天王洲アイル 銀河劇場
天王洲アイル 銀河劇場
午前の仕事を 慎重に
余計な質問など させぬ様
若干 早口の 硬めな物言いで 凌いだら
お昼は抜きで
劇場の マチネ 受付へ
朗読劇 「私の頭の中の消しゴム」 観劇
交互に 互いの日記を読む形で ストーリーは始まる
序盤 二人の出会い その掛合いに 笑い声が漏れるが
彼女に 若年性アルツハイマーが発症
物語は 色を変える
タイトルは
「私の頭の中には消しゴムがあるの」
消えてゆく記憶への ヒロインの 切ない台詞から
肉体的な死よりも
精神的な死が先に訪れる病
徐々に 記憶を失ない 自分が 自分で無くなる
悲しい ラブストーリーだ
ぼくは不完全な死体として生まれ
何十年かかゝって
完全な死体となるのである
これは 昨日 命日を迎えた 寺山修司の言葉だ
感覚や 身体的能力 思考力
年齢を重ねてゆく中では
自分にも 部分的な死は 既に訪れているのかも知れない
そんなことを 思ったりもする
時には隣り合わせ 場合によっては自分の中に潜む 死
それを あたかも 遠い山の上にでも あるかのように
そ知らぬ顔でいる 日常がある
死の間際 寺山は こうも 書いている
私は肝硬変で死ぬだろう。そのことだけは、はっきりしている。
だが、だからと言って墓は建てて欲しくない。私の墓は、私のことばであれば、充分。
死に向き合った時
誰もが やはり 何かを残したいと 願うのだろうか?
そして 残すべき何かを その時 自分は持ち合わせているだろうか?
死ぬのは いつも 他人ばかり (マルセル・デュシャン)
寺山修司
なみだは
にんげんのつくることのできる
一ばん小さな
海です
寺山修司 ( 1935.12.10 - 1983.5.4 ) は
詩人、劇作家
他に歌人、演出家、映画監督、小説家、作詞家、脚本家、随筆家、俳人、評論家、俳優、写真家
などとしても活動した 演劇実験室天井桟敷主宰
本業を問われると「僕の職業は寺山修司です」返すのが常だった (Wikipedia記載)
そんな 前衛的 実験的な 芸術表現を
言葉が悪いが 跳梁跋扈とした 印象だ
しかし 彼の作品には 冒頭のような 甘い 小品も
詩人の 余技 どこかで ため息 という表現をみて ああそうだな って思うが
そんな 力の抜けたところにも 言葉と才能のきらめきが あふれている
近年で ちょっぴり 彼をイメージさせるのは やはり 椎名林檎かな
「歌舞伎町の女王」 や 「本能」 とかね
「幸福論」なんて 同じ名前の作品も あったりする
陶然と
正午を過ぎて 間断無く 降り続く雨
駐車場の 隅に 車を停めて
降る雨を 眺めている
・・・・・・
とても 細かで やわらかな 雨粒は
風に 揺られながら 舞いおりて
フロントガラスに そっと 吸いつく
繊細なる 点描画の 手技が
ガラスの 隙間を 埋めてゆくのを
引き寄せた 肩越しに 眺めたのが
まるで とおい 記憶の ように
その 慣れた 髪の匂いに
陶然として 酔いしれるころ
こらえ切れなくなった 雨粒は お互いを 溶かし
静かに 滑るように なめらかに
幾すじも いくすじも 流れ落ちる
・・・・・・
いまは
ひとり
すっかり 暮れた おもてに出て
濡れることも 厭わず
受け止めてみる
なにごとも 無かったように 降り続く
まぼろしの 雨を





