約、2ヶ月。私は仕事をしていません。

メールでのカウンセリングを、ほんの少しだけ・・・という感じでの、2ヶ月でした。


対面が好きですし、得意(?)な私がこれほど人と接しない期間というのは・・・・想像を絶する苦痛でもありました。。。ショック!ショック!ショック!




その中から、見えてきたことがあります。




私以外の他者がいることで、「自分」が居る・・・という存在を感じさせていただいてたこと。


私以外の他者がいることで、「自分」という人間がどのようなときにどう感じるか、何をするかを教えていただいてたこと。


私以外の他者に、“愛”を与えることで、自分は愛を持っていることを実感させていただいてたこと。




人間関係の中で悩まない方って、たぶんいないのではないでしょうか?


私も、そのうちの一人。

その昔、人一倍、悩んだと自負?してます・・・にひひ


人と接することで、嫌な自分を発見したり。どんどんキライになったり。殻に閉じこもったり。要求がましくなったり。自分らしく自由でいられなくて息苦しくなったり。必要とされていないと思い込んだり・・・。




でも今回の、一人・・・という状況の中


 自分がいるのかいないのかわからない苦痛


 自分は愛を感じられない(愛をもっていない感覚の)苦痛


を体験しました。





そしてこれからの人間関係では、私は希望があります。


今までよりも、もっと感謝して人と関わりたい。


すべての人間関係の中で、自分の愛を表現していきたい。


― と思いました。





私にとって、他者とは


愛を与えさせていただく対象なのだ


と、しひひしと感じたのです。




他者がいなければ

自分の中の愛情を感じることが出来ないのですから。





もし、人に対して現在

“愛のない態度”をとって、“愛のない人を経験”している方。


きっと、苦しいと思います。心地よくないですよね。


それは、ただ本当のあなたではないからです。


愛のない態度 = 愛のない人


ではないということです。





何がいいたいか?というと


・・・ちょっとわからなくなってきましたが。。。。




今まで、セラピー・カウンセリングと看護の仕事で、2足のわらじを履いてきました。


看護も好きですが私の本来の仕事ではないのは、数年前から自覚ずみですあせる


ただ、免許をもっているというだけに過ぎず、私は常に心や内面を見つめます。




これから、また何かしごとをしようか・・・と思っています。

でも今は、セラピールームはありません。

ネットワークもありません。

だから、不安なんですよね。



どんなカタチで、どんな風に

好きで、得意で、心から出来る仕事をするか。。。




かたちないものを感じるのは得意ですが

かたちないものをかたちにすること・・・とーーっても苦手ですあせる



でも、この苦手をやっていくしか。。。道はないのかなぁ。。。





ここまできて

少し未来の仕事のことが描けるようになってきたアップ



そのことだけでも、幸せですキラキラ




七転八起アップ




結局、へばったと思ってもまた起き上がる・・・以外にしぶとい私ですにひひ

弱いくせして、強い。

素晴らしいアップ





















地に足をつけて生きること。


それが、苦手です。



それって、逃げなのかな、なんて思います。




言葉を変えると


行動すること、が苦手なのかな?と最近おもいました。





時々、とんでもなく動けるのですが(遠方への引越しなど)

日々の少しずつの行動がどうも控えめ・・・なのですね。



ハッキリ言って、めんどくさがり屋あせる




思考は色々めぐり

時にアイディアが浮かび

得意の“あーでもない、こーでもない”をやっています。


でも、あまり行動にしていない事実があります。。。





時々、動き出すとエンジンにオイルが回るように

何かが動き出し、ここちよくなります。

身体を動かすことで、持っているエネルギーが循環するんですよね。



なんでも、滞りはおこりますよね。流れるものでしたら。





四国の山に暮らしていたとき

谷の水を引いて生活していました。


そして、その水を少しでも何かに溜めておくと

すぐにボウフラがあらわれて

水自体、腐るというのをよく見かけました。


山・自然の水は、生きていたんです。

だから滞りはすぐに、腐敗となりました。





人のエネルギーも同じですね。

滞ると、なにかが腐るような・・・そんな感じがします。


それを知覚できていることは大切です。






知覚したなら、次はアクションを起こしていかないとなぁ・・・。






人生は、トンネルに入ったり、トンネルを抜けたり・・・その繰り返しですね。




抜けたときには、またちがう風景や季節が待っている。


・・・のかな。





























少し、振り返れそうな気分になってきました。

なので、義母のこと・・・ちょっと振り返ってみます。




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病院に通っていた日々が、夢のように感じます。



そのときは、ときにしんどくなって休むこともあったけれど・・・

今となっては、その日々がありがたくて、もう一度経験したい・・・と思うほどです。







義母は、

8月5日の夜


自宅で亡くなりました。







(病院から)“家に連れて帰ってくること”

― 自分や、周囲のエゴであってはいけない


そのことだけ気がかりでした。

だから、自宅に帰る日(退院)の前日にも、やや朦朧状態の義母に確認したんだった。

「お義母さん。帰る準備進めていいかな?」って。

その日は、ハッキリとうなずいたね。






翌日、意識がさらに低下して

意思の確認が難しかった。


でも、長年のお仕事のパートナーのKさんが

「最後は家で・・・っていうのが希望だったよ。」と・・・。


厳しい病状を

Kさんと聴き

時間単位で命の灯火が薄れ行くのを感じていました。



帰るなら、今しかない!

数時間後には帰れなくなるかもしれない!

私の思いではなく、義母の希望なんだ!



Kさんは、ほぼ無意識状態の義母に

「帰るぞー!いいかぁ??」と何度も聴いてくださっていた。

私も、まだハッキリしない状況の中

義母の荷物をまとめはじめました。。。




往診医がいなければ

最期を自宅では迎えられない。


自宅で亡くなった場合、不審死(字あってるかな・・・)として病理解剖が必要になってしまうから・・・。



必死で、電話で探し、説明をしてコンタクトをとった。

ただ、意思を尊重したくて。

そのために、私は引っ越したんだから。



2回目にかけた、S先生が承諾してくださった。

「大丈夫。お引き受けしますよ。必要なのは、あなた方の覚悟だけだから。」

・・・先生の文句なしのコメントで、一気に帰宅準備は加速しました。




手早い退院準備を、いつもお世話になっていた看護師さんや師長さんが段取ってくださった。

決めてから、1時間後には介護タクシーの中でした。




朦朧状態の義母は車に運ばれるとき、外気に触れ眼をおおきく開きました。

『気』を身体で感じたんでしょうね。

ベッドで寝ていたよりも、意識が少し上がってきていました。


車の中で、Pちゃんから電話がかかってきた。

義母の耳もとに当てると、声を出していなかったのに「あーあー」と懸命に気持ちを伝えていた。




自宅について

お布団に移動して

数時間して往診にきてくださった。


義母は、ハッキリと目を開けました。

病院ではそこまで出来なかったのに。。。


「あなた、おうちに帰ってきたんですよ!わかりますか!」

S先生の問いかけに、わずかにうなづいた義母でした。





1時間から2時間毎の、身体の向き変え。

ほんの少しずつの水分補給。




自宅で

32時間

義母といっしょに過ごしました。

(Pちゃんも、急遽船を降りて間に合い、10時間近く一緒に過ごしました。)



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帰宅して、翌日の夜。

次第に、呼吸が浅くなってきました。


苦しそうな呼吸はなくなり

静かな呼吸。


病院であれば、必ずと言っていいほど酸素マスクをします。

Pちゃんいわく、「ダースベーダーみたいのがなくていいね。」


ほんとに、そうだな・・・と思いました。





呼吸が止まり、2階で寝ているPちゃんに連絡して

S先生に連絡しました。

Kさんにも連絡し来て頂きました。


まだ、脈はありました。




3人で、死亡確認を聞き

S先生にお礼を言いました。




S先生とは、日にちにしてたった2日間のお付き合いでしたが

本当に心からお礼申し上げます。


短い間に、5回も往診してくださって。。。



看取った3人にとっては、今でも話にのぼるくらい、重要な登場人物でした。


なんてったって、キャラが濃いにひひ





涙あり。

笑いあり。


本当に自然に逝かれました。


いつもいつも言っていた

「自然がいいんだ」。義母の言葉。


この台詞通り

ご自身の意思のまま、逝かれました。





義母は


愛の人


と同時に


意思の人


でもありました。






最期まで、私に対してもあたたかなをくださいました。


本当に本当に、素敵な 義母でしたラブラブ





ありがとう。


ありがとう。




ありがとうございました。




















































第25話を書いていて、ちょっとおもったことがあります。




今の私は、孤独感が強いです。


実際に、結構環境は孤独です。




義母を看ていたときも、孤独を感じていました。


でも、義母を看取った後、さらに孤独感がましました。





おおきな家に、2匹のワンコと私。


友人なし。


知り合い、数人。




ああー、ランチできる友人、ここにいたらいいなぁ・・・。

と、思いながらも、家を出れません。





大家族で過ごすお盆、夏。


小さい頃から、そんなの羨ましかったかな。


いとこ家族の家に、夏休みはびっちりお世話になっていた。

擬似家族を感じていた。


“擬似”と、オサナココロにも感じていた。

本当は、私の居ていい場所じゃない ― って。




大勢といても、孤独感は消えないもの。




私は、一人過ごす時間も大好きです。

一人上手です。



何時間でも絵を黙々と描いていられた。

今は、描かないけど・・・何時間でもぼーっとしていられますにひひ





心に染み付いているクセ。


孤独クセ。




そのほうがしっくりきてしまう。


なのに、時々淋しがりやになる。






家族に憧れ


でも本当は望んでいない。





人は矛盾な生き物。





自分が望んでいる ― って思っているもの。


それは本当に望んでいることなのかな?


“望んでいる”と、思い込んでいるだけだったりして。。。






こんなこと考えているのは、ヒマ人ですね。


でも、こういうのが私の得意分野です。(笑)




ああでもない。こうでもない。





孤独クセと、どう付き合うか?









孤独を楽しむお月様キラキラ







これも、私には大切な考え方です。















































ぼーっっとした日々が続いています。

することもたいしてなく、目的を失った射手座の矢は・・・空を漂っています。。。



Pちゃんは電話で

「病んでる・・・」と言っていました。



ただ、ここ最近のエネルギーをかけてやっていた目的がなくなったので

バーンアウトのようになっているだけなのですがね。



一人ひとりの、長期目標。

『人生の目的』は、存在するわけだから・・・


でも、それさえも今は遠く見えにくい。





ここに居る意味がわからない。


今、この息苦しい意味もわからない。




まぁ・・・ときどき陥る状況です。







今、音楽を聴いています音譜

ジェイク・シマブクロさんのウクレレがとてもやさしくて・・・心に響いてきます。


そして、お香を焚いていますブーケ2

オーラソーマの“セラピスベイ”のお香。浄化力バツグンです。





五感から癒す。





私の行動力は、まだ残っている。


少し、自分癒しに時間をかけます。







この世界は、プラスがありマイナスが存在します。


美しいから、美しくないものも存在します。


喜びがあるから、悲しみが存在できます。



みなと繋がっている・・・その感覚があるから、孤独感もあります。





今は、あまり“快”とは呼べない感覚に、スッポリはまっておりますが、これも人生の一部。




やせ我慢しない程度に、味わいます。




そして、信頼する人たちに話しを聴いてもらったりしよう。







いつも読んでくださって、ありがとうございます。






こんなときも、人生や生きることの法則を探求する心は止みませんよぉ天使キラキラ