問題や悩み事が起きる時
その根底には
『大切にされていない』
『愛されていない』
ように感じて
怒りがわいたり
悲しくなったり
傷付いたり
不安になったり
するのかなと思う。




だけど、その、『愛されていない』の中には
『自分の感じる愛情表現』と『違う』だけで
本当は愛情をたくさん注がれているのかもしれない。




おはようございます富士山
いつもお読みくださってありがとうございます♡
大切なあなたへ
ジャージコバ認定カウンセラー日向です。




我が家の夫は
仕事帰りやちょっと外出した時に
良く私が好きな食べ物や飲み物を
「好きだと思って。」と言って買ってきてくれる。




昨日、仕事帰りに、ドライ洗濯用の洗剤と、いくつかの日用品を買ってきて欲しいとお願いしたのだけど、他の日用品を探しているうちに、ドライ洗濯洗剤のことを忘れたらしく買って来なくて。




今朝、わざわざ出勤前に買いに行ってくれたのだけど、
その買い物袋の中に、『肉まん』も入っていて、「日中食べて。」と、「好きだと思って。」と、渡してくれた。




その時、ふと、あぁ〜、これは、夫の愛情なんだ、って思った。
チョコとかお煎餅とか炭酸ジュースとか、外食の時は、お店でいつも私に「何が食べたい?」と聞いて、私が食べたいメニューを2つ(1つは自分の分として)頼んでくれる。
夫が好きなもの頼めば?と言っても、
もし、1つが好みの味じゃないとか、辛いとかで食べられなかった時のため、と言って。




夫の中ではきっと、私が好きなものを美味しく食べたり飲んだりすることが『愛情のカタチ』なのかもしれないなぁ、と思った。





きっとこんな風に、その人それぞれの『愛情のカタチ』があって、
それは皆全然違って、
そこにいっぱい気付けたら、
『愛されてない』と
問題や悩みが起こることも
減るのだろうなぁと思った。





私が好きな愛情のカタチは、
抱っこ
頭をなでなで
話しを聴く
一緒にいる
等だったりして





それも大切だけど、
それ以外を受け取らないと
抱っこしてくれなかったあの人
頭をなでてくれなかったあの人
話しを聴いてくれなかったあの人
一緒にいてくれなかったあの人の
愛情は『ない』ことになってしまう。




私の好きな愛情のカタチも
私以外の人の愛情のカタチも
たくさん感じられたら
見付けられたら
『愛情に溢れた世界』
で生きていけるんだろうなぁ。




そんなことを思う。





あなたの周りの『愛情』はどんな『カタチ』ですか?






次女からバレンタインの愛情のカタチ🐻








ヘレンちゃんのブログ
もしかしたら、子供の時に、
親族に対して、何かと癇癪を起こして
よく怒り散らしていた「悪ガキのゆうこ」は
少しも悪くない、のかもしれない。


というかあの時に
誰か私の味方になってくれてた人はいるか?



あんなに小さい子供だったのに…?




いつも怒っていた「ゆうこ」
自分の心を守る為に
こんなに、こんなに頑張っていたのか





そう思ったら




ジーーーーーンっと、泣けてきた。



〜ヘレンちゃんのブログより一部抜粋〜




こんばんは🌙
花粉の飛散が始まったのか目が痒いキョロキョロ
みなさんは大丈夫ですか?
ジャージコバ認定カウンセラー日向です。




ヘレンちゃんのブログを読んで、幼い頃のわたしの気持ちを思い出した。
(ちょっと汚い話しも出てくるから苦手な方は読まないでね♡)




我が家の母は、夜、宗教の集まりで居ないことが良くあって
留守の母に変わって、同居していた祖母(父の母)が、私の面倒をみてくれていた。




その日、私は熱を出していて、胃腸炎だったのか、ご飯も食べられていなくて…、
だけどおばあちゃんと話しているうちに少し楽になって、
おばあちゃんが漬けた梅干しを食べさせてくれたんだ。




お腹も空いていて、さっぱりした梅は、パクパク食べることが出来て
ちょっと安心出来たところに母が帰ってきた。




だけど…、母が帰ってきてすぐまた吐いてしまって…、
それを見た母がおばあちゃんを怒った。
何で梅なんか食べさせるんだって、
おばあちゃんを怒ったんだ。




私は、それが悲しくて悲しくて
めちゃくちゃ腹が立った。
自分は居なかったのに、
具合いが悪い子供を置いて
そんな時でも宗教に出かけていく母親が
なんで私のお世話をしてくれる
近くにいてくれる
優しいおばあちゃんにそんなことを言うのか?




だけど、吐くのが止まらなくて
言い返すこともできなくて
いつもヒステリックに怒るだけの母親が
大嫌いだった。




それを、言えない自分が悔しかった。
悔しくって悔しくって、今でも覚えていた。
私は、今も、あの頃の母親に怒ってる。




あなたは居てくれなかった
おばあちゃんは居てくれた
私にはそれが全部




私の中で今でも『宗教』に反応したり
母親に対して怒りがわいてくるのは
あの頃の自分の気持ちに気が付いて欲しいからだ。




本当はめちゃくちゃ怒っていたのに
腹が立っていたのに
それを言えなかった
おばあちゃんのことも守れなかった。
あの頃のわたし。




だけど本当は
小さい身体で
小さな胸の中で
精一杯守ってた



どうにか母親がいない寂しさを感じないように
おばあちゃんの優しさをずっといっぱい感じていた。




本当、ヘレンちゃんの言うように
悪くないのかもしれない。
悪くないって思うだけで泣けてくる。



あの頃のわたしは
良く頑張っていたね。



今まで守ってくれてありがとう。
もう
大丈夫
大丈夫














こんばんは
いつも読んでくださってありがとうございます✨
大切なあなたへ
ジャージコバ認定カウンセラー日向です。




一つ前のブログに、コメントありがとうございます照れ
むっちゃ言うのも書くのが恥ずかしかったけど
すごく意外なあたたかい反応を頂いて、う、嬉しいー😭♡




今日は、こんな時間(11時30分)に夫が、
私の生理の痛み止めを買いにドラッグストアに行ってくれていますニコ




***




皆さんは、何か困ったことがある時、
そんなに大きなことじゃなくて、
日常の中のことを
誰かに頼んだりお願いすることって出来ますか??




例えば、
お風呂に入っていて、シャンプーがきれていた時、新しいシャンプーを持ってきて貰う、とか
料理をしていて盛り付ける時、お皿を棚から出して欲しい、とか
もう、本当に些細なこと。





自分でやるのが少し大変だけど、まぁ困りもしないこと
ちょっと我慢すれば出来ること。
それを人に頼むこと。



実は、私はこれ、苦手でキョロキョロ(私だけ??)
夫は、反対に、サラーっと言える人なのです。




これがね、一緒に暮らして、私は割とびっくりしたことでびっくり





あ、そんなに自然に頼めるんだって、大袈裟かもしれないけど、すごいなって、思ったのキョロキョロ




これは、どこまでも、『自分でやる』が染み込んでいて、
『一人でやる』ことが良いと思い込んでいる私の心の癖で。
そこに何の戸惑いもなく普通に
当たり前に出来る夫がすごいなぁとずっとこっそり思ってた。




それを最近、やってみることにした。




咄嗟に『悪いな』って、頭によぎるんだけれど、それでもエイっと口にしてみる。




一人じゃなくて誰かに頼る
『信頼』の『安心』の世界に行ってみる。





それでね、今日、私は生理になって、
腰とお腹がなかなか痛くて。




だけど、『痛い』とかも今まであんまり人に言ってこなかった。
多分これは長年クラシックバレエをやってきて、
例えば疲労骨折だろうが、盲腸手術数日後だろうが、熱が40度だろうが、
『舞台に立つ』ことが当たり前の世界(私がいたところでは)だったことがあるからかもしれない。
初めての出産の時でさえ『痛い』って口にすることに抵抗があって、ほとんど口に出さないまま、なかなか静かに産んだ私は、助産師さんに、『え?2回目??初めて?だよね??』と確認された程。笑
本当は、経験したことない痛みに、周りにいるたくさんの医師の顔も見えなかったのに、どんだけ強がりなのかニヒヒ





それを、今日は、言ってみた。
なんかね、当たり前だけど、口にしなかったら、夫が(男性が)生理が痛いなんてわかるはずもない。
だから普通に動ける(家事とかね)と思っていても何にも不思議じゃないなって。
今までそれを勝手に我慢して、勝手に頑張ってたなって。





『背中とお腹が痛い。さすってー。』って言ってみた。





そしたら、夫は腰やお腹を撫でてくれて。
あったかい、チャンポン(冷凍のやつ)を作ってくれて。
こんな時間に薬を買いに行ってくれた。




そしたら、なんだか安心して。
あぁ、今までめちゃくちゃ一人でやってたから『不安』だったんだって
誰かに『わかってもらえる』それだけで
こんなに安心出来るんだって感じた日。





安心したからか
チャンポンで温まったからか
お腹痛いのも楽になったチュー






一人じゃなく
誰かに頼ることは
あったかい








長女と作ったスコーンスイーツ