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資産を作る為の恋愛・ビジネス・健康のブログ

皆さんの役立つ情報を配信していきますので、楽しみにしていてください。
よろしくお願いします。

ファームって農場とか農業ってことですよね
自分の食べれるものは自分で作れるようにならなきゃいけないと思っていて

全部自分の食べるものを自分で自給自足する必要あるかっていうと
そうではないんですけど

その能力は身につけておいたほうがいいと思うんですよね
まず最初の段階で子供達に教えようと思っているのは
やっぱり農業というか栽培なんですよね


自分の食べるもの口に入れるものは自分で育てたり自分で栽培できるようになりなさいっていう気持ちがあって
土地でいろんなものを栽培しようと計画してるんですね

いろんなオーガニック農法をつかって
いろんな種類の野菜とか作ろうと思っていて

それで栽培もそうだし食べる用のニワトリとかも飼って
ちゃんとシステムを作って本格的に計画を練ってますね


子供には理科とか社会とかどうのこうのって教科書でハイこれって教えるより
種一個渡してこれ育ってみなっていって

本当にそれを育ててそれを食べる
そして私たちはこうやって生かさせれてるんだってことを
肌で実感させる

雨の日も晴れの日もケアして
それを栽培して育てて
それを食べる

ニワトリとかも卵のヒヨコから育てて
ピヨピヨっていって刷り込みで親だと思い込ませて
それでついてくるヒヨコが大人になって
ニワトリになってそれが最終的に自分が殺して食べるってことも
させようと思っていて

泣きながら食べるってっていって
その命の尊さ
命が生まれることの尊さ
それを自分が食すっていうその責任

そういうものを全部一まとめで覚えることができるのがやっぱり農業とか
農作物を育てる
そういうのを最初の段階で若いうちに教えておくと

本質的に心の優しい子供とか
本質をちゃんと磨いている子供ができるのかなって思っていますね


なんか自信がつくというか
自分の食べるものだったり

命が関わってくると
それを自分の手で作れるよっていう根底の自信
マズローの欲求でいうと一番下の部分だと思うんですけど

やっぱりマズローの下の部分で
自分の食べるものとか飲むものって
どっかのスーパーに頼ってるとか公的なものに頼ってるってなると

やっぱりマズローの本質に依存心があると思うんですよ
いざとなったら私は水の出るところ知ってる水源地あるし

いざとなったらオレはニワトリで食えるって
いざとなったらオレは種がいっぱいあるとかだと
怖くないっていうか


今、水不足がすごい言われてきてて
水がすごい問題だよって世界中でいわれはじめてきたんですよ

これから水が最大の資源になってるんですよ
それで水狩りとかしてるんですけど

それで種もチタン製の真空箱っていうのがって
その中に人間が必要とする栄養素が主食も副食も含めて

それを育てられる全種類の種をそこに入れているんで
その肥料とかも全部真空で入れているんでw

水でも火事でも大丈夫なレベルで
いざとなったらそれを開けてそれをパパぱって撒いたら

早く育つものからカテゴリー別にしているんで
もしゼロになっても水さえあれば生きれるんです7日間ぐらいはね

そういう準備をしてるんで実はw
だから長期戦なんですけど

なのでそれを実際使うのか使わないのかは別として
やっぱり心の余裕があるっていうか

いつでもいいよって自信につながる
だから、そういう意味で子供達に自信を持たしたいってありますね


お金にこだわったり
みんなお金を稼ぎたいっていうのは

やっぱり恐怖からきてるなって思っていて、今考えると

お金がないと生きていけない
お金がないとご飯買えない、水が買えない、家がない、住めない、死ぬ
のたれ死ぬ=お金を稼がないといけない、焦り、焦り、焦り
になってくるんですよね

私の場合
お金別に稼げなくていいよ

全種類の植物も育てられるし
土地もあるし水も出るしべーつにって思うんですよね


おすすめしてるんですけど
都会から30分40分のところに

比較的近い場所でいい土地を押さえておけば
そんなに大きくなくてもいいんですよね

でもある程度育てれるくらいの土地をもていれば
そこを小さく耕しておけばいつでも栽培できるんで

そういうのあるだけで自信があるっていうか
お金が無くなって困ったっていっても

別にオレ畑あるしいいよって
長期戦に持ち込むからって

言えるんですよね
3年生きていけるよって
その自信が大成功につながるのかなって思いますね
結構、テストって必要ないんですよ
学校でこれテストよ!とか

これビクってなってプレッシャーになってストレスになる経験ってあると思うんですよ

それってすごく良くなくて
テストでわかることが殆どないっていうか、実力が

例えば
IQテストとか知能テストでもそうなんですけど
私とかIQテストとかなら40とか30しかでないんですよ

何でかっていうと
これとこれの違いは言えっていって
それはなぜ?なぜその違いをいう必要があるのか?ってw

その目的は?とかいってw
この問題を出した目的はなんだろうって考えているうちにピーっとなってタイムオーバーってなるんですよねw

学校のテストとかでも
数学のテストとかでこの方程式でやりなさいって

この方程式は使いたくないって思いはじめて
違う方程式でやりたいってやたら自分のやり方でやったらそのうちのタイムオーバーってなって

最終的に時間制限なしならいろんなやり方でできると思っていて
家でやっていたら結構違う方程式でできたんですよね

それ先生に見せてもこの方程式を使えって、でもヤダって
だからテストでははかれないっていうのもあるんですよね

だから子供の実力とか才能とかって
型でハメたテストで見極めるっていうのは良くなくて
それですごく自分の自己嫌悪に陥ったり

英検とかそうだと思うんですけど
満点とかでも全然しゃべれなかったりする人もいるわけですよね
私にとってテストは百害あって一利なしですね


プレッシャー感じて能力が下がってしまって
その結果をみて自分でまたガッカリして能力が下がるみたいなループに入るんで
とにかく私もテストに弱いですね

どんなテストであっても絶対に落第するっていうか
合格した経験が少ないっていうのがあって

運転免許取ろうとしていったときも
筆記でも2回ぐらい落ちて
実技も2回ぐらい落ちて
3回目も相手の情で受かったぐらいの感じで

もう仕方ないみたいな感じでw
テストはずっと落ちてきたっていう記憶しかないですね


テストが得意な人は
逆に勘違いするんじゃないかと思っていて

それが実力だと
だから俺は英検で満点とったぜって言っても

声かけが下手だったり
人の心を動かせなかったり

でもテストで点をとったから俺はできるんじゃないかなって思い込む人っていると思うんですよね
だから
ストリートとテストが違うんだよって思うんで

だからテスト苦手な私からしたら
やっぱり必要ないと思うんですけど
でも、ある程度の実力をはかるバロメーターとして考えるならいいですけどね


その人の実力をみるには
その人を実践させるんですね

そこで上手くできるか出来ないかじゃなくて
できた後の考え方ですね

そっから失敗したときに何ていうかなとか
失敗したときにここで学んだことはこう

次は同じ失敗はしないっていったら
この人はやるな!って思うし

失敗してそれを作話して、でもこれは、、って言い訳してるんだったら
あーマズイっていう

人生って失敗が前提にあるっていうのがあって
上手くいくことってないんですよ

最初から
絶対に最初は失敗していくんで


この前もパートナーと話していて
ずっと人生で失敗してきたことを全部話はじめて

今までの人生の失敗をダラダラ話はじめて
パートナーがなんで失敗のことばっかりいうのって

同じ失敗を2度としたくないからねって
だから忘れないようにしてるんだ

あの時にこうしてあの時にこうなったって
ずっと失敗を思いだしてるんですよね

なので人生って失敗まみれなんですよね
そっから何を学ぶかなんで

だから私がテストをもしするとしたら
何かやらして失敗させて

そこでどう捉えるのかをまず見て
その次にどう捉えらたいいのかを教える

それができるようになるかっていうことを
テストしますね


自分でフィードバックできるかとか
ちゃんと他人のフィードバックを受け入れられるか
というところをテストするのが一番の効率的なシステムかもしれないですね


採用する時のテストの仕方は
それはいろんなサーキットやらせたり

いじめて心の強さをみますね
その人の現在の実力というよりポテンシャルというか

ポテンシャルはみんなあるんですけど
精神力を見ますね、最終的にやっぱり
精神がすごくポジティブだったり

ポジティブってなんか変な感じするんですけど
プラス思考みたいな感じでナヨナヨ感があるんですけど
同じ失敗を繰り返さない人は一番いいなと思いますね

だから一回やった失敗を言い訳してまたやるっていうのは
これはちょっと見込みないなって思いますけど

失敗しても学んで向上して進化してるっていうのが見えるかどうか
最初に見極めるような

だから最初にハードルの高いことをやらせますね
必ずできない事をやらせて
そっからどうでるかな?って

そこでグダグダ言うか
男らしくもう一回チャレンジさせてくださいっていうかとか
そこのあたりを見ますね
結構、子供達は椅子に座らせるのがよくないんですよ
椅子って人類で最低最悪の発明って言われていて

やっぱり椅子に座るって行為で足腰が弱くなって腰を痛めたり姿勢が悪くなったり
いろいろあるんですよね弊害が

大人はもう慣れてしまっているんで椅子に座り続けてしまっているんで子供のころから
子供達にはできるだけ

椅子から離れさせて床で座ったり歩いたりハイハイしたり
そういうワイルドな動き野生的な動きっていうのかな

椅子に座ってるお猿ってあんまりいないっていうかw
すごく不自然だと思うんですよね彼らにとったら

彼らってウンコ座りしてたり、枝にブラーンってなったり、逆向きに枝にぶら下っていたり、尻尾でなんかやってたりしますよね

結構あーいうのがナチュラルと思うんですよね
体の動きとして

だから子供達はできるだけ自然な形で床とか枝とかに座らしておきたいですね


私たちはいろんな固定概念というか
椅子に座ってしなきゃいけないっていうのは学校から教わるんですよね

勉強とかもいろんな姿勢でやってもいいよっていうのがあって
椅子に座ってなんか変な顔してモジモジして先生のいうことを聞くんじゃなくて

思い思いみんな寝っ転がってみるとか


椅子に座ってどうこうするっていうのはやらないほうがいいかなって思っていて

大人になったらしなきゃいけないときもありますけど

子供は絶対に好きなようにさせたいですね
勉強は大人になってからしたらいいんですよ
子供は遊びが仕事なんですね

だから私は子供達にとにかく20まで遊べっていってw
とにかくそういうふうに教えようと思っていて

読み書きとかは12歳くらいで教えるんですけど
でも勉強とかカリカリっていうのは
本当に大人になってからで十分ですよね

20までは相当遊んでいくと
例えば90際まで生きるとしたら
残りの70年は勉強だと思うんですよね

そう考えると子供時代に遊んでいなかったら可哀想っていうか
30歳40際になってイエーイピースとかやり始めたら

逆にすごく可哀想っていうかみっともないっていうのがあって
ピースは10代の時にやってねって
だから逆にそうなっちゃうんですよね

子供の時にカリカリって椅子に座らされてお勉強とかいって
これ暗記って言われてたら
やっぱり変なところでピースとかしたくなるんで

私はピースは20までw
最近流行ってるのが朝起きたらピースして言おうねとか親指を立てて言おうねってw


子供達には
北極の犬ぞりに連れてってあげようかなとか
モルディヴの海でスキューバダイビング連れていこうかなあとか
ミャンマーの象とかの上に乗ってみんなで水遊びしようかなとか
マサイ族たちとジャンプの練習しにいこうかなとか
なんか色々アイデアがあって
アラスカの上の方にオーロラを見せてあげたいとか
なんかそんな経験をさせたいですね

五感を使った
その五感でいろんなことを感じて学んでいろんな顔形の人と遊んで絡んで
いろんな生物とか植物をみせて

それで楽しい経験楽しい刺激をさせて
それを基に例えば20ぐらいになってから勉強させたらリンクできるっていうか

例えば
オーロラの一つ勉強するにしても
あーそういえば、いったなあってとかいって綺麗だったなって記憶でできるし
科学の授業でもあーあの時寒かったとかいって

雪はこうなってきてるんだとかね
だから最初は五感で経験させるってことが最高ですね


やっぱり子供には
世界中のものを見せたいですね

世界遺産も見せたいし
いろんな気候のところで暑い思い寒い思いさせたいし

乾燥させたり湿気の多いところに連れていったり
ジャングルの奥地にいったりサバイバルを森でやったり

山を登ったり川を泳いだり
全て本当に自然だったり、逆に都会のニューヨークの図書館でなんか毎日本を読みにいったり絵本とかでもいいですけどね

結構、セミナーとか行事にも連れていこうと思っていて、子供がある程度大きくなったら
横で座らしていたり、シンポジウムとか医学の学会とかにも連れていっていこうと思っていたり
患者さんとかやってるのを横で見せたり

大家さんビジネスとかなら家を建てているのをみせたり
そういういろんなことを見せたいですね


日本では20からだと遅いとか思う人いると思うんですけど、、
なんで困るんですか?

周りと差がでてしまうとか
なんの?

学習能力とか、書くのに差がでるとかって
別にいいんじゃないですかってw

そこにあんまり意味がわからないんでw
社会にでてなぜ困りますかね?


やっぱり仕事で困ると思いますかね
10代後半にはボランティアとかさせたら問題ないかと思うんですよね
結構、脳みそって全部忘れたいんですよ
かなりの人が勘違いしてることだと思うんですけど

脳っていろんなこと覚えたいのかな?とか
記憶するように機能が付いているのかな?って思ってるんですよね

実はこれ間逆で
脳って物事を忘れるほうにフォーカスしてるんですよ

多くの人が勘違いしてるのは
脳ってリミットがないとか限界がなくて無限にいろんな事記憶できるのかなって
勘違いしてるんですよね

脳はいろんな事を記憶してすごいいろんな能力を秘めてるって思ってました?

なんでもよく言われるのが
脳は能力の数パーセントしか使っていなくて

残りの90何パーセントは秘められていて
その脳を解放したら、すごい能力が秘められてるんだよ、潜在能力があるんだよって
よく聞くと思うんですよね

でも私は実はそれはそうじゃないと思っていて
人間の能力って結構限られているんですよ

自分の能力も脳みその力も限られていて
結構、選別されてて何を覚えるのか、何を記憶するのか

逆に何を忘れていったほうがいいのか
かなり選別するんですよね

試しに実証するために言うんですけど
例えば
車のメーカーっていってくれます?
トヨタ
日産
マツダ
ベンツ
BMW
ランボルギーニ
結構6つぐらいで留まりますよね

相当な数に車のメーカーとか種類って今までいろいろ見てきたと思うし、聞いてきたと思うんですよね
人生何十年の間に
でも、どうしてもそれは覚えられないっていうか

覚える事を厳選して覚えて
例えば
高校2年生の時のクラスメートの苗字全員いえます?

結構不思議で
1年間同じクラスでいた子でもその1年で一緒にいたとしても

毎日、名前って聞いてると思うんですよね
でもやっぱり忘れているっていうか

本当に仲よかった人以外は忘れていくんですよね
だから脳って全部覚えようとしないんですよ

やっぱり全部忘れていこうと傾いているんで
だから何を言いたいかっていうと

そもそも無駄な事は覚えないほうがいいっていうのがあって
どうせ忘れるんですよ
どうせ

なので子供達もそうだし
私自身もそうなのが

必要以外のことは絶対に覚えようとしない
覚えなきゃいけないことは覚えるんですよ

だからほっといても覚えるっていうのがあって、そもそも
覚えようとしなくても

なので基本的に変なこと記憶したりしないようにしてますね


覚えることが大事って感覚があると思うんですけど
というか
覚える必要にあることは脳は勝手に覚えるんですよ、脳が

だからそれ以外のことは勝手に忘れていくんで
放置状態なんですよね


自分の忘れるものは必要なかったんだって捉え方でいいってことというか
そもそもそこにフォーカスしないっていうか
なにそれって感じで


結構私の授業では大事なこと何回も何回も繰り返すってあると思うんですよね
違う授業でもまた同じこというとか

あれも結構工夫してて人間の脳って忘れるように出来てるんですよね
繰り返さないと

だから本当に大事なこと、これは大事だよって思うことは
私自身もかなり繰り返すようにしてますね

それで定着するようにしてるんで
なので本当に大事なことは繰り返して教える必要もあるんですけど
それ以外のことは別にどうでもいいと思っていて


意識して覚えないっていうアングルの考え方


日本では暗記大事なんですけど
結構、子供達にアンスクール、ホームスクールで教えるのは
その時に必要なことを覚えていけばいいんだよってスタイルなんですよね

例えば
将来必要だからっていうより、そのとき必要なものだったら子供って勝手に覚えるんですよ

松葉杖で歩かなきゃいけないからそれ覚えろっていっても覚えないっていうかw
そのとき来たら勝手に覚えるよって思うんですよね

学校教育って逆算式に覚えるっていうか
将来これは大事かもしれないから今覚えておきなさいとか

使わない可能性があることを教えていくんですよね
私はその時そのステージで必要なことを教えていくスタイルなんで

だから
意識しているのが、あんまり教えすぎないっていうのがあって
教えようと思ったらすっごい言うことってあるんですけど
けどそれは今まだ必要ないから、どうせ教えても無駄っていうのがあるんですよね

例えば
コピーライティングはじめたばっかりの人に透明テクニックの話をしても
まだそれは絶対にわからないですよ

だからまずはマインドセットからっていうのもあって
だから教えを急ぎすぎるのはよくない

その時その時で大事なことにフォーカスして
一個ずつ教えていくってうのが大事ですね


一個ずつですね
だから結構まとめてワーッて覚えようとするっていうのが
脳が混乱したりして全部消去して記憶を消していくっていう作業に入るんで、そうすると
だから一個に絞ったら結構覚えるんですよ、脳っていうのは

だから一個一個一個
だから今月はこういうこと教えようかなって思ったら

雑談中に話すテーマも
テーマを一つに絞って繰り返して教える

ネチネチネチ
じっくりと

一つづつに絞ってジワジワいくと脳がそれを覚えていくんですよね

一気にたくさんのことをバーっとやるとパニックになって忘れていくって感じですね
結構、レバレッジが大好きで
レバレッジってなんですか?っていうと

テコの原理なんですよね
テコってなんですか?っていうと

例えば
大きい岩を想像して欲しいんですよね

それを自力で腕でグッーと持ち上げて動かそうとしたらすごく難しいと思うんですよ
1トンとか1000㎏とかあったらすごく重たくて動かないと思うんですけど

そこに他のちょっと石ころを置いたりしてスミに
そこに木の板と金属の板を置いてそこにグッとシーソー式でやったら
ゴロンゴロンゴロンって動きはじめるのってあると思うんですよね

だから自分の力で持ち上げようとして無理なモノも
ちょっとしたテコの原理を利用して
シーソー式みたいに台を置いてそこに体重をかけた動くってありますよね

だから
レバレッジとは?なんですかっていうとテコの原理で
小さい労力で大きなモノを動かすそういう原理なんですよね、物理学的にいうと
物事に全部レバレッジポイントっていうのがあって

例えば他の言い方でいうと
ボーリングで狙う時に隅っこを狙うんじゃなくて真ん中をバーンって当てたら
バラバラと全部が倒れちゃうってありますよね

逆に横だけあたったら全部倒れない
だから全ての物事にはたった一つの労力でたくさんの結果がでるポイントってあるんですよ
なのでそういうことを見て
人間関係もそうだし

例えば
10人友人がいるとしたらその中でレバレッジになる友人っているわけですよね
その人と仲良くしておけば残りの9人も仲良くしてくるとか

例えば10人いたらボスキャラの人っているじゃないですか
子分といくら仲良くなっても単なるその子分の子分になってしまう

逆にボスキャラの友達になると全員他の9人が自分の子分になるとかね
全てのポイントでレバレッジポイントがあるんですよ

なのでビジネスやるときも人間関係を築くときも健康になりたいときもトレーニングをするときも全て
一つの労力で複数の結果が出るポイントを見つけることが大事ですね


今回伝えたいのはレバレッジにレバレッジをかけるってことで
レバレッジにレバレッジをかけるってどういう意味ですか?っていうと

例えば
いろんなスキルがあっていろんなビジネスモデルがあってキャリアがあると思うんですけど
その中で一番レバレッジとなるスキルはコピーライティングですよね

コピーライティングってレバレッジポイントを見つけたら
そのコピーライティングの中でさらにレバレッジは何かな?って考えるんですよ

そうするとボレットかな?とかキャッチコピーかな?とか
そこでさらに絞れるっていうか

これが一番リターンが大きいかなって思うものを見つけたら
そこでストップするんじゃなくてさらに踏み込んでいく

結構多くの人が間違えやすいポイントは一回そこでレバレッジを見つけたらそこで終わっちゃうんですよ
私とかレバレッジを見つけたらそのレバレッジ何かな?

そのレバレッジは何かな?ってポイントをちゃんと見つけていくんで
だから最小限の最小限の小指だけをピコッと押すだけで全てのドミノが倒れるような仕組みを作るのが大好きですね


実はコピーライティングよりさらにレバレッジの効くスキルっていうのが存在していて
それはなんですか?っていうと

学習・教育というスキルなんですよ
恐らく教育・学習っていうスキルを身につければ何も他のスキルが必要ないっていうか

学習のスキルを身につければコピーライティングのスキルも簡単に手に入る訳ですよ
どんなにコピーライティングを勉強するより

なんでもいいから全ての概念の知識を学習する能力をつければ何でも学習できるってあるんで
だからレバレッジ中のレバレッジ


今日からできるレバレッジの行動は
レバレッジをかけるときやるステップ1は

まず無駄なレバレッジじゃないものを捨てていくっていう作業なんですよ
結構フォーカスを絞るってところで

例えば
10人友達がいたら2人がレバレッジの友人だと思うんですよね
残りの8人の電話を消すってところで

レバレッジ以外を無視するってことなんですよね
レバレッジ以外は完全シカトですね


私の中で思っているのは仕事をプライベートは別々と考えていて
仕事とかビジネスに関してはやっぱり結果とかかなりシビアな世界なんですよ
だから戦争みたいなもんで

例えば
戦争にいって殺し合いにいくときに
ちょっとこの銃にしてみようかな~とか
この銃って面白そうだから使ってみようかなってレーザー光線ってw

新しいものをやってみて
戦場であっ出ない!って、これスイッチなんだったけ?wみたいなだったらバキューンって殺されますよね

ゴルゴ13とかもそうだと思うんですけど
決まってると思うんですよ

自分のお気に入りの武器って自分の命を守るために本当に確実なものを使うってあると思うんですよね
新しいものに手を出したら撃たれるってあると思うんですよね

失敗が許されないビジネスの世界で
新しいことに次々手を出すっていうのは命が何個あっても足りないっていうか

だから私の中ではビジネスはもうかなりシビアなんで
完全にレバレッジとして
確定しているもの以外が使わない、やらない、それにフォーカスする

テスト感覚で新しいこともしますけど
それは絶対リスクはとらないって意識しますし

逆にプライベート個人のときには
今日は天津飯じゃなくて餃子食べようかなとか

今日はこのお店じゃなくてとかチャレンジしようかなって思うときあるんですけどw

ビジネスの世界でレバレッジ以外のことを使うのは命が何個あっても足りなくなりますね
結構、教育で一番大事なのは納得させることなんですよ

でもほとんどの教育者っていうのは説得説得って言い聞かせたり

上から押し付けたり

わかったか!あーだろこーだろ

この理屈を頭で理解しろみたいな感じで

一生懸命説得しようとする先生が多いわけですよね

いろんな分野でも

でも実はそれは全然効果なくて

生徒さんはわかりましたって嫌な顔して頷きますけど

心の中では全然受け入れてない状態なんですよね

説得っていうのはすごく押し付けがましかったり

上から目線だったり無理やりってところが

でも逆に納得っていうのは自分からそれを理解させる

自分が生徒さん自らがそれを受け入れるその状態が納得だと思いますね

だから先生の役割っていうのは説得することじゃなくて

本人に納得をさせてあげる

そういうにして工夫をする必要がありますね


説得と納得の大きな違いは

説得というは先生が押し付けている状態

納得っていうのは生徒が自分で受け入れている状態

だと思いますね

本人の意思でそれを理解してるってとこが納得だと思いますね


どうしても説得してしまって押し付けがましくなってしまうときに納得させるには

やっぱり本人に考えさせるってことが大事だと思うんです

知識とかも何でもそうなんですけど

やっぱりこれを暗記しろ!とかこの情報を覚えろ!っていうと

人って覚えないんですよね

逆にこれどう思う?っていって考えさせた瞬間に

やっぱり人って自分で考えるんですよ

考えてこれはこう思うって

じゃこの視点から考えたらどう思うって聞いてあげて

そういうふうにいろんな角度から考えさせてあげる、生徒さんに

そうすると結構自分で答えを導き出すんですよね


なので授業とかでも意識してやっているのは

はいこれ覚えなさい

次これ覚えなさい

じゃなくてこれがこうあったらどう感じますか?とか

こうなったら逆にどう感じますか?っていうふうに自分たちで聞きながら答えを導かせるようにしてるんです

だから聞いてて感じるのが

なんかわかった!って思うんですよ

わかりました。じゃなくて

わかった!って思う人が結構多いと思っていて

あーなるほど私はわかった!みたいな感じで

だから本人で気づけるって方向性でやっぱり授業進めてますね


具体的な質問で

例えば

細かいテクニックになると話しが長くなるんですけど

例えば一つの答えがあるとしますよね

1+1=2ですよね。っていうと説得になっちゃう

相手はうざいなって思うちゃうわけですよね

それを受け入れたくないというか

逆に例えば人参が1本あってもう一つ人参があったら合計で何人の人が食べれますか?って

それは合計で二人の人が、、って

え?何人かそれには状況によるなってなりますよね

一人の人で食べるかもしれないし

じゃ一本づつ食べれるとしたら何人なりますか?って

一本づつだったら二人ってなりますよね

だからそういうふうにして遠回りさせるときもありますね答え出さすのに

だから授業の展開で意識してるのは答えを先に出さないようにしてる

ちゃんとマインドセットを固めていって

例えば居心地の悪いところで進化起こりますよねって

例えばこういう時なかったですか?って

ありました、そうですよねって

まずそこで納得ですよね

あーなるほどって感じで

一回自分で納得させるところを3ステップぐらいにわけて話すようにしていますね


導きたい答えに生徒さんが行けるように意識して質問をしないと

行きたい場所に答えがでるような質問の仕方をするようにするっていうのがあって

だから質問が上手な人だと思うんですよ先生って

だから先生で一番大事なスキルはちゃんとした正確な質問ができるかってところだと思いますね


正確な質問っていうのは

かなり高度なテクニックになってるんで

マーケティングのところでかなり恐ろしい心理誘導のテクニックがでるかもしれないですね

全ては誘導していくっていうテクニックなんで

誘導尋問みたいなw


自分が説得に走ってるなって思ったら、どうやって軌道修正したら納得のほうにいくかというと

私が意識しているのは

ある程度自由にさせるってことで

子供も生徒さんもそうなんですけど

こうしろとか命令すると結構反発するんですよ

だから自由にしていいよって自由にさせておいて

そこにいつでも質問してもいいよって立ち位置を残しておくと

自然に彼らって自分で求めているものを自分で求めるようになるんで

私は自分が求めたときに答えるってスタイルですね

だから本人がまだ求めてないときはこっちから言わない

逆に答えを求めているときに聞かれたら言うっていうスタイル

聞かれないと言わないって言うタイプがあって

私は質問されないと答えないっていうw

質問は?っていって結構シーンってなってるというか

聞かれないと言わないよっていうことなですよね

これは意識してますね


生徒さんが何も聞かなかったら一切何も言わないですね

聞かれたら言うけどって感じで

聞かれない限り言う必要はないと思いますね

本人が聞いた瞬間に答えを出したいってわけなんで

やっぱり納得に繋がりますね

確実にそれは
結構、子供を褒めて育てるっていうのがブームなんですよ

あーよくできたね、パチパチパチとか

あなたお利口とか

あなた最高ねとか

上手にできましたとか

なんかそういうふうにして言うと子供が喜んで嬉しがって

本当に物事をどんどん覚えていくっていう勘違いが最近生まれているんですよね

でも実はそれは全く逆効果で

子供って褒めるとやる気を失う生物なんですよ

結構みんな逆に思ってますよね

褒めたら嬉しいですよね

実は褒めたら褒められることに喜んでいるだけで

それが出来たことに関して喜ばなくなるんですよ

だから本当は

例えばですよ

部屋の掃除をするとしますよね

掃除綺麗にできましたね、おりこうさんだね、エライねって言った瞬間に

お母さんに褒められて嬉しいって思うんですよ

でも逆に褒めなかったら

私はこの部屋の掃除をして綺麗にできて私はうれしい

自分ができたことが嬉しい

喜びがシフトするんですよ、ポイントが

最終的に褒めすぎたらどうなるかっていうと

褒められたいと思う

だれかに褒められるために何かをやるってふうな性格になってしまう

最終的に自分が何かを上手にやりたい

自分が何かスキルを身につけたいって喜びをどんどん忘れていく

そういう現象がおきますね


意識して頑張ろうって子にはならなくなるんですね

逆に言えばなにもやらない子になるんですよ

逆に褒められなかったらだれかに褒められる目的になるんで

褒められなかったやめるってなってしまう

自分の意識で自分の内側のモチベーションで何かをやるってことができなくなりますね


褒めるなっていうのは厳しくしなさいっていうは違いますね

褒めることも

批判もしない

例えば

子供がすごいカッコイイものを作るとしますよね

ガラクタを集めてきて

ただそれを座ってじーっと見てるんです、それを

よくできたでしょ?っていってきたら

うーんなるほどねって

すごく冷静にみて

それはなに?って

これは恐竜さんなんだよって

へー恐竜なんだねって

そこで私の目を気にせずやりはじめる

逆にそこであーエライね、ゴジラ?とかいったら

あーほめられたこれはママのためにやろうかなってなってしまう

絶対にニュートラルですね

無視もしないみてますけど

褒めもしないし

批判もしないし

ただ冷静にそれは何?とか

色が神秘的だねとかニュートラルな評価ですね、本当に


心の中でついつい褒めたいってあるんですけど

グッと押し殺してますね、心を

なぜかっていうと自分で喜んでほしいっていうのがあって

だから心の中で思っていても言わないようにしていますね


あまりに褒めなさすぎと落ち込んでしまったりあると思うんですけど

そういうタイミングを見極めるのは大事かなっておもっていて

自信喪失してるときに

ふと多分大丈夫だと思うけどね、いい線いってるよとかフッと言ってあげたら

そこであっそうかっていうのもあるんです

それもあーパチパチ拍手っていったらもうアウト

ピンポイントでいうのは必要ですけどもちろん


子供だけじゃなく大人にも褒めないって意識していて

褒められるとそっちに意識がいっちゃうというか

自分で自己評価できる人物になってほしいですね

子供も大人も


子供に対してエライねっていうとワザとらしいし

褒められたいっていう奴隷脳になってしまうし


逆にへー、ふーんとかちょっと褒めたいけど我慢したほうが

子供がいろんなことニュアンスで感じ取るんじゃないかなと
結構、情で教育ってできないと思っていて

なんか教育をするっていうと

肩をポンって叩いてお前はできるよ!とか

やさしく接することが教育って勘違いしてる人が多くなってるんですよね

私は逆だと思っていて

教育は本当冷酷で本当に氷のような気持ちでやらないといけないと思うわけです

教え子の才能を引き出すために

どんな手段を使うそれが竹刀であったりカミソリであっても

相手を進化させないといけない

それが教育者としての仕事だと思います


愛情と情の違いは

愛情は愛ですよね

愛おしく思う気持ち

この子を抱きしめたいとかあったかい気持ちですよね愛情っていうのは

情って

なさけというか可哀想とかこれ以上は言わないでおこうとか

ようするに、なさけですよね

相手をちょっと見下した感ていうか

相手の能力を下に見るというかそういう雰囲気ですからね、なさけは


情を絡めてしますときは

どう思われたら気になるというか

ここまで冷たくしたら

この先生は冷たいとか冷酷だとか思われるのが怖いんだと思うんですよね

本当にそれが正しい道だと思っていても

生徒さんにどう思われるか気になるとやっぱり情が入るというか

嫌われたくないだけだと思うんですよね

それは

自分がどう思われるのかは無視して教えるっていうのに徹するべきだと思いますね

先生は嫌われる前提でスタートしたほうがいいですね

人気者先生ってうまくいかないんで


嫌われるとういうか

怖がられるくらいがいいと思っていて

人間的には好きだけど

怖さは大事かなって思いますね

やっぱりなめられたらいけないっていうのがあるんで


先生の中にもやっぱり本能的に嫌いって先生がいるんですよね

それどういう先生かっていうと

愛情がない先生とか

ガミガミ趣味で怒ってるとか

イジメで生徒に体罰したり

こうしろあーしろって嫌がらせでやる人っていると思うんですよね、先生でも

それって結構生徒さんてわかるんですよ

あーこの人自分のうっぷんを晴らしてるんじゃないのかなとかありますよね

自分が幼少期に虐められてて今生徒に仕返しをしてるんじゃないかとか

そのトラウマを子供達に対して解消してるんじゃないかとか

結構子供って感じ取るんですよ、子供じゃなくても同じですけど

そうじゃなくて逆に愛情をもって本当にこれがこういう道なんだって

教えてくれる先生はどんなに厳しくて怖くても

最終的にそれは愛のムチって感じ取りますね


そういう先生しか先生にしたくないのがあって

私のギターの先生とかもそんな先生で

とにかくギターに触るなって言われて最初に

ギターは女の体と思えっていってw

お前はまだ女の体に触れる権利はないみたいな感じで

見てみろこのネックこのボディをみろとかいって

どうだセクシーだろとかいってw

まだタッチするなよとかいって

まだタッチしたらいけない置いとけって

やっぱり基礎練習ずっとやらされて

音の音叉とかですよね、それをずっとやれとか

なんで?ってw

次は楽器のメンテナンス覚えろとか言われてキュキュふけっていわれて

あの弾きたいんですけどって

弦をつけたり外したりつけたり外したりさせられて

その繰り返しですよね

弦をひたすら磨けとか

それをずっとやらされて嫌だなって

最終的にわかったのは楽器を愛して音を愛してリスペクトしていく

本当に本質から教えてくれたのは

音楽をリスペクトしてくれたって気持ちが残っているんで

だから本当にいい先生だなって思います


武道でも同じで

息吹っていう呼吸ですよね

それをひたすらやれって100回とかもう100回やれとか

走ってこいとか拳立て100回とかw

いつどう回し回転蹴り教えてくれるのかな?とか思っててw

飛び後ろ回し蹴り教えて欲しいなって思ったわけですよね

でも立ち方とか呼吸とか

本当に拳の握り方から教えてもらっていたんで

本当によかったなって思っていて

他のそういう武道やってる人って握り方さえも覚えている人いないんですよ

1年ぐらいやってますっていう人も本当握りが甘かったり

そこ教わってないのかなって思ったことが多々あるんですよね

そういうのみると

ポピュラーになりたい先生は厳しく基礎を教え込まないんだなって思いますね
これから結構家庭教師が流行ってくるんですよ

これどういうことですか?っていうと

ホームスクールをやる人が増えているんですよ、今

ホームスクールとかアンスクールという概念があって

学校に行かさずに家で教育する自宅教育するっていうのがどんどん流行っていくんですよ

結構これ何年も前からいってるんですけど

最近言われてきたのが

有名な人たちとかすごい大きな会社の社長さんとかが子供をホームスクールにしてるって

いろいろそんな話が出てて

なんかそれを聞いたらホームスクールっていいらしいよって

我が物顔でいう人がいるんですけどw

いろんな他人評価の人は自分で聞いたことを認識できないんだ評価できないんだって思うんですけど

ホームスクールとかアンスクールっていうのがこれからでてきて

その時に自宅教育する時に

やっぱり親が教えれることって限界があるんですよね

だから自分が算数教えるっていってもどうしても自分が算数苦手だったり

教える科目って決まってると思うんですよ、親も

だから限界が来た時に家庭教師を呼んで教えるっていうのが大事になってくるんですね

なので私とか本当に子供の時に学校についていけなくて

学校の先生がとにかくいっている意味がわからなくて

学習障害児で頭おかしいって言われてたんですよね

なので学校に行きたくなくて

それで親が家庭教師を雇ってくれて

しかもどんどん変わってたんですよ

なんか1週間単位で変わったときもあってw

この先生ヤダわけわかんないとかw

この先生面白いとか逆に遊びすぎたりしてダメだったり

やっぱり最終的にいい先生が見つかったりして

自分にあった先生で結構長く続けて家でずっと教えてもらったりしてましたね

だからそういう記憶があったりするんで

これからそういう子供達ホームスクーラーが増えてくると

家庭教師の需要がどんどん伸びてくる

なのでこれから家庭教師ビジネスは熱くなりますね


いろんな学習テクノロジーを学んだ

教育の学習スタイルを学んだ上で家庭教師やると

その子がどういうタイプなのか認識した上で教えれるんで

ものすごく引っ張りだこになるかもしれないですね

人気者になって


日本ではそこまでメジャーではないと思うと思うんですが

とくに家庭教師と聞くとみんなが想像するのは学校の科目の教科を家で教えるってイメージだと思うんですけど

私の中ではもって広い意味で

広いジャンル

幅広いジャンルの家庭教師がこれから出てくるんですね

例えば

家庭で武道を教えるとか

来てくれて訪問型で語学を教えてくれるとか

訪問型でスポーツを教えてくれるとか

私とかヨットセーリングしてたって話をするんですけど

彼もマンツーマンの家庭教師みたいな感じで

ヨットスクールとかじゃなくてマンツーマンで一緒に海にいってたんで

本当にマンツーマンで教わってましたね

だからいろんなジャンルの家庭教師があってもいいのかなって思いますね


経済的な面でも心配だなって思うとおもうんですよ

家庭教師の人を一家庭で雇うのが難しい場合は

お友達と雇って3~4人で受けるってことも可能かなって

いろんな家庭教師がブームになってきて

たくさんいろんなジャンルが増えてきて

たくさんの家庭教師が出てくるんで

逆に価格もどんどんリーズナブルになっていくっていうか

今、家庭教師に入ろうとする人が少ないから

だから高いかなって思うんですよね

逆にこれからどんどん家庭教師が増えていくと

さまざまな分野で値段もそんなにリッチな家庭じゃなくてもいいっていうか

別に普通に雇えるくらいで増えていくんで

でももしそれでも高いって感じる場合は二家庭でやるっていうのも可能ですし

とにかく家庭教師ビジネスは本当にこれからきますね

例えば

家庭教師ビジネスに入るのに今からでも準備できることは

今やってることとか得意なことがあると思うんですけど

それをブログで書き始めるとか

一人でもいいから生徒さんを集め始めることなんですよね

だから

ブログとかFacebookでもいいんで

こういうことやってます教えますって

個人でマンツーマンで教えますっていうのを出さなきゃいけない

値段もちゃんと書いて

8000円で教えるとかね

そういうのを出していくと一人ぐらいは見つかるんでお客さんは

そこで広がっていきますね

まずは一人目の生徒さんを見つけるってことが

第一歩ですね


すごい家庭教師のイメージは

男性は男らしく筋肉ムッキムキで男らしくて

子供教える場合は子供お母さんがドッキンドッキンって胸がしてしまう感じでw

女性の家庭教師の場合は

子供がムラムラしてしまう感じでwその日はずっと待ってるみたいな感じでw

男らしく女らしくってところですかね、やっぱり


常に先生っていうのがいたというのがあって

自分の好きな先生に守られてきたっていうのがありますね

相談する尊敬できる先生を常にもってきたっていうのは本当大事なことで

だから家庭教師はそういうビジネスというよりも

お兄さんとかお姉さんとか

今一人っ子とか多いと思うんですよね

そういう子供の相談する相手ってほとんどいないと思うんですよね

学校の先生は半タレ小僧みたいなのばっかりなんでw

たくさん学んで

頼れる家庭教師さんになったら

本当に子供たちの精神的にもいいお兄さんお姉さんになれるかもしれないですね