さとこのチカラ -111ページ目

部屋から出られない人

 元号が決まって「令和」になりましたね。

 

 

 

 

 

 

それが決まる前には色々な予測で、皆さん各々考えていたみたいですけど、

 

ニュースで女子高生が考えた「タピオカ」とか「ナタデココ」というのには

 

笑っちゃいましたね。

 

いや根本のアイデアから自由があって若さもあっていいなと思うんですよ。

 

つい大人は二文字の漢字にこだわって、その縛りの中から物事を考えますが、

 

新しい事を考える時に、つい私達は縛られてしまうんですよね。

 

私自身、新しく物を考える仕事をしていますので、その呪縛から意図的に逃れないと

 

仕事の結果が「何それ?あるじゃん」になってしまうんですよ。

 

ですからタピオカ元年とか、ナタデココ元年とか思考の右上を行く発想は

 

笑いながらも感心してしまいましたね。

 

 

 

 

 

そうか〜令和か〜〜〜〜

 

私は昭和生まれですから、二回目の改元となる訳ですけど、昭和生まれからすると

 

二回前は明治じゃないですか。

 

明治というと、かなり昔のイメージがあるんですけど、そのうち令和生まれの人達に

 

え?昭和??すごい昔に産まれているんですね〜〜とか言われちゃいますね(笑)

 

 

 

 

 

明治というと思い出すのが愛知にある「明治村」で、ここではその時代の建物が

 

保存されているんですけど、レンガとか木造とかで出来ていて確かに昭和とは違うな〜

 

としげしげと見ていた記憶があります。何と言うか味わい深いというか、結構好きなんですよ。

 

特に東京にあった「帝国ホテル」の旧館は私の好きな建築家のフランク・ロイド・ライトの意匠が

 

各所に施されていて、長時間観ていても飽きないですね。

 

もし私にお金がふんだんにあって家を新築できるのであれば、ぜひこのライトの意匠が

 

施された室内や外観にしたいものです。

 

その幾何学的な意匠は本当に惚れ惚れしますね。

 

 

 

 

 

あれ?何の話だっけ?

 

あ、そうだ改元する令和の話が始まりじゃないですか。

 

皆さんは新聞は買いましたか?

 

私の場合、世間的に大きな出来事があると翌朝の新聞を必ず買う事にしているんです。

 

なので今回の改元の大きな見出しのある 4/2の朝刊は買いましたし、過去には

 

東日本大震災とか、昭和天皇崩御とか、あとはニューヨークの9.11事件で

 

世界貿易センタービルが炎上している場面とかの新聞とか持っていますよ。

 

あ、それと子供達が産まれた日の新聞も持っているかな、

 

それを私の宝箱である「階段箪笥」に入れてあるんです。

 

私、箪笥の中ではこの形が好きなんですよ。さとこが昔、買ってくれたんですけど

 

お金が無い中、結構無理をさせてしまった想いもあって私の大切なものを収納する場所に

 

なっているんです。

 

高価なだけあって木目や金具もしっかりしていて、もちろん箪笥としての機能も

 

すごくて、少し力を入れて引き出しを閉じると他の引き出しが開くというほどの

 

密閉生の良さがあります。

 

そして階段箪笥ですからもちろん階段としても使えまして、二段ベットの上で寝ている私は

 

付属のはしごを使わず箪笥の階段を使って上り下りしていたりします(便利)

 

 

 

 

 

あれ?何の話だっけ×2 ?

 

そう改元の話、もうボケ老人ですがな(笑)

 

確か5月から令和ですよね。

 

時代は令和。

 

そして、さとこのチカラの場合は「霊話」(笑)

 

そんな今回の霊話はどんな感じかな?

 

さとこ が話を書いている最中、また私は夕食の準備ですね。

 

今日は鯉の活け造りでも作るか、、(いやいや)

 

 

 

という訳で後半に続くです。

 

 

 

 

(追加)

 

先はさとこネックレスに多数のお申し込みありがとうございました。

 

19個用意させて頂きましたが、ブログUP後 30分ほどで完売して

 

しまいました。

 

今回お申し込み頂いたのにも関わらず、送付できなかった方におかれましては誠に

 

申し訳ありません。

 

またいつか、さとこネックレスをご紹介しますのでしばらくお待ち下さい。

 

そしてお申し込みできた方におかれましては到着までしばらくお待ち下さい。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

こんにちは、さとこのチカラのさとこです。

 

いつもご愛読ありがとうございます。

 

先日はネックレスのご注文ありがとうございました。

 

1つ1つ梱包をしながら感謝の気持ちを込めました。

 

今までお電話でご依頼の方、ストーンをご購入の方からのご注文も

 

多数ありました。

 

ご信頼くださりますことを心より御礼申し上げます。

 

ありがとうございました。

 

 

 

今回のお話は「部屋から出れない人」です。

 

長年お身体を悪くされている方は今までも多くのご相談をいただきました。

 

その様な方々に今回あるご依頼の方にご先祖様がおっしゃっていたことが

 

もしかしたら何かの力になるのではと考え

 

先日ご依頼くださった方のお話を書こうと思います。

 

 

 

その方はいつもご信頼くださって何度もご依頼くださった方からの

 

ご紹介ということでお電話をいただきました。

 

若い頃から霊媒体質なのか体調を崩しやすく

 

長い間病院にもかかられておりました。

 

現在もなかなか良くならずとても苦しんでいらっしゃいます。

 

一見その苦しみが周りからもわかりづらいのがまたややこしくしており

 

いたって普通に見えま すしあまり不幸な感じも外には伝わりません。

 

でも、実際は自分の体も心もコントロールするのがとても大変で

 

元気になりたいと一生懸命あの手この手を尽くしているのですが

 

なかなかそうはいかないのです。

 

一緒に支えている方達も

 

見守ってはいますがとても心配されており

 

今回のご紹介につながったということでした。

 

 

 

まず、この方のお身体について色々見てみました。

 

ものすごく大きな病巣は見当たらないのですが

 

なんというかオーラが不安定な感じがありました。

 

でも、ものすごく弱いという わけでもありません。

 

一体何がここまでにしてしまっているのか色々と調べてみました。

 

すると、この方のご先祖様達が両側にお出になってきたのです。

 

「とにかく気を使いすぎるところが

 

あなたを苦しめています」とおっしゃるのです。

 

つまり、この方は本当に生真面目な方で

 

「人に迷惑をかけない様に、

 

自分の生まれ持った使命をとにかく果たす様に」ということばかり

 

いつも考えているのです。

 

とても丁寧に生きていると言っていいのでしょうか、

 

自分のことを差し置いて

 

「人に喜んでもらおう、迷惑かけない様に失敗しない様に

 

頼まれたことは正確にこなそう」と

 

いつも考えているのです。

 

 

また、「自分は何か使命を持って生まれたはず。

 

何か人の役に立つことをしなければいけないはず。

 

それは一体何なんだろう?」と

 

また輪をかけて人に尽くすことを探し続けているのです。

 

 

なので、今のこの家にずっといて療養をしているなんてことは

 

このかたにとっては罪悪感しかなく

 

ご自分の人生を「これではいけない」と

 

いつもいつも思っているのです。

 

 

この方のご先祖様 はお二人ほど出てきましたが

 

どちらも割合古い方で江戸時代くらいかな?という

 

男女の方が出てきました。

 

お一人は武家屋敷に住むあるお侍さんの奥さん、

 

もう一人は農民か商人かお侍さんではない男性でした。

 

普通ご先祖様で出てくるのは明治くらいの方が多く

 

日本髪の江戸時代の方というのはかなり古い方で

 

割合的にはとても少ないです。

 

 

 

 

 

 

この女性の方が色々と教えてくださいました。

 

「あなたは今の生活をとてもいけないことをしていると思っている様だけど

 

もしあなたが私の時代に生まれていたのなら

 

少しも悪くないと感じることができたでしょう。

 

 

 

 

私の生活というのは

 

家事はお手伝いの人がやって

 

子育ても手伝いの人がほとんどやって

 

夫は数ヶ月単位で家にいないでお仕事に遠くに行くことも多く

 

私がしていることといえば

 

夫がいない時に色々な手紙がくるのを読み

 

大事な手紙が来れば馬を出してもらって

 

届けてもらったり、

 

とにかく家でじっとして

 

庭の景色や子供が遊ぶ様子を見ながら

 

ただただ座っている という毎日です。

 

 

 

自由に出歩くことはあまりできず

 

ある意味人質と言っても良いかもしれませんが

 

夫の留守の間「家を守る」のが

 

私の仕事なのです。

 

 

 

仕事、と言っても特にやることもなく

 

ただただ毎日生きること、待つことが仕事なのです。

 

それはあなたが今家でじっとしているのと何が違うかといえば

 

もしかしたらあなたの方がまだ何か家事とか仕事をしているかもしれず

 

私はもっとやることがない毎日でした。

 

 

 

 

周りの時の流れもあなたの時代とは違いとてもゆっくりで

 

ちょっと出かけると言っても何日もかけて歩いたりという時代です。

 

 

 

 

私は何もしていないと思うかもしれないけれど

 

でも、私は自分が悪いと思ったこともないし

 

周りも悪いとは思いませんでした。

 

 

 

 

何かしなければいけない、というのは

 

誰が決めたのでしょう?

 

 

 

何もしなくてもそれが仕事だった私は

 

いけなかったのでしょうか?

 

 

 

私はそれでも退屈もしませんでした。

 

 

 

毎日のぼるお日様に

 

「今日も陽を照らしてくださってありがとうございます」と

 

感謝し、

 

風にも「今日も暖かく良い香りの風をありがとうございます」と感謝し

 

庭の花が咲けば「今日も美しい花を見せてくださってありがとうございます」と

 

神様、仏様に感謝し

 

私は毎日がとても豊かで色々なものを見せてもらってとても幸せでした。

 

 

 

 

何もしなくても生かされている、生かしてくださっている事

 

沢山のものを見たり感じたりさせてもらっていることに

 

本当に幸せを感じていました。

 

 

 

 

あなたは「自分は何か人のために役に立つことをやる役目があるはず」と

 

それを探している様ですね。

 

 

 

誰かの役に立つ仕事は政治など目立つ仕事もあるし

 

それをやる役割の人もいるけれど

 

世の中の人みんながそんな役割を持って果たさなければ

 

いけないと誰が決めたのでしょう?

 

 

 

あなたが生きているだけで

 

あなたの親も家族もお知り合いもペットも

 

みんなそれだけでも幸せなんではないでしょうか?

 

あなたは生きているだけでも

 

ちゃんと幸せを人に与えているのではないでしょうか?

 

 

 

 

私を見てください。

 

大きな目立つ仕事はしていません。

 

でも、私の夫も子供も

 

おそらく私は家にこうやってじっと座っていることが

 

安心で喜びだったのではないでしょうか?

 

 

 

帰って来ればいつも私がいる、

 

「お帰りなさい」と言ってあげれる

 

多分それだけでよかった、そして

 

私はその役割をきちんと果たすために

 

私は自分が笑顔でいれる様に

 

小さなことでも喜びを感じる様に

 

心をとにかく穏やかでいられる様にと

 

努力をしたのです。

 

 

 

 

人によってはこんな生活はつまらないという人もいるかもしれません。

 

でも、私はそうではなかったのです。

 

 

 

あなたはまず自分の体だけを考えなさい。

 

もう人に尽くすことで神経をすり減らすのはやめましょう。

 

あなたは元気になって幸せにならなければいけません。

 

役割など探さなくてもいいのです。

 

あなたはその存在だけでいいのです。

 

 

 

 

もう何も考えず

 

今まで一生懸命真面目に頑張ってきたのだから

 

少しは自分に尽くしてもいいでしょう。

 

安心して体を治しなさい。

 

それを伝えたかったので今日に繋げました。」

 

 

 

とおっしゃったのです。

 

 

この様にご先祖様が「何もしなくていい」というのは

 

それだけこの方が本当に周りの人に気を使っていたからだと思います。

 

 

誰にでもその様なことを言うわけではないでしょう。

 

真面目に生きてこられたのでそうおっしゃってもらったのだと思います。

 

 

 

 

このご先祖様が言う様に

 

江戸時代の方の時の流れは

 

電話もテレビも電車も携帯も何にもない時代です。

 

電気もなく夜は真っ暗で

 

全て人力なので急ぎ様にも急げない時代です。

 

「家にいる」、「待つ」と言うのも当たり前だったのだと思います。

 

でも、現代はものすごく忙しく

 

この様に「じっとしている」ことが当たり前ではなくなり

 

昔以上にいけないことに感じやすいかもしれません。

 

逆に「じっとしていること」ができない人が

 

増えている様にも見えます。

 

 

 

体が調子が悪ければまず治す事が大事です。

 

どうぞご依頼の方がお身体がよくなることをお祈りしております。

 

また、「何かの役に立たなければと思わなくて良い」と言う

 

ご先祖様のお言葉はとても印象的でした。

 

 

どうぞ皆様の中にもこの言葉が必要な方に

 

このご先祖様のアドバイスが届き

 

お幸せになられますことをお祈りしております。

 

 

応援しています。

 

頑張ってください。

 

それではまた

 

 

 

さとこ

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

現代は忙しいですね。

 

例えば手紙というものは以前は数日かかって届いたものでした。

 

それがインターネットからメールへと発展した事により、

 

これ一つとっても「急がされている」という事になると思います。

 

とにかく何から何まで「効率化」の名の元、ゆっくりしている事は

 

罪悪のように感じてしまうのではないでしょうか?

 

 

さとチカも今は週に一回で、私はわざとゆっくりしているのですが、

 

ブログを書かれている方は本当に毎日とか、一日に何度もUPする

 

なんていう事もなされているみたいですね。

 

 

 

私はそんな急ぐ事は嫌いなんです。

 

もっとゆったりして季節の移り変わりや、日々の小さな出来事を

 

感じられる生き方(この方のご先祖様のように)をしたいです。

 

 

私達はそんな「急がされる」という大きな波に飲まれてしまっていると

 

思います。

 

一休さんが言ったのか定かではありませんが

 

「一休み、一休み」という考え方も大切なのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

多くの皆様にご理解頂きたくランキングに参加しています

よろしければクリックお願いします


人気ブログランキング

 

サンタジェロ城の記憶

今日はよく寝ました。

 

 

 

 

 

 

一度朝、9時頃に起きて飲み物とかパンとか食べていたのですが、何か

 

寝たりないな〜という感じがあって、寝床にまたついたのですが、次に

 

起きたのが昼も過ぎて午後2時(笑)

 

昨晩寝たのが夜10時でしたので、え〜〜と?16時間?

 

うわっ!凄く寝た!! 2日分じゃないすか!

 

確かに私、寝る時が至福なのですが、ほっておくとこんなにも寝るとは、、

 

いつもの平日ですと、朝5時に起きなくてはならないので嫌だな==と

 

思っているので、週一で寝る機会があるとこんなにも寝てしまう、という

 

睡眠クラブ員なんですよ(笑)

 

 

 

 

 

睡眠クラブで思い出したのですが、幼少の頃スイミングクラブに通ってまして(こじつけ)

 

たしか小学生の2年生位から通い始めましたね。

 

当時の居住は愛知県の名古屋市というところに住んでいまして、2年生ながら一人で地下鉄を

 

乗り継いで、名古屋スポーツガーデンというスポーツ施設に通っていたんですよ。

 

今にして思えば、親も放任主義というか、そんな小さい子を1時間近くかけて通わせるというか

 

かなり昭和?でアバウトな感じ?

 

まあ、いまでもそんな親な感じですけどね。

 

 

 

 

 

そんな訳でそのスイミングクラブに通っていたのですが、スイミングクラブというより

 

先生個人が何人か生徒を集めて教えているという、今で言う所の少人数指導塾みたいな感じ?

 

ただその先生は相当凄い人で、かつて平泳ぎでオリンピックに出た事がある人だったんですよ。

 

それだけに水の中ではイルカそのものでしたね。

 

余裕で潜水して100m泳ぐとか、平泳ぎひとかきで10m近く進んでいるんじゃないか?と思う程

 

何から何まで凄い泳ぎをする人でした。

 

そんな凄い人に泳ぎを習っていたおかげで、かなり泳ぎは上達しまして、やはり教える人次第で

 

上達も違うんだな〜と子供心に思っていたものです。

 

ただスパルタンな人で「指の間に水かきができるまで水の中にいろ」とか

 

「水中で息が苦しくなったら水を飲めば少し楽になる」とか。

 

おかげで小学2年生ながらクロールで1kmとか泳げる様になりましたけどね。

 

 

 

 

 

ただ親の転勤の都合でそこに通えたのは小学校4年生の夏休みまで。

 

関西に引っ越したんですが、そこの地元のスイミングクラブの先生の指導の仕方がヘタで

 

私は「もう行きたくない」と親に言いまして、結局水泳を習っていたのはわずか2年足らず

 

でしたね。

 

 

子供が小さい頃、先生にやってもらったように、子供を背中に乗せて平泳ぎをして

 

喜ばしたのも今は懐かしい思い出です。

 

 

 

 

 

さてそんなイルカになれなかった私が、というか さとこ が後半にお送りするのは

 

ヨーロッパの古城のようです。

 

かつて旅行したイタリアだったかな?にある有名なお城なんですが、急に さとこ が

 

思い出したらしく、その場所について書いてくれましたよ。

 

 

 

 

では

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

こんにちは、さとこのチカラのさとこです。

 

いつもご愛読ありがとうございます。

 

今日はなかなか書くことが決まらずネットで色々見ていました。

 

そこでたまたまチェコのプラハにある「セドレツ納骨堂」の記事を見つけて

 

読んでおりました。

 

セドレツ納骨堂は1万人ともいわれる人骨を積み上げている「骨の教会」として有名です。

 

途中まで読んでいたのですがなんとも気分が悪くなり

 

読むのをやめました。

 

子供の頃もテレビで見た事があり嫌な気持ちになったのを覚えています。

 

この「嫌な気持ち」を考えていたら

 

そう言えば同じような感じをした場所があったことを思い出しました。

 

それはまだ若い頃、子供ができる前に

 

主人と旅行で行ったローマの「サンタジェロ城」です。

 

その時のことを思い出すと今でもゾクッとした感じがしますので

 

今回はそのことについて書いてみようと思います。

 

 

 

サンタジェロ城は有名な観光地ですので

 

楽しい思い出をお持ちの方もいらっしゃると思います。

 

その方達には本当に申し訳無く思います。

 

今回のお話は私の感じ方だけですので

 

普通の霊感の無い方は楽しく観光できると思いますので

 

これから見に行こうという方もあまり私の話は気にせずに

 

楽しんでいただければ幸いです。

 

どうぞその点をお許しいただけます様お願い致します。

 

 

 

 

 

何年か前にもこのローマの旅行については書いたことがありますが

 

ローマはとにかく霊が多い場所でした。

 

ホテルに着くとなぜか旅行バックのジッパーが「ジー、、ジー、、」と

 

何もしていないのに開け締めする音がしたり

 

何か丸いものが風呂場のドアに向かって飛んで行ったかと思うと

 

シャワーを浴びていた主人が「今ノックした?」と出てきたり

 

寝ているときに昔の衣装を着た女の人が立っていたり

 

夜の広場は光の魂が飛び回っていたり

 

広場ではたくさんの男の人や女の人が逃げ回っているのが見えたりと、、、

 

まだこの仕事を始めるずっと前でそれほど霊能力がない頃でしたが

 

それでも怪奇現象だらけでとても怖かったのを覚えています。

 

ローマは芸術の都市でもあるので様々な彫刻や建造物を見に行ったのですが

 

流石にローマというとたくさんの歴史がありすぎて

 

良いことだけでなく戦いの犠牲になったり

 

冤罪などで苦しんだ人も沢山いたのだと思います。

 

そんな中サンタジェロ城も有名な観光地でしたので

 

旅の最後の方に見に行きました。

 

バチカンの側にありバチカンを見に行った後に

 

続けて見に行った記憶があります。

 

 

 

サンタジェロ城は円柱型の変わった形のお城で

 

要塞としての迫力もあるお城でした。

 

外から見た感じは明るくて「変わった形のお城だな」くらいに

 

思った記憶があります。

 

目の前に川や橋もかかっていて開放的な感じもありました。

 

 

ですが、中に入った途端、なんだか胸が苦しくなって

 

ゾクゾクとして頭が痛くなり重い重圧を感じ始めたのです。

 

当時はまだインターネットも普及しておらず

 

会社に1~2台MACがあるレベルだったと思います。

 

なので観光ガイドブックを見ながら行ったのですが

 

このお城の歴史もそれほど深くは書いていなかったと思います。

 

 

今になって改めて調べてみると

 

皇帝の墓だったり要塞だったり牢獄の時代もあったように書いてあります。

 

ですが当時は牢獄だったことはあまり書いていなかったように思います。

 

バチカンの素晴らしい彫刻も沢山見て感動した後で

 

「とりあえずせっかくここまで来たのだから見ていかなきゃ」くらいで

 

何も先入観がない状態だったのですが

 

中に入った途端、たくさんの男の人や女の人の叫び声が

 

石でできた壁の中から聞こえてきたのを覚えています。

 

まるでディズニーランドのホーンテッドマンションの中で

 

たくさんのドアがガタガタしているところのイメージです。

 

「なんかこのお城変だよ、あんまり書いてないけど何かあったはずだよ」と

 

主人に言った覚えがあります。

 

 

 

とにかく、あちこちの通路や階段で

 

それらの壁は石レンガのように積み上げた壁でドアも窓も通路も

 

何もないのに壁の中から沢山の叫び声が聞こえてきたのです。

 

もちろん昼間の時間で周りには沢山の観光客がいて

 

いろんな国の人が楽しそうに観光をしていました。

 

そんな中自分だけが暗い気持ちになるのは

 

何も聞こえていない主人には申し訳ない気持ちもしました。

 

ですが心臓はバクバクなるし息は苦しくなるし

 

頭は重く痛くなり日本語ではありませんが明らかに

 

「助けてー!!!」「ここから出してー!」と

 

いう意味合いの事をあちこちの壁から言われながら歩くのは

 

本当に怖く辛い感じがしました。

 

姿もなんとなく見えて階段を駆け抜けて逃げる人がいたり

 

本当になんとも言えない気持ちでした。

 

おそらく当時はそれらの壁のどこかに

 

何かしらドアなどがあって部屋もあったかもしれませんが

 

それを埋めてしまっているのではないか、または

 

壁の中に牢獄につながる通路などが実はあるのかもしれないと

 

当時想像したのを覚えています。

 

そのくらい何にもない壁しか見えない所が

 

騒がしい感じがしたのです。

 

 

 

 

今になってネットで色々調べてみると

 

確かに怪奇現象が後をたたない、また、刑務所だった時代もあり

 

無実の罪で収容された人も多々いたお城だと書いてあります。

 

その人たちの叫び声だったのかわかりませんが

 

まだそれほど霊能力が無かった私にもわかるほどの凄さだったので

 

今でも思い出しただけでも息が苦しくなり心臓がバクバクなるような

 

緊張感があります。

 

 

 

日本人も昔の人は拷問などで残酷な事をしたと思いますが

 

西洋の人の残酷さというのは日本人の私からすると

 

ちょっと残酷さの方向性が違う感じで

 

おぞましい感覚がするところがあります。

 

やたらと血が見える感じがあるのです。

 

 

 

また、石創りで暗いというのもあるかもしれませんが

 

日本の木造建築と違い石に吸い込んだ血を

 

拭いたり洗ったりするだけで

 

いつまでもそこに残っている感じがあるのです。

 

日本であれば木造や紙でできているので

 

血がついたとしても紙を張り替えたりできますし

 

良く焼失もするので新しく建て直しになっていたり

 

築年数が明らかに短い感じがするのですが

 

石創りのこのサンタジェロ城は建て始めたのが135年

 

完成したのは139年ということですから

 

今から1900年近く前からずっとあることになるのです。

 

その間にあった様々なことがずっとそこに残ってしまっているのか

 

監獄の時代にもそれほど満室にはならず、一人だけという時代もあったと

 

ネットの情報では書かれてはいましたが、

 

私が感じたものはものすごい人数でしたしあちこちの壁の中からでしたので

 

色々と改築されているのかもしれません。

 

それも奴隷の様なボロボロの服を着た男の人や

 

お手伝いの様な格好の女の人が多かった様に思います。

 

 

 

現在は天使の像なども飾られていて

 

夜はライトアップをしたりと綺麗にしてある様です。

 

 

良く日本でも大量に人が死んだ所や墓地跡、弾薬庫後などは

 

子供用の公園や広場などになっていることも多く

 

霊たちが少しでも心休まればと配慮されているのかもしれません。

 

 

サンタジェロ城の霊たちも

 

沢山の観光客の人の楽しい気持ちで

 

心休まってくれればと願います。

 

 

また、これから観光に行かれる方も

 

私が旅行に行ったのはもう17~8年前のことですので

 

既に霊たちが少しでも供養されて気持ちが治り

 

皆様に楽しい思い出を沢山くれる事を願っております。

 

 

どうぞ皆様も素敵な観光地に旅行され

 

お幸せになられる事をお祈りいたします。

 

 

応援しています。

 

頑張ってください。

 

それではまた

 

 

さとこ

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

そういえばローマでしたか、この城があったのは。

 

観光地で多くの人でにぎわっていました。

 

城の中は石造りで窓が少ないので薄暗かった記憶があるのですが、

 

確かに言われてみると、何か重い雰囲気が漂っていましたね。

 

さとこはこの時はほとんど何も言っていなかったと思うのですが、

 

こんな声まで聞いていたとは、、

 

今はきれいに整備されていますが、古い城だけに色々な事が

 

あったようですね。

 

それはこのサンタジェロ城だけではなく、他の城もそして、

 

古都であるローマ自体にも多くの霊が浮遊しているような場所だと

 

思います。

 

 

何か残虐的な部分がそうさせているような気がしてなりません。

 

 

 

 

 

多くの皆様にご理解頂きたくランキングに参加しています

よろしければクリックお願いします


人気ブログランキング

家主がしょっちゅう変わる家

昨日は餃子を120個作りました。

 

 

 

 

 

 

久しぶりですね、また大量に餃子を作ったのは。

 

以前は「皮」から作って茹で餃子も作ったりしていたのですが、さすがに皮から

 

作るとなるとかなり時間がかかるのですよ。

 

強力粉と薄力粉をまぜてまぜて、練って練って、寝かしてから1枚分の大きさの魂に

 

小分けして伸ばすと。

 

まあ確かに苦労しただけそれはそれは美味しい餃子が出来上がるのですが、

 

子供達は茹で餃子より焼き餃子の方が良いと(泣)

 

 

なぜ昨日焼き餃子を作るハメになったかというと、どうも長男が学校帰りに

 

ラーメンを食べたらしく、付け合わせの餃子が今まで外で食べた中では一番

 

美味かったと、でもパパの作る餃子の方が美味しいという一言で、じゃあ食べる?

 

と言うと、とても食べたいという事から作る事になった訳ですよ。

 

 

餃子の材料が有りませんでしたので、まずはスーパーに行って食材を準備するところから

 

始めました。

 

私の場合の餃子の材料は、餃子の皮(もち粉入り)、白菜、ニラ、ニンニク、豚挽肉(脂肪の多いもの)、

 

卵、干し椎茸が基本で調味料は、塩、コショウ、しょうゆ、ごま油、ラード、オイスターソース、

 

鶏ガラスープの素という感じ。

 

この餃子の種を作るのも白菜を茹でてから思いっ切り絞って水分を減らし、さらに細かく切ってからも

 

絞るというものなんですが、ここで余計な水分を少なくする事がコツですね。

 

そして調味料の中のラードですが、これを使う事でパサパサしがちな具がしっとりとするんですよ。

 

食べた時に具が柔らかい感じにするには、肉より野菜を多めにするのも良いと思います。

 

 

 

 

 

で、具材を混ぜ合わせ種を作ってから、いよいよ包む作業に入るのですが、さすがに一人で120個を

 

包むのは大変なんです。

 

本当はさとこにも手伝って欲しかったのですが、何やら子供の学校に提出する書類が大量にあって

 

忙しいらしく、まあ一人黙々と包んでいましたが、1時間半くらいはかかったかと思います。

 

これが結構面倒な作業なんですよ。

 

包み終わった時には夜9時を過ぎていましたね。

 

 

 

 

 

 

そしてやっと焼きの行程に入る訳ですが、私の場合は出来上がった時に花びらの様にするために

 

餃子をフライパンに並べます。

 

いつも30個をそのように並べるのですが、そうする事で見た目にもキレイで食欲をそそるんですよ。

 

フライパンで焼き上がった時にその大きさの皿を餃子に重ね、一挙にひっくり返すと。

 

そうする事で、花びら餃子の出来上がりとなります。

 

全部で120個ですから、焼きの行程を4回繰り返す事になります。

 

 

 

 

 

まあ皆、美味い美味いと言いながら食べてくれましたから、ちょっと疲れましたけど

 

良しという事で。

 

でだ、今夜のご飯はどうするの?ってまだ何も考えていません。

 

ブログを書きながら夕飯の準備ですから、けっこう大変なんですよ。

 

まずは散らかったシンクの食器を洗って、米を炊いている時間を使いながら、何かを

 

作る感じですかね。

 

 

 

 

 

じゃあ夕飯の準備をしてきます。

 

さとこ後半は、私の向かいで一生懸命書いてくれていますけど、今回はどんな話なのかな、、

 

後で読んでから、後半につなぎますね。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

こんにちは、さとこのチカラのさとこです。

 

いつもご愛読ありがとうございます。

 

 

 

私は毎日犬の散歩でご近所を歩いているのですが

 

その中で「家主がしょっちゅう変わる家」というのがあります。

 

 

駅の方にある商店街にも「しょっちゅうテナントが変わる店舗」というのもあります。

 

今回はこれらのことについて書いてみたいと思います。

 

 

一見見た目もそれほど悪くもなく、どちらかといえば綺麗いでいい物件です。

 

場所もそれほど悪くもなく、その両隣の家や店舗は何年も変わっていないことが多いです。

 

 

 

ではなぜ、これらの物件は家主が入れ替わってばかりいるのか?

 

いつも不思議に感じております。

 

 

 

ですが、それらにはいつも共通した変な感じがするのです。

 

それは「空気が重い」「なんか落ち着かない」のです。

 

 

理由はそれぞれかもしれませんが

 

なぜか良い感じがしないのです。

 

それが第一の原因に思います。

 

 

 

家のすぐ近所の物件は

 

閑静な住宅街にある綺麗な家です。

 

私たちが越してきた頃、丁度立ったと思われる

 

当時新築の物件でした。

 

 

 

そのお隣さんがお友達の家で

 

「お隣も同い年のお子さんらしいけど私立だからあんまりお話したことないの」と

 

聞いたことがありました。

 

高級車もあり時折車が出入りしているのを見たことがありますが

 

普通に立派なご家族だったのだろうと思います。

 

 

それが 数年経つとそのお友達から

 

「理由はよくわからないけどお引越しになったみたいよ」というのです。

 

その後、また違うお子さんのいるご家族が住み、

 

また数年したらお引越し。

 

その後また子供の同学年のお友達もお住まいになりましたが

 

あっという間にお引越し。

 

現在はまた違うご家族がいるようないないような様子です。

 

たった15年の間にわかっているだけでも3組から4組

 

もしかしたら「あれ?誰か住んでる?」と思うこともあったので

 

もっといたかもしれません。

 

ですが、気がつくと空き家になっているのです。

 

その前をよく通るのですが

 

そんな家はご近所でもとても珍しいです。

 

見た目も立派な一戸建て

 

最初は新築でおそらく相当の値段がしたと思います。

 

 

 

お隣のお友達のお話では「隣同士で同じ並びではあるけど

 

玄関がうちは道路側、で向きが違うからご近所付き合いが違うのよね、、

 

それで何かあるのかしら?」と聞いたことがあるのです。

 

 

 

よくよく見てみると

 

この二件の御宅は隣同士で細い道路に面しているのですが

 

お友達は南の道路側に玄関があり、

 

良く住人が変わる家は道路ではなく、

 

そこから90度に伸びた東側の路地側に面しているので

 

隣同士ではあるけど出入りを全く見ないというのです。

 

ちなみにお隣のお友達の家というのは

 

ご家族みんな元気一杯でとても幸せそうにしています。

 

 

 

玄関の向きが何かあるのか?

 

改めてみると1つ「あれ?」と思うことに気がつきました。

 

それは「玄関が鬼門(北東)にある」と言うことなのです。

 

お友達の家は鬼門ではないのです。

 

 

 

鬼門に玄関があると言ういえは他にもたくさんあると思います。

 

現に私が住んでいる家もよくよくみると鬼門に玄関があります。

 

私の家は中古物件で私たち の前に二組ほどの家族が住んでいて

 

私たちは3組目の家族です。

 

最初確かに色々と不可解な現象もありました。

 

さらに見ていくと駅の方にある良く入れ替わるテナントも

 

鬼門に入口があることが分かりました。

 

 

 

色々調べてみると風水では「鬼門に玄関や水回りを置くと良くない」

 

と言うことが出てきます。

 

我が家の場合は水回りはありませんが

 

引っ越してきた頃は色々な怪奇現象は確かにあり

 

子供達も色々見えたと良く言っていました。

 

ですが、私たちの生のエネルギーが勝っているのか

 

気がついたら怪奇現象は今はほとんどなく

 

とても落ち着いている感じがします。

 

また、最近では皆さんにもお分けしている「ストーン」を置いたり

 

植物を飾ったりもし

 

出来るだけいつも片ずけて整理整頓しているので

 

それが効果が出ているのかもしれません。

 

お札なども普通は玄関は出入りが多いとのことで置かない方が良いとされていますが

 

私はそうは思っておらず

 

毎朝挨拶が出来るように玄関にきちんと整頓して配置しています。

 

それらのことが良いのかわからないのですが

 

昨年色々不運が多かったように思います が

 

 

 

これらのことを改めて始めてから玄関がとても元気になり

 

今家族に大きなトラブルは何もなく

 

どちらかと言うといいことの方が多い感じがします。

 

 

 

 

話は戻りますが

 

住人がしょっちゅう変わる家はどうか?と言うことですが

 

中の様子はわからないのですがもしかしたら水回りも鬼門にあったのかもしれません。

 

外から見た感じでは鬼門にキッチンらしきものが伺えます。

 

風水というのは私はあまり詳しくないので

 

それほど重点を置いてはいないのですが

 

もしかしたら「 鬼が出入りする」というのは

 

昔の人が何かしら見てそう言っている可能性は高いです。

 

 

 

この御宅の場合、それだけではなく

 

なんというか、寂しい感じの家なのです。

 

見た目の色も薄いグレーで

 

人が住んでいた時も子供がいるという割には

 

家の周りが賑やかではありませんでした。

 

 

 

普通の子供のいる家というのは

 

家の周りに子供用のカラフルな自転車が置いてあったり

 

お砂場の道具が少し見えていたり

 

お花が植えてあったりと

 

賑やかな元気さがあるものです。

 

 

 

ですが、この家はどの人が住んでも

 

幼稚園生や小学生が住んでいても

 

まるで静かで家の周りが寂しいのです。

 

何かしようという元気が出ないのかもしれません。

 

 

 

この家が建つ前の状態はわからないのですが

 

この重い感じというのは代々増しているように感じます。

 

それは住む人の「念」が置き去りになっている感じがするのです。

 

辛いこと、苦しいことがなんだか重なっていく感じで

 

人が入れ替わるたんびに重くなっている感じで

 

どんどん滞在期間が短くなっているように感じるので す。

 

 

 

現在もこの家は空き家です。

 

とても立派な家なのにもったいないなー、、と思いながら

 

元気な家族がこの重い空気を取り払ってくれないかな、、と

 

いつも思います。

 

 

色々なことがあっても

 

最終的には生きている人間のエネルギーにかなうものはありません。

 

そのためには家族が元気でなければならないのです。

 

子供が元気でいるためには

 

お父さんお母さんがたっぷりの愛情をかけることが大事なのです。

 

この家から伝わってくる念は

 

なんというか、寂しい感じなのです 。

 

 

お母さんの前でとても良い子

 

大人しい、言うことを聞く子

 

いつもイライラしているお母さん

 

子育てに無関心なお父さん

 

なんというか、、、

 

威圧的というか、、、

 

ネグレストに近いのかもしれません。

 

子供がいるのに子供の姿が見えない

 

笑い声が聞こえない

 

冷たい感じがどの家族が住んでもしていたのです。

 

 

 

また、駅の方にあるしょっちゅうテナントが変わる店舗は

 

一見とても明るいのですが

 

形がちょっと変わっているのです。

 

「とんがった三角形」でガラス張りなのです。

 

 

ここの前も買い物でよく見ますし、一度何限目かの時に

 

お店の中に入ってみたことがあります。

 

今は珈琲屋さんだったような?気がしますが

 

その時はケーキ屋さんだったように思います。

 

しょっちゅう変わるので「何屋さんだったっけ?」と思うほどです。

 

 

 

以前店内に入ってみましたがなぜか落ち着かなくて

 

お店の人に声をかけられてもなんだかよく覚えていないくらい落ち着かなくて

 

逃げ出すようにすぐに店舗を出てしまったのを覚えています。

 

 

 

とても綺麗で高級なお菓子を売っていたような、、そんな気がするのですが

 

集中してみることができなかったのを覚えています。

 

そして「もう2度と入りたくない」と思ってしまいました。

 

 

 

お店の従業員の人も親切そうで開店してやる気もあるようでしたし

 

何が原因か?というとなんとも説明し難いのですが

 

まずガラス張りなのがとても嫌だったのを覚えています。

 

ガラス張りのお店なんて沢山あるのに

 

長細い三角形のこの店舗では

 

とにかくガラスが迫ってくるというか

 

ガラスの外の人に目が気になる というか

 

変な感じがしたのです。

 

 

 

三角形の家でも平気で住んでいる人もいると思いますが

 

かなり鋭角な三角形でとにかく落ち着かなかったです。

 

調べてみると風水では三角形の土地は「大凶相」とのことです。

 

 

 

思い起こすと他にも私の家の近所に三角形のマンションがありますが

 

大家さんが商売を昔やっていたそうですが

 

今は人の気配がありません。

 

これも立派なマンションです。

 

 

 

さらにこの駅の店舗は入り口が鬼門にあるのです。

 

5~6年の間に3~4回 テナントが変わり

 

今は落ち着いている感じがします。

 

 

もしかするとですが

 

我が家もですが元々あまり良くないとされている風水の土地でも

 

住人が入れ替わる回数とか

 

何かしらの防御策(玄関に色々置くなど)で

 

悪い家相も回避できるのかもしれません。

 

 

家を買う、店を開く、というのは

 

一世一代の大事業です。

 

何もかも100パーセント完璧な条件の物件というのが

 

必ずあるとは限りません。

 

 

 

ある占い師の人が「親より新しい家や立派な家に住むのは

 

あまり良いことではない」と言っていたのを覚えています

 

それは親孝行をする前に親を越しすぎてしまう事は

 

「奢っている」という事なのかもしれません。

 

 

 

「家を建てる前にもし墓がきちんと綺麗にされてなければ

 

まず先祖の墓を綺麗にしてから家を建てなさい」というのも

 

聞いたことがあります。

 

これも「奢り」を戒めているように感じます。

 

 

 

色々な言い伝えがありますが

 

新築と違い中古物件はある意味色々空気や雰囲気など確認しやすいのも確かです。

 

新築でも中古でも自分の住むとこ ろに何か違和感があったなら

 

それを改善する方法を見つけて住むことが大事かと思います。

 

何もしないままでいると「家に食われる」というか

 

「家の空気に飲まれる」感じがするように思います。

 

どうぞ皆様も不具合をうまく調整しながら

 

お幸せになられることをお祈りしております。

 

 

 

応援しています。

 

頑張ってください。

 

それではまた

 

 

 

さとこ

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

皆様ももちろん「家」に住んでいます。

 

今回の話では、さとこ  が感じた人の入れ替わりが多い家という問題を

 

取り上げていますが、確かに言っている事は私も感じます。

 

 

思い出すのが、私どもが新婚の頃に住んでいた「横浜の家」

 

ここはブログにも書きましたが、とんでもない怪奇現象があった家でした。

 

さとこ も何度も病気にかかり、若いのにどうして?と当時は思っていたものでした。

 

考えてみればそこは集合住宅の中でも一番良くない位置でしたね。

 

外観はこぎれいで最初に見た時には、いいなと思ったのですが、、

 

思い返すと玄関も鬼門だったような気がしますし、水回りも近くにありましたね。

 

 

家は住んで見て違和感を感じる場合もあると思いますが、さとこも言っているように

 

我が家の場合は「生」のエネルギーが霊気に勝った結果、現在のようになって

 

いると思うんですよ。

 

 

家相が悪いという場合でも、それを防ぐ手段は風水で詳しく述べられていますから、

 

今回の さとこ の言葉と共に調べられてみて、改善していくのも手かと思います。

 

それでもどうしても違和感があるのであれば、離れた方が良いかもしれません。。

 

 

 

 

多くの皆様にご理解頂きたくランキングに参加しています

よろしければクリックお願いします


人気ブログランキング