沖縄・那覇を舞台に展開するラブコメディー「わたまわ」をこちらに転載しています。このエピソードは前回に引き続き「わたまわ」ノベルアップ+版・exblog版それぞれ01、本日は(4)をお届けします。
お試しバージョンとして小説ながら目次を作成することでノベルアップ+版とほぼ似た仕様でのご提供を考えました(今回は異なりますが目次つけました)。クリックすると各意味段落へジャンプします。
目次 4-1.サーコ、ストーカーにつけられる 4-2.救いの手 4-3.サーコ、ボスに電話する |
4-1.サーコ、ストーカーにつけられる
2020年5月9日
その日の勤務はいつもの時間より大幅に遅れた。あたしはお金を受け取りながらボスに切り出した。
「すみません。今日で最後にしたいです」
「なに、辞めるの? まだ十万じゃない。二十万まで頑張るんじゃ」
「最近、体調が悪いんです。少し身体が熱っぽくて」
ボスはちっと舌打ちした。
「熱はいかんな。キーちゃんは固定客いるから、急に辞められたんじゃお客さんに顔向けがねぇ。じゃ、明日はいいから明後日は来てくれる? 代わりの子が見つかるまで。頼むよ」
困った。こうやってズルズル引き延ばされるのだろうか。きちんと断って帰りたいのに。カマキリの視線を振りほどきたいのに。
いつになく疲労感に包まれてビルを出る。男達の刺す視線、自己への嫌悪感。気のせいか体全体が熱っぽく、目眩と吐き気もする。まさかコロナに感染したんじゃないだろうか。
“聴きまスポット”にさしかかった。明かりが点いてて客と話しているようだ。今朝見た夢が鮮やかに蘇り、あたしはカーッと赤くなった。
今日はもう会えないだろう、いや、会わない方がいい。第一、彼とはここ数日言葉を交わしただけじゃないの、冷静にならないと。
バス停に辿り着く。やはり国際通りに人影はない。
あたしはマスクが鼻と口を覆っているか、もう一度確認した。この時間ならまだバスは動いているはずだ。ちらりと腕時計を見て顔を上げ、あっとあたしはその場に立ち尽くした。カマキリ。毎日通ってくるあの男が目の前にいる。
「キーちゃん」
嫌! あたしは顔を背けた。男はこちらへ寄りかかるように顔を近づける。
「キーちゃん、今から帰るの? おじさんも、バスなんだ」
嘘だ。昨日もその前も後をつけてきたくせに。
はー、はー、男の息をマスク越しに感じる。身体中に鳥肌が立った。あの時はトモが助けてくれた。でも今日は誰もいない。はー、はー。
バスがやってきた。あたしはバス停から離れて歩き出した。男が慌ててついてくる。
「キーちゃん」
あたしは応えずどんどん歩いた。交番を通りかかったが、なぜかお巡りさんは居ない。どうしよう。このまま家までついてくるんじゃないか。走ったら逆に怪しまれるし、そのうち追いつかれるかもしれない。そうだ、コンビニ。
あたしは進路を変えて一番近い斜向いのコンビニへ行こうとしたが、歩行者信号は渡る直前に赤になってしまった。男がやってくる。万事休す。あたしは周囲を見回す。やっぱり誰も居ない。
「キーちゃん、どうしたの?」
男のぬめっとした声が耳元に響く。男があたしの両肩に手を掛け引き寄せる。やめて、声を出そうとしたが喉がカラカラで声が出ない。
「キーちゃん、怖くないよ。おじさんは、キーちゃんともっと仲良くなりたいんだ」
全身がガタガタ震える。声じゃなく歯の根が合わさってカチカチ鳴るだけで、その音もマスクに覆われてしまっている。
男は両肩に掛けた手をどんどん下へ降ろしてきた。胸をギュッとつかまれ、そのまま引き寄せられる。背中が男の胸元へつく。男の顎先を頭上に感じる。はー、はー、はー。男の荒い息を聴きながらあたしは目をつむった。
助けて。誰か、助けて。
4-2.救いの手
その時だ。キキーッと急ブレーキを利かせて目の前に黒いバンが止まった。驚いた男が手を離す。あたしはすかさず踵を返して元来た道を駆け抜けた。
「キーちゃん!」
男の叫び声とともに
「あんた、あの子に何する?」
聞き覚えのある声に立ち止まり、振り向いた。リャオさんだ。マスクをしていない。車のドアをバンと音を立てて激しく閉めると、立ち尽くす男にいきなりペッとつばをかけた。
「うわあ!」
「私はコロナの客を接待した。私は濃厚接触者。あんたも私と濃厚接触者」
「な、何だと?」
「私もあんたも病院行く。PCR検査受ける!」
リャオさんは男の腕を鷲づかみにして車へ引きずった。男はリャオさんを振り払おうと必死だ。
「やめろ、やめろ! 警察に訴えるぞ!」
「あんたはあの子に暴力した。婦女暴行未遂。あんたは警察に行く、その前に病院!」
リャオさんは男の後方に回って車の後部座席に無理矢理男を押し込み、バタンとドアを閉めた。そして素早く運転席側のドアに戻り、一瞬だけあたしにとびきりの笑顔をくれると、車に乗り込み猛スピードで立ち去っていった。
「すごい暴力でしたね」
気がつくと、フェイスシールドをしてトモがあたしの隣にいた。
「遅いので店を閉めて探しました。そしたら、リャオの声がしたから」
トモはそう言ってあたしの顔を覗き込んだ。
「怪我はなかった?」
「大丈夫です。でも、バスがなくなっちゃった」
「店に泊りますか?」
え? すぐ目の前にトモの端正な顔がある。あたしは顔を赤らめてうつむいた。今朝の夢がまた頭の中で再現される。ばか、サーコ、落ち着け。
「店の鍵は頑丈だし、私ならリャオの家へ行きますよ」
ちょっと力が抜けた。あ、そうか。そういうこと。
じゃあ、と言いかけたその時、クラクションがパッパーと鳴った。あれ、バスだ。ひょっとして、さっきのは時間遅れでこれが最終? 沖縄あるあるってやつ?
あたしとトモは顔を見合わせ苦笑した。運良く横断歩道を少し渡れば次のバス停だから、バスにちょっと合図してあたしは小走りした。
待ってくれてるバスに乗り込み、左窓際に座る。トモがあたしを見てにっこり笑って手を振っている。
おお、あたし今、ちょっと幸せかも。
4-3.サーコ、ボスに電話する
翌朝、意を決してあたしはボスに電話を掛けた。
「体温が三十七度四分あります。喉もいがいがします。すみません、もう辞めます」
ボスは慌てた様子であたしを説得する。
「キーちゃん、困るよ。お客さんに顔向けができない。熱が下がったら来てくれないかい? なんなら給料二倍にしてもいいんだよ」
あたしはつばを飲み込み、切り出した。
「あの、昨日の夜、メガネのお客さまが、ある女性と交差点で言い争っていらっしゃいました。女性は、私は濃厚接触者だ、あんたも濃厚接触者だ、そう言って車にお客様を乗せて行ってしまいました」
電話の向こうが急にしんとなった。小声で誰かとやりとりしているらしき時間が二、三分あり、ボスの声が響いた。
「わかった、キーちゃん、今までお疲れ様。ありがとね」
そういって電話が切れた。
え、これで、お終い?
思ったよりあっけない幕切れに、あたしはただ呆然となった。熱で身体をふらつかせながらトイレへ行き、リャオさんからもらった葛根湯を飲んで寝た。
三時間ほど寝て、汗を掻いて目覚める。シャワーを浴びて体温を測ると三十六度台に戻ってた。なーんだ、風邪だったのか。 ((5)へつづく)
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小説「わたまわ」を書いています。
ameblo版選抜バージョン 第一部目次 / 第二部目次 / 第三部目次&more / 2021夏休み狂想曲
「わたまわ」あらすじなどはこちらのリンクから:exblogへ飛びます。もうしばらくしたら非表示かなー?
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