この10年間変わらないこと
95年に起業して、この10年間変わらないことは何かとふと考えた。
当初からの産業界と教育界のギャップを埋めるというビジョンの元、
さまざまな活動に挑戦する中でさまざまな方々と接してきて、
この10年間変わらないことは何かとふと考えたのだ。
三つが浮かんだ。
一つ目は、20年以上実社会の経験を積んでこられた方々の大半が、
「自分の実社会の経験を若い人(子どもを含む)に伝えたい。
その経験を通してのエッセンスを教えておきたい」という
半ば本能的な欲求があるということ。
二つ目は、20年以上実社会の経験を積んでこられた方々の大半が
ご自分の足跡を「私の履歴書」のごとく後世に印として残したいという、
これも半ば本能的な欲求があるということ。
三つ目は、子どもをもつ親の大半が自分の子どもへの教育投資の
リターンとして、将来の安定収入を望む欲求があるということ。
この三つのことは、ある程度不変的なことではないかと思う。
上記の欲求を叶えることができる事業を立ち上げなければならないと、
今日そう思った。
以上
楽に仕事をするということ
人は、時と場合によっては、楽に見える仕事の方が辛い。
貧乏性な人は、ひとたび努力の義務がはずされると、
自分の身の扱いに困ってしまう。
何十年の間、職場で地味な努力を重ねに重ね、
そこにのみ自分の生き方のモラルを見出していた
人は、退職して仕事をする必要がなくなったと同時に、放心状態になってしまう。
しかし、実は仕事上一番辛いことは、ある能力を保持している人が、
その能力を発揮することを制限されることだと思う。
たとえば、100メートルを10秒で走ることができる人に
100メートルを20秒で走ってみろと言ったら彼は楽だろうか。
100Mを20秒以下で走ったら刑務所行きという制限をもし定めたら、
彼はどうなってしまうだろうか。
おそらく発狂してしまうだろう。
我々の社会は、「どんな仕事でも努力次第で何とかなる」という
努力至上主義をモラルとしてきた結果、
上記のような早く走る能力ある人を、わざとゆっくり走らせることを
強いてきたようにも思う。
ここには世代間の問題も横たわっている。
「じっくり走れ。秩序を保ち、大人の世界の常識に従っていれば、
君たちにはいい生活が約束される。いつか君たちにこの社会の
支配権を譲り渡してやるから。ただし、まだ30年は
「努力」しながら我慢もすること。今のうちは、君たちはじっくり
勉強しながら、あせらずゆっくり走るのだ。」
若者が実に辛い「100M20秒」に象徴される順応型のモラルを身に付ける。
その瞬間に若者のエネルギーはそのフルパワーを発揮する機会を
自ら放棄するのである。
以上
「新渡戸稲造さんの品格」
前の五千円札の顔であった新渡戸稲造(にとべいなぞう)さんは、
「われ太平洋橋の橋とならん」という言葉が有名ですが、
日本初の本格の国際人といってもよいと思います。
ぼくが敬愛するその新渡戸稲造氏の
「知識よりも見識、学問よりも人格を尊び、人材よりは人物の養成を」
ということばにはいつも感銘を受けます。
ぼくなりに彼のことばを咀嚼すると、「知っている事柄よりも
物事に対する考え方、学んで知っていることよりもその人の性格、
タイプを尊重し、人の才能よりは、その人の品格の養成を」、となります。
彼がこのことばを発したのは、彼が50代後半だったそうです。
ぼくは現在38歳です。20年後に僕自身がこのことばの意味を
本当に得心し、人々に自信を持って発することができるようように
なっていたい、と思っています。
「Visionary」、つまり、今認識する現象によってのみ右往左往しない、
「先見の明がある人」、「洞察力がある人」に20年後にはなっていたいのです。
このゴールに確実に達するための妙案は今はありません。
しかし、これから20年間に、老若男女、さまざまな国の人々、
さまざまな宗教の人々などとと接する機会を得て、
彼らのさまざまな価値観を受容、それらからさまざまなことを
学ぶことができれば、よりゴールに近付いているのだろうな、
と想像しています。
以上
サイエンティストとエンジニア
エンジニアは解かなければならない問題を解く。」
アインシュタインの有名なこの言葉。
自分はどちらかというとエンジニアの側なのだ、
とアインシュタインは言いたかったのだと後世に
解釈されている。
ぼく自身が解かなければならない問題が今あり、
その問題が解けないで悶々としていたから、
この言葉を思い出した。
アインシュタインの上記の言葉を、
ぼくなりに言い換えてみると、
「科学者、評論家は解くことができる問題を解く、
実務家、起業家は解かなければならない問題を解く」
となる。
起業家は今ある問題を解かないと困るから、問題を解こうとする。
しかし、その問題は誰かに提示されたものではない。
元はといえば、自分が抱いた問題意識を自分に提示したために
発生した問題であることに気付く。
では何のために、自分に自分で問題提示をしたのか。
何らかの自己成長意欲の表出か?
何らかの自己の存在感の確保のためか?
なぜなのか......これも、自分では解けない「問題」の一つだ。
などと、自問自答してみたりしても.......良い知恵が浮かぶわけはない!
ぼくは今考えることから逃げているだけ........その通り!
そうだ!もう一つの言葉を思い出した!
「想像力は、知識より大切だ。知識には限界がある。想像力は、世界を包み込む。」
というような.......アインシュタインの言葉も.......。
とにかく、論理を順序立てて積み上げる思考のくせを今日は止めてみよう!
「想像力」を働かせて、世界を包み込んでみよう!(笑)
良い知恵が湧いてきますようにと祈ろう.....。
以上
※VEXの幼児教室「アントワ」の室長北さんによる
人気ブログサイト http://kitaakemi.exblog.jp/
ものぞいてみてください。
小・中学生向け教育の問題点と解決策
探ってみたいと思います。
まずは、ぼくの友人からのメールを披露します。
友人は、某教育大学に勤めていて、小学校の教員養成を本業としています。
______________________________
VEXのメッセージの「失敗を大いに歓迎する」にとても共感しました。
というのも、常々私は今の日本の学校教育では
ある程度質がそろった子どもたちは育つかもしれないけれど、
「天才」は出現しない、と感じているからです。
つまり、教師が一方的に答えを与えてしまい、その答えさえ覚えれば
点数がとれるというしくみ、「完璧なこと」を求めるしくみ、
そしていい学校に入ることが人生最大の目標になっている感さえある
人々の感覚に大きな疑問を覚えるのです。
子どもは無限の想像/創造性をもっています。
みんなが「違う」から面白いのではないでしょうか?
「違う」ことがいじめにつながってしまうような風潮、
やっぱりどこか社会がゆがんでいるのだと思います。
以上
追記:友人は小学校の教壇にも立っていて、小中学校の現場もよく知る人です。
_________________________________
以上の友人の意見に、ぼくはとても共感しました。
《みんなが「違う」から面白いのではないでしょうか?「違う」ことがいじめに
つながってしまうような風潮、やっぱりどこか社会がゆがんでいるのだと思いま
す。》
これは重要なことです!
この解決策は、
1)国家レベルでは、できるだけ多くの日本人が外国に滞在してみる。
多くの外国人が日本に滞在する。
2)都市と地方はできるだけ人の交流をする。
3)自分が移住する市町村だけでなく、その都道府県、国家、世界、地球というレベ
ルに
想像力を働かせるように教育する。
4)小中学校の生徒、職員が小中学校以外の実社会で学習、就業体験をする。
実社会の教師以外の大人が学校で教壇に立つ、その運営に関わる。
5)無業者の大人はできるだけ実社会での就業の機会を増やす。
以上を実行すると、「違う」ことをいじめにつなげることが自分にとって
意味のないことになってきます。「違う」ことをどう許容しながら自分の個性を
生かしていくかということに、に自分の目前の課題が移っていくと思います。
いわば、世の中は「諸行無常の響きあり」だということを体験することが
重要なのです。
以上
※VEXの幼児教室「アントワ」の室長北さんによる
人気ブログサイト http://kitaakemi.exblog.jp/
ものぞいてみてください。
人口減少社会に本格突入して、これから10年間の日本の課題
1)これから10年間も堅いビジネス:
衣、食、住、情報、環境、介護に関わるビジネスが浮かびました。
2)これから10年間の都市と地方:
地方が都会と比べて相対的に景気がよくなって行くのではないか。
理由としては、すでにヒト、モノの供給量が都会ほど過剰ではないこと。
出生率は地方が都会と比べてが高いので、将来地方の若年層
比率は上昇してくる。
3)これから10年間の国内のヒト、モノの需給バランス:
日本のGNPは縮小していく。需要減に伴って供給量が縮小していけば、
バランスしていくので大丈夫、という意見は楽観的過ぎる。
そのプロセスをどう乗り切って、どうランディングさせるのか。
国内の需要減(デフレ)にバランスする供給量縮小までのプロセスで、
あらゆるリストラ(在庫減らし、資産売却、人員削減等)がさらに進行する。
そのプロセスで極端な社会不安を招いてはいけない。
4)10年後の日本経済のために:
①国際社会において競争力ある人材を輩出する能力開発政策を打ち出す。
人口が減少して行くプロセスで、労働者一人当たりの生産性を上げて
行く必要がある。
②大胆な国内ベンチャー企業振興策を打ち出す。在庫減らし、資産売却、人員削減
とは無縁の成長企業を生み出し、企業の新陳代謝を促す。
③外国資本導入:外国からの投資を招き入れる規制緩和と投資先としての魅力ある
日本国の構築。
④外国製品導入:輸入規制を緩和する。今後は貿易黒字が縮小して行くトレンドを
見越して、一層の輸入大国(消費大国)にして景気を下支えする。
⑤外国人労働者の受け入れ:入国規制を緩和する。労働力の減少を防ぐ。
現在の日本の状況はサッチャー政権時(1979~90)の英国の状況に似ています。
上記の①~⑤は、サッチャー政権が、1980年ごろに当面の不況打開と10年後の
英国の景気安定(とくに失業率低下)のために打ち出した政策に似ています。
10年後の日本が新生しているためには、
これも英国の当時のスローガンに似ていますが、
「自律力と貢献力を開発された個人が支える国家」
を目標に進んでいく必要があります。
以上
セミナーのご案内
1)
http://www.pref.chiba.jp/syozoku/f_keishi/sinpo.html
日時:1月28日(土) 13:30~16:30
会場:ホテルスプリングス幕張 アネックス館B1F「スプリングスホール」
2)
当社のプログラムVMSの公開体験セミナーを開催いたします。
http://www.v-express.co.jp/studyprg/vmx_gaiyou.html
日時:1月13日(金)10:00~18:00と
1月27日(金)10:00~18:00(両日とも同じプログラムです)
会場:銀座松坂屋となりの
http://www.valuecreation.co.jp/vc/kaisha_shozaichi.html
です。
上記に関するお問い合わせは、info@v-express.co.jp
までお願い申し上げます。
小・中学生向け家庭内教育を考える
《「いい学校」「いい会社」に入るための勉強はもう終わり。
将来、「いい仕事」ができるための勉強を今しよう。》
が、板庇のポリシーです。
さて、家庭内教育で、将来、「いい仕事」ができるための教育をするためには、
どうすれば良いでしょうか。
まず、すぐにできることは、実社会で仕事をしている親が、小・中学生の
子どもに、仕事上起きた事柄をそのまま話することなのです。
VEXでは英国の公立小学校の小・中学生向け起業教育プログラムに則して、
将来、「いい仕事」ができるための能力として、以下の10項目を定めています。
1)計画力、2)評価能力、3)意思疎通能力、4)交渉力、5)決断力、
6)問題解決能力、7)創造力、8)率先力、9)協調力、10)委任能力
の10項目です。
以上の10項目の能力は、親が実社会で収入の対価として仕事に
従事する過程で発露している(もしくは、せざるを得ない)能力と
大部分は合致するはずです。
学校教育の中でも、学習塾やスポーツクラブ等のいわゆる習い事の範疇においても
子ども自身が発露しうる能力ではあります。しかし、指導者が親ではなく他人である
ことと、社会人の仕事を疑似体験できる可能性がほとんどありえないことが、
家庭教育とは一線を画すポイントになります。
家庭教育は家庭以外ではできない教育ができる重要な教育現場なのです。
小・中学生の自分の子どもに仕事上起きた事柄をそのまま話することには、
親にある種の抵抗があることは十分承知しているつもりです。
しかし、自分の子どもの将来にとってプラスになる話になるだろうことも、
同時に容易に想像しうることでしょう。その生々しい仕事上の話が、
子ども自身の将来を切り開いていく、エッセンスになっていくと信じて疑いません。
最後にお伝えしたいです。
親は自分の子どもを無条件に愛することができます。
しかし、家庭を一歩出れば、世の中は基本的に四方八方、条件(ルール)付きなの
です。そのようなルール付きの典型的な環境は、仕事の対価として収入を得る仕事を
して
いる際の環境なのです。学校を卒業したら、そのルール付きの実社会という世界に誰
しも
入ること、その実態が親の実体験からどのようなものか、仕事をする時間は学生でい
る
時間よりも長くて30年以上に至ることなどを、子どもに早期に伝えていただきたいの
です。
そのための技法、つまり、ご自分の仕事の話を切り出すタイミング、話の内容に関し
ては、何なりとご相談ください。板庇が一緒に考えさせていただきます。
《「いい学校」「いい会社」に入るための勉強はもう終わり。
将来、「いい仕事」ができるための勉強を今しよう。》
を、この25年間一貫して強調する板庇でした。
以上
職業とは何か
最近は、「大企業に就職する/しない」、「大企業から転職する/
しない」に関してのアドバイスを求められることが多くなった。
今から10年前には、大企業志望の学生やその会社員の
大部分は終身雇用、年功序列の神話を信じきっていたこと
からすると隔世の感がある。
一方で、10年前は収入や企業ブランドを重視して会社員でいた人が
多かったように思えるが、最近は自己実現、仕事内容、ワークスタイル、
企業内教育の機会などを重視して働く20代、30代、40代が多くなったように
見受けられる。
そのような個々のキャリアに対する意識の変化を受けて、
「能力重視」から「適性重視」へとキャリア環境が変化して
きているようにも感じている。
さて、唐突だが、冒頭のキャリアの相談に対して、「野の花」に例えて
話をすることが自然と多くなった(昔触れた詩の影響を受けていると思うが、
詩のタイトルも作者も思いだせない)。
「野の花に悩みはない。自分は絶対にこうするという野心のようなものも持たない。
野の花は自分の生長のために決して無理はしない。品評会に出展される
花にも造花にもなりたいと思わないし、なれない。野の花はミカンや
サツマイモを生み出すことはできないし、生み出そうとも思わない。
けれども、季節が来れば、何の無理もせず、美しいonly oneの花を
咲かせることができる。」
自分にとって野の花のように生長できるの職業は、
例えばだが、毎日5時間だけ集中して働く職業なのか、
連日15時間職場で働く職業なのか、人といつも接する職業なのか、
ほとんどPCに向かっている職業なのか、人によってさまざまだと思う。
自分にとっての天職とは何なのか。
誰にもわからないが、あるとして求め続ければ
道は拓けてくると信じて進む他ない。
以上
「1年が経ちました」
1年が経った。
ぼくがこのDIARYを始めたのが2004年9月25日なので
1年が経った。
読者の方々から多くの激励を頂きながら、
今日を迎えることができた。
心底より感謝を申し上げる。
さて、スタートしたときの動機は何だったか。
複数のベンチャー経営者からコーポレートコミュニケーションの観点から
薦められて、スタートしたのだった。
さて、1年間続けた感想はと言うと、
「しんどかったけど、自分の特性に気付いてきた。」となる。
人間には、「心理的人間」、「物理的人間」、「社会的人間」
の3つの側面があると、サイエンスではいう。
自分が人間(存在・行動・発達)を捉えるとき、
「心理的」な側面からがどうしても大きい。
この1年間のDIARYを通して、人生の意味や価値をさまざまな角度から
考えてきた。おかげで、人は自分の理想が「かたち」になった瞬間に
自分の人生の意味や価値を強く感じるのものだと確信できた。
以上