高血圧による脳への影響は、血圧が上昇して検出されるよりもはるかに早く始まっている可能性があります。

ワイル・コーネル・メディシンの研究チームは、血圧が正常に見える段階からすでに、脳の血管・神経細胞・白質に細胞レベルの損傷が起きていることを、マウスの前臨床研究で明らかにしました。

研究成果は2025年11月、学術誌『Neuron』に掲載されました。

 

マウスに高血圧を誘発するホルモン・アンジオテンシンを投与して3日後、血圧が上がる前にもかかわらず、内皮細胞、介在ニューロン、ミエリンを作るオリゴデンドロサイトに早期の遺伝子変化が見られました。

具体的には血液脳関門の脆弱化、神経信号のバランス崩壊、ミエリン維持機能の低下など、いずれも認知症の初期像に似た障害が生じていました。

 

42日後には変化がより顕著となり、認知機能の低下も確認されました。

 

こうした結果は、高血圧と認知症リスクが強く結びついている理由の一端を説明するものです。また、既存の降圧薬ロサルタンが、内皮細胞と介在ニューロンの損傷を部分的に回復させることも判明し、治療応用への可能性が示されました。

筆頭著者のイアデコラ博士は「血圧上昇そのものだけでなく、細胞老化の加速が鍵を握る」と述べ、早期介入の重要性を強調しています。高血圧管理は、心臓と腎臓に加え、脳の健康を守るうえでも欠かせない取り組みであることが改めて浮き彫りになりました。

 

  Weill Cornell Medicine. "Your brain shows damage before your blood pressure even rises.", 24 November 2025.

 

汗は、私たちが自覚するよりも早く健康状態の変化を知らせている――そんな可能性を示す研究がシドニー工科大学(UTS)から発表されました。

 

汗にはホルモン、薬物濃度、代謝物など多様なバイオマーカーが含まれており、これをリアルタイムで読み取るAI搭載のウェアラブルデバイスが急速に進化しています。この研究成果は2025年12月、『Journal of Pharmaceutical Analysis』に掲載されました。

 

最新の汗分析パッチは、皮膚に貼るだけで継続的にサンプルを採取し、血糖値やコルチゾールなどの指標、ストレス反応、病気のリスクなどを針も採血も使わずに測定できる可能性があります。マイクロ流体工学や伸縮性エレクトロニクスの進歩により、軽量で柔軟なパッチ型センサーが実現し、AIによる化学パターン解析と組み合わせることで、疾患の早期発見や個別化医療が大きく進展する見込みです。

 

アスリートは電解質の損失を把握し、糖尿病患者は将来的に血液検査ではなく汗で血糖を管理できるようになるかもしれません。UTSの研究チームは、超微量のグルコースやコルチゾールを検出する高感度マイクロ流体デバイスの開発も進めており、汗によるヘルスモニタリングが予防医療のスタンダードになる未来が近づいています。

 

「汗は未開拓の診断資源」と研究者が語るように、AIとウェアラブル技術によって、私たちの健康管理は新たな段階へと進もうとしています。 

 

【詳細】

Dayanne Mozaner Bordin, Janice Irene McCauley, Eduardo G. de Campos, David P. Bishop, Bruno Spinosa De Martinis. Sweat as a diagnostic biofluid: analytical advances and future directions. Journal of Pharmaceutical Analysis, 2025; 101473 DOI: 10.1016/j.jpha.2025.101473

 

私たちが毎日ふれている食品や水、家庭用品に含まれる化学物質が、腸内細菌に予想以上の影響を与えている可能性が明らかになりました。

 

ケンブリッジ大学を中心とする研究チームは、1,076種類の一般的な化学汚染物質を調査し、そのうち168種類がヒト腸内細菌の増殖を阻害することを報告しました。

 

研究成果は2025年12月、学術誌『Nature Microbiology』に掲載されました。影響を与えた化学物質には、農薬、難燃剤、可塑剤など、私たちの日常に広く存在するものが含まれていました。これらの物質は、健康維持に欠かせない微生物のバランスを乱すだけでなく、腸内細菌が抗生物質に対する耐性を獲得する可能性も示されました。

 

もし腸内で同様の現象が起これば、感染症治療が難しくなる恐れがあります。研究チームは収集データをもとに、化学物質が腸内細菌に与える影響を予測する機械学習モデルも開発。新規化学物質を「設計段階から腸に安全なものにする」未来への第一歩となります。ただし、体内にどれほどの化学物質が実際に届いているかは未知であり、今後は現実世界での曝露データが必要です。研究者は、果物や野菜をよく洗う、家庭での農薬使用を控えるなど、日常生活でできる対策の重要性を強調しています。

 

【出典】 Indra Roux, Anna E. Lindell, Anne Grießhammer, Tom Smith, Shagun Krishna, Rui Guan, Deniz Rad, Luisa Faria, Sonja Blasche, Kaustubh R. Patil, Nicole C. Kleinstreuer, Lisa Maier, Stephan Kamrad, Kiran R. Patil. Industrial and agricultural chemicals exhibit antimicrobial activity against human gut bacteria in vitro. Nature Microbiology, 2025; 10 (12): 3107 DOI: 10.1038/s41564-025-02182-6

 

長年の努力も、汚れた空気の前では力を失うかもしれません。

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)などの国際研究チームは、10年以上にわたり100万人以上を追跡した結果、微粒子状物質(PM2.5)による大気汚染が、定期的な運動の健康効果を大幅に弱めることを発見しました。この研究成果は2025年11月、『BMC Medicine』誌に掲載されました。

 

研究によると、週に2時間半以上運動する人は、そうでない人より死亡リスクが約30%低いものの、年間平均PM2.5濃度が25マイクログラム/立方メートルを超える地域では、その効果は12~15%まで低下。さらに35μg/m³を超える地域では、特にがんや心臓病の死亡率への効果がほとんど失われました。

PM2.5は肺の奥深くや血流にまで入り込み、慢性的な炎症や血管障害を引き起こすことで、運動の恩恵を打ち消すと考えられます。それでも研究者たちは、「運動をやめる必要はない」と強調。空気の質をチェックし、汚染の少ない時間や場所を選ぶことで、運動のメリットは十分得られるとしています。

 

UCLのアンドリュー・ステプトー教授は、「健康的な老化のためには、運動と同時に“きれいな空気”の確保が不可欠」と述べ、社会全体で大気改善に取り組む重要性を訴えています。

 

【出典】 Po-Wen Ku, Andrew Steptoe, Mark Hamer, Paola Zaninotto, Emmanuel Stamatakis, Ching-Heng Lin, Bin Yu, Ulla Arthur Hvidtfeldt, Xiang Qian Lao, Hsien-Ho Lin, Wei-Cheng Lo, Ole Raaschou-Nielsen, Shengzhi Sun, Linwei Tian, Su-Fen Wang, Yiqian Zeng, Yunquan Zhang, Shang-Ti Chen, Chien-Fong Huang, Yang Xia, Li-Jung Chen. Does ambient PM2.5 reduce the protective association of leisure-time physical activity with mortality? A systematic review, meta-analysis, and individual-level pooled analysis of cohort studies involving 1.5 million adults. BMC Medicine, 2025; 23 (1) DOI: 10.1186/s12916-025-04496-y

 

筋肉が脳を若返らせる?――隠れ脂肪とのバランスが脳年齢を決める

体の健康が脳の若さを左右する――そんな新たな知見が示されました。

 

北米放射線学会(RSNA)で発表された最新研究によると、筋肉量が多く、内臓脂肪(腹部の深部にある“隠れ脂肪”)が少ない人ほど、生物学的脳年齢が若い傾向があることが分かりました。

 

研究を主導した米ワシントン大学医学部のサイラス・ラジ准教授によれば、「筋肉が多く腹部脂肪が少ない体は、若く健康な脳を保つ助けになる」といいます。研究では、平均年齢55歳の健康な成人1,164人を対象に全身MRIを実施し、人工知能(AI)で筋肉量、内臓脂肪、皮下脂肪、脳の構造を解析。

 

その結果、内臓脂肪と筋肉の比率が高い人ほど脳の“見た目年齢”が老けており、逆に筋肉量が多い人の脳は若く保たれていました。一方、皮下脂肪には脳の老化との明確な関連は見られませんでした。

 

ラジ博士は、筋肉を維持しつつ内臓脂肪を減らすことが「脳のアンチエイジング」に有効だと強調。さらに、GLP-1減量薬のように脂肪を減らす治療においても、筋肉量を保つことが脳の健康に重要であると指摘しました。AIとMRIを用いた体組成と脳年齢の分析は、今後の予防医療や治療設計の新たな指針となりそうです。

 

【出典】

Radiological Society of North America. "The body trait that helps keep your brain young." ScienceDaily. ScienceDaily, 25 November 2025. 
 

 

ホルモンが学習能力に影響する――そんな新たな脳の仕組みが明らかになりました。

ニューヨーク大学の研究チームは、女性ホルモンの一種であるエストロゲンが、学習や報酬に関わる神経伝達物質ドーパミンの活動を高めることで、脳の学習効率を向上させることを発見しました。

 

この研究成果は2025年11月、学術誌『Science Advances』に掲載されました。

 

実験ではラットに一連の学習課題を与え、音の合図で報酬(水)を得る仕組みを学習させました。エストロゲン濃度が高い時期のラットは学習スピードが明らかに速く、ホルモンの働きを阻害すると学習能力が低下しました。脳内では、エストロゲンが報酬系の神経回路に作用してドーパミンの放出を促進し、学習を支える信号を強めていたのです。

 

一方で、エストロゲンの変動は意思決定には影響せず、純粋に学習能力のみを変化させることが分かりました。研究を率いたクリスティン・コンスタンティノープル教授は、「ホルモン周期が学習や精神症状に影響するメカニズムの理解が進めば、うつ病や統合失調症などドーパミン関連疾患の治療にもつながる」と述べています。

 

ホルモンが脳の学習スイッチを入れる――この発見は、脳科学と精神医療の新たな扉を開くものです。 

 

【出典】

Carla E. M. Golden, Audrey C. Martin, Daljit Kaur, Andrew Mah, Diana H. Levy, Takashi Yamaguchi, Amy W. Lasek, Dayu Lin, Chiye Aoki, Christine M. Constantinople. Estrogen modulates reward prediction errors and reinforcement learning. Nature Neuroscience, 2025; DOI: 10.1038/s41593-025-02104-z

不安は、脳の中で免疫細胞が操っているかもしれません。ユタ大学保健センターの研究チームは、脳内の免疫細胞「ミクログリア」が、不安を高める“アクセル”と抑える“ブレーキ”のような役割を果たしていることを発見しました。

 

この研究は2025年11月、学術誌『Molecular Psychiatry』に掲載されました。

研究では、マウスの脳内に存在する2種類のミクログリアに注目。Hoxb8ミクログリアは不安を抑制し、非Hoxb8ミクログリアは不安を促進することが明らかになりました。ミクログリアを持たないマウスに非Hoxb8型だけを移植すると、不安行動が顕著に増えましたが、Hoxb8型を加えるとその影響は打ち消されました。

 

これまで不安はニューロンの異常によって引き起こされると考えられてきましたが、この結果は「脳の免疫系が感情を調整する」という新しい見方を提示しています。筆頭著者のマリオ・カペッキ博士は、「人間の脳にも同様の仕組みがある」と述べ、不安障害の治療標的がニューロンから免疫細胞へとシフトする可能性を示唆しました。

 

今後は、ミクログリアのバランスを薬理学的または免疫学的に調整することで、不安をコントロールする新たな治療法の開発が期待されています。

 

 

Donn A. Van Deren, Ben Xu, Naveen Nagarajan, Anne M. Boulet, Shuhua Zhang, Mario R. Capecchi. Defective Hoxb8 microglia are causative for both chronic anxiety and pathological overgrooming in mice. Molecular Psychiatry, 2025; DOI: 10.1038/s41380-025-03190-y

コーヒーと健康に関する常識が覆されました。米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)とアデレード大学の共同研究チームは、毎日1杯のコーヒーを飲むことで、心房細動(AFib)の発症リスクが39%低下する可能性を発見し、2025年11月10日付で米医学誌『JAMA』に発表しました。

 

心房細動は心拍が不規則になる不整脈の一種で、脳卒中や心不全を引き起こす危険があります。これまで医師はカフェイン摂取を控えるよう指導してきましたが、この研究はその真逆の結果を示しました。

 

この研究は、200人の心房細動患者を対象に、カフェイン入りコーヒーを1日1杯飲むグループと、6か月間カフェインを完全に断つグループに分けて比較したものです。その結果、コーヒーを飲んだグループの方が再発率が39%低く、カフェインの血圧低下作用やコーヒーに含まれる抗炎症物質がリズムの安定に寄与したと考えられます。また、炭酸飲料などの糖分摂取が減ったことも好影響を与えた可能性があります。

 

この研究論文の筆頭著者のグレゴリー・マーカス博士は「コーヒーは安全であり、むしろ心臓に良い可能性がある」と述べています。長年の通説を覆したこの研究は、日常の小さな習慣が心臓の健康に大きな影響を与えることを示す希望の一杯となりました。

 

【出典】  Christopher X. Wong, Christopher C. Cheung, Gabrielle Montenegro, Hannah H. Oo, Isabella J. Peña, Janet J. Tang, Samuel J. Tu, Grace Wall, Thomas A. Dewland, Joshua D. Moss, Edward P. Gerstenfeld, Zian H. Tseng, Henry H. Hsia, Randall J. Lee, Jeffrey E. Olgin, Vasanth Vedantham, Melvin M. Scheinman, Catherine Lee, Prashanthan Sanders, Gregory M. Marcus. Caffeinated Coffee Consumption or Abstinence to Reduce Atrial Fibrillation. JAMA, 2025; DOI: 10.1001/jama.2025.21056

髪の毛から作られたタンパク質が、虫歯予防の未来を変えるかもしれません。イギリスのキングス・カレッジ・ロンドンの研究チームは、髪や皮膚に含まれるタンパク質「ケラチン」が、歯のエナメル質を再生・保護できることを発見しました。

 

研究成果は2025年11月10日付の科学誌『Advanced Healthcare Materials』に掲載され、フッ化物に代わる画期的な再生歯科材料として注目されています。

 

研究では羊毛から抽出したケラチンを歯の表面に塗布し、唾液中のカルシウムやリン酸と反応させたところ、天然のエナメル質とほぼ同じ構造を持つミネラル化層が形成されました。

 

この層は虫歯の進行を抑え、知覚過敏を軽減し、歯の強度を回復させることが確認されました。

 

ケラチンは持続可能な生物由来素材であり、従来の樹脂のような有害性もなく、自然な色合いで修復が可能です。

 

研究チームは、ケラチンを応用した歯磨き粉や歯科用ジェルが2~3年以内に実用化される可能性を示唆しています。

 

この新技術は、廃棄物から再生可能素材を生み出すサステナブルな発想と、人体由来の素材で自己治癒を促すバイオテクノロジーを融合させたものです。髪の毛が歯を守る――そんな未来の歯科医療が、現実のものになろうとしています。