vainilla -5ページ目

wisper

 死ね。
 死ね。
 死ね。

 私は死にたくなかったわ。

 私は死にたくなかったの。

 私も死にたくなかったわ。

 ごめんね。
 ごめんね。
 ゴメンナサイ。

 謝ったってかわらない。
 あやまったって、もう、遅い。

 ずるずる
 ズルズル

 ぐしゃぐしゃ
 グシャグシャ

 ぐずぐずぐずずっ

THE Exception.

 愛とか恋とか馬鹿みたい。

 アナタは私を好きじゃあないのに。

 求めるものは、手に入らない。

 求めていないものは、傍にある。

 私が愚かだったのです。

 アナタに伝えることを、恐れ。

 他に、逃げてしまったのです。

 ねぇ。

 アナタは、いま。

 どこにいますか。

 アナタも空を見ていますか。

 アナタが元気で幸福ならば。

 それが私の幸福です。

blood bath

 赤い。

 紅い。

 朱い。

 緋い。

 あなたと私の間に広がる。

 見つめているとわくわくする。

 最も美しい、色。

 香りを嗅ぐとそわそわする。

 甘い甘い温かな、香り。

 口に含むとぞくぞくする。

 ほろ苦く甘さを隠しもった、味。

 あなたの体を造っている。

 そう考えるだけで、恍惚として我を忘れてしまう。

 もうどのくらい経ったのかしら。

 空気がどんどん冷えていく。

 あなたの血はまだ温かい。

 ここにはあなたと私だけ。

 あなたの肌に舌を這わせ、あなたの味を吟味する。

 あなたは、たぶん、もう動けないから。

 あなたは私のものよねぇ?

 閉じた瞼に口づけを。

 白い頬にも口づけを。

 細い咽喉にも口づけを。

 艶めく髪にも口づけを。

 項垂れた手にも口づけを。

 褪めた口唇にも口づけを。

 貪るように重ねたら。

 あなたの味がほのかに伝わる。

 私の頬にも伝わる滴り。

 二人を繋ぐ、軟らかな。

 赤い、紅い部屋の中。



 朱に染まった私の手。

 どんなにどんなに漱いでも。

 纏わりついてくる。

 

 



第七話 死臭の漂う哀愁

 聡兄の持論にはこんなものもあった。
「すべてのものは。結局のところ。すべての納まるべきところへと、納まるようにできているものなんだよ。言ってしまえば。その手助けをしているだけなんだ」
と。

「お。どうだった?」
 僕より一足先に、自分の仕事を終わらせたらしく。聡兄はひとり車で待っていた。
「ん~。終わってた」
 僕は力なく言った。本当に。体に上手く力を入れることができない。
 とさっ
 シートに体を沈める
「はは。終わってたか・・・。コウはホントそれすきだな」
 そうかもしれない。わからないけど。
 さっきの部屋を思い出すと。吐き気を催さないまでも。溢れ出てくる涙を抑えることはできなかった。
「なんだ?今回はそんなに酷かったのか?」
 僕の頬を伝う雫を指で掬うように拭い去りながら。
 ぽんぽん
と僕の頭をように撫で。髪を梳いた。
「酷くはなかったよ。けど。大半は哀しみしかなかった」
 聡兄が僕を見詰めている。
「酷くなかった。哀しみ。でも。仄かな。喜びがあった。その喜びが。一層悲しみを強調してた」
 もう。僕の独白だけになっていた。
「中。中には、2人いたよ。男と女。部屋の中は白くて。男も女も色白で白い服を身に着けてた。中央に折り重なって。互いの手を握り合ってた」
 聡兄は瞬時に頭の中で考えをめぐらしたらしく。
「コウが哀しむ必要はないんだ。彼らはそうしたかったんだよ。喜びがあったってだけで。彼らは望みを叶えたんだ」
 聡兄は断言した。
「なんで?」
「俺に依頼してきたのは、その男の方だ」
「じゃあ無理心中?」
「いや。違うな。男が女を殺し。女が男を殺したんだ」
 じゃあ。彼らは。互いを殺しあったのか。でも。あそこに憎しみはなかった。
「なんで?殺しあって幸せなの?」
「愛にだっていろんな形があるさ。それで幸せになれるんだ。主観の問題だ」
 見上げた聡兄の顔には不思議な表情。
「残念だけど。そこは他人にはどうすることもできない」
 真っ直ぐに前方を見据えていた。
 

The Question

 あなたのことを愛してた。

 ずっとずっと愛してた。

 だけど、あなたのその愛は、私の元にはなかったのです。

 私の愛は、少しずつ。

 徐々に徐々にゆっくりと。

 すれて。

 踏まれて。

 踏みつけられて。

 小さく。

 固く。

 閉ざされて。

 消えてなくなって、しまったのです。

 今は、あなたのその愛は。

 私に、向けられています。

 残念ながら。

 私に愛はありません。

 これから愛が新たに生まれることも。

 もう、ありは、しないでしょう。

 大変、悲しいことではありますが。

 愛など、もう、いりはしないのです。

 あなたが、

 「愛がなくとも傍にいたい。」

 と言ったとき。

 私は、可笑しくてたまらなかった。

 失ってから、気づくのも。

 また一興かもしれません。

 あなたの気が済むそのときまで。

第六話 破壊の墓

 彼女を崇拝ににも似た愛で。心酔していた聡兄の心は。浸水して、沈んでしまった。深い深い。水の淵の奥底に。

 どこまでもどこまでも。

 そして。沈黙。暗転。

 それにしても。なんだか懐かしい。

 聡兄との仕事は久しぶりだ。

「お。着いたぞ。ここだここだ」
 そこは。平凡で凡庸なビル。

「ああ。じゃあ。コウは9番で」
 手袋を渡しながら。聡兄が指示を出す。
「了解」

 その部屋は。まったくもって。白かった。圧倒的に白かった。
 ああ。泣いてしまいそうだよ。この部屋は。終わっている。
 染み入るように。
 締め付けるように。
 縋りつくように。
 纏わり着くように。
 擦り付けるように。
 塗りこむように。
 埋めつくすように。
 噎せかえるように。

 ここは。このビルは。今や大きな墓だった。

 部屋の中のモノを。片付けた。

 この仕事をしていると。気が狂いそうになってくる。

 聡兄は。墓を作っているのだろう。自分を屠って。葬り去ることのできなかったときから。そうして。墓守をしているのだろう。墓。墓。墓。

 聡兄が。自分自身の。自分だけの墓を持つことができたなら。そのときは。僕が墓守になろうじゃあないか。

 彼に。彼に。平穏を。

第五話 未知なる道

 聡兄は、無言で指定された仕事場へと車を走らせる。

「結構走ってるね。」
 どうやら、僕の知らない街が今回の仕事場らしく、窓から見える景色は見知らぬものだった。
「目新しくて、たのしいだろ。」
 自然な笑いだった。

 そのとき、ふと思った。
“聡兄が、こうなったのはいつからだったろう。”
 ついつい。今現在の聡兄になれてしまっているが、聡兄にも、普通だった頃があったのだ。
 
 昔、まだ、高校生の頃の聡兄は、ただの普通より顔の整った少年だった。その頃からすでに、女の子から好意を寄せられることが。直接的に言うと、好かれることが多かった。
 それでも、聡兄は女性に接する態度はきちんとしたものだった。
 そんな、聡兄が決定的に変わってしまうことが。ある日、起こってしまったのだ。
 聡兄には、好きな人がいた。
 その人は、年上の女性だった。とても綺麗な、女性だった。優しい女性だった。
 でも彼女は、誠実ではなかった。美しく誠実ではない女性の全てがそういったことをするわけではないが、彼女は浮気をした。

第四話 小休止的昇給

「コウ。服買ってから行こう。その制服だと、動きにくいだろ。」
 聡兄は、僕のことを気にもかけていないような口ぶりで言った。
「そんなに動く仕事なの?」
「まあな。」

 聡兄は僕の知らないショップを選んでつれてきた。
「ここで買え。」
「僕。あんまり、お金ないよ。」
 ひやりとした指で僕の耳たぶをつまみ、ひっぱると
「いい。いい。いつもコウの体には、お世話になってるからな。」
と、意味あり気な笑みをつくっている。
 僕は顔が赤くなるのが、抑えられず
「聡兄。エロいよ。」
「コウちゃん。可愛い。お小遣いから引いとくよ。」
 からかいつつ、しっかりとした聡兄だった。

「いらっしゃいませ。月嶋様。」
店員らしい女性がにこやかに出迎えた。
「今日は、コイツに合う服を貰えないかな。」
「かしこまりました。」
 そういって、女性が持ってきた服は昂蔵にほぼぴったりのサイズだった。昂蔵は、そのことにとても驚いた。身長は一般より高く、細身な方だったので、どうしてもいつも服の幅が余っていた。そんな、自分にしっくり来る服にあまり出会ってこなかった昂蔵は無言だった。
「ほかにも、お客様のサイズですと、こちらとこちらなどいかがでしょう。」
「あ、いえ。これが気に入りました。」
そう言いながらも、昂蔵は
「コレって…。」
 店員は察したらしく
「こちらの〈s.car〉の〈CQ〉ラインはユニセックスラインになっておりまして。男性のお客様からも、女性のお客様からも支持されていますよ。」
と、説明した。
「似合ってるよ。俺も〈s.car〉のすきだよ。」
 珍しく、聡兄は僕を茶化さなかった。
「よし、コレください。あと。靴も貰えるかな。」
「かしこまりました。こちらにどうぞ。」
 今回の靴もサイズはぴったりで、歩きやすい
いい素材を使ってあろうものだった。
「うん。いいじゃないか。」
「うん。これがいいな。」
 僕はその服や靴一式すべてが、とても気に入った。
「それじゃあ。コレ全部貰えるかな。」
「ありがとうございます。」
 そうして、聡兄はすべての清算を促した。

「ありがとうございました。月嶋様、
またのご来店をお待ちしております。」
 女性店員は、僕らを丁重に見送っている。
 車に乗りこんでから僕は尋ねた。
「ねぇ、聡兄。」
「ん。なんだ。」
「やっぱり、今回の掃除は込み入ってるの?」
「なんでわかったんだ。」
「服をわざわざ買ったのもそうだし、さっきの清算は現金でしてたのもそうでしょ。」
「あはは。コウは鋭いな。」
 ちっとも可笑しくなさそうに聡兄は言った。
「まあ。それなりにだ。」
「そう。」

「そいえば。さっきの店員さん綺麗な人だったね。」
 女性店員は、ちょっと見ない美人であった。
「ああ。砂和子―サワコ―か。」
「随分、親しそうだね。」
「まあ。それなりにだ。」
 にやっと笑った。

 聡兄はどうやら、“砂和子”さんとお楽しみのようである。


第三話 聡璽の掃除

 僕はその足で、すぐにはソコにも自分の家にも向かわず、ある人物の家へと向かうため、途中で電車を乗換えた。

 その人物の部屋のドアの前で、ポケットから鍵を取り出そうとゴソゴソとしていると、
「なんかようか?コウ?」
 そういう声と共に、ドアが内側から開いた。
「聡兄。コレ。」
 僕が例の手紙を突き出すと、はいはい、といった感じで手紙を受け取り
「まあ。入った。入った。」
と、僕に入室を促した。

 僕の真っ先に訪ねた人物とは、僕の兄である、月嶋聡璽――ツキシマソウジ――だった。

 僕はかなり端折って、
「聡兄。ソコに咲がいるらしいんだけど…。」
「んん~。コウは、咲ちゃんが来ると思うか?」
 聡兄は顎を擦りながら、どうでもよさそうな呟くような声で言った。
「わ、わかんないよ。僕は、聡兄じゃあないんだから。」
「そりゃあ。そうだ。」
 そう言って、ニヤリと、人の悪い笑みを浮かべた。
 そうして、おもむろに自分のパソコンの前に座ると、なにやら作業をし始めた。

 弟の僕が言うのもなんだが、聡兄は、結構顔が整っている。外に出ると、必ず、女の人に声を掛けられるし、どこからともなく、実家のほうにプレゼントや手紙が大量に送られてくる。
 そんな、聡兄の一番の外見的な特徴は無表情だ。しかし、僕と話をするときは、ふとしたときに、表情を崩したりするときもあるのだ。
 さらに、聡兄はとても器用な人で、なんでも人並み以上にこなしてしまう。

 「人間には2つのタイプがいるんだ。創る人間と壊す人間。《創》と《壊》だ。」
これは聡兄の言葉だ
 「もちろん。俺は後者だけどな。」
これもいつもの言葉だ。

 聡兄は自分の言葉どおり、なにやら破壊活動を職業として口に糊しているようだ。
 この破壊活動というのが、実は曲者で、ありとあらゆる破壊活動をしているようだ。それこそ、有象無象の破壊活動だ。人間物理的、社会的抹殺からデータの改竄、企業破綻から建物の取り壊し、なんでもする。お金次第で。

「おい。コウ。なに、馬鹿晒してんだ?」
 僕はいつの間にか、考えが胡散霧散してぼうっとしていた。
「ふぇ?」
「行くぞ。」
「え?な、何?ドコに?」
「お前は阿呆か?例の場所にだよ。」
 聡兄は白けたような顔をしているが、どうやら僕と一緒に咲の部屋へと行く気らしい。

 ジー。ジー。ジー。

 聡兄の部屋を出ようとしたとき、妙な音がした。
 僕が怪訝な顔をすると
「悪い。」
と、聡兄が片手を上げ何か大きな黒い塊をポケットから取り出し、その黒い塊に話し掛けだした。
 なにやら僕にはわからない言語だった。
 その塊の正体もよくはわからなかったが、なにか、通信機器の一種であったようだ。どうせ、説明を聞いても僕の理解の範疇外であるのは明瞭だったので、尋ねるような煩わしいことはしなかったのだが。
 一段落しその塊を無造作にポケットにつっ込むと
「よし。咲ちゃんに会う前に。一仕事してからいこうか?」
「聡兄。それは、疑問じゃあなくて、決定事項でしょ。」
 またあの、人の悪い笑み。
「ああ。もちろんだ。」

 そういうわけで。

 僕は聡兄の仕事に付き合わされることとなった。

 「今回は何するの?」

 「ん~。掃除だよ。お掃除。」
 今度は、満面の笑みを浮かべていた。

第二話ちょっとした回顧と懐古

 彼女の乗った電車を見やりながら、僕は、彼女を追いかけるどころか指一本動かすことができずにいた。

 後には、彼女が僕に手渡した白い封筒が残っただけだった。この封筒がなかったら、彼女の僕への接触が現実であったかということすら、危ういような状況だった。

 暫く、呆然としていると。僕の待っていた電車がやってきた。まだぼんやりとした意識のままに、ほぼ反射的に、電車に乗り込んだ僕は空いていた席に着いた。
 手の中にある封筒の封を切ってみると、地図と英語で住所らしきものの書かれた、封筒と同様に白い紙が出てきた。
 そこにあった住所は、僕の良く知る街のものだった。

 ソコ、地図に描かれていた場所は、以前、咲が暮らしていたマンションの部屋のものだった。

 咲と僕は友達だった。正確に言うと、幼馴染だった。
 咲と初めて出会ったのは、幼稚園でのことだった。最初に咲を見たとき、僕は、咲のことを女の子だと思った。理由は、咲があまりにも可憐で美しい容貌をしていたからだ。
 それに、当時の僕は両親の躾もあって、同年代の少年たちよりおとなしい少年だったのだが、咲は僕よりもさらにおとなしく、髪も腰までのかなりの長髪だった。
 今でも、あの日の咲の姿は、僕の網膜に焼き付いている。
 そんな咲とは、咲がいなくなるまで同じ学校に通い、同じクラスだった。咲がいなくなった、三年前の中学2年生まで。
 籐宮咲――トウグウショウ――は、正真正銘の生粋の金持ちの家に生まれたお坊ちゃんだった。しかし、いや、だからこそか両親の仲、折り合いが悪かった。
 咲の母親の奈々依――ナナエ――さんは元々、咲の父の修哉――シュウヤ――さんと無理矢理に結婚させられたらしかった。当初は、できる限り自分の妻を愛そうと努めていた咲の父も、彼女のあまりのかたくなさに次第に無関心になったらしかった。彼女、奈々依さんには、結婚以前から思い人がいたのだ。その思い人が、病気だか事故だかで亡くなったときに彼女も命を絶ってしまった。
 それが契機になったのか、咲の父は彼に、咲に、あることを告げた。
 “咲。お前は、私の本当の子供ではないのだよ。奈々依と、アノ男との子供らしい。”
 その日以来、咲は家を出て、そのマンションで暮らしていた。

 その日からきっかり一年後の、奈々依さんの命日に、咲はいなくなった。

 それきり僕は、頭の一部に穴でも開いたような空虚な気持ちで生きていた。