ウレシパ☆ブログ
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合宿に行ってきました!

みなさま、イランカラㇷ゚テ〜! 3 年生のイワコシンプ(山﨑七海)です。 

 

今回は、8月8日〜12日に行なった夏合宿についてお話したいと思います。 

今年度の夏合宿で私たちが訪れたのは、旭川、層雲峡、上川、網走、阿寒、白糠の6つの地方です。 舞踊や料理、博物館の見学などさまざまな貴重な体験をさせていただきました。 

 

 

 まず1日目に訪れたのは、旭川・層雲峡の地方で、「嵐山コタン」、「北鎮記念館」、「旭川市博物館」、 「川村カ子トアイヌ記念館」を見学しました! 私が特に印象に残っているのは、「嵐山コタン」で見学したアイヌの伝統的な家屋チセについてです。

旭川地方のチセは天窓があること、笹葺きで作られていることが特徴としてあげられます。実際に笹葺 きのチセを見たのが初めてだったので、質感や中を見学させていただいた時の外との気温・湿度の違い を感じることができました。

 

 チセの解説をしてくれた方の説明の中で、笹はカムイへのお土産にもなる ため、大きく青々としていて、茎が太い立派なものを使っており、毎年少しずつ笹の修繕をしていると あり、自然のものを用いた伝統的なチセを保つことの大変さを感じました。また、ここのチセは北に 「カムイプヤㇻ(神窓)」があり、その先には「オサラッペ」という川の上流があると説明していただい て、家の建て方にも地域差があることを学びました。 

 

 

 そして、「旭川市博物館」では1、2年生が各々が選んだ民具について紹介しました。以前までは自分 たちが紹介する側であったため、後輩の解説を聞いていて懐かしく感じつつ、後輩の成長を感じること もできました。また、博物館に入ってすぐに、「イワㇰテ」別名オルゴール・メリーと呼ばれる展示品 がありました。伝統的な自然のものを使っている展示とは異なり、化学製品が用いられてとても新鮮な ものでした。本田先生の解説では、化学製品が入ったあとも、精神的な考えが消えずにのこっていたこ との証とあって、文化の受容から変化を感じることのできる展示でした。

 

 

 

  2 日目は午前中に上川で舞踊の指導をしていただき、午後には「トコロチャシ跡」・「ところ遺跡の 館」を見学しました!

 上川で教えていただいたのは、女子が「ウエカップ(挨拶の踊り)」、「 チカップウポポ(鶴の舞)」、男子 は3人で踊る「エムㇱリㇺセ」です。

 

 ウエカップは普段踊るテンポの早いものとは異なり、ゆったりと 会えてうれしいことを伝えるような踊りで、心穏やかに踊ることができました。チカップウポポは、昨年度のウレㇱパ・フェスタで踊ったことがありましたが、今回教えていただいたものと少々異なってい て、その違いに苦戦しつつも楽しく踊ることができました。また、この踊りはウポポといっしょに「ホロㇿセ」という舌を転がす掛け声をいれます。今までウレㇱパクラブの舞踊でしていたホロㇿセがいかにやりやすくされていたのかと感じるほど、息を吸うタイミング、掛け声の入るタイミングが難しく、 ここでも苦戦しました。

今年度の「ウレㇱパ・フェスタ」で披露する際には、バシッとタイミングが合 わせられるように日々練習していきます!

 

 

 そして、舞踊指導の最後には、教えてくださった方々と一緒に 「イオマンテリㇺセ」を踊りました。みんな汗だくになりながら全力で踊ることができ、踊ったあと達 成感があったことが今でも胸に残っています。

 

  午後の「トコロチャシ跡」、「ところ遺跡の館」の見学では、普段学んでいるアイヌ文化と「オホーツ ク文化」、「擦文文化」を比較することができて、興味深かったです。オホーツク文化では大型六角形の 竪穴住居であること、擦文文化では正方形であることなど住居の形から文化の違いを見つけることがで きることに、アイヌ文化の地域差とも似てるように今回の合宿を通して感じました。また、住居の中に は、動物の骨塚があり、アイヌ文化との共通点の1つとして「動物信仰」があったことも学びました。 

 トコロチャシ(ところ遺跡)で驚いたのは、住居跡が3000以上あるということです。何人ごとに住んでいるのかや住んでいた時期がバラバラであったとしても、想像していた数よりも多くて、とても驚きまし た。

 

 

 

 合宿の3日目には、「網走市立郷土博物館分館、モヨロ貝塚」、「北海道立北方民族博物館」、「 屈斜路 コタンアイヌ民族資料館」を見学しました。

 

  午前中に訪れた「モヨロ貝塚館」では、オホーツク文化の狩猟具や精神世界について深く学ぶことが できました。矢じりについては、石鏃にはくぼみが見られないのに対し、骨鏃の先端にはくぼみがあっ たため、骨製になってから毒などを併用していたのかという新たな疑問が生まれました。漁撈具にも工夫が見られ、魚漁には骨製の釣り針、アザラシ猟には「回転式離頭もり」が用いられていました。 また、住居の中心に石や岩を集めて海獣や水鳥に見立てて信仰していた点や、頭を北西に向け頭部に 土器を被せる独特の埋葬形式(モヨロでは130基以上の墓地が確認)など、当時の人々の精神文化も印象的でした。

 

 出土した海獣の骨からは、シャーマンの存在も示唆されています。ここでは、女性を象っ たものが多い印象でした。なぜ女性ばかりなのかの疑問が生まれたため、調べてみたいと思います。 続いて見学した「北方民族博物館」は、日本で唯一、アイヌ文化を含めた北方少数民族全般をテーマ とした博物館です。常設展示では北方地域の諸民族の文化とその形成に関わりの深い先史文化を具体的 な資料をとおして紹介されていました。

グリーンランドのイヌイト(エスキモー)からスカンディナビアのサミ(ラップ)まで、北方の諸民族を広く対象とし、衣・食・住・生業・精神文化・文化の伝承などのテーマ別に紹介されており、過酷な北方圏を生き抜く人々の知恵と文化の広がりを実感しました。 

 

 

 

 合宿の4日目には、阿寒で舞踊指導をしていただきました! 舞踊指導のあとには、「阿寒湖アイヌシアターイコㇿ」にてアイヌ古式舞踊を鑑賞し、瀧口健吾さ ん、山本栄子さんに講話をしていただきました。 

 

 舞踊指導で教えていただいたのは、女子が「シネンオッカイトゥンメノコ(色男の踊り)」、「トノトソ ロパ(酒濾しの踊り)」、「サロルンカムイリㇺセ(鶴の舞)」で、男子は「クリㇺセ(弓の舞)」、全体では 「ウタレオプンワ」と「エッサホーホー」を教えていただきました。

 

 舞踊の指導だけでなく、踊るときの心持ちなども学ぶことができました。特に私の中で印象にのこっている踊りは「トノトソロパ」とい う踊りです。以前、札幌の保存会の方に教えていただいた「トノトソロパ」と歌の種類や動きの回数が 異なっていて、違いを見つけるたびに地域差を感じていました。また、舞踊のウポポの歌い方に今までは地域ごとに違いがあるように感じていましたが、地域だけでなく歌っている人によっても違うという ことに気づくことができ、ほかの歌い方が異なることで悩んでいた心が少しだけ和らぎました。




 

 

 イコㇿでの鑑賞後は阿寒湖畔でガイド・木彫作家として活動されている瀧口健吾さんの講話をお聞き しました。

幼少期の思い出からコタンの歴史、植物の利用法やアイヌの精神文化まで、多岐にわたる貴重なお話を伺うことができました。 瀧口さんは6年ほど前から森の案内人(ガイド)として活動されています。前田一歩園が所有する 3,800 ヘクタールもの広大な森で、小学生向けにエゾシカの食害防止体験などを案内されています。また、ご自身のお店「イチンゲの店」では木彫作品を中心に制作・販売されています。

 かつては掘っ立て小屋のようなシアターから始まり、5回ほどの建て替えを経て現在の「オンネチセ」、そして「阿寒湖アイヌシアターイコㇿ」へと発展しました(2002年の消防法改正により、茅葺き 屋根などの構造も見直されたそうです)。コタンには朝10時頃からムックリの音色やアイヌ語が流れ、 瀧口さん自身も幼少期から保存会で古式舞踊を踊ったり、6歳の頃から「鳴らせたら買って!」とムッ クリを売ったりしていたといいます。子供時代の森での「あそび」や、3本の柱を立てて作った「クチ ャ(狩り小屋)」作りの経験が、現在のガイド活動の原点になっていると語られていました。 

 

 

 

 

 その後、山本栄子さんの講話をお聞きしました。山本栄子さんは舞踊指導の際にもお世話になり、 教えていただいた舞踊に関するお話をしていただきました。お話のなかで特に頭に残っているのは、「バッタキウポポ」というバッタの親分とその子分が、釧路にいる美しい女性に山から会いに来たという踊りについてのお話です。現代に伝わる過程での人間関係や経緯などもお話していただきました。私はその話を聞いて、文化の継承や変化を受容する考えにとても感動しました。現在ウレㇱパクラブで踊っている舞踊は本来の形から少しずつ変化して継承、伝承されているものも少なくないと思います。それは決してすべてが悪いわ けではなく、生きた文化として脈々と今につながっていることの証明にもなるようにこのお話を聞いていて感じました。 

 

 

 

 合宿最終日の5日目には、「白糠町立アイヌ文化活動施設 ウレシパチセ」での調理体験、「白糠アイヌミュージアムポコㇿ」の見学をおこないました。

 

 調理体験では、「チタタㇷ゚」、「 オハウ」、「ラタシケㇷ゚」、「コンプシト」の4つの料理を作りました!私 がこの4つのなかで一番好きなのは「ラタシケㇷ゚」です。その理由は貝を使っていて、しょうがのさっ ぱりとした味付けが大好きだからです。ラタシケㇷ゚は地域によって、カボチャや豆を使うものであった り、貝などの海由来のものを使うものであったり、その土地の特徴が出てくるのが面白い料理でもあり ます。 

 

 

 また、「白糠アイヌミュージアム ポコㇿ」ではウレㇱパクラブのOBのモコンルイさんに館内を案内・解説していただきました。 展示の解説パネルは釧路方言の表記で統一されており、儀礼用の冠を一般的な「サパンペ」ではなく 釧路方言の「パウンペ」と呼ぶなど、地域ごとの言葉の違いを実感しました。

 展示品は実際に生活で使 われていたものの寄贈や購入によって集められた貴重な資料が多く、ブドウの蔓の皮で編まれた網袋 「サラニㇷ゚」や、山で獲ったもの(特にヒグマ)を背負う専用の紐「カムイタㇻ」、 さらには「釧路のな つかし館」から借用しているアットゥシ(樹皮衣)などが並んでいました。

 

 着物の文様についても、釧路地域では伝統的に「チヂリ(刺繍)」の技法が多く用いられているとのことです。 館内外の建築や祭祀空間にも地域ならではの特徴が見られました。再現されたチセ(家屋)やプ(食料庫)は屋根だけでなく床もヨシで葺かれており、神聖な窓である「ロルンプヤラ」は山に向かうよう、北側の阿寒岳を向いて設計されています。神窓の先にあるものが1日目に訪れた「嵐山コタン」で は川の上流で、ポコㇿでは山という違いが感じられました。

 

 また、春の熊猟で捕らえた子熊を育てるた めの檻「エペレセッ」も備えられていました。 地域とアイヌ文化のつながりに関する展示も充実していました。白糠町内のアイヌ語地名や、白糠小 学校の出前授業で実際に使われているテキストの一部が展示されているほか、「しらぬかアイヌ文化マ ップ」では町内に数多くのチャシ跡が存在することが紹介されていました。特に「石炭岬のチャシ跡」 は地形としても非常にわかりやすく、また「サシウシチャシ」にはかつて女酋長が存在したという興味深い歴史も残されています。 

 

 

 今回の合宿全体を通して、地域ごとに異なる方言や風習の豊かさに触れるとともに、解説者の引き出しの多さやガイドとしての伝え方の工夫など、今後の活動に活かせる多くの学びを得ることができまし た。また、私はアイヌ文化のなかで毒性のつよい植物や生き物をどのように扱っていたのかについて興味があり、2年生の時の「ヌヤン」でも毒とアイヌ文化のかかわりについて話しました。今年のヌヤン では、夏合宿のときに生まれた疑問や発見を取り入れた内容でみんなに紹介していけたらと考えており ます。 

 

 最後にはなりますが、今回の夏合宿でお世話になった方々、お忙しい中舞踊・調理指導をしてくださったり、施設の解説をしてくださったりと、お時間をいただき本当にありがとうございました。あらためて、多くの方々の助けを受けて私たちは学べているのだと感じました。今回教えていただいた舞踊は12月6日(日)の「ウレㇱパ・フェスタ」で披露いたします。みなさまのご来場お待ちしております。 

 

それでは、短くはありますがこれで失礼いたします !スイ ウヌカㇻアン ロー!

会員総会を行いました!

イランカラㇷ゚テ!

 

暑い日が続き、「プールで泳ぎたいな〜」と常々思っている、4年生のフㇷ゚チャです。

皆さんはこの夏、いかがお過ごしでしょうか。大学最後の夏休みが始まりましたが、どう過ごすか全く計画を立てておらず、卒業論文に追われて終わってしまいそうです(泣)。

オススメの夏の楽しみ方がありましたら、ぜひ教えていただきたいです!

 

さて、ここでは7月11日(土)に行われた「会員総会」についてお話しします。

今回は第1部として、平取アイヌ文化保存会と阿仁(秋田県)の根子番楽保存会の交流を描いたドキュメンタリー作品『踊る 唄う つながる』の上映会を行いました。

そして、第2部では会員総会と懇親会を行いました。

 

上映会を通して、アイヌ古式舞踊も根子番楽も、自分自身が踊ることや、仲間とともに踊る時間を楽しむことが大切なのだと感じました。また、継承についても語られており、今までウレㇱパクラブで積み重ねてきた活動や未来について重ねて考えさせられました。

目指したい志と、向き合わなければならない現実の狭間で、どうあるべきかを考えさせられる上映会となりました。

 

会員総会では、自分たちが置かれている状況を再認識し、これからの活動にこれまで以上に力を入れ、さらに勉強を重ねて成果を披露したいと思いました。

 

また、懇親会ではご参加くださった会員の皆さまと交流することができ、とても楽しい時間を過ごしました。

 

 

↑私は懇親会の司会を務めました

 

 

毎年1・2年生が舞踊披露を行うのですが、今年はそれを見守る側でした。なんでしょう…… 後輩たちが頑張っている姿に微笑ましさを感じつつ、代替わりする時期が近づいてきている寂しさも感じました。

 

↑1・2年生が舞踊を頑張っている姿‼︎

 

その他にも、じゃんけん大会を企画しました‼︎ いつも支えてくださっている会員の皆さまに恩返しができる機会を作りたいと思い、今年から「企画部」というものを立ち上げ、この場が初めての活動となりました。本田先生に勝った上位5名には、企画部のメンバーが作った巾着を、それ以外の方にはウレㇱパクラブ特製のハガキをプレゼントしました。笑顔あふれる企画となり、メンバーにとってもやりがいを感じられた瞬間でした。

 

↑ジャンケン大会の様子

 

 

今回は、上映会、会員総会、懇親会とボリューミーな1日となりました。

 

ご参加いただいた皆さま、イヤイライケレ‼︎

 

それでは、今回はこの辺で……

楽しい夏をお過ごしください‼︎

スイ ウヌカㇻ アンロー

 

 

 

FIU交流を行いました!

皆さま、イッソロレ! 2年生のレヌㇱペミケ(名達心海)でございます。

 

 今回は5月25日にフロリダ国際大学(以下FIU)の学生の皆さまと交流を行なったときの お話をいたします!

 

 数年前から毎年5月下旬に交流を行なっているのですが、今回はFIUの皆さまからのお誘いがあり4名のウレㇱパ学生が前日の24日に事前交流を行いました。 

 

 前日の交流ではFIUの皆さまとウレㇱパ・カンパニーである株式会社 NEPKI様のご担当 者様、そしてウレㇱパ学生が、白老のウポポイ(民族共生象徴空間)と登別の「知里幸恵 銀 のしずく記念館」へ訪れました。 当日はあいにくのお天気で気温が低く、体調を崩してしまい交流を行うことが叶わなかった FIU の学生さんがいらっしゃったのが残念でした。(後日お会いすることができました!) 

 

 ウポポイではウエカリ チセ(体験交流ホール)で行われている「ウポポ ネワ リㇺセ」を 観覧し、国立アイヌ民族博物館内の展示を見学しました。見学後は白老町内の飲食店へ向かい昼食をとりました。昼食を食べながらFIU の学生さんとスマートフォンの翻訳アプリを使いウポポイを見学した感想や大学で学んでいること、趣味等について話しました。

 

  昼食後は登別に移動し、まず地獄谷の見学と温泉街の散策を行いました。地獄谷にて FIU の学生さんが湯気で暖をとっていたのが思い出に残っています。 

 

 

 その後「知里幸恵 銀のしずく記念館」へ移動し見学を行いました。私は初めて訪れたので ワクワクとした気持ちで館内を見学いたしました。職員さんが英語で展示の解説を行なっ ている様子と窓から見えるトゥレㇷ゚(オオウバユリ)がとても印象深かったです。  

 

 

 

 

 当日の交流では、まずお互いについての紹介を行い、次にウレㇱパ学生による舞踊披露を行いました。私は紹介されていたマイアミの食文化に興味を持ちました。お米のスイーツがあ るそうなのですが、どのようなものか気になったのでいつか現地で食べてみたいです。

 

 

 

 今回はムックリ、チャㇰピヤㇰ(アマツバメの踊り)、ク リㇺセ(弓の踊り、白糠)、サロルンチカㇷ゚ リㇺセ(鶴の踊り、白老)、エムㇱ リㇺセ(刀の踊り、白老)、イヨマンテ リㇺセ(熊の霊送りの踊り)を披露しました。 舞踊披露後には舞踊体験を行いました。

 

 

 今回は例年行なっているチャㇰピヤㇰに加え、昨年の夏合宿で様似にて教わったシカタクイクイ(東風の踊り)を行いました。 私は英語を話すのも聞き取るのも苦手であるので動作の説明は先輩に頼りながら身振り手振りでなんとかレクチャーしました。

 

 

 体験後、今回はFIUの学生さんたちのみでチャㇰピヤㇰを披露していただき、最後に大きな円を作ってシカタクイクイを踊りました。みんな笑顔でとても楽しそうに踊っており、幸 せな時間でした。 

 

 

 ちなみに私は今回チャㇰピヤㇰとイヨマンテリㇺセを踊りました。チャㇰピヤㇰは先日の 特別講義(詳細はインスタグラムの投稿をご参照ください!)でOB・OGの皆さまに教え ていただいたばかりであったので自信をもって踊ることができました。 

 

(舞踊披露のリハーサル中の様子)

 

  なお、新入生にとって初の舞踊披露のタイミングでありました。 披露したのは1演目でしたが新入生たちはきっととても緊張していたことでしょう…。私 も昨年を思い出して少しドキドキしていました。

 

  私は昨年に引き続き 2 回目の交流でありました。昨年は初めて海外の方々とこのような形 で交流するということもあり、積極的に動くことができませんでした。 しかし、今回は自分から話かけに行き、FIUの学生さんと意気投合寸前というところまで仲良くなることができました。このように貴重な経験をすることができて本当に嬉しく思い ます。 

 また、もっと英語でコミュニケーションをとれるようになりたいと強く思いました。FIUの 皆さまになにか聞かれたときにうまく反応できず歯がゆい思いをたくさんしました。これ を機に学ぶ機会を増やそうと考えています。 

 

 最後に、遠路はるばるお越しくださった FIU の皆さま、大変お世話になった株式会社 NEPKI 様のご担当者様に感謝を申し上げます。 ぜひまた来年もよろしくお願いいたします! 

 長くなってしまいましたが、今回はこのあたりで失礼いたします。 それでは、スイ ウヌカㇻアン ロー!

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