こんにちは
ラコタのパイプを持つヒプノセラピスト
梅澤千恵子です。
お正月は母が不在で
初めてお節も作らず、お飾りもなし、
年賀状も書かず・・・
17歳の犬と2人きり
のんびり過ごす予定でした。
元旦は寝坊をして
犬の散歩
本や新聞を読み
ゆっくり過ごしました。
翌日からは
予定外の用事や来客で
てんやわんや
久しぶりに親族の集まりに
急遽参加しました。
(集まることを知らなかった)
4日には九州から大量の野菜が届く。
注文を間違えたらしく
親戚に野菜のお裾分け。
半日かけて洗ったり下処理。
新鮮で美味しい野菜がたっぷりで
嬉しい。
新年は犬のエサの手作り以外は
ファスティングするつもりが
流れてしまい
たらふく飲んで食べて
過食で腹痛~笑
今日は七草粥でお腹を整えて
明日は母が帰宅すると
食事作り等いろいろあるので
ファスティングをするには
ハードルが高め・・
まあ
思いがけないことばかりの
年明けでしたが
親戚たちと過ごすのは
楽しかったから
良しとしましょう(笑)
29年サイクルの終わりと始まり
これまでの記事
29年サイクルの終わりと始まり その4
29年サイクルの終わりと始まり その5
29年サイクルの終わりと始まり その6
29年サイクルの終わりと始まり その7
29年サイクルの終わりと始まり その8
29年サイクルの終わりと始まり その9
29年サイクルの終わりと始まり その10
29年サイクルの終わりと始まり その11
29年サイクルの終わりと始まり その12
29年サイクルの終わりと始まり その13
29年サイクルの終わりと始まり その14
29年サイクルの終わりと始まり その15
29年サイクルの終わりと始まり その16
29年サイクルの終わりと始まり その17
29年サイクルの終わりと始まり 番外編
29年サイクルの終わりと始まり 19
29年サイクルの終わりと始まり 20
29年サイクルの終わりと始まり お知らせ
29年サイクルの終わりと始まり 番外編2
29年サイクルの終わりと始まり 番外編5
29年サイクルの終わりと始まり 21
平成に元号が変わった1月に
左足の皮膚移植手術(植皮)が
決まりました。
左足は足首から親指の付け根まで
開放骨折していて
親指の爪は剥がれ
甲の肉が半分くらいなくなり
骨が見えていました。
事故当日の手術で
足首から足の指の付け根まで
皮膚を欠損した部分に
豚の皮を植皮しました。
自分の皮膚の植皮をするまで
豚の皮を貼り
欠損した皮膚が落ち着くのを
5週間待ちました。
その間、
毎朝の包帯交換で
傷を消毒をする時の痛みは
手術を受けるまで続きました。
自分の皮膚の植皮は
お尻の皮膚を使うと説明がありましたが
手術の数日前に
左右のそけい部(太腿のつけ根)から
採取すると変更になったと言われました。
えー??
ハイレグの水着が着れない!
事故の前に
年に1-2回でしたが
有名な写真家の専属モデルをしていて
水着の撮影もありました。
事故に遭い
手足も顔も負傷したので
仕事に復帰するのは無理なのは
わっかっていたのですが
咄嗟に思ったのは
「ハイレグが着れなくなる!」
でした・・・
お尻の皮膚を採ると言ってたのに
そけい部に変更したのは何故?
担当医は出張で不在。
手術変更の説明がないことに
不安と苛立ちを感じて
面会に来た母に泣き言を訴えました。
母は整形外科病棟の婦長さんに
相談にいくと
婦長さんも主任さんも
不在でした。
困った母は友達に電話で相談。
その方は大きな総合病院の婦長さんで
偶然にも私が入院していた大学病院の
看護部長さんと同期で親友だったのです。
母の友達はすぐに看護部長さんに
連絡を入れてくださり
そこからが速かった!
看護部長さんが病室までいらして・・、
元旦に大学病院長と一緒に
入院患者の部屋まで
新年のご挨拶で回られていたので
すぐにお顔がわかりました。
整形外科病棟の主任の先生と
婦長さんも飛んで来ました。
わ〜!
大ごとになってしまった。
すぐに
そけい部からの植皮方法の
詳しい説明がありました。
足の甲に採取した皮膚を縫いつけて
皮膚が着くまでに1週間程度かかり
その間はシーネなどで固定して
安静を保ちます。
足の甲の植皮だけでなく
眼球や顔面骨折の状態から
術後は仰向けで寝るのが好ましい。
当初のお尻の皮膚から採取すると
大きな皮膚を採取できる反面
私の場合はうつ伏せや横向きは
術後の身体に負担がかかるそうです。
そけい部の右側から皮膚を採取して
足りない場合は左からも取る。
採取したあとは縫い縮めるので
線状の傷あとが残る。
そけい部の傷は気になる場合は
術後半年以降に
形成外科の傷の再生手術を
受ける方法もあるそうです。
ハイレグを着る方法は
いくらでもあるのです。
傷があったとしても
まったく気にしない!
というのもありますね。
当時の私には
その考えは微塵もなく
また、紫外線にあたると
傷は残ると言われていたので
それから10年間くらいは
傷を隠すことに必死になりました。
母の機転の利く行動と
様々な偶然が重なり
詳しい説明を聞いて
気持ちは落ち着きました。
手術前には
整形外科だけでなく
眼科や形成外科の検査も
たくさん受けて
いよいよ手術となりました。
長くなったので続きます。
All my relations!







