サンタジェロ城の記憶 | さとこのチカラ

サンタジェロ城の記憶

今日はよく寝ました。

 

 

 

 

 

 

一度朝、9時頃に起きて飲み物とかパンとか食べていたのですが、何か

 

寝たりないな〜という感じがあって、寝床にまたついたのですが、次に

 

起きたのが昼も過ぎて午後2時(笑)

 

昨晩寝たのが夜10時でしたので、え〜〜と?16時間?

 

うわっ!凄く寝た!! 2日分じゃないすか!

 

確かに私、寝る時が至福なのですが、ほっておくとこんなにも寝るとは、、

 

いつもの平日ですと、朝5時に起きなくてはならないので嫌だな==と

 

思っているので、週一で寝る機会があるとこんなにも寝てしまう、という

 

睡眠クラブ員なんですよ(笑)

 

 

 

 

 

睡眠クラブで思い出したのですが、幼少の頃スイミングクラブに通ってまして(こじつけ)

 

たしか小学生の2年生位から通い始めましたね。

 

当時の居住は愛知県の名古屋市というところに住んでいまして、2年生ながら一人で地下鉄を

 

乗り継いで、名古屋スポーツガーデンというスポーツ施設に通っていたんですよ。

 

今にして思えば、親も放任主義というか、そんな小さい子を1時間近くかけて通わせるというか

 

かなり昭和?でアバウトな感じ?

 

まあ、いまでもそんな親な感じですけどね。

 

 

 

 

 

そんな訳でそのスイミングクラブに通っていたのですが、スイミングクラブというより

 

先生個人が何人か生徒を集めて教えているという、今で言う所の少人数指導塾みたいな感じ?

 

ただその先生は相当凄い人で、かつて平泳ぎでオリンピックに出た事がある人だったんですよ。

 

それだけに水の中ではイルカそのものでしたね。

 

余裕で潜水して100m泳ぐとか、平泳ぎひとかきで10m近く進んでいるんじゃないか?と思う程

 

何から何まで凄い泳ぎをする人でした。

 

そんな凄い人に泳ぎを習っていたおかげで、かなり泳ぎは上達しまして、やはり教える人次第で

 

上達も違うんだな〜と子供心に思っていたものです。

 

ただスパルタンな人で「指の間に水かきができるまで水の中にいろ」とか

 

「水中で息が苦しくなったら水を飲めば少し楽になる」とか。

 

おかげで小学2年生ながらクロールで1kmとか泳げる様になりましたけどね。

 

 

 

 

 

ただ親の転勤の都合でそこに通えたのは小学校4年生の夏休みまで。

 

関西に引っ越したんですが、そこの地元のスイミングクラブの先生の指導の仕方がヘタで

 

私は「もう行きたくない」と親に言いまして、結局水泳を習っていたのはわずか2年足らず

 

でしたね。

 

 

子供が小さい頃、先生にやってもらったように、子供を背中に乗せて平泳ぎをして

 

喜ばしたのも今は懐かしい思い出です。

 

 

 

 

 

さてそんなイルカになれなかった私が、というか さとこ が後半にお送りするのは

 

ヨーロッパの古城のようです。

 

かつて旅行したイタリアだったかな?にある有名なお城なんですが、急に さとこ が

 

思い出したらしく、その場所について書いてくれましたよ。

 

 

 

 

では

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

こんにちは、さとこのチカラのさとこです。

 

いつもご愛読ありがとうございます。

 

今日はなかなか書くことが決まらずネットで色々見ていました。

 

そこでたまたまチェコのプラハにある「セドレツ納骨堂」の記事を見つけて

 

読んでおりました。

 

セドレツ納骨堂は1万人ともいわれる人骨を積み上げている「骨の教会」として有名です。

 

途中まで読んでいたのですがなんとも気分が悪くなり

 

読むのをやめました。

 

子供の頃もテレビで見た事があり嫌な気持ちになったのを覚えています。

 

この「嫌な気持ち」を考えていたら

 

そう言えば同じような感じをした場所があったことを思い出しました。

 

それはまだ若い頃、子供ができる前に

 

主人と旅行で行ったローマの「サンタジェロ城」です。

 

その時のことを思い出すと今でもゾクッとした感じがしますので

 

今回はそのことについて書いてみようと思います。

 

 

 

サンタジェロ城は有名な観光地ですので

 

楽しい思い出をお持ちの方もいらっしゃると思います。

 

その方達には本当に申し訳無く思います。

 

今回のお話は私の感じ方だけですので

 

普通の霊感の無い方は楽しく観光できると思いますので

 

これから見に行こうという方もあまり私の話は気にせずに

 

楽しんでいただければ幸いです。

 

どうぞその点をお許しいただけます様お願い致します。

 

 

 

 

 

何年か前にもこのローマの旅行については書いたことがありますが

 

ローマはとにかく霊が多い場所でした。

 

ホテルに着くとなぜか旅行バックのジッパーが「ジー、、ジー、、」と

 

何もしていないのに開け締めする音がしたり

 

何か丸いものが風呂場のドアに向かって飛んで行ったかと思うと

 

シャワーを浴びていた主人が「今ノックした?」と出てきたり

 

寝ているときに昔の衣装を着た女の人が立っていたり

 

夜の広場は光の魂が飛び回っていたり

 

広場ではたくさんの男の人や女の人が逃げ回っているのが見えたりと、、、

 

まだこの仕事を始めるずっと前でそれほど霊能力がない頃でしたが

 

それでも怪奇現象だらけでとても怖かったのを覚えています。

 

ローマは芸術の都市でもあるので様々な彫刻や建造物を見に行ったのですが

 

流石にローマというとたくさんの歴史がありすぎて

 

良いことだけでなく戦いの犠牲になったり

 

冤罪などで苦しんだ人も沢山いたのだと思います。

 

そんな中サンタジェロ城も有名な観光地でしたので

 

旅の最後の方に見に行きました。

 

バチカンの側にありバチカンを見に行った後に

 

続けて見に行った記憶があります。

 

 

 

サンタジェロ城は円柱型の変わった形のお城で

 

要塞としての迫力もあるお城でした。

 

外から見た感じは明るくて「変わった形のお城だな」くらいに

 

思った記憶があります。

 

目の前に川や橋もかかっていて開放的な感じもありました。

 

 

ですが、中に入った途端、なんだか胸が苦しくなって

 

ゾクゾクとして頭が痛くなり重い重圧を感じ始めたのです。

 

当時はまだインターネットも普及しておらず

 

会社に1~2台MACがあるレベルだったと思います。

 

なので観光ガイドブックを見ながら行ったのですが

 

このお城の歴史もそれほど深くは書いていなかったと思います。

 

 

今になって改めて調べてみると

 

皇帝の墓だったり要塞だったり牢獄の時代もあったように書いてあります。

 

ですが当時は牢獄だったことはあまり書いていなかったように思います。

 

バチカンの素晴らしい彫刻も沢山見て感動した後で

 

「とりあえずせっかくここまで来たのだから見ていかなきゃ」くらいで

 

何も先入観がない状態だったのですが

 

中に入った途端、たくさんの男の人や女の人の叫び声が

 

石でできた壁の中から聞こえてきたのを覚えています。

 

まるでディズニーランドのホーンテッドマンションの中で

 

たくさんのドアがガタガタしているところのイメージです。

 

「なんかこのお城変だよ、あんまり書いてないけど何かあったはずだよ」と

 

主人に言った覚えがあります。

 

 

 

とにかく、あちこちの通路や階段で

 

それらの壁は石レンガのように積み上げた壁でドアも窓も通路も

 

何もないのに壁の中から沢山の叫び声が聞こえてきたのです。

 

もちろん昼間の時間で周りには沢山の観光客がいて

 

いろんな国の人が楽しそうに観光をしていました。

 

そんな中自分だけが暗い気持ちになるのは

 

何も聞こえていない主人には申し訳ない気持ちもしました。

 

ですが心臓はバクバクなるし息は苦しくなるし

 

頭は重く痛くなり日本語ではありませんが明らかに

 

「助けてー!!!」「ここから出してー!」と

 

いう意味合いの事をあちこちの壁から言われながら歩くのは

 

本当に怖く辛い感じがしました。

 

姿もなんとなく見えて階段を駆け抜けて逃げる人がいたり

 

本当になんとも言えない気持ちでした。

 

おそらく当時はそれらの壁のどこかに

 

何かしらドアなどがあって部屋もあったかもしれませんが

 

それを埋めてしまっているのではないか、または

 

壁の中に牢獄につながる通路などが実はあるのかもしれないと

 

当時想像したのを覚えています。

 

そのくらい何にもない壁しか見えない所が

 

騒がしい感じがしたのです。

 

 

 

 

今になってネットで色々調べてみると

 

確かに怪奇現象が後をたたない、また、刑務所だった時代もあり

 

無実の罪で収容された人も多々いたお城だと書いてあります。

 

その人たちの叫び声だったのかわかりませんが

 

まだそれほど霊能力が無かった私にもわかるほどの凄さだったので

 

今でも思い出しただけでも息が苦しくなり心臓がバクバクなるような

 

緊張感があります。

 

 

 

日本人も昔の人は拷問などで残酷な事をしたと思いますが

 

西洋の人の残酷さというのは日本人の私からすると

 

ちょっと残酷さの方向性が違う感じで

 

おぞましい感覚がするところがあります。

 

やたらと血が見える感じがあるのです。

 

 

 

また、石創りで暗いというのもあるかもしれませんが

 

日本の木造建築と違い石に吸い込んだ血を

 

拭いたり洗ったりするだけで

 

いつまでもそこに残っている感じがあるのです。

 

日本であれば木造や紙でできているので

 

血がついたとしても紙を張り替えたりできますし

 

良く焼失もするので新しく建て直しになっていたり

 

築年数が明らかに短い感じがするのですが

 

石創りのこのサンタジェロ城は建て始めたのが135年

 

完成したのは139年ということですから

 

今から1900年近く前からずっとあることになるのです。

 

その間にあった様々なことがずっとそこに残ってしまっているのか

 

監獄の時代にもそれほど満室にはならず、一人だけという時代もあったと

 

ネットの情報では書かれてはいましたが、

 

私が感じたものはものすごい人数でしたしあちこちの壁の中からでしたので

 

色々と改築されているのかもしれません。

 

それも奴隷の様なボロボロの服を着た男の人や

 

お手伝いの様な格好の女の人が多かった様に思います。

 

 

 

現在は天使の像なども飾られていて

 

夜はライトアップをしたりと綺麗にしてある様です。

 

 

良く日本でも大量に人が死んだ所や墓地跡、弾薬庫後などは

 

子供用の公園や広場などになっていることも多く

 

霊たちが少しでも心休まればと配慮されているのかもしれません。

 

 

サンタジェロ城の霊たちも

 

沢山の観光客の人の楽しい気持ちで

 

心休まってくれればと願います。

 

 

また、これから観光に行かれる方も

 

私が旅行に行ったのはもう17~8年前のことですので

 

既に霊たちが少しでも供養されて気持ちが治り

 

皆様に楽しい思い出を沢山くれる事を願っております。

 

 

どうぞ皆様も素敵な観光地に旅行され

 

お幸せになられる事をお祈りいたします。

 

 

応援しています。

 

頑張ってください。

 

それではまた

 

 

さとこ

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

そういえばローマでしたか、この城があったのは。

 

観光地で多くの人でにぎわっていました。

 

城の中は石造りで窓が少ないので薄暗かった記憶があるのですが、

 

確かに言われてみると、何か重い雰囲気が漂っていましたね。

 

さとこはこの時はほとんど何も言っていなかったと思うのですが、

 

こんな声まで聞いていたとは、、

 

今はきれいに整備されていますが、古い城だけに色々な事が

 

あったようですね。

 

それはこのサンタジェロ城だけではなく、他の城もそして、

 

古都であるローマ自体にも多くの霊が浮遊しているような場所だと

 

思います。

 

 

何か残虐的な部分がそうさせているような気がしてなりません。

 

 

 

 

 

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