こんにちは。
かずです。
前回の記事で、
介護の相談なのに、
どうして東洋運命学を使うのか、
ということを書きました。
親との相性を見るためでも、
未来の介護を
占うためでもないんです。
私が使っているのは、
自分や親を見る角度を変えるため。
でも、
「それって、
介護が始まってからでも
いいんじゃない?」
と思う方も
いらっしゃるかもしれません。
私は、
できれば介護が始まる前に、
一度、
親との関係を
見ておいた方がいいと
思っているんです。
その理由は、大きく3つ。
- 介護が始まると、
これまで親との間で
飲み込んできたものが
出てきやすくなるから
- 親を見る角度が変わると、
介護についても
「こうするしかない」
と思っていたところから
別の選択肢も見えてくるから
- 親を基準にして
決めていたことに気づくと、
自分のこれからについても
見直せることがあるから
私がそう思うようになったのは、
両親と一緒に
叔母の介護をした経験が大きいです。
その時感じたのは、
身の回りのお世話以上に、
心の疲れの方がしんどいな、
ということでした。
叔母との間でも、
一緒に介護する
両親との間でも、
ちょっとした言葉に
カチンときたり、
「どうして
分かってくれないの!」
と思ったり。
こっちが正しい、
それは間違ってる、
みたいな言い合いに
なることもありました。
だんだん余裕がなくなるから、
それまでは
流せていたことが
流せなくなっていくんですよね。
でも、それはね、
介護が始まったから
急にそうなった、
というより、
それまでに
お互い飲み込んでいたものが
介護を“きっかけ”に表に出てきた。
私はそんなふうに感じたのです。
昔、分かって
もらえなかったことや、
ずっと我慢してきたことまで、
今起きていることに
反応するように、
感情になって
出てきてしまうんだな、って。
だから、
介助のやり方を
変えただけでは
収まらなかったり、
また違うところで
ぶつかったりするんです。
「ああ、
やり方だけ変えても、
ここは終わらないんだな…」
とつくづく思いました。
でも、介護中は、
そこをじっくり
見つめ直す余裕が
なかなかありませんでした。
とりあえず
その場をやり過ごす。
それでも、
消えていかなかったのは、
心の疲れの方でした。
だから私は、
まだ介護が始まっていない
今のうちから
自分の中にある感情を
少しずつ見ておくことが
必要だと思っています。
例えば、
母の言葉に
妙にイライラするときがあったら
「こんなことで腹が立つなんて
冷たい娘だよね…」
と自分を責めるんじゃなく、
「私は、イライラするほど、
何を守ろうと
しているんだろう?」
って見てみる。
感情の奥には、
何かしらの目的や願いが
隠れていることがあります。
「もう、
私ばかりに背負わせないで」
なのかもしれないし、
「私の気持ちも
分かってほしかった」
という思いが
残っているのかもしれません。
そうやって、
自分の感情の奥には
こんなことがあるんだなって
分かってくると、
今度は、
親を見る角度も
変わっていくんですよね。
私自身、
母に対して
「もっと自分で
気分を変えればいいのに」
「不満ばかりを見ていないで
自分の人生を楽しんでよ」
と思っていた時期がありました。
そして、心のどこかで、
そんな母が変わらない限り、
私はこの重たい気持ちから
解放されない、
って思っていたんです。
でも、
自分の気持ちを見ていく中で
私はずっと
「母が幸せでなければ、
私も幸せになってはいけない」
そんな気持ちを抱えていた
ことに気づいて…
そこに気づいてから、
母を見る私の目が
変わっていったのです。
母はよく「疲れた」と言って
横になることがあります。
でも、
少し昼寝をして、
目が覚めたら
また自分で家事を始める。
以前は、
横になっている母をみると
“家事に追われた被害者”
を感じて、
「またか…」と
苛立ちと罪悪感が
入り混じっていました。
それが、いつからか、
「よく休んでおいてね」と
ブランケットを
かけるような気持ちで
その寝姿を
見られるようになったんです。
母自身にも、
以前とは違う変化を
感じるようになったんですよ。
もちろん、
私が変わったから
母が変わった、
と言い切るつもりはありません。
少なくとも
「母はこういう人」
という
私の決めつけはゆるんできた
ように思います。
ここも、
介護が始まる前に
自分の見方を
見直しておきたい理由です。
親を見る角度が変わると、
介護について考える時の
「選択肢」も変わってくるから。
「母は私がいないと
何もできない」
って思っていたら、
介護になったときも
自分がやることばかり
考えてしまうかもしれない。
「父は頑固だから、
絶対に
サービスなんて嫌がる」
も、同じです。
本人に聞く前から
選択肢から外してしまう
かもしれないでしょ。
でもそれって
本当に今、
目の前にいる親を見て
思っていることなの?
それとも、
これまでの
親との関係の中で
自分がそう思うように
なったことなの?
そこを、
一度分けて
見ておきたいんです。
私が東洋運命学の
宿命図を見るのも、
こういうところです。
親と自分では、
そもそも
感じ方が違うことがあります。
自分なら絶対に
そんな選び方はしないから、
相手もそうだろう
とは限らない。
「私は私の見方で
母や父を見ていたんだな」
と気づくことがあります。
それだけでも、
「この人はこうだから」
と決めていたところに
少し隙間ができます。
介護についても、
今までだったら
思いつかなかったやり方が
見えてくることがあります。
そして、
親との関係を見直していくと、
「自分のこれから」についても
気づくことがあります。
私は長い間、
家族の空気が
悪くならないように
動くことを、
かなり当たり前に
やってきました。
そうしていると、
自分のことを
決めているつもりでも、
知らないうちに“親”が
入り込んでいることがあります。
「家にいたくないから、
仕事をする」とか
「親を見る人が
私しかいないから、
ここにいなくちゃ」とか。
自分で決めているようで、
よく見てみると、
親を基準に決めていたんですよね。
でも、
どうして私は
そんなに反応するんだろう、
と見ていくと、
今まで言葉にできなかった
「本当はこうしたかった」
も少しずつ見えてきます。
すると、
「私しかいないから」で
しがみついていた理由の奥に、
これからどうしたいのか、
という気持ちが見えてきます。
介護が始まる前の今だから、
「親はこういう人」
と決めていた見方を、
まだ見直せると思っています。
介護の準備というと、
制度を調べたり、
施設やお金のことを考えたり、
そういうことを
まず浮かぶと思います。
もちろん、
それも必要です。
でも私は、
親との関係の中で
自分がずっと
飲み込んできたものはなかったか、
一度見ておくことも
介護の準備のひとつだと思っています。
もちろん
介護が始まってからでも、
気づくことはできると思います。
私も介護をしながら
気づいたことは
たくさんありました。
ただ、その時の私は、
目の前のことを
こなすだけで精一杯でした。
だから、
まだ少し余裕のある今、
自分の気持ちを
見ておいてほしいなと思うんです。
介護が始まったとき、
「やっぱり私が全部やらなくちゃ」
って、
今までと同じところに
戻ってしまわないためにも。
親の介護が怖い
本当の理由に気づくワーク
親の老いを感じるたびに
気持ちが重くなる。
介護のことを考えると
不安になる。
そんな時は、
「考えすぎないようにしよう」
とする前に、
その気持ちを
少し見てみてください。
「私は、何をこんなに
怖がっているんだろう」
そこを見ていくと、
介護そのものとは
少し違うところに、
苦しさの理由が
見つかることがあります。
私自身も、
このワークで
母に対して感じていた
重たい気持ちを
見ていきました。
すると、
母を見る私の目が変わり、
その後、
母の様子にも
「あれ、前と違うかも」
と思うことが出てきました。
これは
相手を変えるための
ワークではありません。
親のことになると
どうしてこんなに
気持ちが揺れるんだろう。
その奥にあるものを、
介護が始まる前の今、
一度見てみてください。
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東洋運命学の宿命図を手がかりに、
親との関係と将来の介護不安を整え、
「家族が笑いあえる介護」へ伴走する
人間関係専門セラピスト
山口和子
◇一般社団法人ミッションメンタリング協会
副理事・認定トレーナー
◇コアクリーニングさろん「うたたね」代表
◇ココロとカラダのセラピスト歴約20年
◇東洋運命学カウンセラー
◇拠点:静岡県磐田市
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(宿命キャラチャート)を
調べることもできます
ちがいに気づくヒントに。









