗に対する懸念が政府の政策に強い影響力を持った。例えば英国とフランスでは、戦後に多くの産業が国有化された。
これらの考え方や開発理論は相当な期間にわたって世界中の開発途上国における経済政策に大きな影響を与えたが、その影響は日本、NIEs、マレーシア、タイなど一部のアジアの国・地域では限られたものとなった。これらの諸国は、早くから輸入代替から対外志向かつ市場志向の政策へと移行していった。
■ 1980年代における市場主導型成長への転換
1970年代後半から、一部の先進国の経済政策は国家の強力な介入から自由主義への高い依存へと移行し、それが開発途上国の政策にも影響を与えた。
理由の1つは、多くの先進国において、国有産業の業績が不振で、広く経済一般の非効率が看取されたことである。ちょうどその頃、西洋において「新自由主義」経済哲学が台頭した。このイデオロギーは、英国のマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)政権(1979~1990年)やロナルド・レーガン(Ronald Reagan)政権(1981~1989年)によって受容された。英国では、多くの国有産業が1980年代に民営化された。アジアでは、日本もこの時期に日本国有鉄道や日本電信電話公社をはじめ複数の国有企業を民営化した。
新自由主義的経済思考は開発途上世界にも重大な影響を与え、特に1980年代に債務危機により「失われた10年」を経験したラテンアメリカではその影響が大きかった。この危機は、国家による過剰な介入と保護貿易が、ラテンアメリカ諸国から効率性と競争力を奪ったと考えられた。そうした考えが、政府の失敗を重要視する政策論と、そして政府の失敗が市場の失敗よりも悲惨なものとなる可能性があるという見方につながった。
1980年代には、開発途上世界の他の地域や社会主義諸国において市場志向改革が活発化した。アジアでは、文化大革命による中国の経済的困難、1980年代半ばの石油ブーム終了時におけるインドネシアの財政危機、そして南アジアの経済不振と国際収支危機を機に、多くの国で政策の見直しが始まった。
中国、ベトナムおよびインドネシアがそれぞれ1978年、1986年および1991年に市場志向改革を開始し、中央アジア諸国も独立後、1990年代にそれに続いた。これらの改革はまた、日本、NIEs、そしていくつかの東南アジアの国・地域の目覚ましい経済上の達成にも刺激を受けていた。
しかし、過去20年にわたって、新自由主義的な政策とワシントン・コンセンサスに対しては批判が高まってきている。各国の状況を十分に考慮せず、ワシントン・コンセンサスに機械的に従った急進的改革は、特にラテンアメリカとアフリカにおいて、あまり芳しい経済上の成果をもたらさなかった。急速な自由化と大規模な民営化という「ショック療法」により、ロシア経済は何年もの間深刻な不況に陥り続けた。一方、中国の経済的成功は、市場原理と国家による介入を組み合わせた漸進的な改革の成果であると多くの人々が考えている。2008年から2009年の世界金融危機もまた、市場原理への過度の依存がもたらす問題を浮き彫りにした。
2.4 良いガバナンスと強い制度の重要性
1980年代以来。開発をめぐる考え方の中で、持続的な経済成長と富の創造における優れたガバナンスの重要性に対する認識が高まってきた。これは、1980年代の「新制度派経済学」の影響力の高まりを受けてのものであった。
現在、ガバナンスとは政府が自国の経済的および社会的資源を管理する方法に関わるものだという点について幅広い合意が存在する。優れたガバナンスには、透明性、説明責任および幅広い市民参加に加え、法の支配、政治的安定性および腐敗の抑制が求められる。
また、優れたガバナンスには、優れた政策を考案し実施するうえでの国家としての強い能力も求められる。アジアのこれまでの開発経験から示唆されるのは、国家としての強い能力は有能な官僚制度によって支えられなければならず、成功は多くの場合先見の明と明確なビジョンを持った政治的リーダーに関連付けられるということである。
強い制度には、公式と非公式の二種類がある。公式の制度とは、憲法、法律ならびに明示的な規則および規制であって、最も重要として強制力を持つ国家により実施されるものを意味する。一方、非公式の制度とは、伝統などの不文律、規範や行動基準、禁忌など人々の間の紐帯や関係性を基盤とした制度のことである。
開発専門家はガバナンスと制度の質を評価するためにさまざまな指標を考案してきたが、それらは主に、(ⅰ)発言力と説明責任、(ⅱ)政治的安定性と暴力の不在、(ⅲ)政府の実効性、(ⅳ)規制の質、(ⅴ)法の支配、(ⅵ)腐敗の管理に焦点を当てている。
アジア開発銀行(ADB)による世界各国を対象とした研究では、ガバナンスの質と経済発展のペースに関連があることが明確に示されている。この関係性は、ガバナンスの複数の側面にわたって異なり、開発段階による差異もあり、また開発の個々の指標(成長率、貧困削減、教育、保健など)によっても異なる。このADBの研究によれば、アジアでは政府の実効性は1人当たりの国内総生産(GDP)と非常に高い相関があり、次いで規制の質との相関が高かった。また、この研究では政府の実効性と規制の質は、アジアにおいて世界の他のどの地域よりも経済成長のペースと強い相関があることを見出している。
異なる開発段階にある国は、それぞれ異なる制約に直面する可能性がある。低所得段階では、成長を軌道に乗せることが優先事項であり、政府の(教育とインフラへの十分な投資を保証する)実効性と(民間投資を促進する)規制の質が重要となる。所得レベルが高い場合は、開発の優先事項は成長の維持となる可能性が高く、透明性、説明責任および幅広い市民参加がより重要となると考えられる。
こうした研究成果は、アジアの経済上の「奇跡」を生み出すうえで、国家としての強い能力が極めて重要な役割を果たしたという主張を支持しているように思われる。先見の明のある政治的リーダーたちは、経済と社会の発展のために長期的なビジョンと指針を提供した。能力主義に基づく有能かつ政治的に中立な官僚機構が、開発計画、産業政策、そして効果的な実施を通じて、こうしたビジョンの実現に重要な役割を果たした。
非公式の制度が機能して大戦後のアジアにおける経済的成功に貢献したとの主張もある。例えば、世界価値観調査(World Values Survey)によれば、アジア諸国では世界の他の地域に比べて、人々の間の信頼が高い数値となって示されている。グラミン銀行はバングラデシュで設立されたマイクロファイナンス機関であり、コミュニティをベースにした開発組織であるが、公式と非公式の諸力が力を合わせることで開発を支援できるという1つの例である。
第2章 市場・国家と制度の役割② につづく