飯山満のうめ -2ページ目

ご主人さまぁ

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写真は、、ドキドキ笑っちゃいました側面にご主人さまぁらーめんできましたぁドキドキだって、キティちゃんはまたまだ続くねクリニック学校では看護師が御当地グルメならぬ、御当地キティちゃんを集めています キティちゃんのペンだけど、そういやこの前どこかのばあちゃんがでかいキティちゃんのリュック背負ってたのは笑います。クリニックでは朝から、ショッキングピンクのキティ�ちゃんの寝間着きてる婆さん、香水一瓶かけたようなもの凄い匂いむかっ




創価学会の日精上人への誹謗を破す。

創価学会では、「第十七世日精上人は釈迦仏を造立して、謗法を犯した」などと誹謗しています。
しかし、日精上人は、御生涯を通じて日蓮大聖人を御本仏と仰ぎ、大漫荼羅御本尊を本宗の信仰の根幹とされていました。それは、総本山の御影堂や六壺の板御本尊、常在寺や細草檀林の板御本尊を造立され、さらに多くの信徒に漫荼羅御本尊を書写し、授与されていることからも明らかです。また総本山の客殿や了性坊、常在寺などの大聖人の御影も日精上人の造立・御開眼によるものです。
このように、漫荼羅御本尊を根本とされていた日精上人が、釈尊像を崇めるわけがありません。
たしかに日精上人が著わされた『随宜論』という書物の中には、御登座以前に、縁故の寺院に仏像を造立したかのような記述があります。しかしこれは、大檀越である敬台院殿の信心を守るために著わされたものです。
当時の敬台院殿は、いまだ信仰至らずして仏像に執着し、持仏堂として建立した寺院に仏像を造立することを強く希望したため、日精上人はやむなく一時の方便としてこれを許されました。これによって、宗門内の僧俗から敬台院殿への非難が起こったため、日精上人は一往の弁明として『随宜論』を著わされたのです。
また日精上人は、『日蓮聖人年譜』を著わされ、その中で造像家であった要法寺日辰の文を引用して、その誤りを簡潔に破折されています。
近代の学匠と讃えられる第五十九世日亨上人は、『富士宗学要集』の中で、日精上人の御著述の随所に厳しい批判の注釈を加えられています。しかし、宗門内外の膨大な歴史資料を収集・編纂するという大偉業のなかで、日精上人の造像破折の一文を見落とされたことも仕方のないことでした。
また、日亨上人は、御自身亡き後の宗義の不明な点を、他門の学者から指弾されないよう、あらかじめ御自身の手で日精上人の造像に関する部分に注釈を加えられたものと拝察されます。しかし日亨上人が、日精上人を御歴代上人として深く尊敬されていたことを物語る資料は、数多く残されています。
なお、日寛上人が出家得度を志されたのは、日精上人の教化によるものであり、また日寛上人は御登座後、日精上人御書写の御本尊を板御本尊として御彫刻申し上げました。この板御本尊は、総本山寂日坊(じゃくにちぼう)・久成坊の常住御本尊として御安置されています。これらのことから、日寛上人も日精上人を深く尊敬されていたことがうかがわれます。
創価学会は、日亨上人の注釈を持ち出して、日精上人を誹謗していますが、それは日亨上人・日寛上人の御真意にも背くものであり、ひいては日蓮大聖人以来の血脈を誹謗する大謗法に当たるのです。
●ここで釈迦仏を造立されたなら大石寺に記録残るし、造立した釈迦仏本体が現存するはず、というか、破門前にそんな記録や造立された釈迦仏を見た事や、閲覧した事がありますか!?
破門後に学会幹部が宗門を攻撃するためにでっち上げたものなんです。
あなた方こそ、大量の偽物本尊や、金毘羅への供養、学会員の息子の骨を汚い珈琲カップへの自作自演のコーヒーカップ遺骨訴訟、『少しは恥を知りなさい』




創価学会の御書の引用を破す。

『この経は相伝にあらざれば知り難し』
『一大聖教大意にあります。』我見や自己流の解釈で御書を拝読してはいけません。
ましてや学会幹部の
法話と称す、偽の解釈も鵜呑みにしてはいけません。
次に学会員が曲解している、二つの御文を題材にして、相伝でなければ御書の理解は、非常に難しい事の証明をしたいと思います。
●御書の『四菩薩造立抄』には一見すれば『久成の釈尊』を本尊としなさいと意訳しがちですが。
『実際には』
地涌の菩薩の上首である四菩薩(上行、無辺行、淨行、安立行)の像が造立されたのはいつか、という質問に対する答えです。
大聖人は、末法の一切衆生を救うための本尊を、法華経の虚空会に基づいて図顕されます。虚空会とは、南無妙法蓮華経を象徴する宝塔を中心に虚空で行われた説法のことです。久遠の師匠である釈尊は、久遠の弟子である地涌の菩薩を、この虚空会に呼び出し、滅後末法の妙法流布を託します。大聖人は、虚空会で明らかにされた、妙法を根本とする久遠の師弟を本尊に図顕され、法華弘通の旗印とされたのです。
 本抄では、こうした本尊の深義を理解される一段階として、末法の今こそ、地涌の四菩薩を脇士とする本門の教主釈尊が造立される時であると教えられています。当時としては、これだけでも、仏教史上、前代未聞の法門だったのです。さらに、大聖人は、こうした本尊を顕す御自身こそ上行菩薩の再誕であり、仏法の次元から見れば「一閻浮提第一の富める者」であると仰せになります。
 後半では、迹門無得道という己義を唱える一部の門下を戒められ、大聖人の弟子であるならば「日蓮が如く」修行していかねばならないと、師弟不二の信心を教えられます。
●では『師』とは誰か
随順すべき猊下様を師として仰ぐからこそ『総じての血脈』が流れるのではないですか!?
真言見聞に『三宝一体なり』とありますね猊下様を誹謗中傷する事は御本仏を誹謗中傷する事と同じ
相伝ですが『僧宝とは第二祖日興上人様から六十八世に至る歴代の猊下様方』です。
更に『厳密に言うと』出家された小僧さんも入ります、何故ならいずれ小僧さんの中から歴代の猊下様になる方がおられるからです。
●更に日興遺戒置文
時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えれば之を用もちう可からざる事
多くの学会員が、一番曲解して、解釈している御文であります。
●日達上人様の仰せの如く、時の貫首が、如何なる理由があるにもせよ、己義を構える弟子、檀那を容認、放置し、なかんずく、その者を登用してはならないとの事です。
ましてや、大聖人様の、化義、化法を相伝された猊下様が己
義を構える訳が有りません。
●ましてや時の貫首を攻撃していいという御文ではありません
●そもそも、修行僧に向けられて送られた文であり、決して俗人や謗法者が使って
いいものでは有りません。
●これを貫首を用う可 らず事と曲解してるんですね、いつから、学会員はなれもしない僧侶に、なったんでしょうかね。
いつから、袈裟免許貰ったんですかね。
最後に
今まででの人生を否定するつもりはありません、確かに創価学会が正しい時代もありました。
独りの愚人にねじ曲げられ、破壊されるまでは。
たまたま道を踏み外しただけなんです。
我々は、赤信号を渡ろうとしている、あなた方を救おうとしているだけです、赤信号を渡ればそこには頭破七部の世界しかありません。
頭破七部を経験し六根清浄を経験した自分だから言えるんです。