どうにもこうにも料理が面倒くさいという方はいらっしゃいませんか?

女性=手料理という構図は、いつごろできたのでございましょうか。
料理が得意ではないわたくしにとって、手料理を催促されるととても気が重くなるのでございます。
まずわたくしは手の皮が薄く、熱いものを持ったりすると真っ赤になり痛みを感じます。訓練で慣らすこともできるようですが、どうしてわざわざ痛いものを我慢しなければならないのでございましょう。コンビニ弁当でございましたらレンジに突っ込んで暖めるだけでそこそこのご飯ができるというのに。
そして経済的ではないということ。
自炊すると食費が浮くとおっしゃる方は一人暮らしではないのか、大量作り貯め派なのでございましょう。
一人分を作るとなりますと、食材を使い切ることも出来ず、また少しの材料で大量のガスと電気代を食うわけでございます。
そして、無駄に時間を食います。まず材料を準備するためには往復徒歩20分のスーパーへ向かい、安そうな材料を吟味して購入いたします。冷蔵庫に詰めるまでを換算いたしますと40分はかかります。そしてレシピを考えることに10分。材料の調理には大体20分。そして後片付けには10分。
たった一食作成するために費やす時間が1時間20分だというのでございます。自給600円だとしましても材料費を除く時間だけで800円はかかっていることになるわけでございます。
250円でお腹一杯になるお弁当屋が近所にあるのに、800円近くかけて料理を作る理由がございません。

あーだこーだ行っておりますがようは料理が面倒くさくて嫌いなのでございます。
ですが、「できない」と「できるけどやらない」は大違いでございます。
できないと言われるとわたくしの中の小さな反骨精神がむくむくと首をもたげてくるのでございます。
何でも「できない」よりは「できる」ほうがよろしゅうございます。
ということで、レシピを考えることに費やす時間を楽しく簡単に出来る方法として
DS お料理ナビを導入することにいたしました。

レシピは200以上あるというだけあり、見ていて飽きません。それに切り方は動画もございますので、今まで知らなかった方法も勉強することができます。
開発者側の一押し機能であろう、音声ナビゲートもございます。「オッケー」「詳しく」などで次の手順へ遷移させることが可能です。
ですが、こちらはいただけない。
なにせ初心者がDS持って台所をうろつくのでございます、鍋はがしゃんとやるわ、流しで水を大量に流すわ、材料を探すため冷蔵庫をかき回すわで騒音がたたないわけがございません。
その音を立てるたびにDSの中のコックさんが「ん?」と返事をしてくるのでございます。
鍋を置いたら「ん?」、包丁を出してぱたんとおいたら「ん?」、レンジで加熱後のアラームがなったら「ん?」。

うるせーよ!!

肝心の料理のほうでございますが、材料をそろえた後ガスコンロの汚れが気になり掃
除したところ、着火装置が湿ったらしくガスが付かなくなりました。
こういうときのためにチャッカマンを用意しておくと良いとは管理人さんに聞いておりましたが、チャッカマンはおろかマッチすら家には置いておりません。
不貞腐れて夕食は抜いてやりました。慣れないことはしない方が良いのかもしれません。


チックショー!!


誰かに認められたいと思ったことはございませんか?

わたくしは根性がございません。
私に足りないものって何」と質問し「根性」との回答をいただいたこともございます。
少し落ち込みましたが、自分でも納得するくらい根性がございません。
「継続は力なり」という言葉を知っていながら、日記にしてもダイエットにしても長続きいたしません。
長いスパンで見ることが出来ないのでございます。
こんな世の中一生懸命生きたところでどう幸せになるというのだ?
そんな言い訳をして生きてまいりました。
わたくしが影響を受けた宗教的思想にもよるものだと思うのでございますが、厭世感とも申しましょうか、とにかく現世では幸せにはなれないと思ったのでございます。

ですが、それは努力をしても報われないかもしれないという恐れに対する単なる逃げでございます。
わたくしはすべての宗教を否定するわけではございませんが、宗教の恐ろしいところは人間の思考力を奪うところでございます。
ひとところの思想に落ち着くと、それ以外の視野がもてなくなってしまう。
現状に満足されている方はそれで構わないのでございますが。

まあ、根性がございませんので、今まで人に認められるようなことをしたという自負がございません。
それは社会に出てから感じることが多くなりました。小学校の頃は毎日学校に通っていたというだけで賞状がもらえておりましたが、今では無遅刻無欠勤は社会人としての当たり前のマナーでございます。
根性がないくせに人に認められたいと願ってしまう。
なんという業の深さ、なんという自己顕示欲の表れでございましょう。
自分でもあきれるくらいでございます。

何故そのような考えに至ったのかを申しますと、昨日放送されたスタメンに影響を受けております。
スタメン図鑑で「フラマダム」と名づけられましたフラダンスに熱くなっておりますマダムたちのお話が取り上げられておりました。
踊ることが楽しい。それは運動神経がぶち切れておりますわたくしにはさっぱり理解できなかったのでございますが、出演者の方が発表会を目指して努力する姿に胸が熱くなったのでございます。
ただ踊るのが好きだといってもいつか趣味には限界が参ります。突き詰めてみればただの自己満足でございます。
ですが、発表会などで他人から認められるシーンがあれば、付加価値が付くのではございませんでしょうか。

人からの評価でしか自分を図ることが出来ない。
そうなりますと終始周囲の評価を気にして一喜一憂しなければならない。それはとても不幸なことでございます。
そう知っているのでございますが、他人から評価されてみたい。そしてそれを自信にしたい。
そう願う弱い自分がいるのでございます…

こじつけでもつじつまを合わせるのが好きだという方はいらっしゃいませんか?

先日放映された金曜ロードショー「ハウルの動く城」をご覧になりましたか?
わたくしは映画館で見ていたにもかかわらず、もう一度見入ってしまいました。
といいますのも、魔法+異世界+恋愛+女の子の活躍+ハッピーエンドという大好物テイスト満載でございまして、ファンタジー好きとしては見逃せないと感じていたのでございます。
ですが、腑に落ちないといいますか、よく分からない点がございました。

それは恋愛の点でございます。
宮崎アニメはラピュタにナウシカに魔女の宅急便、もののけ姫に千と千尋と大抵のものは見ておりますが、主人公たちがはっきりと「愛してる」と台詞で言うものはなかったように思います。
大抵がほんのり好意を持ち合う感じでございました。例えばラピュタのパズーとシータ、魔女の宅急便のキキとトンボのように。
今回ははっきりと「愛してる」と叫んだ点が画期的だったように感じたのでございます。

そしてそれが訳が分からない。
ハウルがソフィーを好きになる理由は分かります。ソフィーは健気だし、自分の敵に優しいし、面倒見が良いし、頑張り屋だし、家事も出来る。中でも一番ぐっとくるシーンは荒地の魔女からカルシファーを受け取るところでございます。わたくしならさっさと返せとどついてやりたいところでございますが、彼女は魔女をぎゅっと抱きしめ、お願い、と頼むのでございます。ソフィーの優しさというのは十分に伝わってきました。


ですが、ソフィーがハウルを好きになる理由が理解不能でございます。
私は綺麗だったことなんて一度もないと泣いておきながら、ハウルの外見に一目惚れということではないでしょうし、身を呈して自分を守ってくれるというのも元々ハウルが撒いた種の部分もございますし、彼女は守りたいというハウルに反発して城を破壊してしまうのですから。
そうなると一生懸命つじつまを合わせたいためにこじつけたくなってくるのでございます。

ハウルの財力や魔力が目当てだったのなら、確実にカブと一緒にいた方が幸せになれたので、違うのでしょう。
外見ではないことも確かでございます。
となりますと残る可能性は性格。弱虫の腰抜けじゃないと駄目だ、と言っておりましたし、そういう性格が好みなのでございましょう。
つまりはソフィーはだめんずウォーカーだったということでございますね。

とはいえ、恋愛話につじつまを合わせようとすることが無粋なのでございましょう。
だからもてないんだよ。

ユニクロが低価格なファミリー向け新ブランド「ジーユー」を立ち上げたそうでございます。


どうやら本格的に景気が良くなってくるようでございますね。
デフレ脱却というフレーズをよく聞くようになってまいりました。
景気が良くなるということは、銀行の利子も上がりますし、お給料や賞与もあがることになるでしょう。
それと同時に、物価もあがることは確実でございます。


人と同じことをしているのでは、上に行けない。
かなり言いまわされた言葉でございます。上とはどこに行くのか良く分からないのでございますが、世の中には二種類の人種がいることと考えます。
1つは鴨になる人間、1つは鴨にする人間。
悲しいかな、人類全員が幸せであるという世の中はわたくしには思いつかないのでございます。
誰かの笑顔の影には誰かの涙がある。
株のデイトレーダなどはまさにそうでございますね。誰かの大損のおかげで、自分の得がある。
それが悪いとも良いとも思いません。ただ泰然と万有引力の法則のように、あがらうことのできない、どうにもならない力が働いている。重力を憎み続ける方がいらっしゃらないように、わたくしにとって経済社会は憎んでもどうにもならない存在なのでございます。
ですが、どうにもならなそうなその力にあえて逆らうことで、他とのサービスの差別化が図れるのではないのでしょうか。

デフレ脱却、好景気、高級志向の高まり。そのような流れが作られてしまった中で、あえて低価格なブランドを打ち出す。
ファーストリテイリングの行動は吉と出るか、凶と出るのかわかりませんが、わたくしはユニクロに一筋の希望の光を見たように感じたのでございます。(大げさです


このニュースが報道された際、男性コメンテーターが女性コメンテータの着ている服を指し、安価でファッション性が高いものといえば今着ているものとあまり変わらないのではというような旨を発言されたのでございます。その際の女性の方が明らかにむっとして、高級思想の中で生き残れるのかというユニクロを否定したような発言をされておられました。
もちろんこれはわたくしの主観でございまして、コメンテータに毛が生えたようなアナウンサーのくせにとか、高級取でいいなあとか、綺麗な服を着てていいなあとか、綺麗な顔をしていていいなあとか、そういう妬みや嫉みが十分に混じったものだとは思います。


ですが、果たして価格が問題なのか、という疑問が残ったのでございます。
昨今のブランド服(といっても海外ものではなくわたくしが購入可能な層のお話ですが)でも最近粗悪なものが大様でございます。デザインは確かに可愛らしいのですが、布がぺらっぺらだったり、明らかに縫製が雑に見えるものもございます。
そういうものを「デフレ脱却の高級思想」に触発され買いあさるのであれば、わたくしは「安くてデザインが可愛いもの」か「高くても品質のよいもの」を選びたいと思うのでございます。


安物を嫌うのではなく、値段に見合わない品質を嫌う。
もう一段踏み込んだ見る目を養いたいと思うのでございます。

お隣がどんな方なのかご存知ない方はいらっしゃいますか?

秋深き隣は何をする人ぞ」とは有名な句でございます。
わたくしは賃貸を転々としております。単身向けのマンションを渡り歩いている為、引越しの挨拶をしたこともされたこともございません。
ほんの五メートル前後に人の気配がするというのに、その人のことをまったく知らない。
不思議な現象でございますが、マンション賃貸暮らしであればそのような感覚は通常だと思うのでございます。

しかし、一戸建てになりますといろいろ事情は変わって参ります。
一戸建てはその土地に住むという感覚がマンション暮らしとは違うように思います。
そこには、望もうと望まぬとも「近所づきあい」が発生するのでございます。
わたくしの実家は閑静な住宅街にございました。子供たちの年が近かったこともありまして、割と交流があったように思います。
隣の家に遊びに行ったり、隣の家の子が遊びに来たり。小学生くらいまでは家の前の道路や公園で皆で遊ぶという形でございました。

小学生低学年の頃、家の鍵を忘れて帰ってきてしまったことがございました。
母は外出しており、ドアは開かない。わたくしは弱虫でございまして、このような不測の事態にこともあろうか大声で泣き出したのでございます。
それに気付いたのは、裏の家のおばあちゃんでございました。
わたくしを家に呼んで泣き止ませ、すぐにお母さん帰ってくるからね、と言って、イチゴミルクをご馳走してくれたのでございます。
そして、裏の家から母が帰ってくるのが見える場所で、一緒に待ってくれたのでございました。
戻ってきた母にそんなことで泣いちゃったの?とからかわれ恥ずかしかったこともよく覚えております。
恥ずかしいけど温かい。そんな大切な思い出でございます。
本当にわたくしは恵まれていたのだと、痛感いたします。

秋田の幼児殺害事件で、近所の方々からいろいろな情報があがっているのをニュースで見ました。
彩香ちゃんが寒い中外に出されていた。そんな証言もございました。
そしてそのときコメントされた宮崎哲弥さんの「近所の人にも問題がなかったか」という発言にはっとさせられました。
確かに家で保護するまで出来なくとも、どこかに通報することぐらいは出来たことでございましょう。
幼い子供にとって親は絶対無比の権力の権化でございます。親が青いといえばポストも青いのでございます。
お母さんに叱られるからと遠慮するのは当たり前でございます。
子供が遠慮しようとしまいと、保護してあげて欲しかった。

確かに隣の人は何をしているのか分かりません。
変な事件に巻き込まれるのも困ります。
ですが、何か異常な事態が起こっていると感じたとき、匿名で通報くらいはできる勇気を持ちたいと思うのでございます。

幼いころの夢をおぼえていらっしゃる方はいらっしゃいますか?


わたくしは小学生のころ、ミステリーハンターになりたいと思っておりました。不思議発見ではつらつと各国を巡るあのお姉さんになりたいと思っておりました。

それではここからクエスチョンです!なんて物まねもしておりました。

おりしも当時NHK教育で「忍玉乱太郎」に並ぶわたくしのお気に入りアニメ「モンタナジョーンズ」が放映されておりましたので、歴史にかかわるような仕事がしてみたいと思ったのでございます。


そして、インディジョーンズみたいな人は現代にはいないことを知り、考古学の学会も神の右手などと言いながら歴史を捏造したりすることを知り、だんだんと大人への階段を上っていったのでございます。

今では全く関係のない職業についたのでございますが、やはりわたくしは歴史ロマンが大好きで大河ドラマに燃えていたりするのでございます。(今シーズンは仲間由紀恵さんが出ているから特に) そして、ダヴィンチコードに見入ったり、クレオパトラの特番に夢中になったりするのでございます。


何にも考えず、憧れだけで生きていたころがとても懐かしく思う土曜の九時なのでございました。

わたくしは通信販売が好きでございます。

なぜなら、迷うことができるからでございます。


欲しいな。でもいらないかも。でもやっぱり欲しいな。

など、ゆっくりと迷いながらカタログが捲れる通信販売は優柔不断なわたくしにとってうってつけでございます。


そんなわたくしが注文した暁には、期待が膨らみまくり、届くまでうきうきわくわくでございます。

あれと組み合わせてああしてこれとあわせるのもいいかも。なんて脳内シミュレーションもばっちりでございます。

やがて不在配達を受け取り、やっとのことで商品を手に入れる。

その喜びはひとしおでございます。


ですが、予想と違ったものが届いてしまうこともございます。

こうなりますとかわいさあまって憎さ百倍でございます。

これを注文していたから他のものを買わなかったのに!時間が無駄だ!と優柔不断さをさておいて怒り狂うのでございます。


本日久しぶりにやってしまいました。

デザインはディスプレイで見たとおりだったのでございますが、生地が最悪でございました。

泣きそうでございます。

もうちょっと買い物に対する勘が欲しいところでございます。。。

酒は飲んでも飲まれるな?

飲まれてこそのお酒だとわたくしは思うのでございます。(回りが大迷惑


先日、会社の方々と飲みに行く機会がございました。

いつもの馬鹿騒ぎメンバーではなく、あまりゆっくり話したことがない方々とお話しする機会がございました。


その方はたくさんの会社を転々とされた経験がおありのようで、この業界にありがちな悲惨な状況を語ってくださいました。

まあ悲惨な体験と言うものが武勇伝となってしまうような仕事というのは、なかなか悲しいものでございますが、わたくしにも一つや二つ、ございます。

ですが、わたくしの体験がかすんでしまうようなすさまじいものがございました。

ここまでは、すごいねー、で終わるお話なのでございますが、ここからが彼のすごいところでございます。


全く人を恨んでいないようなのでございます。

コスト管理が甘かったのかとかマネージャーに意思の疎通ができていなかったのかとかそんな調子なのでございます。

よくありがちなあのくそ上司が!とかいう愚痴はございませんでした。


仏や。このお人は仏なんや。


わたくしは現代に人ならぬものが光臨したような気持ちが致しました。

そしてこのお人、ただの昼行灯ではございません。少し前まではフリーランスで仕事を回せるくらいの技量が合ったようでございます。フリーランスとは誰もが一時はあこがれるもの。ですが、今では資本金が1円でもはじめられる株式会社でございますが、実際にやっていこうと思いますと先立つものすなわちお金と人とのつながり、人脈が必要になるのでございます。その二つを駆使し、まあいろいろございまして、そのひどいいろいろが別にその方の理由ではないようでございましたが、また雇われ人に戻ったのでございます。


人を憎まず、罪を憎む。

難しいことでございますが、それができる彼を尊敬いたしました。

正直に生きると馬鹿を見るという世界でございますが、絶対にもう一度花を咲かせていただきたいものでございます。

コーディネート0703

夏でございます。

わたくしはピーコに二の腕が振袖だと怒られそうでございますので、ノースリーブは着ないようにしております。

そうなりますといつもトップスがキャミソール+カーディガンか、Tシャツになりがちでございます。

そこでこの夏は流行を追ってみることに致しました。


ポロシャツ風カットソーは白の小さな水玉模様で、本当にかわいらしゅうございます。こちらはHoneysで1500円と驚きの価格でございます。よく見ると肩の部分にちゃんとギャザーが入っておりまして、女の子らしさ満点。あければキャミソールをチラミセすることもできます。


ふんわり白色のシフォンスカートはこの夏挑戦してみたいアイテムのひとつでございました。やわらかく、上部にプリーツが入っております。座り皺もまったく気にならないのでお気に入りです。こちらもノーブランドで3900円でございます。


というわけで貧乏でもおしゃれを楽しんでおります。


今まで見えてこなかったものがはっきりと見えたことはございませんか?


別に比喩的なことではございません。

先日メガネを新調いたしました。


実は公私ともども引越しがございまして、メガネを紛失してしまったのでございます。

もっとも前回の免許更新では裸眼でぎりぎり0.7はございまして、ちょっと遠くを見るのにつらいときだけメガネをかけておりました。

なくてもいいが、あるともっといい。そんな感じのメガネでございましたので、どこかに置き忘れてしまったのでございましょうか、気がつくとどこにもその姿を見出すことができなくなっておりました。


ですが、やはり暗いところに行きますと、はっきりと見ることが難しく感じる次第でございます。正直毎日運転しておりますわけではございませんし、暗闇でものを見なければならないことは滅多にないのでございます。滅多にないのでございますが、ただひとつ。わたくしの数少ない趣味のひとつである、映画鑑賞に支障が出てまいりました。


字幕は読めるのでございますが、細部が見えないときがありました。折角大きなスクリーンで味わうことができるのでございますから、やはり隅々まで見えないともったいのうございます。

という何だか自分で言っても貧乏臭い理由でメガネを新調いたしました。


さて、メガネをかけてみますと一気に視界が開けたようでございます。

人間見えないとなると、脳が記号として処理をしているのか今まで気付かなかった場所に文字が書かれていることが多々ございました。見えていないと言うことは見えていることと大違いで、大分損をしていたような気分になりました。


意気揚々とメガネをかけて部屋に戻ったわたくしでございますが、そこにある風景はほとんど変わることはございませんでした。

ようは遠くにあるものが良く見えるようになるわけでございますから、わたくしのうさぎ小屋のような部屋では見え方が変わるわけがございません。


納得しつつなんだか寂しい気持ちが致しました…