誰かに認められたいと思ったことはございませんか?

わたくしは根性がございません。
私に足りないものって何」と質問し「根性」との回答をいただいたこともございます。
少し落ち込みましたが、自分でも納得するくらい根性がございません。
「継続は力なり」という言葉を知っていながら、日記にしてもダイエットにしても長続きいたしません。
長いスパンで見ることが出来ないのでございます。
こんな世の中一生懸命生きたところでどう幸せになるというのだ?
そんな言い訳をして生きてまいりました。
わたくしが影響を受けた宗教的思想にもよるものだと思うのでございますが、厭世感とも申しましょうか、とにかく現世では幸せにはなれないと思ったのでございます。

ですが、それは努力をしても報われないかもしれないという恐れに対する単なる逃げでございます。
わたくしはすべての宗教を否定するわけではございませんが、宗教の恐ろしいところは人間の思考力を奪うところでございます。
ひとところの思想に落ち着くと、それ以外の視野がもてなくなってしまう。
現状に満足されている方はそれで構わないのでございますが。

まあ、根性がございませんので、今まで人に認められるようなことをしたという自負がございません。
それは社会に出てから感じることが多くなりました。小学校の頃は毎日学校に通っていたというだけで賞状がもらえておりましたが、今では無遅刻無欠勤は社会人としての当たり前のマナーでございます。
根性がないくせに人に認められたいと願ってしまう。
なんという業の深さ、なんという自己顕示欲の表れでございましょう。
自分でもあきれるくらいでございます。

何故そのような考えに至ったのかを申しますと、昨日放送されたスタメンに影響を受けております。
スタメン図鑑で「フラマダム」と名づけられましたフラダンスに熱くなっておりますマダムたちのお話が取り上げられておりました。
踊ることが楽しい。それは運動神経がぶち切れておりますわたくしにはさっぱり理解できなかったのでございますが、出演者の方が発表会を目指して努力する姿に胸が熱くなったのでございます。
ただ踊るのが好きだといってもいつか趣味には限界が参ります。突き詰めてみればただの自己満足でございます。
ですが、発表会などで他人から認められるシーンがあれば、付加価値が付くのではございませんでしょうか。

人からの評価でしか自分を図ることが出来ない。
そうなりますと終始周囲の評価を気にして一喜一憂しなければならない。それはとても不幸なことでございます。
そう知っているのでございますが、他人から評価されてみたい。そしてそれを自信にしたい。
そう願う弱い自分がいるのでございます…