こんにちは。
かずです。
先日、
ある女性漫画家さんについて
話題になる場面がありました。
その方は、
とても恥ずかしがり屋さんで、
人との交流も
あまり得意ではないそうです。
仲間うちで、
「今度の集まり、
彼女にも参加してほしいけど…
まあ、絶対来ないよね」
そんな話になりました。
でもその言葉には
嫌味のようなものを
感じなかったんです。
「あの人は、そういう人だよね」
と、みんなが分かっている。
人付き合いは得意じゃない。
でも、それも含めて
その人なんですよね。
そして彼女自身も、
苦手を直すことよりも
漫画を描くことに
たくさんの力を注いできた。
だからこそ、
今の彼女が
あるのかもしれないな。
そんなことを考えていたら、
私は今まで、
ずいぶん
もったいないところに
自分のエネルギーを
使ってきたのかもしれない…
と思ったんです。
「こんなこともできないの?」
って思われたくない、
「ダメな人」
って、嫌われたくない。
だから、
自分の苦手なところを見つけると、
なんとか
人並みにできるように
なろうとしてきた。
でも、
“人から悪く思われないため”に
苦手をなくすことに
そんなに一生懸命に
ならなくても
よかったのかもしれません。
だったら、
そのエネルギーを、
自分の持っているものを
育てる方に使っても
よかったんですよね。
そして
どうして私は、
「ダメな人」と思われることを
そんなに
怖がってきたんだろう。
そう考えてみると、
この怖さは、もっと昔から
あったものなのかもしれない、
と思いました。
子どもの頃の、
「親に嫌われたくない」
「親に見放されたら怖い」
そんな気持ちです。
子どもにとって、
親は、とても大きな存在。
だから、
「お母さんを
怒らせないように」
「お父さんに
認めてもらえるように」
そんなふうに、
「親に合う自分」に
なろうとすることがあります。
子どもの頃は、
親との関係の中で
安心しているために、
そうする必要が
あったこともあります。
でも今はもう、
親の言うことを
なんでも
聞いているわけじゃない。
自分で仕事もしてるし、
自分の考えだって持っている。
だから、
「親に合わせて生きている」
そう言われても、
たぶん
ピンとこないと思うんです。
でも、
親に合わせているのではなく、
「親を悲しませない
自分でいようとしている」
としたら、どうでしょう?
親から頼まれたことを
断ろうとすると、
なんとなく胸が痛む。
自分の予定を優先すると、
「お母さん、大丈夫かな」
って気になってしまう…
親の不満そうな顔を見ると、
自分が何とかした方が
いいような気がする…
親とは違う選択をするとき
必要以上にその理由を
説明したくなる…
こういうことだったら
少し思い当たる方も
いるんじゃないかな。
そして、
親が年老いてくると、
この気持ちは
もっと強く
出てくることがあります。
「もう年なんだから」
「今まで育ててもらったんだから」
そんな思いも重なって、
自分のことを
大切にしたい気持ちと、
親を大切にしたい
気持ちの間で揺れる…
そして、
自分を優先しようとすると
罪悪感が出てくる。
親を悲しませたり、
がっかりさせたりすると、
どこかで
「こんな私は
嫌われるんじゃないか」
という怖さまで出てくる。
もしかすると、そこには、
「親のためにやっている」
と思っていることの中に、
“親に嫌われない私でいるため”
という思いが
混ざっていることも
あるんじゃないかなと思うんです。
実際に親から
何かを言われている
わけではなくても、
自分が何かを
選ぼうとした時に、
「お母さんは
どう思うかな」
「お父さんなら、
そんなことは
許さないだろうな」
と、
親の反応を先に想像して、
自分の気持ちを
引っ込めてしまう
ことがあります。
大人になった今も、
心のどこかに
子どもの頃に感じていた
「親の目」が残っている。
私は、それを
「心の奥にいる親」
と考えています。
もちろん、
実際の
お父さんやお母さん
そのものではありません。
気づかないうちに、
「親ならどう思うか」
を基準にして、
自分の選択を見張っている
ようなものです。
それがあると、
親が悲しむことと、
自分が悪いことを
したことが、
いつの間にか
同じになってしまいます。
でも、
親が悲しんだからといって、
あなたの選択が
間違っているとは限りませんよね。
親には
親の気持ちがあるし、
自分には
自分の気持ちがあるのですから。
どちらかを
なかったことに
しなくてもいいですよね。
だから、
親とのことで迷った時は、
「娘なんだから、
どこまでやるべき?」
と考える前に、
「私は、どこまでなら
心からしてあげたいと思える?」
って、自分に聞いてみる。
そこから
考えてもいいんです。
親を悲しませないことを、
娘の役目にしなくていい。
親を大切にすることと、
親に合う自分で
い続けることは違います。
これからは、
親に嫌われない自分に
なるために使ってきた力を、
自分の人生を育てる方に
使っていっても
いいのだと思います。
そういう私自身も、
何を育てていきたいのか、は
まだはっきり
しているわけではありません。
だからこそ、
自分の感情や
心の中から出た言葉を
ちゃんと見ていくことを
大事にしています。
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でも、
「私は何が怖いんだろう」
「本当は、何を守りたいんだろう」
と、自分の中にある言葉を
出していきます。
そこで自分から出てきた言葉と、
東洋運命学の宿命図に
現れている性質を
照らし合わせてみることもできます。
そこから、
「私は、こいうことを
大切にしてきたんだ」
と気づくことがあります。
それは、
「こんなところがダメ」
「もっと直さなくちゃ」
と見ていたところではなく、
これから
育てていきたい力や、
自分らしい才能に
つながっていることもあります。
親の老いを考え始める時期は、
どうしても
「これから親のために
何をしなければならないか」
ということに
意識が向きやすくなります。
でも同時に、
これからの自分の人生に
どんな力を
使っていきたいのか、
そこを考え始めても
いい時期でもあると思います。
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「家族が笑いあえる介護」へ伴走する
人間関係専門セラピスト
山口和子
◇一般社団法人ミッションメンタリング協会
副理事・認定トレーナー
◇コアクリーニングさろん「うたたね」代表
◇ココロとカラダのセラピスト歴約20年
◇東洋運命学カウンセラー
◇拠点:静岡県磐田市
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