『子どもの貧困対策と教育支援』 末冨 芳 (2017年9月30日第1刷)

 

 

 

◇ 第2部 当事者へのアプローチから考える教育支援 ◇

 

 

 

第12章 ユースソーシャルワーカーによる高校生支援 / 梶野光信 (東京都教育庁) 柊澤利也(東京都ユースソーシャルワーカー)

 

 

■ はじめに

社会的困難を抱える子ども・若者への支援に注目が集まる中、東京都教育委員会は、2016(平成28)年度から都立高校における不登校・中途退学対策として、都立学校「自立支援チーム」派遣事業(以下、自立支援チーム派遣事業)を施策化した。その内容は、福祉支援系と就労支援系からなるユースソーシャルワーカー(以下、YSW)を都立高校に派遣するというものである。

 

この事業には2つのパターンがある。1つは、不登校・中途退学等の課題が集中的に現れる都立高校に対し、週1~3回のペースで継続的にYSWをチームとして派遣するパターン(以下、継続派遣校)である。もう1つは、学校の要請に応じて課題に対応できるYSWを派遣するというパターン(以下、要請派遣校)である。

 

 

 

1  都立高校 「自立支援チーム」 派遣事業の施策化の経緯

 

■ 都立高校改革推進計画に基づく中途退学者対策の実施

自立支援チーム派遣事業が施策化されたきっかけは、2012(平成24)年2月に出された「都立高校改革推進計画・第一次実施計画」において、若者の再チャレンジを支援するという方向性が打ち出されたことである。これを受け、地域教育支援部生涯学習課(以下、生涯学習課)は、2012(平成24)年度に「都立高校中途退学者等追跡調査」(以下、中退者調査)を実施した。

 

この調査結果を踏まえ、生涯学習課は、2013(平成25)年度から3年間の計画で「都立高校における中途退学者等未然防止モデル事業」(以下、モデル事業)を施策化し、若者支援NPOに事業を委託した。主な委託内容は、①中途退学の未然防止、②中途退学者を地域サポステ等の若者支援機関への的確な誘導、③在学中の進路決定支援(進路未決定卒業の防止)であった。

 

しかしながら、モデル事業では、①と②の取組みについては望ましい成果をあげることができなかった。NPOという外部の資源では、学年担任団に対し、十分コミットメントができなかったことが要因である。一方、③の取組みは一定程度成功を収めることができた。その理由は、進路指導部が窓口であったからである。進路指導部は校内分掌の中で、日頃から大学、専門学校そしてハローワークとの連携を行うなど、外に開かれた組織となっているため、NPOからのアプローチも好意的に受け止めてもらえることができた。

 

■ 都教委職員の身分を持つユースソーシャルワーカーの採用

モデル事業の反省を踏まえ、校内組織へのコミットメントを高めるために、中途退学の未然防止を担当する者に都教委の職員の身分を持たせることを考えた。生涯学習課では、2016(平成28)年度にYSW48名とYSWのスーパーバイズ役としてユースアドバイザー6名の計54名を非常勤職員として採用した。非常勤職員とはいえ、一度に54名もの人員配置が認められるということは、都庁内でも異例のことであった。

 

その背景には、舛添要一都知事(当時)が若年者雇用対策の必要性を訴えてきたことがある。それに加えて、「子供の貧困対策に関する大綱」(2014年)などを通じて、スクールソーシャルワーカー(以下、SSW)の必要性が政策課題となっていたことも施策の追い風となった。

 

 

 

2  ユースソーシャルワーカーの職務内容

 

 

YSWの職務パターンは、以下の4点に整理できる。パターンⅠは、いわゆる「派遣型」のSSWの役割に近いものである。主な役割は、教員や学校管理職からの要請に応じ、専門的な情報を提供するとともに、解決案を提案することである。このパターンは、主に要請派遣校で実施されている。

 

パターンⅡは、継続派遣校から期待される要支援生徒に対する直接アプローチである。このパターンの特徴は、生徒に関する問題が顕在化してから、YSWの対応が求められるところにある。主な職務は、学校からの依頼により生徒や保護者との面談、教員とともに不登校生徒への家庭訪問、児童相談所や子ども家庭支援センター、精神保健福祉センター、福祉事務所等関係機関とのネットワークの構築などである。

 

パターンⅢは、校内におけるユースワークである。ここでは、生徒とYSWの関係性の構築に重点を置いている。YSWは、課外活動、昼休み、放課後、部活動等の時間を利用して、生徒たちの学校生活の中に入り込む。日常的に交わされる生徒たちのことばに耳を傾け、生徒たちの中にある潜在的なニーズを把握、分析するのである。このアプローチは、生徒の問題が顕在化する前に、未然に問題を防止しようとするモデルである。

 

パターンⅣは、学校外におけるユースワークである。学校外の場所で、学習支援だけでなく、若者同士の交流の機会や居場所づくり、そして社会体験や職業体験、サービスラーニングやプロジェクトベースドラーニング等の手法を用いながら、生徒自身のエンパワーメントを支援していこうとするものである。自立支援チーム派遣事業においては、都立高校の通信制課程に在籍する生徒や高校中途退学者を対象に、若者支援NPOに都教育委員会が事業を委託し、「学び直し支援事業を」として実施している。

 

 

 

3  継続派遣校の取組み

 

 

自立支援チーム派遣事業において、とくに重視しているアプローチがパターンⅢの「校内ユースワーク」である。このアプローチは、神奈川県立田奈高校において取り組まれている図書館を利用した「校内カフェ (ぴっかりカフェ)」を通じて提起されている「交流相談」という考え方と軌を一にしている。本節では、この「校内ユースワーク」という概念を手がかりにパターンⅢに分類される取組みを、継続派遣校の1つであるX校の事例を通じて考察する。

 

 

■ X校の校内体制

本稿で取り上げるX校は、中退率が高い、東京都の多摩地域に位置する全日制普通科の進路多様校である。X校には困難を抱えた生徒が多く在籍するため、週時程に組み込まれた定例会議が週に一度開催される。

 

2016年度のメンバーは、管理職、自立支援担当教員 (生活指導部兼任)、進路指導部教諭、養護教諭、特別支援コーディネーター、各学年の教員1名、スクールカウンセラー (以下、SC)、YSWである。この会議では限られた時間を有効活用するために、中心となる自立担当教員があらかじめレジュメを配布し、学力不振、進路未決定、家庭環境、不登校、進路変更、人間関係のつまずき、特別指導等多岐にわたる生徒に関する情報共有が行われる。

 

こうした定例会議のメリットは、各学年で生徒情報が制限されることなく、管理職をはじめ、他学年やSC、YSWに情報共有が行われ、またそれぞれの立場から該当生徒を多面的に把握することにもつながっていることにある。

 

 

■ X校におけるパターンⅡの学校との連携による要支援生徒の直接支援

従来型のSSWと同様に、YSWは教員同行のもと家庭訪問や生徒・保護者面談等を行う。面談内容を大きく分類すると、①学校生活に関するケース、②家庭に関するケース、③進路・進路変更に関するケースの主に3種類となる。

 

たとえば、①では教員やSCと共有しながら、友人関係等の学校生活に関する面談を実施してきた。②では、教員とともに児童相談所や子ども家庭支援センターと連携が必須な生徒の面談を実施した。③担当教員と共に転学・編入学を希望する生徒、すでに中途退学した生徒の相談を行ってきた。このような依頼による生徒対応が、X校におけるパターンⅡである。

 

 

■ X校におけるパターンⅢの生徒との関係づくりに重点を置く

YSWが日常的に交わされる生徒たちのことばに耳を傾け、生徒の潜在的ニーズを把握し、分析を行う。その目的は生徒の問題が顕在化する前に未然にその問題を防止することにあり、YSWは「ナナメの関係」を心がけながら、校内において生徒と関係づくりを行っている。こうした活動は「校内ユースワーク」と位置づけられ、その中身を、①「生徒の顕在的ニーズ」へのアプローチ、②「生徒の潜在的ニーズ」へのアプローチの2種類に大きく分類することができる。

 

① 「生徒の顕在的ニーズ」へのアプローチ

パターンⅡで紹介した通り、生徒の課題が顕在化した中で、定例会議や直接教員からの依頼によりYSWは生徒と接することがある。ただし、パターンⅡと異なる点は、「校内ユースワーク」によって生徒と接する点である。つまり、あらかじめ「当該生徒を呼び、参加してもらう」といった面談形式の中で生徒と接するのではなく、偶然を装って生徒と接することがある。

 

教員(主に担当)が気になる生徒、つまり教員からみると生徒の課題が顕在化しているにもかかわらず、生徒自身がそれに対し向き合おうとせず、教員自身が生徒指導の困難性をかかえることがある。なぜ当該生徒が面談に応じないかといえば、入学当初から「先生」という存在に対して対抗心を持つ生徒やアルバイト等で忙しく面談という場に参加したがらない生徒、「別室に呼ばれた」という意識が働き、警戒する生徒などさまざまであるからである。こうした生徒に対して、教員とは別のアプローチである「ナナメの関係」に基づいた「校内ユースワーク」を行い、生徒と接するのである。

 

 

② 「生徒の潜在的ニーズ」へのアプローチ

YSWは、「授業見学」 「休み時間や放課後に廊下を歩く」 「部活動への参加」などの「校内ユースワーク」を行うと、多くの生徒と接することになる。ただ、①「生徒の顕在化ニーズ」へのアプローチのように、常に教員からの依頼等でYSWが活動しているわけではない。

 

つまり、生徒自ら「実は、私〇〇・・・・・・」と悩みを相談することもある。その相談内容は、「学校をやめたい」 「友人関係でつまずいた」 「進級できない」 「家庭が原因で進学をあきらめざるを得ない」 「家でいろいろあって」と多岐にわたる。

 

また、学校生活に限らず、かれらの家庭や日常生活の話を聞くこともある。つまり、これは「生徒の潜在的ニーズ」が浮かびあがったことといえよう。このように「校内ユースワーク」を行うことで、生徒とYSWとの関係性が構築され、問題が顕在化される前(未然)に、生徒の潜在的ニーズを把握することができる。

 

こうした取組みが行われることで、教員(とくに担任)が今まで1人で抱えていた課題のある生徒の対応にYSWが関わることで、多角的視点から生徒のニーズを把握し、生徒をサポートすることが可能となったのである。

 

 

 

4  都立学校自立支援チーム派遣事業の成果と課題

 

■ 事業の成果

本事業の成果として第一にあげられるのは、ユースワークの有効性が明らかになったことである。従来型のSSW事業の主たる関心は、貧困問題や社会的不利益等福祉的課題へのリスク対応型アプローチに置かれている。それに対し、「校内ユースワーク」では、YSWが日常生活場面(学校生活)に入り込み、生徒との信頼関係を紡いでいくことを支援の出発点とする。

 

生徒たちはYSWのことを呼び捨てにしたり、あだ名をつけたりして、自分たちのコミュニティにYSWを招き入れる。このコミュニティで発せられる生徒たちのことばの意味をYSWが理解することがユースワークの第一歩である。この関係性の中から得られた情報は、教員―生徒といった権力的な関係では得ることができない「生きた情報」である。

 

ここから得られた情報をYSWが教員たちと共有する。教員たちは自分たちの前で見せる生徒とは異なる生徒の姿を知り、多面的な生徒理解の必要性を実感する。

 

次のステップは、生徒に内在する主体性の芽を引き出すアプローチを展開することである。YSWが生徒にとって「重要な他者 [the significant others]」となり、生徒との間で信頼関係を構築することである。生徒たちの「語り」の中から、生徒自身の主体性を引き出すようなファシリテーションを行うのがYSWの役割である。このようなユースワーク的アプローチにより、生徒たちが自らの自立に向けた第一歩を踏み出していることに意味を、教員たちが実感するようになってきたのである。

 

第二に、継続派遣校の中で、YSW導入の効果が現れた高校はいずれも、学級担任まかせでなく、組織内に校内体制の確立ができていたことである。高校の多くは旧態依然とした「なべ蓋型」の組織が弊害を抱えている。

 

この弊害を乗り越え、学校が「チーム」としての機能を発揮するために、都教委が指名したのが、自立支援担当教員である。この教員の役割は、学校管理職、学級担任、生徒指導部、進路指導部、養護教諭、特別支援教育コーディネーター、そしてスクールカウンセラーといった教職員をネットワーク化し、不登校・中途退学問題に的確に対応するための校内体制(たとえば、教育相談委員会等)を構築することである。

 

自立支援担当教員を中心とした校内体制が確立されることにより、高校内で生徒個々の課題を把握する作業が進むようになっていく。そこにYSWが加わることにより、個に応じた支援が可能になるのである。

 

 

■ 今後の課題

東京都における施策化の過程では、ユースワーカーとソーシャルワーカーの役割を併せ持つことを目指し、YSW職名を設定した。今後は、ユースソーシャルワークの理論化が必要となってくる。

 

ドイツをはじめ、イギリスやデンマークなどの取組みなどを視野に入れながら、教育、雇用・就労、福祉・精神保健といった既存の行政枠組みを乗り越え、社会的困難を抱える若者たちのソーシャルインクルージョン(社会的包摂)の取組みを具現化する作業を進めていくことが喫緊の課題である。

 

それとともに必要なのは、YSWの支援スキルを向上させることである。YSWを採用するうえで、社会福祉士や精神保健福祉士、臨床心理士、キャリアコンサルティング技能士、教員免許、社会教育主事有資格者等さまざまな領域から意識的に人材を集めてきた。

 

これらの人材がチームを組むことによる化学反応が起きることを期待していたのであるが、まだそれが十分に発揮されているとは言いがたい。多職種連携が効果を発揮するためには、ユースソーシャルワークという共通の価値観(土台)を共有することが不可欠である。そのための研修プログラムづくりを進めていくことも課題である。

 

 

■ おわり

自立支援チーム派遣事業の取組みを通じて、我々が改めて認識したことは、子どもや若者たちの誰もが、自ら成長しようとする芽を持っているということである。生徒たちと適度な距離感を保ちながら、少しずつ成長の芽を育てていくために、水をやり、陽を照らしつづけることが支援の基本であることを肝に銘じ、実践を深めていきたい。

 

 

第13章 生活支援からの子どもへのアプローチ につづく