一疋の青猫 -72ページ目

早苗月、風わたり。


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春の宵


覚束なき 酔客の足下に


花びら 淡き その色で


戯れ遊びし 桜の木々も


暦 過ぎては 別人の如く


皐月の空に 青葉 繁らせ


陽光に 色濃き 樹陰を成す


早苗月に 風 わたる


山肌を 滑り


木々を 騒めかせ


里へと 降りれば


未だ 実りに遠く 幼き青の


五月の 田は 水の鏡


*


風にそよぐ苗と 光を映す水面は

初夏を告げる この国の 瑞々しい 原風景と言えよう

水路が開かれ 順々に 満たされてゆく様は

大地の鼓動が 身体の隅々へ 血流を促す如く

まさに 水こそ 命の源であると

思い知らされる 光景だ




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かつて 「百姓」 という言葉が

一般大衆 庶民を 意味していたように

この風景の中に 私達はいた

今では 農業従事者の平均年齢は 65歳を超えて

就業人口に対する割合は 5%にも満たない

昨年 支出額ベースでは パンがコメを逆転したとも


時折

「ワタシ、おコメよりパンが好き~」

「おコメはぜんぜん食べないの。太っちゃうし~」

というような女性(オトコは論外) がいらっしゃいますが

その口 いっぱいに おにぎりを押し込んでやりたい そんな 衝動に駆られます


メシはコメだ! コメを食え!


・・・と これではちょっと 暴論ですね(笑)


そういう方は コメ粉パンでも(笑)


*

単に 時代の流れ 時代の変化では 言い尽くせない

私達は 大切なものを 疎かにし過ぎているのではないでしょうか

地に這いつくばって 拓かれてきた

子々孫々へと 伝え 残されてきたものを




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コメは どこまで本当か ラベル頼りの 南魚沼産や 銘柄で選び

水も コンビニのペットボトルで

ランキング本や食べログで お店を選んで

すべて 入れ知恵 他人任せで

食を文化と 語る口が どこにあろうか

*

田んぼに 素足を入れると

ぬるんだ水の 思いがけない 温かさや

沈みこむ 足の指先から すり抜ける泥の感触や・・・

*

食も 水も いのちの循環

けれども 私達は その中に 在りながら

その環を 感じることが なかなかできない

分断され パッケージされて

生きる 現場から 遠ざけられている

揚句

営々と引き継がれてきた 水を 土を 汚して

自らの世代では 処理しきれない 毒を 次代へと残して


「ご先祖様に申し訳無い」

今では 時代劇のセリフですが

私達は あまりに近視眼的で

大きなものを見る眼を 失いつつあるのかも知れません



再稼動?

夏の わずかな時間を 我慢できず

(その時間すら怪しい)

未来を犠牲にするなんて!


ああ 基準値なんてモノを 気にしなきゃならないことも 腹立たしい

安全で 美味しい おコメを!






「 JAPAN 」  SEX MACHINEGUNS

* RICE は好きか JAPAN の男なら POWER をためるぜ 明日の RISING SUN ・・・










月浴


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灯りを 消して

窓を ひらき

五月の 夜を

招き入れる



風は わずかで

仄かに 甘さを 含むのは

月の光を 透過させながら わたる

萌えいずる 木々の

精気かもしれない



葉擦れの音は

居場所を 告げるし

かくれんぼ するには

もう 暗く

遅く

すでに 大人だから



やわらかな 芽吹きの匂いと

夜に降る 月の光を

胸の奥まで

吸い込んでしまったであろう

その人は



つま先に

掛けた

サンダルを 落として

裸足になって


ゆっくりと


ゆっくりと


少し

はずむように


月の海を

歩くように

泳ぐように



窓の隙間から 眺める私には



それは

気持ち良さそうに

そして

哀しそうに


映った


・・・






「 Song 6 」   睡蓮





あたらしい憲法のはなし


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昨日 五月三日は 「憲法記念日」

一日遅れになりましたが・・・


中国の軍事力増強 北朝鮮問題 尖閣諸島問題 等々もあり

昨今 主に 憲法9条をめぐっての 改憲論も よく耳にします

政治の場において 強硬なリーダーシップを 望む声も


「国」 だとか 「日本人」 だとか

そんな言葉に

「愛」 「勇気」 「誇り」 「正義」

なんて言葉を絡めて 声高に語る者には

用心深くあらねばならない と思っています

*

『あたらしい憲法のはなし』 は 

一九四七年 五月三日 公布された憲法について やさしく解説された

かつての 新制中学校一年生用 社会科の教科書でした

東西対立 日本の再軍備 朝鮮戦争の流れの中で 消えてゆきました

その文章から 「六 戰爭の放棄」 「七 基本的人権」 をご紹介します


*


六 戰爭の放棄

 みなさんの中には、こんどの戰爭に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとう/\おかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戰爭はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戰爭をして、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戰爭は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戰爭をしかけた國には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戰爭のあとでも、もう戰爭は二度とやるまいと、多くの國々ではいろ/\考えましたが、またこんな大戰爭をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。

一疋の青猫


 そこでこんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戰爭をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戰爭をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戰力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
 もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戰爭とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戰爭の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戰爭が、二度とおこらないように、また戰爭を二度とおこさないようにいたしましょう。

七 基本的人権

 くうしゅうでやけたところへ行ってごらんなさい。やけたゞれた土から、もう草が青々とはえています。みんな生き/\としげっています。草でさえも、力強く生きてゆくのです。ましてやみなさんは人間です。生きてゆく力があるはずです。天からさずかったしぜんの力があるのです。この力によって、人間が世の中に生きてゆくことを、だれもさまたげてはなりません。しかし人間は、草木とちがって、たゞ生きてゆくというだけではなく、人間らしい生活をしてゆかなければなりません。この人間らしい生活には、必要なものが二つあります。それは「自由」ということと、「平等」ということです。
 人間がこの世に生きてゆくからには、じぶんのすきな所に住み、じぶんのすきな所に行き、じぶんの思うことをいい、じぶんのすきな教えにしたがってゆけることなどが必要です。これらのことが人間の自由であって、この自由は、けっして奪われてはなりません。また、國の力でこの自由を取りあげ、やたらに刑罰を加えたりしてはなりません。そこで憲法は、この自由は、けっして侵すことのできないものであることをきめているのです。

一疋の青猫


 またわれわれは、人間である以上はみな同じです。人間の上に、もっとえらい人間があるはずはなく、人間の下に、もっといやしい人間があるわけはありません。男が女よりもすぐれ、女が男よりもおとっているということもありません。みな同じ人間であるならば、この世に生きてゆくのに、差別を受ける理由はないのです。差別のないことを「平等」といいます。そこで憲法は、自由といっしょに、この平等ということをきめているのです。
 國の規則の上で、何かはっきりとできることがみとめられていることを、「権利」といいます。自由と平等とがはっきりみとめられ、これを侵されないとするならば、この自由と平等とは、みなさんの権利です。これを「自由権」というのです。しかもこれは人間のいちばん大事な権利です。このいちばん大事な人間の権利のことを「基本的人権」といいます。あたらしい憲法は、この基本的人権を、侵すことのできない永久に與えられた権利として記しているのです。これを基本的人権を「保障する」というのです。
 しかし基本的人権は、こゝにいった自由権だけではありません。まだほかに二つあります。自由権だけで、人間の國の中での生活がすむものではありません。たとえばみなさんは、勉強をしてよい國民にならなければなりません。國はみなさんに勉強をさせるようにしなければなりません。そこでみなさんは、教育を受ける権利を憲法で與えられているのです。この場合はみなさんのほうから、國にたいして、教育をしてもらうことを請求できるのです。これも大事な基本的人権ですが、これを「請求権」というのです。爭いごとのおこったとき、國の裁判所で、公平にさばいてもらうのも、裁判を請求する権利といって、基本的人権ですが、これも請求権であります。
 それからまた、國民が、國を治めることにいろ/\関係できるのも、大事な基本的人権ですが、これを「参政権」といいます。國会の議員や知事や市町村長などを選挙したり、じぶんがそういうものになったり、國や地方の大事なことについて投票したりすることは、みな参政権です
 みなさん、いままで申しました基本的人権は大事なことですから、もういちど復習いたしましょう。みなさんは、憲法で基本的人権というりっぱな強い権利を與えられました。この権利は、三つに分かれます。第一は自由権です。第二は請求権です。第三は参政権です。
 こんなりっぱな権利を與えられましたからには、みなさんは、じぶんでしっかりとこれを守って、失わないようにしてゆかなければなりません。しかしまた、むやみにこれをふりまわして、ほかの人に迷惑をかけてはいけません。ほかの人も、みなさんと同じ権利をもっていることを、わすれてはなりません。國ぜんたいの幸福になるよう、この大事な基本的人権を守ってゆく責任があると、憲法に書いてあります。


*


これが 「文部省」から出されていたとは

まさに 「隔世の感」 を 禁じ得ません

時代 時の流れひとつ 制度は 如何様にも変わり

信じていたものが なんの価値も無いものに 成り果て

変わらないのは それに翻弄される 人の命のはかなさです

人は争うもの 人の歴史は 争いの歴史

確かに そうかも 知れません

けれど 奪ってよい 命など無く

「正義のための戦争」 など ありはしないのです



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