創価学会の日精上人への誹謗中傷を破す2
それに、裁判記録にも学会の策謀と解る、コーヒーカップ遺骨訴訟、事実無根のC作戦、金毘羅への御供養、神輿担ぎ、クリスマス会、あんなた何の宗教してるんですか、少しは『恥を知りなさい!』
創価学会の日精上人への誹謗中傷を破す1
創価学会では、「第十七世日精上人は釈迦仏を造立して、謗法を犯した」などと誹謗しています。
しかし、日精上人は、御生涯を通じて日蓮大聖人を御本仏と仰ぎ、大漫荼羅御本尊を本宗の信仰の根幹とされていました。それは、総本山の御影堂や六壺の板御本尊、常在寺や細草檀林の板御本尊を造立され、さらに多くの信徒に漫荼羅御本尊を書写し、授与されていることからも明らかです。また総本山の客殿や了性坊、常在寺などの大聖人の御影も日精上人の造立・御開眼によるものです。
このように、漫荼羅御本尊を根本とされていた日精上人が、釈尊像を崇めるわけがありません。
たしかに日精上人が著わされた『随宜論』という書物の中には、御登座以前に、縁故の寺院に仏像を造立したかのような記述があります。しかしこれは、大檀越である敬台院殿の信心を守るために著わされたものです。
当時の敬台院殿は、いまだ信仰至らずして仏像に執着し、持仏堂として建立した寺院に仏像を造立することを強く希望したため、日精上人はやむなく一時の方便としてこれを許されました。これによって、宗門内の僧俗から敬台院殿への非難が起こったため、日精上人は一往の弁明として『随宜論』を著わされたのです。
また日精上人は、『日蓮聖人年譜』を著わされ、その中で造像家であった要法寺日辰の文を引用して、その誤りを簡潔に破折されています。
近代の学匠と讃えられる第五十九世日亨上人は、『富士宗学要集』の中で、日精上人の御著述の随所に厳しい批判の注釈を加えられています。しかし、宗門内外の膨大な歴史資料を収集・編纂するという大偉業のなかで、日精上人の造像破折の一文を見落とされたことも仕方のないことでした。
また、日亨上人は、御自身亡き後の宗義の不明な点を、他門の学者から指弾されないよう、あらかじめ御自身の手で日精上人の造像に関する部分に注釈を加えられたものと拝察されます。しかし日亨上人が、日精上人を御歴代上人として深く尊敬されていたことを物語る資料は、数多く残されています
創価学会は、日亨上人の注釈を持ち出して、日精上人を誹謗していますが、それは日亨上人・日寛上人の御真意にも背くものであり、ひいては日蓮大聖人以来の血脈を誹謗する大謗法に当たるのです。
●ここで釈迦仏を造立されたなら大石寺に記録残るし、造立した釈迦仏本体が現存するはず、というか、破門前にそんな記録や造立された釈迦仏を見た事や、閲覧した事がありますか!?
しかし、日精上人は、御生涯を通じて日蓮大聖人を御本仏と仰ぎ、大漫荼羅御本尊を本宗の信仰の根幹とされていました。それは、総本山の御影堂や六壺の板御本尊、常在寺や細草檀林の板御本尊を造立され、さらに多くの信徒に漫荼羅御本尊を書写し、授与されていることからも明らかです。また総本山の客殿や了性坊、常在寺などの大聖人の御影も日精上人の造立・御開眼によるものです。
このように、漫荼羅御本尊を根本とされていた日精上人が、釈尊像を崇めるわけがありません。
たしかに日精上人が著わされた『随宜論』という書物の中には、御登座以前に、縁故の寺院に仏像を造立したかのような記述があります。しかしこれは、大檀越である敬台院殿の信心を守るために著わされたものです。
当時の敬台院殿は、いまだ信仰至らずして仏像に執着し、持仏堂として建立した寺院に仏像を造立することを強く希望したため、日精上人はやむなく一時の方便としてこれを許されました。これによって、宗門内の僧俗から敬台院殿への非難が起こったため、日精上人は一往の弁明として『随宜論』を著わされたのです。
また日精上人は、『日蓮聖人年譜』を著わされ、その中で造像家であった要法寺日辰の文を引用して、その誤りを簡潔に破折されています。
近代の学匠と讃えられる第五十九世日亨上人は、『富士宗学要集』の中で、日精上人の御著述の随所に厳しい批判の注釈を加えられています。しかし、宗門内外の膨大な歴史資料を収集・編纂するという大偉業のなかで、日精上人の造像破折の一文を見落とされたことも仕方のないことでした。
また、日亨上人は、御自身亡き後の宗義の不明な点を、他門の学者から指弾されないよう、あらかじめ御自身の手で日精上人の造像に関する部分に注釈を加えられたものと拝察されます。しかし日亨上人が、日精上人を御歴代上人として深く尊敬されていたことを物語る資料は、数多く残されています
創価学会は、日亨上人の注釈を持ち出して、日精上人を誹謗していますが、それは日亨上人・日寛上人の御真意にも背くものであり、ひいては日蓮大聖人以来の血脈を誹謗する大謗法に当たるのです。
●ここで釈迦仏を造立されたなら大石寺に記録残るし、造立した釈迦仏本体が現存するはず、というか、破門前にそんな記録や造立された釈迦仏を見た事や、閲覧した事がありますか!?
創価学会の破門前と破門後の指導考察
創価学会は破門前と破門後、随分と態度が違いますね、手のひらを返したように●池田大作氏が幹部連中を引き連れて『お詫び登山』へ行ったのも、というか間違いだったからお詫びしに行ったのに、顔は誠心誠意、心では舌をだし、笑っていたんですね、それは山崎正友さんの書いた本に暴露されています。
破門前は池田大作氏は母親に戒名をつけ
塔婆まで上げて、葬式まで日蓮正宗で上げています。
とある者は、それをしないと宗門が許さない、と言ってあます。
『許す許さない』も自分自身の母親のお骨でしょうに。
価値観が違う!?『教えは一緒』でしょうに、ただ曲解してるだけ。都合の悪い御書を偽書と中傷してるだけ。
更に、破門後は戒名や塔婆は寺の金儲けと称して誹謗中傷しています。
ここで、一つ一つ折伏してみましょう。
●お塔婆とは
戸田城聖全集第二巻より。
色心不二の成仏、草木成仏の深い原理からきているんです。
人はしぬと宇宙の生命に溶け込みます。
色心不二の二法であるがゆえに、この生命を塔婆という体を作って、供養すれば聞いた題目が生命に感じて業が薄くなり
苦悩を少なくしうるのです。一個の肉体を塔婆としてこれ自体がしにんの肉体に変わり自身の生命を強める事ができます
この功徳は一心法界
ですから我が身に帰るんです。
●戒名について
「仏事追善の引導の時の廻向の事(中略)当亡者の戒名を以って無始の罪障を滅して成仏得道疑ひなし」と、『導師が御本尊の功徳力用を願うとき、戒名に寄せて故人の無始以来の謗法罪障を消滅して、即身成仏の本懐を遂げる』意義を仰せであります。したがって、本宗信徒は、御法主上人ないし所属寺院の住職・主管に、戒名の命名を願うべきであります。
●日蓮大聖人の御父には『妙日』
●日蓮大聖人の御母には『妙蓮』
●南条時光の戒名は『大行尊霊』
●父親の南条平七郎の戒名を『行増』
池田大作さんのお墓には戒名が三つあると聞きます、これで如何に、池田大作さんが嘘つきで、人を騙すのが得意か解りますね、正に『矛盾だらけですね』
破門前は池田大作氏は母親に戒名をつけ
塔婆まで上げて、葬式まで日蓮正宗で上げています。
とある者は、それをしないと宗門が許さない、と言ってあます。
『許す許さない』も自分自身の母親のお骨でしょうに。
価値観が違う!?『教えは一緒』でしょうに、ただ曲解してるだけ。都合の悪い御書を偽書と中傷してるだけ。
更に、破門後は戒名や塔婆は寺の金儲けと称して誹謗中傷しています。
ここで、一つ一つ折伏してみましょう。
●お塔婆とは
戸田城聖全集第二巻より。
色心不二の成仏、草木成仏の深い原理からきているんです。
人はしぬと宇宙の生命に溶け込みます。
色心不二の二法であるがゆえに、この生命を塔婆という体を作って、供養すれば聞いた題目が生命に感じて業が薄くなり
苦悩を少なくしうるのです。一個の肉体を塔婆としてこれ自体がしにんの肉体に変わり自身の生命を強める事ができます
この功徳は一心法界
ですから我が身に帰るんです。
●戒名について
「仏事追善の引導の時の廻向の事(中略)当亡者の戒名を以って無始の罪障を滅して成仏得道疑ひなし」と、『導師が御本尊の功徳力用を願うとき、戒名に寄せて故人の無始以来の謗法罪障を消滅して、即身成仏の本懐を遂げる』意義を仰せであります。したがって、本宗信徒は、御法主上人ないし所属寺院の住職・主管に、戒名の命名を願うべきであります。
●日蓮大聖人の御父には『妙日』
●日蓮大聖人の御母には『妙蓮』
●南条時光の戒名は『大行尊霊』
●父親の南条平七郎の戒名を『行増』
池田大作さんのお墓には戒名が三つあると聞きます、これで如何に、池田大作さんが嘘つきで、人を騙すのが得意か解りますね、正に『矛盾だらけですね』
