MASAMI or YA$Uさんのブログにこんな記事がありました。
親族の居なくなったGAY達の課題(5)
http://ameblo.jp/masamisone/entry-11848782129.html

シリーズもので(4)には具体的なことが書いてあります。
親族の居なくなったGAY達の課題(4)
http://ameblo.jp/masamisone/entry-11606323483.html

さて、少し前ですが私は、ヘテロセクシャルの高齢者と 死についての
意見交換会に行ったことがあります。
ヘテロセクシャル(異性愛者)で高齢者、
町のやさしいおじいちゃん、おばあちゃんで にこやかで、そして、保守的な方々です。
そういう方々と看取り、死後、埋葬、墓、などについて話し合いました。
結婚されてお子さん、お孫さんもいる方、結婚はしているけど、
子はいない方 いろんなスタイルの生活をされている方たちと話します。

でも、どこかで、共通しているのが
「子供、妹弟、従妹がいるから大丈夫。」
「葬祭業者に言ってあるから大丈夫、生前契約しているから大丈夫。」
「死んだあとは、残った者に任せるわ。」

リスク管理は、不安になった時、生前契約している、葬儀会社に電話して、
自分の契約が有効かを「口頭」で確認する。

今、生前契約した葬儀業者が倒産するという事例もあるようですが。

愛情、優しさ、恩、感謝、そういう優しい言葉に包まれたその奥に
「分かってくれる。」という「甘え」というか「根拠のない自信」が透けてみえるんです。
ここまでやったからあとはお任せ、だって家族だもん。
それが、日本の良いところですが、果たしてそれでいいのでしょうか?

その一方でホモセクシャル(同性愛者)の人たちは、
自分のセクシャルを受け入れたときなのか、伴侶を見つけたときなのか
どこかのタイミングで、子孫を残すこと、○○家の家督を継がせることを 手放して、
時間とともに親族がいなくなることを受け入れるのではないのでしょうか。
その中で、自分の周りの人、大好きな仲間に迷惑をかけずに、
どうやって 年を重ねていくかを真摯に考えている、そこには甘えはなくて、
淡々と受け入れている姿が見えます。

「そんなことは、もうみんなやっている、法律家も関わっている。 当然だ、馬鹿もの!!」
と怒るヘテロセクシャルの方もいるでしょう。
でも、「まあ親族は分かってくれるでしょう。」 と最後の部分で思ってはいませんか?

でもね。
自分の親族がいるときに人生の終わりを迎えることができるかどうか、
そして、自分の親族の考えがみんな同じかなんて 神のみぞ知る世界です。

私たちが、彼ら(彼女たち)に教えてもらうべき部分は
親族がいなくなること、一人で人生を終える覚悟の仕方なのではないかなと思います。
昨日、母の日の朝、インド学の研究者の松山俊太郎先生がお亡くなりになりました。

私は福神研究所主催の「日蓮遺文勉強会」でご一緒させていただいて、
とてもすてきな先生でした。

日曜日の午後に病院にお見舞いに伺ったんですが、
すでに時遅く先生はお亡くなりになっていました。

前にお見舞いに行った時はすごくお元気で、研究と執筆に意欲的で
病人と言うよりも、今はたまたまベッドに寝ている研究者でした。
それが最後になってしまいました。
だから、私の記憶にある、松山先生の姿は
まだまだ活動したいと奮闘している姿です。

そんなお堅いちょっとすると怖い感じの先生であり
その一方で、おっぱい好きでもありましたが
下品な女好きのそれとはまったく違いとても硬派な方でした。
遺文の会の時に女性に話かけることは殆どありませんでした。

でも、私に話しかけてくれる時があります。
今日のような風の強い日や、秋から冬になり
深々と冷え込む日です。
言葉も決まっています。

『お嬢さんは、風に飛ばされていないだろうか?』
『お嬢さんは、凍えていないだろうか?』

いつもそう声をかけてくれました。
お嬢さんは、私ではなく私の子供です。

私の連れ子で、なんの知識もない、ただの子供です。
子供は一度だけごあいさつさせてもらったことがあるだけでしたが、
ずっと覚えていてくれて、いつも気にかけてくれていました。
急に冷え込んでくると
『お嬢さんは風邪をひいていないだろうか?』と声をかけてくれました。
ご本人は着物に素足の下駄で(笑)
「先生の方がお寒くないですか?」と聞くと「ぼくは大丈夫。」と
そんな些細な会話しかできなかったけど、
いつも家の子供のことを気にかけてくれたやさしい先生でした。

もう、お会いできないと思うと寂しいです。こんな風の強い日は特に
そう思います。

松山先生のご冥福を祈ります。

いびき、歯ぎしり、自分がしているとしたらどっちがイヤ? ブログネタ:いびき、歯ぎしり、自分がしているとしたらどっちがイヤ? 参加中

私は歯ぎしり派!

だって、歯が痛くなります。私は、顎関節症で口が大きく空きません。
歯医者さんが、治療できない時もありました。
口が1.8センチ開くと治療ができるらしいんですが
私は1センチあるかないかくらいでした。

痛み止めと飲んで痛みが減るのを待ちながらめいっぱい口をあける訓練を
しながら、優しくて歯医者さんに無理やり治療してもらいました。

優しい歯医者さんが紹介状を書き、すぐに顎関節外来に行かされました。
治療のかいあって今は2センチくらい口が開きます!!!

でも、なんで口が開かなくなるのかを言うと、私は就寝時に歯ぎしりの
音のないバージョン「くいしばり」をしているらしいんです。
音がないから周りも自分もまさか歯ぎしりをしているなんて気づかないんです。

歯を食いしばったまま横にスライドさせない、だから音が出ないけど、
就寝時なので、力の加減をしらない、痛いという感覚も鈍いので
力いっぱい歯を食いしばっているらしく、歯がつぶれているんだそうな。
その、食いしばりの影響が顎にも出ていて顎関節症になっているんですって。

言われていれば、昨日はそれなりに開いていた口が、朝起きると、全く開かない。
なんてことはよくありました。
歯磨きが足りなくて、虫歯になったと思っていました。謎が解けました。

という訳で顎関節外来に先生に教えてもらいましたが
私は「くいしばり」タイプの歯ぎしり派です。

自分がしていたらどっちがイヤというか、すでにしていました。
歯ぎしり、くいしばりは、歯が痛いんです。口が開かなくなるし、あっという間に
奥歯が腫れ上がる。だから歯ぎしりはイヤです。

ストレスがたまると歯ぎしりすると言われていますが、私もそうだったようです。
ストレスがたまると、すぐ顔に出て奥歯が腫れ上がり頬がパンパンになりました。
くいしばり→奥歯つぶれる→炎症→パンパン でした。

分かってからは、ちょっと疲れがたまると「今日はくいしばりしちゃいそうだな~。」
気をつけようと、自分に言い聞かせて、
自己暗示やアフォアメーションなんかも力も借りて寝ると、次の日だいぶ楽です。

自分を知るって大事な~とつぶれた奥歯に教えてもらいました。




いびき、歯ぎしり、自分がしているとしたらどっちがイヤ?
  • いびき
  • 歯ぎしり

気になる投票結果は!?

続き 朗読のあと中休みになって
つたない朗読と、ひどい歌を歌ってヘロヘロになっていた私に
会場の人が声をかけてくれました。

うれしかったし、ほっとしました。

その中で「僕はHIV陽性者だよ。」という男性から言われました。

「何をしてほしいんじゃないんだ。ただ、僕らの話を聞いてくれて
知ってくれてそばにいてくれる、それだけでいいんだよ。」

「当事者でも専門家でもないくせに、外からギャーギャーいうんじゃない。」
って言われるとさえ思っていたので、この言葉に救われました。
気持ちが楽になった。

同性愛のこと命のこと知らなきゃ関われない、なにも言えない
と気構えたいたけど、そうじゃなくて
素人は、素人らしくそこにいていいんだ。ということを言われた気がしました。

時に世の中には知らないことや、差別もいっぱいあります。
恐がって近づかなかったり、逆に「かわいそう」と思わなきゃいけないとか
ヘンな感覚に陥ってしまいがちですが、
私としては「お友達」になってしまうのが一番、気持ちの上で楽です。

人それぞれに多くのバックグラウンドがあって
知識も経験も教養もない人間がむやみに土足で
踏み込んだりはできない。

でも、目の前にいる「お友達」の「あなた」と楽しい時を過ごしたい。
じゃあ、どうしたらいい?と考えることはできるから。

あと、私には子供がいるんだけど、例えば子供が今後
HIVの人と初めて出会って、
知らない、怖い、近づけないとパニックになってしまう時、
道徳的指導、教育的指導、医療的指導、その前に「あーママの友達にもいるよ。」
と一言、伝えられると何か変わるような気がするから。

人生の先輩として、それくらいは伝えられるような人でありたい。

会場で写真を撮らせてもらいました。
ブログ顔出しOKの人でもこんなにいっぱいいた。

しかも、みなさん大御所だった!!
ここでもミーハー炸裂した!!



前回の続きわたしが読んだ手記は40代のHIV陽性者の男性の手記でした。

最後の一節にこう書いてありました。

僕がHIVに感染したことで、
僕の世界を見る目が変わって、
僕は自分の行動を抑制している。
きっと、感染したことを周囲に人に告白したら、
一気に僕の世界は変わって
僕の行動は静止するんだろうな。(『僕はこれから』より引用)

そういう事ってあるなって思ったんです。
HIVではないけれど、人には1つくらいこういう自分の中にある
秘密というか毒というかが、あるのではないでしょうか。

人によっては借金だったり、整形だったり、不倫経験ありとか
命にかかわることじゃない、言ったところで実は世界は変わらない。
そんなことかもしれないけれど、
本人にとってはそれがバレたら自分が崩れてしまうと、
自分の世界が止まってしまうと恐怖する何か。

「そういうものって私もあるよ。」

その一言でゲイとか、HIVとか、命を考えるとか
難しい垣根をちょいと乗り越えて、
と、り、あ、え、ず、横に置いて
手をつなげそうな気がしました。

手をつなげてしまえば「お友達」として、「もっと知りたい」
次のもう一歩が踏み出せやすいそんな気がしたんです。

もうちょい続けさせて・・・