お盆が過ぎて・・・

お盆最後の日曜日
三十分もあれば余裕 と 六時を過ぎて出掛けた
思ったより 日が短くなっていた 浜辺に着いた時には 雲間に沈んでいた
それでも 久し振りに眺める 富士のシルエット
つい 引き込まれて フレームの真ん中に据えた
シャッターを切りながら なんとなく
「 夏の思い出 」 なんて 言葉が浮かび上がる
少しずつ 空にも秋色が溶け込んでいることを感じた
*
子供の頃は 仕事の関係で 毎年 海水浴はお盆過ぎだった
会社の保養所の民宿も 目の前の浜辺も いつも人影はまばらで
しずかな海で 数日を過ごした
今の私より 若かった父親が 沖へとゆったりと どこまでも泳いでゆく
その 焼けた背中を 少し不安な気持ちで 眺めていたのを 何故か憶えている
*
その父が この夏 心筋梗塞で倒れた
電話口の母親も 「 時間を作って帰ってきて欲しい 」 と言う
親不孝な息子の 最後の仕事かとも思いもしたが
最低 三週間は ICU と言われていたのに 三日で退院(!)
即日 「 もう、帰ってこなくてもよい 」 とのメール
準備は 気持ちだけで済んだ なんとも 慌ただしい お盆
*
でも もう少し涼しくなったら 一度帰ってみようかと思っています
*
シルエットの富士は 十分もすると 背景にまぎれてしまい
「 夏の思い出 」 に 探した小石も 馴染むものが見当たらなかったけれど・・・
何ごとも無く というのは 思っている以上に 幸せなことなのかも 知れませんね
「 At the River 」 groove armada
※ 二度目のアップですが、暮れゆく夏の夕べにはこの曲が好きです
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ウィリアム・モリスの言葉

夏が 燃えている
夏が 溢れ出している
去りゆく一日に 何を思って 見送るだろう
絶頂を極めるような その刹那にさえ
終わりの 始まりは 潜んでいる
けれど 容易には 気付かせない
圧倒的な熱量と 燃え尽きんとする意思と
あかあかと
夏が 溢れ出している
*
案山子の見せる おかしみと かなしみは
空の雲の光の加減であったりとか
泣いてるように笑う あの子の細い目であったりとか
そんなものたちに似て
元を辿れば ただひとつのものだったりして
だから 行く道もひとつで
ただ そうして生きてゆくのだろうか
*
私はあなたの行く道をついて行こう。
手に手をたずさえよう。
あなたが私を助けてくれれば、私もあなたを助ける。
私たちはこの世に長くはいない。
間もなく「死」という優しい子守り女がやって来て、
私たちをみな揺りかごで眠らせてくれる。
だからこの世にいるうちに人を助けよう。
~ ウィリアム・モリス(1834-1896) ~
モリスは デザイナーであり 詩人でもある
「 モダンデザインの父 」 と呼ばれ アーツ・アンド・クラフツ運動を主導した
また 近代の産業化の時代を生き 労働について 望ましい仕事について 追求した
マルクス主義者であり 社会思想家でもあった
モリスは 「 有用な仕事と無用な労苦 」 という著述の中で
「 祝福つまり人生の輝きからあまり隔たっていない仕事 」 と
「 たんなる災い、つまり人生の重荷でしかない仕事 」 と 仕事を二種に分類している
そして 「 有用な仕事 」 においては
労働そのものが 遊びとゆとり 装飾性を持つと述べている
労働には芸術行為の側面があって 実用面だけでない 装飾的営為でもあると
役に立たないものや、美しいとは思わないものを家に置いてはならない。
*
翻って 我が日常に目を落とせば なかなかに難しく
美しいもののみを 見つめて暮らしてゆきたいと願いつつも
実用性さえも怪しげな 美しくも無いものに 引き摺られてみたりして
「 そんなものさ 」 と 思う時もあれば
「 こんなはずじゃ 」 と思い また 言ってる齢でも無かろうとも思いながら
ただただ 日々は過ぎて ただ 今日があって
燃える赤に 夏がしずかに 零れている・・・
気づけば 蜩の声に 何か 急き立てられるような そんな 今日この頃です(笑)
*
せめて
案山子の手にした 一輪のバラが
誰かの口元に 笑みをひとつ 浮かべるように
そんな風にして
一日を 過ごして
燃えて 暮れる 野辺に 立っていられたらと思うのです
「 Amore 」 坂本龍一
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おじいちゃんの誕生日
8月 11日
8月は 私とおじいちゃんの 誕生月
今日 ひと足先に おじいちゃんの誕生日を迎えました
誕生日 おめでとう
嫌な言い方だけど おじいちゃんも とうとう後期高齢者の仲間入り
でも 至って元気です
それにしても 如何にも役所的な呼称で なんとセンスの欠片も無いことか
生命と言う 摩訶不思議にして 人智を超えたものに
前期だの 後期だの 画一的に線引きする愚かしさ
生きて 老いることへの 賛美も 畏敬の念も 感じられませんね
85を過ぎたら 末期高齢者とでも 呼びたいのか・・・
そんなことも どこ吹く風で
おじいちゃんは すっかり丸くなった背中を見せて
今日も 窓辺に 座っています

あ
すいません
背中が丸いのは 昔からでした
毛並みが乱れているのは トシのせいでは無く お風呂上りだから
誕生日なので 一緒にお風呂に入ったのでした^^

13年前 我が家に来た頃の おじいちゃん
すごい柄ですが これは私の膝の上です
こんなに ちっこかったのに
いつの間にか 私を追い越して おじいちゃんになってしまいました
時の流れの不思議と 生きるということの 無常を感じます
でも まだまだ
高いところが大好きで
跳躍の身のこなしも 軽やかです

まだ 乾き切らず ボサボサ
その眼には シャワーを浴びせられた不信感が まだ残っていますが・・・
いつまでも 元気で

懸命に 自力で乾かし中
「 Sommelier 」 Nekta
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