01_月とコロナ(3) | クルミアルク研究室

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沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

沖縄・那覇を舞台に展開するラブコメディー「わたまわ」をこちらに転載しています。このエピソードは前回に引き続き「わたまわ」ノベルアップ+版exblog版それぞれ01、本日は(3)をお届けします。

お試しバージョンとして小説ながら目次を作成することでノベルアップ+版とほぼ似た仕様でのご提供を考えました(今回は異なりますが目次つけました)。クリックすると各意味段落へジャンプします。

 

目次
3-1.儀保駅近くのアパート
3-2.チャイナドレス

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3-1.儀保駅近くのアパート

 

ママが出勤して三日目。昼前に起きるとママからラインが来てた。
――麻子、一人で頑張らせてごめんね。お母さんは連日出勤しています。今朝、職場から二人、PCR検査へ出向きました。
あちこち消毒作業が始まっています。ひょっとしたら時間掛かるかもしれないから、お母さんの下着とか、二番目の引き出しに入っているもの、地図のところまで全部持ってきて。スーツケース使った方がいいかも」
画面スクロールするとアパートの地図が添付されてる。
――着いたらラインください。取りに行きます。会いたいけど、会ったら麻子も濃厚接触者になってしまうから、郵便受けのところに荷物置いてそのまま帰ってね」

 

あたしはママの言う通り、荷物を届けに行った。

 

 

雨だった。トランクを転がしながら駅に着いたが、感染を恐れたのかモノレールの車内は国際通りみたいに人影はまばらで、珍しく最初から最後まで座ることができた。
傘を差して駅を出る。ふーふー言いながら坂道を登って指示されたアパートへ着く。ラインで電話を繋ぐとママの声がした。
「ありがとう。今降りるけど、麻子は帰りなさい。お金、足りてる?」
「うん、まだ大丈夫」
あたしは嘘をついた。ママは命を張ってお金を稼いでる。わがままなんか言えない。
「良かった。もうすぐ給料日だから、銀行に振り込まれるはずだから。ちゃんと食べて勉強してよ?」
「わかってるって」
めいっぱいの軽い調子を演出して、あたしは電話を切った。
郵便受けの下側の空間にトランクを置いてアパートの外に出たが、足を踏み出せずにしばし雨を眺めた。
カツ、カツ、カツ。かすかに階段を降りる音。ママだ。あたしは振り返ってガラス越しに郵便受けのあたりを覗く。同じくらいの背格好の女性がトランクのハンドルを掴んだ。
「ママ」
かすれた声で呟くと、気配に気づいたのか女性がこちらを向いた。
ママ。たった三日間離れただけなのに、少し痩せたみたいだ。
あたしは小さく手を左右に振った。ママも微笑して頷き、そのまま元来た階段を登っていった。

 

3-2.チャイナドレス

 

雨上がりの空気がひんやりする。
マスクで鼻と口をしっかり覆い、いつもの通り五階までエレベーターで移動して、指定された場所で着替える。

 

普段着より趣向を変えたほうがいいと言われ、真っ赤な半袖チャイナドレスを身につけた。胸や胴のくびれが演出されるから胸の大きさがギリギリ一杯で、息が細く回数が増す。黒の網タイツに黒のヒール、髪の毛を耳元から左右に結い上げて細い三つ編みを施し、白いうさぎの耳をつける。やだ、これ成人向けアニメのキャラクターと同じ格好じゃない。
パイプ椅子に腰掛けるとボスがやってきた。
「今日は上だけじゃなくてドレス脱ぐんだよね? だって、そうしなきゃ脱げないでしょ」
はまった。あたしは愕然とする。チャイナドレスはまず全部のボタンとチャックを外さなくちゃ肩が出ないのだ。これまでのように上だけ脱ぐわけにはいかない。
ボスが目の前でピースサインをひらひらさせた。
「もちろん、脱いでくれたお金は弾むよ」
欲しい。二万円あればすぐに目標額の二十万までたどり着ける。でも。

黙ったままのあたしを見て、ボスはさらに顔を近づける。ねちっこく呟く。
「キーちゃんがOKするなら、おっぱいだけじゃなくてお尻もお願いしたいってお客様がいるんだ。パンティつけたままでもいいから、もっと大胆におまたを広げてくれたら五万円払うって。どう?」
ボスの言葉にぶるっと戦慄が走った。カマキリだ。一昨日も、昨日も来てた。きっと今日もそこで待ってる。震える声でやっと返事を返す。
「すみません、前だけで。このドレスはきついので、脱いでも腰で止まりますから」
「おやおや、キーちゃんはほんとガードが堅いねぇ。じゃ、今日も一万円で、ね」
にやにやしたままボスが立ち去り、ドアのところで声がする。
「いらっしゃいませ、毎度ありがとうございます。ええ、キーちゃんですよ、上だけ、ええ。見るだけで。いやあ、キーちゃんはお堅くって、我々も説得してみたんですけどだめですわ。先にお代を頂戴しますね、じゃあキーちゃん、さあ立ってお客様にご挨拶だ」

 

あたしは立ち上がる。服が胸を圧迫する。目の前にカマキリが座る。
嫌だ。この男は嫌。じっとり無言で眺める客なら外にもいる。でも、カマキリは別だ。頭のてっぺんから足元まで舐め回すように視線を絡みつけてくる。はっ、はっ。すでに男の息は荒い。この男にはあまり胸を見せる時間を割きたくない。だからゆっくり、ゆっくり。
あたしはうなじに両手をやって、顎の線に沿って指先を動かした。そのまま首へ下ろし、襟元のカギホックを一つづつ外す。そのまま右肩へ流れるように手をやり、右鎖骨のあたりにある紐でできたボタンをもてあそぶ。
はっ、はっ、はっ。男の息がマスクから飛び出すようにこぼれる。一つのボタンを十秒かけて外すがボタンは三つしか無い。三つ目のボタンが外れると、チャイナドレスの前身頃が前方へ剥がれるように倒れ、右胸の上側だけ薄いレース地のキャミソールが覗く。
あたしはゆっくり、ゆっくりとホックを外し、右脇のファスナーを腰まで下ろす。ささーっと音を立ててチャイナドレスが下へずり落ち、でも腰骨の辺りで止まってくれる。
あたしはホッと息をつき、カマキリの様子を確かめる。カマキリのマスクはすでに鼻からずり落ちている。嫌だなぁ。あたしは心持ち身体を後ろへ反らせ、キャミソールの肩紐に手を掛ける。
はっ、はっ。カマキリが身を乗り出す。あたしはなおも身を反らせ、左の肩紐だけたわませる。肩から左腕をくぐらせたとき、不意にキャミソールがするりと地べたに落ちた。
驚いて顔を正面に向けたとき、あっと息を飲んだ。目の前にあったのは、トモの顔だった。

 

がばっと起き上がる。蒼い闇が広がっている。
今の、夢だったんだ。心臓がバクバクいってる。両てのひらで顔を押さえ込む。やだ、あの場面でトモの面影を思い描くなんて。あの人に失礼じゃないか。
頭を左右にぶんぶん振るが幻影はなかなか去ってくれない。ああ、今日もあのバイトがあるのか。いい加減、もう辞めなければ。((4)へつづく)


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青春小説「サザン・ホスピタル」などリンク先はこちらから。サザン・ホスピタル 本編 / サザン・ホスピタル 短編集 / ももたろう~the Peach Boy / 誕生日のプレゼント / マルディグラの朝 / 東京の人 ほか、ノベルアップ+にもいろいろあります。

 

小説「わたまわ」を書いています。

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「わたまわ」あらすじなどはこちらのリンクから:exblogへ飛びます。もうしばらくしたら非表示かなー?
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