一疋の青猫 -139ページ目

六月の雨~中原中也


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詩人 中原中也の 足跡を追って

前回 壽福寺を 訪れたのは 四月 まだ 桜と木蓮の時期であった

→前回記事


北鎌倉から 亀ヶ谷の 切通しを抜けて

梅雨の 雨上がり 蒸し暑い 坂道を下る



一九三七年 最期の日々を ここで過ごした 中也の日記をみると

六月七日(月曜)  雨。
六月八日(火曜)  雨。
六月九日(水曜)  雨。


六月の多雨は 今と変わりない

ただ


六月十四日(月曜)  小林夫妻と横濱に行く。
六月十五日(火曜)  岡田訪問。一緒に逗子町小坪の方へ行く。
六月十六日(水曜)  夜大岡と林の家に行つて麻雀。


晴れた日には 友人との 交遊も記されている


頑なの心は、理解に欠けて、
なすべきをしらず、ただ利に走り、
意気消沈して、怒りやすく、
人に嫌はれて、自らも悲しい。


と 歌った詩人の

数ヵ月後 この地で 亡くなる迄の 短くも 穏やかな日々が 想像される






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文藝評論家 小林秀雄の「中原中也の思い出」にも 当時の記述が


彼の家庭の様子が余り淋し気なので、女同士でも仲よく行き来する様になればと思ひ、家内を連れて行つた事がある。真夏の午後であった。彼の家がそのまま這入って了う様な凝灰岩の大きな洞窟が、彼の家とすれすれに口を開けていて、家の中には、夏とは思われぬ冷たい風が吹いていた。四人は十銭玉を賭けてトランプの二十一をした。無邪気な中原の奥さんは勝ったり負けたりする毎に大声をあげて笑った。皆んなつられてよく笑った。今でも一番鮮やかに覚えているのはこの笑い声なのだが、思い出の中で笑い声が聞こえると、私は笑いを止める。すると、彼の家の玄関脇にはみ出した凝灰岩の洞穴の縁が見える。滑らかな凹凸をしていて、それが冷たい風の入口だ。昔ここが浜辺だった時に、浪が洗ったものなのか、それとも風だって何万年と吹いていれば、柔らかい岩をあんな具合にするものか。思い出の形はこれから先も同じに決っている。それが何が作ったかわからぬ私の思い出の凸凹だ。



この日の 「思い出の凸凹」は

沁み出した雨が 洞窟の肌を伝って いく筋も 間断なく 滴っていた






「 六月の雨 」

またひとしきり 午前の雨が
菖蒲のいろの みどりいろ
眼うるめる 面長き女
たちあらはれて 消えてゆく


たちあらはれて 消えゆけば
うれひに沈み しとしとと
畠の上に 落ちてゐる
はてしもしれず 落ちてゐる


お太鼓叩いて 笛吹いて
あどけない子が 日曜日
畳の上で 遊びます


お太鼓叩いて 笛吹いて
遊んでゐれば 雨が降る
櫺子の外に 雨が降る






この家と 大きな洞窟の すぐ鼻先には

中也の葬儀に 郷里から 駆けつけた弟が

真っ暗闇で 落ちたという 池があって




今日は 菖蒲の花の かわりに

真っ白な 蓮の花が 咲いていました







ヒメツルソバ


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村境の 春や錆びたる 捨て車輪 ふるさとまとめて 花いちもんめ


寺山修司




学名 ポリゴナム(Polygonum) ヒマラヤが原産で 日本へは 明治期に

強健で グランドカバーとしても よくみかける

ヒメツルソバ(姫蔓蕎麦)の名を ブログを通じて 教えていただいた




石垣や コンクリートの割れ目 放棄された 鉄屑の隙間

人の手が 届かないところにこそ 根を張り 覆ってゆく

そんな風景に ノスタルジーを 感じるのは 通り過ぎるだけの 人間の 感傷に過ぎる?




今 あちこちの ふるさとが 花一匁で 買われていった 子供のように

札片で 頬を張られ

ごみ捨て場のように 扱われるのは 切ない




私の 生まれ育った 水と 星空の 美しい 町も

廃棄物の処理場として 買われていくらしい





環境問題とは 人間 そのものなんだと つくづく思う












旅立つ想い


$一疋の青猫


三日に 一度の 微熱

なんて 言っていたら

本当に 熱が 出てしまい

一日中 ブラインドを 下して

ありえないくらい 寝ています



ふだん 二~三時間しか 寝ていないのが

八時間も 続けて 寝られるのだから 本当に 具合が悪かったようで

一時 八度七分まで 上がった 体温も 七度台に 下がると

不思議なことに 高熱が 続いたせいか 随分と 楽に感じられる

こういうのを なんとか効果と 言ったような・・・

まだ 頭は ぼんやりと しているようです



そんな 夢うつつの中で 古い ドラマを みた

野沢尚 脚本の 「青い鳥」 一気に 十一話

夏の 長野の 田舎町 小さな駅舎が 舞台

繰り返し 幾度も 登場するのは 短い編成の 普通電車

そんな ゆったりとした流れも 気だるい身体に やさしく

寡黙な 豊川悦司も いい 夏川結衣も 美しかった

いい 脚本家 でした

病を 言い訳に しばし 虚構の世界へ



ほぼ 絶食で 水分補給 のみ

余計なものを 吐き出して すべてを 入れ替えて

クリアに なっていく 気もするけれど



ドラマには 終わりがあって

熱が さめれば 立ち戻る 現実もある



今日 どれだけ 雨が 激しく 降ろうとも

流れることも

溶けることも 無く

向き合っていく 現実がある



熱が さめるまで あと ひと眠り させてもらおう




 
井上陽水 × 忌野清志郎 「帰れない二人」