終章_虹のトンネル(2)(3) | クルミアルク研究室

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沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

「わたまわ」エピソードは基本的にすべて「沖縄糸満の軽石被害に寄付しようキャンペーン 第3弾」参加作品です。

沖縄・那覇を舞台に展開するラブコメディー「わたまわ」をこちらに転載しています。70から2年後のゴールデンウィークあたりの設定です。今回2話分の話をUPなので少々長めです。

目次クリックで移動します。3.はリャオ、4.はサーコのモノローグです。

 

目次
3.指輪
4.どっちであっても

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3.指輪

 

「あけみさんとお話があります」
風呂上がりの私が化粧水で肌を整えているとき、サーコが話しかけた。
「あけみ?」
「見てほしいものがあるの」
そう言って私が座っている側に小箱を持ってきた。彼女が小箱を開けると、銀色の指輪が入っている。


(image: Photo by Aung Soe Min on Unsplash)

「どうしたのこの指輪?」
「ジングが、……トモが買ったんだって」
「え? サーコに?」
「それがねえ、とっても不思議なの」
サーコは指輪を摘まむと、私に指輪の内側を示した。
「ここ、刻印あるでしょ。何って書いてる?」

  Always with you. T to A

「いつも君と一緒、って、ずいぶんキザなこと書いてるのね」
「でも、変だと思わない?」
「どこが?」
「だって、トモの本名はジングだから、イニシャルはTじゃなくてJだよ?」
私は驚いてサーコを見た。そして指輪を注意深く眺める。うん、どう見てもこれはTで彫ってある。
「それから、もっと不思議なことがあるの。この指輪、サイズが大きいの」
サーコが結婚指輪をしたまま、左手薬指にトモの指輪をはめてみせる。確かに大きくてゴロゴロしている。おかしいな。私、サーコの指輪のサイズ、9号ってちゃんとトモに伝えたけど?
「しかも、刻印の近くに宝石埋めてあるでしょ」
うん、見える。小さい奴が光っている。
「それ、アクアマリンでもルビーでもなくて、ペリドットなの」
「えええ?」
私は驚きの声を上げる。確かにペリドットだ。サーコは息を継いで、言った。
「つまり、この指輪、あけみさんのなのよ」

私は目をしばたかせた。トモが、私に、指輪? なんで?
「うーん、多分、彼はあけみさんになにかお礼がしたかったんじゃないかな。だって、リャオがジングに最後に会ったの、ラブホテルだったんでしょ?」
「そんな、何もなかったわよ!」
とっさに私は叫んだ。
「だって、私が迫ったらティミョパンデトルリョチャギするって言った!」
私たちは顔を見合わせて笑った。サーコはホテルの電話機の側にあるメモ帳とボールペンを手に取った。
「韓国にこんな言葉があるのよ。独身男性がよくつぶやくんだって」
サーコはささっとハングルを書き綴り、私に発音してみせる。

내 잃어버린 한쪽갈비는 지금쯤 어디서 뭘하고 있을까?
ネ  イルボリン ハンチョッガルビヌン ジグンチュン オドィソ モルハゴ イッソルカ?
(私の失ったあばら骨は今頃どこで何をしているんだろう?)

「それ、旧約聖書の創世記だよね」
結婚の起源として巷でよく知られている話だ。神様はアダムを作ってから、1人でいる彼を哀れんで連れ合いを作ろうと思い立つ。すなわちアダムから肋骨を一本取り出してエバを作った。創世記第2章18節、21-22節:
また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。(中略)そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。

眠りから覚めたアダムはエバを見てとても感激して叫ぶ。同23節:
そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。

だから、人は結婚するんだって。自分の身体の一部ともう一回一緒になるために。

サーコはつぶやいた。
「あたし、ジングのあばら骨になれなかった。ジングは、トモは、あけみさんに、あばら骨になって欲しいんだよ」
「あばら骨、ねえ」
全然ピンとこない。彼はあけみを見ても喜んだり叫んだりしなかったよ?
あ、いや、何度かある。思い返すと、トモは私の料理をいつも絶賛してくれた。美味しいと全部平らげてくれた。私が沖縄そばにコーレーグースを大量に仕込んだときでさえ。もっとも私の誕生日プレゼントと称してアフリカから食材送りつけて料理のリクエストまで書いてきたときは、かなりあきれかえったけど。
「じゃ、トモのあばら骨な私は、天国に行かなくちゃいけないわね?」
するとサーコはうなずき、私の目をのぞき込んだ。
「そう、そのためには、教会へ行かなきゃ」
「あー、あの男!」

私は叫んだ。そこまでして私に教会に行けと? 全く、トモなら、企てそうなことだな!

とりあえず、いただいた指輪をはめてみる。左薬指に指輪が二つ。
とても嬉しいのだけど、うーん、これじゃ商談のとき相手に妙な顔されちゃうよ?
「どっちか右の薬指に移動したら?」
「じゃ、トモのを右手にするね?」
私は半分泣きそうになりながら右薬指にトモからの指輪をはめた。ピッタリだ。
「でもさ、“あきお君”で指輪はめててもいいのかな?」
「いいんじゃない? トモはリャオには“あきお君”でいて欲しいみたいだから」
サーコは私の右手を握って、指輪を眺めている。
「いいなー。あたし、結局ジングから指輪、もらえなかった」

そうか。私、サーコからトモを取っちゃったんだね。

「ごめんね」
私は申し訳なく思ってサーコに謝った。サーコは首を振る。彼女は微笑んだ。
「いいの。あたし、あきおさんから、星の王子さまのダイヤモンドいただいたから」
とっさに私は彼女を抱きしめた。何度も何度もキスをした。十回くらいキスをして、私はサーコに言った。
「思い出した。私、あんたに話があるんだったわ」

 

4.どっちであっても

 

リャオは冷蔵庫から缶ビールを取ってきて、開けた。コンビニで買ったおつまみの柿ピーの袋をいじくって笑っている。
「昔のネタばらし、しちゃおうかなー」
リャオはあたしは尋ねた。
「聴かせてよ、是非」
リャオは袋から豆を取って口に放り込んだ。噛んで飲み込む。そして、ケタケタ笑い出す。
「ちょっと何よ。一人で笑うなんてズルいよ」
「わかった、わかった、話すよ。あのね、2022年の正月に、波上宮行ったじゃん」

行きましたね。高校二年生の正月。トモは鳥居をくぐらなかった。あたしとリャオだけ参拝した。
「あのとき、賽銭箱に五百円玉入れて、中国語でお祈りしたでしょ。サーコにズルいって言われてさ」
ああ、そうだった。あたし、ちゃんと日本語を口に出して願い事言ったのに、リャオは中国語でお祈りして、ちっとも教えてくれなかった。
「教えてあげようか?」
そしてリャオは中国語で言った。
「ゥルゥ グオ ニン シー ジェン シェン , チーン イー シー ダオ ジョーァ イー ディエン 。 ウォ ヤオ ジア ゲイ ジョーァ ゴーァ ゥレン」
言いながら、あたしが書いたハングルの下の余白に繁体字を書きつける。相変わらずの達筆。
「漢字だから、意味わかるんじゃない?」

如果您是真神,請考慮這一點。我要娶給這個人。

あたしは驚いて両手で口元を押さえた。これは、ひょっとして……。まさか。
あたしをいたずらっぽい目で見て、リャオは日本語で言った。
「もしも本当の神さまがいらっしゃるなら、かなえて下さい。どうか私がこの人と結婚できますように」

あたしは真っ赤になる。
「あたし、あの時まだ16歳だったよ?」
リャオは、相変わらずいたずらっぽい目のまま笑っている。この人と知り合って7年、結婚して2年ちょっと。それでも、知らないことがまだまだある。
「あの時、サーコが声に出して祈ってくれたでしょ、私にいい人が現れますようにって。その瞬間、思ったの。こんなこと祈ってくれるの、サーコしかいない。だったら、そう祈ってくれる人と一緒になりたい。五百円入れたら、ひょっとしたら、かなえてくれるかもしれないって」
それから、リャオはとつとつとしゃべり出した。
「“あけみ”のこと、あんたずっと姉のように慕ってくれてたじゃない。私もあんたのこと妹みたいに思ってた。だけど、“あきお君”のお見合いの話をブロックするためにサーコを社長に会わせたら、なーんか切なくなってね。ああ、この人は自分の事を女だと信じてくれているのに、今更、今度は男性としてあなたのことを考えるようになりました、なんて言えないなーって。まして、サーコにはトモもいたんだからね?」
そこまで話すと、リャオはうつむいた。右手で目元をこすってる。
ああ、また泣いてるよ。本当に泣き虫。じゃあ、肩を抱いてあげる。よしよし。
そうだ、訊いてみたいことがあった。
「リャオは、今、あけみさん? あきお君?」
リャオは電話機の側にあるティッシュで涙を拭きながら言った。
「どっちも私の中にいる。ちょっと前までは、どっちかはっきりしていた。でも今はよくわからない」
「じゃあさ」
あたしは彼を向いた。思い切って尋ねた。
「もし、今、あたしが、とてもあなたを欲しいですって言ったら、どっちになる?」
「今?」
あたしは頷く。たぶん顔は真っ赤だと思う。でも、言わなきゃ伝わらないから。

リャオは立ち上った。電気を消し、あたしを抱きしめる。
「どっちだっていいじゃない。おいでよ。ほら」
あたし達はベッドになだれ込む。激しいキスを交わす。彼の手があたしをまさぐる。やがて全身が炎のように熱くなる。
あたしは韓国ドラマ「コーヒープリンス1号店」を思い出していた。コン・ユ演じる主人公ハンギョルは結婚話を避けるため、男友達ウンチャンと付き合う演技をする。ところが、演技のつもりだったのが本気でこの男友達を好きになってしまう。
ま、実際はウンチャンは女の子なんだけどね。で、ウンチャンに愛を告白すべく、ハンギョルの名セリフが炸裂するのだ。

너 좋아해. 니가 남자건 외계인이건 이제 상관안해.
ノ ジョアヘ. ニガ ナムジャゴン ウェギェインイゴン イジェ サングァンアンヘ.
(お前が好きだ。お前が男でも宇宙人でももう関係ない)

そうだよ、どうだっていい。あけみさんでも、あきお君でも。リャオは、リャオだ。
あたしは、リャオと一緒にいたいんだ。このままずっと。

ひょっとすると。
日本が、沖縄が、世界が荒れ狂って争いごとが起き、兵役拒否のために彼が性転換手術を受けるような事態になったとしても。
あたしは彼を、彼女を求め、彼の、彼女の指の動きに感じてしまうだろう。
そしたら、人はあたしをレズビアンと言うのかもしれないね?
LGBTの定義はきっと、どこか、あいまいなままだ。人間が定義づけるものなんて、所詮そんなものだ。

お願いリャオ、もっとあたしを狂わせてよ。あたしは、ずっと、あなたと溶けちゃいたい。男とか女とか飛び越えて、ずっと繋がって、ただひたすら漂っていたい。ずっと、ずっと。

心の中でストーンズが流れる。台風の夜にジングがあたしに聴かせてくれた曲、あたしの和訳をリャオが読んで笑い転げたあの曲が。

 

 

共に夜を過ごそう
今まで以上にあなたが必要なの
あなたにはガイドが必要ね
あなたが求めるものをあたしは与えてあげる

共に夜を過ごそう ラララ……

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小説「わたまわ」を書いています。

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「わたまわ」あらすじなどはこちらのリンクから:
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