ただいま、おかえり -8ページ目

ただいま、おかえり

山田花畑の番外編

毒親に育てられた子供に共通して言えることがある。
それは、一般的に必要な生きる能力を十分に身につけられていないために、大きな負担を抱えている。

簡単に一行で書いてしまったが、もう少し噛み砕くと以下のとおりである。

1) 不足の多い環境であったため、生きるために必要な知識や能力について母親から教育されていない
= 能力の不足
2) そのことを潜在的に認識しているため、無意識に不足や普通でないことを周りに悟られないように防御する
= 精神的負担
3) 養育されていない能力と、その不足を補おうとする力のバランスが悪く、過緊張となる
= 肉体的負担

よって、必要以上に体に力が入ったり、気持ちに力が入るため、生きることに多大なエネルギーを必要とする。
一つのことを行うために、おそらく通常の 3-5 以上の生命力が必要となり、非常に疲れやすくなる。



M 子さんの言葉が印象的だった。

台所で、キャベツを刻もうとして手が滑った。
手を怪我するところだったと、ホッとしたが、その時、たかがキャベツを切るのに、肩がコチコチに硬くなり、腕の付け根までたくさんの力が入っていたことに気がついたそうだ。

また、文字を丁寧に書く習慣があるそうだが、それにしても文字を書くときに肩に力が入るのが気になるとのこと。

そして、最近になり、もしかしたら普通 (何を基準に普通と定義しているかは定かではないが) は、こんなに肩の力を入れずに文字を書いたり、調理できたりするのではないかと。

M 子さんが通院を始めた時、主治医にあるテストを受けた。

目の前で、主治医が両手を肩の位置で広げ、その手のひらの上に M 子さんの手を置くよう指示した。
M 子さんは言われたとおり、主治医の手のひらの上に、自分の手のひらを下にして乗せた。
主治医は力を抜くよう指示した。

M 子さんは、言われたとおり力を抜いた、その時、M 子さんの手のひらから、主治医の手が外れた。
M 子さんはとっさに自分の手のひらを支えた。

主治医は言った。
「ほらー、力を抜いてって言ったでしょう?本当に力が抜けていたら、手は下にストンと落ちるんだよ」
M 子さんの両腕は、前習えの状態に保たれていた。

主治医の手のひらが外れた時、主治医は
「手を支えて」
など、一言も言っていない。
M 子さんが勝手に支えたのだ。
その勝手な思い込みの積み重ねに多大なエネルギーが必要となるのだ。

普通なら味合わなくても良い心労を、毎日積み重ねているうちに、体には万年力が入っている状態となる。
さらに養育環境に暴力があった際は、常に身構えるため、子供の頃からひどい肩凝りに悩まされることになる。

M 子さんは、自分が無意識に入れる力のおかげで、1日の終わりには疲れてぐったりしてしまい、心身ともに緊張 Max のため、眠りが浅く、翌朝も疲れたまま眼が覚める。
そのため、医師からは軽い筋弛緩剤の服用を勧められた。

薬を飲むと、確かに体が楽になり、夜は以前よりぐっすり眠れるようになった。
ただし、飲むのを忘れると、左胸に誰かに拳骨で押されたような圧痛を覚えるようになった。
したがって、カウンセリングの治療が進み、気持ちがずいぶん楽になった段階で、この薬をやめてみようと試みる。

まずは、毎食後の服用を、1 日 2 回、そして 1 回に。
そして、就寝前には半身浴で体を十分温めて、薬を飲まずに就寝。
体に力が入っていると感じたら、大きく肩を回し、首を回し、意識的に力を抜いてみる。
この繰り返しで、二ヶ月後には薬を飲まなくても体が慣れてきたそうだ。

体の力が抜けたことで、血管の緊張が緩和され、極度の冷え性が改善される。
腹部を押すと、いつも硬く緊張していたために激痛があったが、それも改善され、便通も良くなった。

体が緊張することにより、自律神経が正常に働かなくなり、様々な代謝異常が起きていた。

毒親育ちの子供は、緊張が慢性化しているケースが多く、全身症状に問題が多い。
体が思うように動かないこともあるであろう、しかし、不甲斐ないと思う必要はない。
人の何倍もたくさんの力と神経を使って生きているのだから。
中学、高校とほとんど学校へ行けず、大検で資格を取り大学進学を果たしたものの、やはり途中で退学をしてしまった G 子ちゃん。

最近は一年に何度か食事をする。

初めて会ったのは、 G 子ちゃんが大学に入学する頃だった。
色白で髪の毛を金髪に染めていたが、とても上品で綺麗なお嬢さんだった。
口数も少なく、何かに怯えるように話をする。

いったい何が、彼女をこんなに怯えさせているのか、始めはわからなかった。
よくありがちな、「自分が悪い」という感情を当たり前に持っていた。
何度挑戦しても、最後まで気持ちが持たないことに対し、大きな劣等感を持ちつつ、次なる失敗の悪しき期待をしっかり持っている。

その悪しき期待が次の不幸を生んでいることには、まったく気づいていなかった。
しかし、必死で立とうとしており、一時期よく電話がかかってきた。
今まで、何をやってもダメだったが、何かをやり遂げたい。
自信がなくて仕方ないけれど、自信を持ちたいと言う内容に一貫していた。



G 子ちゃんが納得するまで、安心するまで時間を割いた。

ある時、深夜に電話が鳴った。
誰だろうと思い出てみると G 子ちゃんだった。
ひどく慌てている。

「山田さん!お母さんが薬を飲んだの!」
「薬って何の?』

「ウツの薬をたくさん飲んじゃったの!どうしたら良い?!」
こちらまで慌てたら大変なことになる。

「慌てないで、洗面器を用意して。あとコップに牛乳を入れて、お母さんにたくさん飲ませて、洗面器に吐かせるのよ」

G 子ちゃんは冷静に、お母さんに牛乳を飲ませて薬を吐かせることに成功した。
発見と処置が早く、救急車を呼ぶには至らなかった。

お母さんは号泣した後、落ち着いて眠ったようだ。

翌日 G 子ちゃんの見舞いに行った。
そうだ。お母さんの自殺未遂によって、G 子ちゃんは半殺しの目にあったのだ。
これが G 子ちゃが立てない理由だった。

本人は必死で立とうとしているのに、そのそばで母親が自殺未遂をした。
お母さん自身は、自分のことが精一杯で、きっと自分の行動がどう娘に影響するかなど考えるゆとりすらないだろう。

しかし、子供にとっての一番の不幸は、お母さんが不幸なことだ。
お母さんが地獄の中で生きているのなら、必然的に子供も地獄に引きずり込まれる。
自殺未遂は、子供に対する最強の虐待だと、、この時痛切に感じた。

G 子ちゃんの両親は、G 子ちゃんが立てないのは G 子ちゃんに責任があると思っていた。
お母さんの病状が、ダイレクトに G 子ちゃんの人生に、暗い影を落としていることに気づいていない。
なので、お父さんと話をしたことがあった。
G 子ちゃんも、お母さんも、しっかり心の傷を治せるような治療が必要だと。

世間体第一のお父さんだったが、二人のことはちゃんと考えていると約束してくださった。

そのあと、仕事が多忙になり、数年 G 子ちゃんと会えなくなった。
久しぶりに G 子ちゃんと会ったのは、それから 5 年ほど経った頃だった。
フリーマーケットの会場で、お母さんと一緒に自作のアクセサリーを売っていた。
立派なお嬢さんに成長されたと喜んだが。

お母さんは、
「その節はいろいろご迷惑をおかけしました」
と。
迷惑なんてどうでも良いのである。
お母さんは、そんな一般的な挨拶よりも治ることだけを考えて欲しい。
「私のことで娘には悲しい思いをさせている」
と本当に思っているのならば。

そのあと、G 子ちゃんと食事をし近況を聞いたところ、お母さんは依然調子が悪く、未だに入退院を繰り返しているとのこと。
約束をしてくださったお父さんは、、二人のために何も行動しなかったという。
自分の妻と娘の病気が恥ずかしいのだそうだ。

それでも G 子ちゃんは、いろいろ勉強したようで
「私、前は山田さんに依存していたと思うんです。ごめんなさい」
と思いもかけない言葉が出た。

そんなことより、G 子ちゃんの毒になっているのは、お母さんであることを話してみた。
G 子ちゃんは
「お母さんのことは悪く言わないでください。私はお母さんが大好きです」
と。

私は悔しくて大声で泣き出したくなった。
何が悲しいか!?
毒親に育てられた子供は、人としての限界に追い詰められるまで、自分を不幸にしている親をかばい、親よりも大きい愛情を毒親に注ぐ。

自分の精神がその毒で蝕まれているのにだ。
そして、体のどこかが動かなくなるような危機に瀕して初めて、その毒の威力に驚愕するのだ。

G 子ちゃんは、飛びたいのに、お母さんがその羽根の根元にしがみついている。
G 子ちゃんの羽根よ!折れるな!
一時、休日の早朝に毎週コーヒーを飲みに来ていた友人がいた。
Sさんとしよう。

よく近所で見かけたので、声をかけあうようになり、立ち話をするようになる。
Sさんはウツだと言った。

表情が乏しく、目線は遠くを見ており、時折り息を吐くように少しだけ笑う人だった。
母子家庭で、成人した上の子を筆頭に、数人のお子さんと暮らしている。

ウツと診断されて10年になるそうだ。
一人でいるのがとても不安で、衝動的に孤独が耐えられなくなり、成人して家を出た娘さんに電話をかける。
初めのうちは、飛んできてくれたが、しばらくするとなかなか来てくれなくなったそうだ。
仕事をしていれば当然のことと思うが、Sさんは「とても辛いのに何で来てくれないんだろう?」という。



以前は離婚した旦那さんが、遊んで暮らせるほどの生活費を入金してくれていたそうだが、ここ数年の不景気で振込額は 20 万円を切るという。
生活費の補填に、アルバイトをしているが、長続きしないのだそうだ。


立ち話が度々長くなるので、一度お茶に誘った。

改めて話してみると、自己評価が非常に低く、自分が大嫌いだそうだ。
お子さんに対しての母性は感じられず、具合が悪い自分を面倒見てくれるのが当然と思っている。

お茶やお菓子を勧めると、とても喜んですぐになくなってしまう。
私の部屋をとても気に入ってくれたようで、一人は怖いからまた来たいと。

平日は仕事があるため、休日の早朝しかゆっくりできる時間がないと言うと、しばらくの間 6 時台にお茶を飲みに来ていた。

自己評価が非常に低いので、お母さんとの人間関係は良くないであろうことは推測できた。
そして、お母さんは自分中心で子供にあまり関心がなかったのではないかと思われた。

聞いてみると、そのとおりだったらしく、意外なことに私が言い当てたことに大きな喜びを示した。

それくらい、彼女は人に関心を持ってもらう機会がなかったのである。
結婚して次々子供を産んだのは、欲しくて産んだのではなく、旦那さんの要求に従っただけだという。

だから旦那さんの浮気が発覚し、離婚が決定的になった時、自殺未遂を起こしている。
それ以来、町医者にかかって大量の薬を服薬している。

精神疾患は薬では治らない。
症状を抑えたり、一時的に軽くすることはあっても、心の傷まで治すことはできないため、カウンセリングを行ってくれる病院へ行くことを勧めてみた。

良くなるのか?と聞かれたので、医者に寄りかかるのではなく、完治させるかは自分次第だと伝えた。
すると
「ええーーー、寄りかかりたーい」
と。

S さんには、治りたいという気持ちはなかった。
誰かが自分のそばにいて、気持ちをかけてくれていればそれで満足なのである。
それはなぜか?

S さんは、かなり小さいうちから極度のネグレクト状態であったことが推察される。
お母さんは機能不全の状態にあったため、S さんはスキンシップや言葉がけが圧倒的に不足している。

だから、人生の最初に必要とされる基礎的な欲求が未だに解消されていないのだ。
そして、健全な状態で生きたことがないので、治すことで訪れる明るい人生を思い描けない。

従って、治したいと切実に思うことができない。

S さんは一人が怖いため、私をはじめとした近所に住む数人の友人のところに足を運ぶようになった。
そして長時間帰らないため、迷惑がられるようになった。

S さんには、治療を続けてもらうよう説得し、友人には距離を置いてもらうよう説明した。

親からのネグレクトが深刻であると、その子供には不安を解消するための依存心が増幅する。
S さんには悪質な行動は見られなかったが、人によっては、一人にならないためにあらゆる手段を使って他人を巻き込むケースがある。

暴力や執着などの親の異常より、ネグレクトが及ぼすダメージの方が、子供の心に救い難いほど大きい傷を作る。
人格障害の陰には、ネグレクトが存在している場合が非常に多い。

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Y さんは、二児のお母さん。

一人目のお子さんが 2 才になる頃、再就職を果たす。
仕事は忙しく、育児もそれなりに大変である。
幸い理解のある職場だったので、 Y さんは遅刻しながらも出勤し、仕事をこなしていた。
ようやく仕事が軌道に乗ってきたところだったが、二人目を出産。
しかし、一年ほどで再び仕事を始める。

小さいお子さんを預けての仕事は切なくないのか、余計なお世話と思いつつそれとなく聞いてみたことがある。

すると
「育児はどんなに頑張ってもお金がもらえない。でも仕事はやった分お金がもらえて評価してもらえるから、どっちが良いって聞かれたら、お金をもらう方が良い」

思ってもみなかった勇ましい回答に面食らった。

育児より外に出る方が良いと言うのだ。



しかし、二人目のお子さんの育児には少々手こずったようで、数ヶ月働きに出たものの、家に戻ってしまった。
かけがえのない大事な時期であるから、じっくり子育ても悪くないのではと思っていた。

そんなある時、数人の友人で休日ランチでもしようと言う話になった。
育児中で、移動の厳しい仲間の家に集まることになった。
Y さんにも声をかけたところ、お子さんを連れて参加したいとのこと。

電車で一時間と少し、小さなお子さんにとっては耐え難い?旅路だったろうが、よく頑張ったと思う。
仲間の家に到着すると、Y さんは廊下に自分の子供を連れだし、ほっぺたを叩いて怒り出した。

友人たちは何が起きたかと驚いた。
Y さんは、訪問した家に迷惑にならないよう、自分の言うことを絶対に聞くよう、叩きこんでいる様子。

まだ 2 歳そこそこのお子さんは、恨めしそうな顔をして、お母さんをにらみつけていた。
そして言いつけを守らず、他の子の持っていたおもちゃを横取りし、取られた子供が泣き出し、横取りした子は、Y さんに殴られ泣き出した。
一瞬その場が騒然とした。

Y さんは、再び子供を廊下に連れだし、怒鳴りながら何度も叩いた。
そうこうしているうちに、家で留守番をしていた上の子から、具合が悪いと電話がかかってきた。
周りはあっけにとられ、、逃げるように家に帰る Y さんを無言で見送った。

一体何がしたかったのだろう?
どうして自分の子供を怒鳴りつけて、叩いてしまったのだろう?
なぜ逃げるように帰ってしまったのだろう?

何より、小さな我が子を鬼のような形相でバシバシ叩いている姿にドン引きしたようだ。

少し時間を見て、恐らく凹んでいるであろう Y さんにメールを送ってみた。
Y さんは私が心の勉強をしているのを知っている。
Y さんから勇ましい回答をもらった頃から、彼女が抱えている爆弾のようなものが気になっていた。

なので小児科の先生が書いた、比較的わかりやすい、子供の心の本を後日送ってみた。

数日空白があった。
なぜかその空白がとても重苦しく感じた。
そして Y さんから長いメールが来た。
とても悩んで書いてくれた様子が伝わってきた。

Y さんは、お母さんを人として尊敬できなくて、苦しんできたとのこと。
何度もぐれてしまいたいと思ったこと。
でも、まっとうに生きてこられて自分は偉いと思ったこと。
友人宅で子供を叩いている自分を見ている私の目が怖かったこと。
子供を叩いたことで、私からこんな投げかけがあることを予想していたこと。

衝撃を受けたのは、私よりも友人達だったのに、見えていなかったようだ。
確かに残念ではあったが、その後のことの方が気になっていた。

落ち着いたらまた食事の機会を作ろう、そして、いかなる事情があろうとも、どうか子供を叩いたり罵倒しないで欲しいと付け加えて返信した。

それ以来、音信不通となった。

以前紹介した網谷由香利先生の本にこう書いてあった。

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子供を育てているお母さんの 「心の中の子供」 が SOS を出している

人は心の中に、子供の側面を持っている。
養育過程において、理不尽な環境を強いられた場合、心の中の子供は苦しみを抱える。
そして大人になっても、苦しみを抱えた子供の心は苦しいままなのだ。
お母さんになった時には、子供を育てる以前に子供のままの自分の心が解決できていないため、育児に無理が生じるのだ。

お母さんの 「心の中の苦しい子供の心」 を解決してあげなくては、次の世代の育児に大きな禍根を残すことになる。

苦しかったら子供を叩かずに、自分が苦しいと言って良いのだ。
苦しいから、子供が可愛いと思えないと言って良いのだ。
ドアを閉じないで良いのだ。
自分の傷に蓋をしてはいけない。
それは恥ずかしいことではないし、隠すことでもない。
無理をしてはいけないのだ。

負の連鎖に気付く手がかりを、もっともっと世の中に記してゆきたい。
きっと Y さんのように、一人で苦しんで心のドアを閉じているお母さんがたくさんいると思うのだ。
そんなお母さんたちの苦しみを解決することが、次世代の子供の不幸を解決する唯一の方法だと思うのだ。

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仕事のトラブルが理由で退職した T さんは、しばらく疲れを癒すために無期限の休暇をとった。

残業続きだったため、身体的にずいぶん疲労を溜めこんでいた様子で、しばらくは寝てばかりいたと言う。
二ヶ月ほど経って、ようやく体の力が抜けてきた様子だったが、全体的にどんよりした空気をかもし出している。
仕事のトラブルは少々ダメージが大きかったようなので、話題には出さず、食べ物のこと、テレビのことなど他愛もない話題を楽しんだ。

そんなことがしばらく続いた。
数ヶ月。
一年。
二年。

いくらなんでも疲れは十分取れたはずだ。
しかし T さんは、働きに出ようとはしない。


友人などが心配をし、病院に行くことを勧めたそうだが、病院に行くような病気ではないと大変激怒している。
いや、少なく見ても、健全な状態ではないのではないか?
これは、何かあるのかもしれないと、また数ヶ月様子を見た。

T さんは、他人に対し好意的な会話はしない。
そして、何かの影響で自分はひどく傷ついていると、いつも怒っている。
そう、いつも何かに怒っているのだ。

これは、休暇ではないぞと思う。
そして T さんのお母さんはどんな人かと思い出してみた。
芸術家肌でいつもおしゃれ。
感情的になることはなく、穏やかでとても人当たりが良い。
ただ、約束には必ず大幅に遅刻してくる。

地域の役員や、コミュニティでは中心的な役割だ。
それは T さんが子供のころからのようだ。

T さんはよくおばあちゃんの家にあずけられていたそうだ。

ん?
そっか、小さいころの話には必ずおばあちゃんが出てくるな。。

T さんはいつも控えめに見えるが、何かを欲しているように見える。
旅行のお土産やおすそ分けなどは、とても嬉しそうに受け取る。
すぐに中を見て、何かを飲み込むような印象がある。

T さんが欲しいもの、、それは何だろう?
たぶん、それが T さんの大きな原動力になるはずだから、足りない今は仕事に行く力が無いのか。

外交的なお母さんを思い出す。

そうか。

恐らく T さんは、お母さんとまだ一緒にいたい頃から、お留守番をしていたのではないだろうか。
お母さんは外出から帰ると、T さんが望んでいた言葉や態度で T さんに満足を与えなかったのでは。
T さんがどんなにお母さんを待ち続けても、淡泊なお母さんは
「お留守番してくれてありがとう!早く会いたくて帰ってきちゃった!」と言って T さんを抱きしめることはきっとなかっただろう。

T さんは、温かい言葉、優しい抱擁、待っていた自分の存在をしっかり受け止めてほしくてずーっと長いことお母さんを待ち続けて大人になってしまったのではないだろうか。

ある時、T さんをお茶に誘った。
そして、それとなく自分の推測したことを話してみた。
T さん、あなたはずーっとお母さんを待っているのね?
たくさん、たくさんお留守番をしたけれど、優しい言葉をかけられたり、抱きしめられたりしなかった。
だからずーっと待っているのね?
と、、話しているうちに、T さんの目からは大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。

「あたしったら、何で泣いているんだろう」

T さん自身も気が付いていなかった。

子供が行動半径を広げてゆくには、お母さんから安心をもらう必要がある。
T さんには、お母さんからもらうはずだった安心が、圧倒的に不足していることがわかった。

後日 T さんのお母さんと話す機会があったが、お母さんは
「あの子は全然手がかからなくて、いつも自分で何でもやってしまったからしっかりした子だと思っていたの」と。

娘の一大事にひょうひょうとしていたので、少し腹が立ちこう言った。
「お母さんは育児に失敗しています」
と。

お母さんは
「そうねー、そういうことになるわねー」
と、人ごとだった。

T さんには病院で、しっかり治療することを勧めた。

小さい子供は、お母さんのそばにずっといたいのである。
お留守番など、好き好んでする子などいないのである。
たくましさを育むためには、お母さんの存在が必要なのである。

もし、長時間子供を留守番させることがあったら、必ずしっかり抱きしめてあげてほしい。
一人で待つことがあっても、お母さんが必ず温かく迎えに来て、山盛りの安心がもらえる確信を与えてあげてほしい。

私の周りには、小さいころ良い子でたくさんお留守番をした子が何人も立てていないのである。