ただ過ぎ去るために

もう
おなかいっぱい
桜に 食傷気味
という方も いらっしゃるでしょうが
もう少し お付き合い下さい
過ぎてしまえば
懐かしく きっと 淋しく
思うんだから・・・
「 今年の桜 」
* * *
お前は思い出さないか
あの五分間を
五分かっきりの
最後の
面会時間
言わなければならぬことは何ひとつ言えず
ポケットに手をつっ込んでは
また手を出し
取り返しのつかなくなるのを
ただ
そのことだけを
総身に感じながら
みすみす過ぎ去るに任せた
あの五分間を
粗末な板壁のさむざむとした木理
半ば開かれた小さなガラス窓
葉のないポプラの梢
その上に美しく
無意味に浮かんでいる白い雲
すべてが
平然と
無慈悲に
落着きはらっているなかで
そのとき
生暖かい風のように
時間がお前のなかを流れた
パチンコ屋の人混みのなかから
汚れた手をして
しずかな夜の町に出るとき
その生暖かい風が僕のなかを流れる
薄い給料袋と空の弁当箱をかばんにいれて
駅前の広場を大またに横切るとき
その生暖かい風が僕のなかを流れる
「過ぎ去ってしまってからでないと
それが何であるかわからない何か
それが何であったかわかったときには
もはや失われてしまった何か」
いや そうではない それだけではない
「それが何であるかわかっていても
みすみす過ぎ去るに任せる外はない何か」
黒田三郎 「ただ過ぎ去るために」(一部抜粋)

失って はじめて 気づく
そんなことも
さんざん やってきた
時に おのれの愚かさを 呪い
ままならぬ状況に やり場の無い 怒りを覚え
もはや 還らぬものに 諦め悪く 立ち去り難く 情けなく
深入りせぬことが 最善の策と
悟ったような 顔つきも 所詮 長続きせず
今日は また 人恋しくて・・・
「それが何であるかわかっていても みすみす過ぎ去るに任せる外はない何か」
齢を重ねるにつれ そんなことも あるだろうなと
思いこそすれ
散る花にさえ 心 揺さぶられて
やっぱり 往生際 悪く ジタバタ しちゃうんだろうな
*
川面に せり出して 散らす 桜花
河口 近く 流れは ゆるく
下るでもなく
上るでもない
漂うように
戸惑うように

梁塵秘抄 ~ 仏は常にいませども

仏は常にいませども
現(うつつ)ならぬぞあはれなる
人の音せぬ暁(あかつき)に
ほのかに夢に見えたまふ
『 梁塵秘抄 』
仏は いつも この世に在りながら
私達は それに気付くことも無く 眼にすることもできない
そんな 仏の姿が 「ほのか」に 見えるという あかつきの頃
人の音せぬ あかつきとは・・・
私には 春 今時分の頃のように 感じられます
桜花に興じては 俗世の賑わいの只中 その 鎮まった 深い夜
賑わいの 華やかさゆえ 訪れる闇は深く
漆黒に ほのかに 浮かぶ 暁と 仏の姿が・・・
しかし
国文学者 西郷信綱は 著書『梁塵秘抄』の中で
「・・・これをただ一般的に人の寝静まった夜明けがたに云々と棒読みしたら、万事休すである。夜来、仏を一心に讃歎敬仰して暁に至り、とろっとした忘我境に夢幻のごとく仏が示現するという意と解さねばならぬ。」
と バッサリである(笑)
花見で 二日酔いのぼんやりとした頭で 仏様を拝もうというのは
やはり ちょっと ずうずうしいようで(笑)
*
この歌の収められている 『梁塵秘抄』は
中世の今様と言われる 謂わば流行歌を 自身も非常に好んだ 後白河法皇によって
編纂された 歌詞集であり 当時の大衆の 世俗・風習が 詠み込まれている
そしてまた その中には 本歌のように 今より より身近なものであったと思われる
信仰についての歌 神歌や法文歌も 数多く謡われている
タイトルとなった 『梁塵秘抄』の名は
「妙なる清らかで悲しげな歌声に、梁の上に積もった塵も舞い上がる」
との 中国の故事に由来する
元は 遊女などによっても 声に出して 歌われ
口伝いに 広められ 伝承されて来た歌が 今様なのであった
『梁塵秘抄』として 現存するものは 明治期に 奇跡的に発見された その大書のほんの一部で
当然のことながら どのような節回しで謡われていたかなど 今となっては 知る由もありません
*
今様を復元しようという取組みや 研究もなされていますが
私は 『梁塵秘抄』を 人の声に乗せて 聴いたのは
惜しくも 数年前に 亡くなられた 桃山晴衣さんでした
抄中の 多くの歌に 作曲され 三味線の弾き語りで 歌われています
遊びをせんとや生まれけん~「梁塵秘抄」の世界/桃山晴衣

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私は このアルバムのレコード盤を 実は 中学生の時 ジャケ買いしました(笑)
レコード盤のジャケット図柄は これとは違ったと思いますが
自分でも 何故 手にしたのか 今となっては不明です(笑)
しかも 田舎町の小さなレコード屋に 何故 こんな レコードが置いてあったのか(笑)
でも 古典歌謡 和歌 短歌 といったものに 関心を持った きっかけかも知れません
「 仏は常にいませども 」 桃山晴衣
「 からすは見るよに 」 桃山晴衣
『梁塵秘抄』には 当時の風俗が 活き活きと描かれ
滑稽味であったり 変わらぬ恋愛の情であったり 生活の悲哀であったり
Youtube にも 桃山さんの作品が幾つかありますので 御興味のある方 ご覧下さいね
+
NHKの大河ドラマ『平清盛』で この『梁塵秘抄』の中の歌が 歌われているそうです
遊びをせんとや 生まれけむ
戯れせんとや 生まれけむ
遊ぶ子どもの声聞けば
我が身さへこそ ゆるがるれ
梁塵秘抄の中では 一番有名かも知れませんね
今宵は かなり 渋く(笑)
