ただいま、おかえり -12ページ目

ただいま、おかえり

山田花畑の番外編

B さんは、控えめで実直な良いお嬢さんである。

いや、「良い」と言うのは、、語弊があるかもしれない。
ほとんど、誰に対しても 「NO」 と言わず、従順なのだ。

従順にはワケがあった。
B さんのお母さんは B さんに対し、絶対的な権力を振りかざして生きていた。
お母さんが右と言えば、右を向くことが至上命令である。
左を向こうものなら、
「このドアホー!恩知らず!」
と、罵倒され、叩きのめされるのだ。


それは、痛い思いをしたくなかったら、無条件でアタシの言うことを聞きなさいと言っているようなものだった。
B さんが従順なのは、人生の中で 「NO] と言う機会がなかったからである。

したがって B さんは、お母さんが弁護士になれと言ったら、その命令を全うするのだ。
B さんは、国家試験を受けられるよう、あらゆる難題をクリアし、果敢に挑戦をした。
毎日、毎日何時間も勉強をし、現役合格はならずとも、その後見事に合格を勝ち取ったのだ。

B さんが合格し、周囲は、よく健闘した B さんをほめたたえた。
当然、お母さんも喜んでいるはずだと思いきや、お母さんがうつ状態となってしまった。
お母さんの状態は、バランスを失って倒れそうなコマのようであった。
仕事も辞めてしまった。

B さんは、お母さんの不安を取り除こうと、お金は何とかなるから、慌てて働かず、じっくり仕事を探してもらえるように優しく言葉をかけた。

すると、お母さんは烈火のごとく爆発したのである。

まだろくな社会経験もないくせに、偉そうなこと言われる筋合いはない、今まで育ててやったのに、この恩知らず等々、おそらくお母さんはこの時、B さんの心がより砕け散るような言葉を選択したに違いない。

そして、いつもは食事の支度などしないのに、珍しく用意した夕食を、順番に B さんの頭にかけたのである。
ご飯、おかず、汁物、漬物、、最後にボトルの中の麦茶をドボドボと。
そして捨て台詞をはいて、いなくなってしまった。

頭から食事をかぶった B さんは、お母さんがグチャグチャにして、食べられなくなった夕食を片づけたのである。

この時 B さんが、このような醜態をさらす母親に対し、
「このくそったれ、ふざけるな、大バカ野郎!」
くらい思えたら良かったが、、
彼女は、ここで心を痛めるのである。

「お母さんが不幸なのは、私のせいだ。どうしたらお母さんは満足するのだろう」

B さんの合格は、 B さんの自立を暗示するものだった。
B さんの存在に甘え、好き放題に感情をぶつけてきたお母さんにとって、B さんが自立することは、依存の対象を失うことになる。
それは、心のバランスに大きく影響する大事件であった。

B さんの心の中では、お母さんが巨大化し、暗躍している。
しかし、成人を過ぎた子供に対し、現実世界でこのようなことができる母親は、化け物と言うしかない。
このすぐあと、お母さんは家出し、その後一緒に暮らすことはなくなったが、 B さんの心に巣食ったお母さんは、大事な場面で B さんを苦しめた。

それから数年後、B さんは良い意味で、女性として人生の大切な時期に立った。
今、巨大化したお母さんを、いかに退治しようかと勇気を振り絞っている最中である。
そろそろ化け物退治をして、自分の人生に悔いを残さないよう、前に進んでほしいと強く願うものである。
M子さんは、子供のころからいろいろな病気で病院にお世話になっていた。
生後半年ほどで重度の小児ぜんそくが発症。
毎年重い発作を繰り返し、時には肺炎を併発。
小学生になるころには、一年に 2-3 回入院。
また、ぜんそくが引っ込んでいるときは、ひどいアトピー、アレルギー性鼻炎。
時には自家中毒。
思春期には、朝具合が悪く学校に行くことができず、重症の自律神経失調と診断。

お母さんは、M 子さんの具合が悪くなると、せっせと病院へ連れて行った。
アレルギーテストを行ったところ、ハウスダスト、花粉などいくつかのアレルゲンに過度に反応を示すことが分かった。


主治医は掃除の仕方、枕の素材など、できるアドバイスを行った。

ところで M 子さんのお母さんは、片づけができない。
家の状態は、ゴミ屋敷だ。
自営業を営んでいた M 子さんの家は、店舗つきアパートで、部屋数が少なく、一日1分たりとも日がささない。
M 子さんには弟妹がいて、お母さんは仕事と弟妹の世話で忙しい。
だから、 M 子さんの診断でお母さんが何をしたのかと言えば、、何もしなかった。

天井はカビだらけで、屋根裏ではネズミが走り回る。
布団は湿気で冷たく、冬などなかなか寝付けなかったそうだ。
M 子さんが瀕死の状態で、ぜーぜーと呼吸困難に陥っていても、お母さんは一切掃除をしなかった。

M 子さんは物心ついたときには、いつも一人だったと言う。
お母さんと遊んだ記憶も、抱きしめられた記憶もない。
病院に入院した時、一日 10 分間、お母さんがお見舞いに来るときだけ、M 子さんはお母さんを独り占めできた。
M 子さんは、この 10 分が欲しくて、時々
「入院したいなぁ」
と思うようになっていたと言う。
しかし、この10 分は無機的なもので、頭を撫でられることも、手を握ってもらうことも、抱きしめてもらうことも一度もなかった。
ただ、洗濯物や頼んでいた本を受け取るだけだった。
かけてもらう言葉は
「足りないものは?」
だった。
それでもお母さんと二人きりの貴重な時間だった。
M 子さんは、この 10 分間が異常だと気づいていなかった。
一年で、5 時間未満の計算である。

医師から「今度肺炎を起こしたら M 子ちゃんは死にますよ」と言われても、何もしないお母さん。
病院に入院したらお見舞いに来るけれど、弟妹が小さいからと付き添いはせずに 10 分だけ病室にいて、買い物があるからと帰ってしまう。
お母さんがなぜ病院へ M 子さんを連れて行ったかと言えば、それは看病というバトンを病院に渡したかっただけなのだ。

お母さんは大変だからと、お母さんをかばっていた M 子さん。
でも、お母さんの背中を見て、無性にすがりつきたいと思ったことがあったそうだ。
不思議とその時、大きな衝動に駆られたが、
「でもダメだ」
と、諦めた。
拒否されるのが怖かったそうだ。

M 子さんは、ぬいぐるみを抱っこするまで気が付かなかった。
自分があまりにも抱っこされなかったことを。
子供はもっともっと、お母さんに愛され、抱っこされて良かったことを。

あまりにも甘えていない時間が長すぎて、愛情が足りなさすぎて、M 子さんは愕然としたそうだが、思い切り挽回してやると、ぬいぐるみを抱いて、抱いて、抱っこしぬいた。

そして、ある時
「あんたは体が弱かったからね」と言ったお母さんに初めて反撃したのだ。

「お母さん、私の成育環境に、どれだけのストレスがあったと思うの?子供には過度のストレスだったはずよ。
それを虚弱体質だなんて、具合だって悪くなって当然ですからね!」

もうお母さんは、70 に手が届く。
仕事から引退をして数年が経過してもなお、お母さんの住んでいるところはゴミ屋敷のままだ。

M 子さんは続けた。
「お母さん、片づけられないのは、自分の問題を片づける力が無いからよ。
何かあってもあたしは何もしないわ。
身の回りに置く物は、棺桶にいられる物だけにしてちょうだい!!!」

M 子さんが子供のころ常に病気だったのは、精神のバランスを壊したことから来るものであったことを、M 子さんは大人になってから知ったのであった。
心の治療には何年も、何年もかかった。
いつも心は崖っぷちで、安らぐことがなかったと言う。
泣いても、泣いても、涙は枯れないのだ。
母親に大事にされなかったことが、こんなに悲しいことなのかと深く深く悲しんだ。

愛されていなかったことを認めるのは、大変難事なのだと M 子さんの姿を見て思うのだった。
M 子さんは、治療の甲斐あって、お母さんに対し、初めて本音をぶつけられる力を得ることができた。
M 子さんは、現実の理不尽と格闘しながら、生きる力を膨らませている。

ちなみに、M 子さんのお母さんがしたことは、ネグレクトという立派な虐待行為であった。
残念なことに、お母さんは自分が我が子を虐待していたとは、これっぽっちも思っていない。

数年前『毒になる親』を衝撃を持って読了した。
古くは『母源病』にさかのぼるが、どちらも子供の問題の元凶を掘り当てていると思う。



親が毒になる?
どういうことだろうか?
ひっかかったらぜひ読んでいただきたい。

毒になる親

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実際に親が毒になり、子供の人生がめちゃめちゃになることがあるのです。
しかし、子供は親が毒だと気づきません。
親は、本能的に子供をうまくコントロールし、子供の人生のいたるところに介入します。
親自身が毒になっている自覚は、無い場合が多いです。

N さんは、一人っ子でとても学力の高いお嬢さんでした。
中学校は有名私立学校に高成績で入学し、社会に出るまで挫折知らずのように見えました。
大企業に就職し、これからという時、ご両親の離婚話が浮上、あわせて仕事が忙しく、いくつものプレッシャーが彼女を襲いました。

ある時をさかいに、N さんは頭のてっぺんからつま先まで、いたるところが順番に痛みだし、とうとう起き上がれなくなりました。
知人の勧めで心療内科に通院を始め、かなり長いこと通ったと聞きます。

見た目は穏やかで、心優しく、非の打ちどころがないように見えた N さんには、とても活発なお母さんがいらっしゃいました。
PTA 、地域活動には積極的に参加する。
頭の回転がとても速く、弁舌はだれもかないません。
お母さんが苦手なことをあえてあげるとすれば、、整理整頓でしょうか。
それ以外は、はたから見ると、とても理想的なご家庭に見えました。

N さんがなぜ病んだのか、不思議でした。
彼女の特徴的なところは、大変に几帳面だと言うことです。
どのあたりが几帳面かというと、心がピシッとしているといったら良いでしょうか。

N さんの行動は、何か機械に制御されているような印象があり、行動の基準となる考え方が「やらねばならない」ことを優先的に行っていると言うことです。
そうです、N さんはいつも毅然として、「やらねばならない」「やるべき」と物事を片づけていました。
逆を返せば、彼女の口からは自分の意志でやりたいことをやると言う発言が見られません。

彼女は、何年も会社にいくことができず、お母さんと一緒に真面目に通院しました。
そして、どうやら彼女のみならず、彼女のお母さんの既成概念をもぶち壊すような荒治療を受けているのかな?と受け取れました。
どうしてなのか考えてみたところ、、、
彼女も、彼女のお母さんも大変真面目。
この真面目が災いしているのかもしれないと。

一人っ子の N さんは、待望の子宝でした。
特にお母さんは、自身にそっくりな我が子を、大切に大切に育ていると傍から見ていてもよくわかりました。
そして、立派な人物に成長するよう、ありとあらゆる手を打ち、必要と思うことをすべて N さんに与えて来たようです。
どういうことかというと、N さんが養育される過程において、N さんのことはすべてお母さんが決めてきたのでした。
N さんは従順にお母さんに従い、絵に描いたような模範の良い子に見えました。

何をするにも、彼女の判断はお母さんがしていたことになります。
もしかすると、その判断とは、ごくごく日常の些細なことにまで及んでいたのかもしれません。
そうだとすると、、、
N さんには、自主性が育まれていないのかもしれません。

そう考えるとつじつまが合います。

周囲の大人からすると、育てやすい都合の良い子なわけですが、子供らしく駄々をこねたり、やんちゃをしたりして困らせることは無かったわけです。

親の毒とは、子供が伸びようとする力を遮ります。
一見悪に見えない行動も、子供の伸びる力を阻害すれば毒になるのです。

大事にしすぎるあまり、すべて N さんの意思決定機関になっていたお母さん。
毒になるつもりはさらさらなかったことでしょう。

N さんは長く苦悩します。
厳密に育てられすぎたため、ちょっと魔が差したようなことは間違ってもないですし、あいまいということもありません。
もちろん、なんとなくなんてあるワケがありません。

あまりに真面目すぎるため、主治医はいい加減を勧めました。
たとえば、パチンコなんてやってみたら?とか。
たとえは極端かもしれませんが、この提案を真面目な N さんはどう受け止めると思いますか?

「私は物事を中途半端にやることはできないため、やるなら徹底的にやります。
なので、パチンコもパチプロになる気持ちでやってみます。」
と真剣に、日常それのみを考えて生きるようになるのです。

結果、やってみたことにのめりこみすぎて、
「自分がこんな風になったのは、あなたがやれと言ったからだ」
と主治医を責め、とうとう通院をやめてしまいました。

その後は、、音信が途絶えてしまいました。
N さんは、自分のかたくなさから、脱却することができないと言う自身の負の要因を、いつ客観視できることでしょう。
いつか目覚めてほしいと思うばかりであります。
Z 君は結構重い統合失調症で、一時は目の離せない状態だったそうだ。
成人してから発症し、ご家族は何年もうつ病と思っていた。

しかし、彼の独特な世界の存在に気付いたお姉さんが、統合失調症を疑った。
予想は当たった。
最初に受診した精神科の、明らかな誤診だった。

Z 君は大変苦悩した。
寝ても覚めても四方八方から、自分を攻め立てる声がする。
お前はダメ人間だ。
お前を死なない程度に苦しめてやる。
Z 君は優秀なため、秘密組織から疎まれ、嫌がらせを受けているのだと言う。

笑い事ではない。
Z 君は間断なく彼を責め続ける声と戦っているのだ。

20150130.03


四六時中、自分を責め続ける声が聞こえてきたら、人は平静を保つことができるだろうか。
彼は自殺未遂を何度か試みる。
が、死にきれない。
心配したお姉さんは、彼を知り合いから紹介してもらった病院に連れて行く。
お姉さんは、お母さんの育児下手が招いた悲劇だと思った。
いや、直接的な原因にはならなくとも、お母さんが命がけでわが子を守るような人だったら、もっと事態は軽かっただろうと。
そして、なんとか自分のかかわりで弟が元気にならないものかと考える。

ある日のこと、Z 君と付添いのお姉さんは、診察のあとコーヒーで一息ついていた。
Z 君はお姉さんの付添いに不満の様子だ。
しかしお姉さんは、とにかく、Z 君の心のケアをと継続通院を勧める。

すると、Z 君が怒って大声を出した。
「俺は動物じゃない!お母さんはわかっていないんだ!」
そして、店から走りだし、一人で帰ってしまった。
取り残されたお姉さんは呆然とした。

自分がどんなに心配しても、お母さんの代わりにはなれないんだ。。。
あんなクソ母親なのに。。。
悔しい。

それから数年たったある日、Z 君は大事故に遭遇した。
危篤状態となり、家族が病院に呼ばれた。
医師より、覚悟するよう言われた。

お姉さんは、耳を疑った。
この子は悪くないのに。
なんで一番苦しんでいるこの子が、苦しいまま死ななきゃいけないの!?
その怒りは、お母さんに向けられた。
「お母さん!何でまだ生きる希望があるうちに、死んだあとのことを心配するのよ!母親だったら、Z が絶対に生還することだけを考えなさいよ!!!!」

お母さんは、どうして良いかわからず、
「死んだらどうしよう・・・」とおろおろしていたのだ。
どうしようではないのだ。
死なせてなるものか!ではないのか。

Z 君の意識は数日戻らなかったという。
しかし、ご家族が交代で病院にかよい、声をかけ、奇跡的に一命をとりとめた。

お母さんも必死でかよったようだ。
Z 君は ICU で家族が真剣にかかわった記憶をなぜかすべて失ってしまったが、それ以来、重篤な状態から回復を見せ、日常生活が送れるようになったのである。

子供がどんな状態になろうとも、この子は断じて私が守るとのお母さんの毅然とした態度が、子供の未来を左右すると思えた一件だった。

また、別の側面から見ると、お母さんがお母さんらしくなるために、Z 君は命をかけたと言えるのではないだろうか。
A さんは、物心ついたときには、自分は「悪い子」だと思い込んでいました。
それはことあるごとに両親および親戚から「お前は悪い子だ」と言われてきたからです。

A さんは思いました。
「私はどうして悪い子になっちゃったんだろう?悪い子になりたかったわけじゃないのに」

A さんが小学生の時、商店街の福引きで包丁が当たりました。
サザエさんの福引きのエピソードを思い出し、ワクワクして引いたところ、鐘がカランカランとなりました。
何か当たったんだろうか??
と思ったところ商店街のおじさんに
「お母さん喜ぶねーー、包丁だよーー!おめでとう!」

A さんは思いました。
ちっとも嬉しくないし、お母さんは喜ばない。
そして、A さんの思ったとおり、お母さんからは喜びの気持ちは伝わってきませんでした。
「福引で包丁」は、悪い記憶になりました。



A さんは時々、宝くじを買ったり、懸賞に応募したりするそうです。
でも、宝くじも懸賞も、ほぼ当たらない。
その時、こんな気持ちを抱いていることに驚いていました。

「どうせ私なんて、良い思いなんかするワケ無いんだし」

たまたまクジの話でしたが、この A さんの気持ちは、A さんの大事な時にいつも顔を出すようです。
大人になってずいぶん経ってから、A さんは自分は両親から虐待を受けていたことを悟ります。
それは、父親からの暴力であったり、母親からの冷たい言葉であったり、衣食住が満足に与えられなかったことだったりと、成人して家を出るまで続きました。

A さんは子供心に何度も逃げ出したいと思ったそうです。
ところが、いくら子供が逃げ出したいと思っても、この社会から守られるとは考えもしないため、毎日大きな落胆を抱えて生き続けなければいけませんでした。

落胆の積み重ねは、子供の心に自分の未来が暗いことを刷り込み、それを塗り替えることが困難となります。
それがふと「どうせ私なんて、良い思いなんかするわけ無いんだし」と思わせたのだと思います。

誕生日であっても、生まれてきたことを祝ってもらえない、喜んでもらえない。
やることなすことが怒られる材料で、ご飯はお腹いっぱい食べられない。
真冬は満足な洋服がないため、ちぎれるように冷たい。

この世に愛情が存在していることを知るすべもなく、虐待を受けている子供の毎日は地獄です。
成人して親から離れても、生きてきた毎日全てが地獄なので、幸福な毎日を送れるなどとはこれっぽっちも思いません。

だから、自分が自由になっても、不自由がまとわりついてくるような選択をあえてしてしまいます。

自由に、幸せに生きる方向はどちらなのか、判断ができないわけです。
自由や、幸せを味わったことがないので、どうやって選ぶのかすらわからないのです。

仮に良い方がどちらかわかったとしても、良い方を選ぶことに罪悪感すら感じます。

自分に対するネガティブな発想は、抱けば抱くだけ自分自身を不幸にします。
だからネガティブのスパイラルから抜け出るしか、幸せに生きる方法は無いのです。

日本の国では虐待を次のように定義しています。

暴力などによる身体的な虐待
性的な虐待
ネグレクト (置き去り、育児放棄、不潔な養育環境)
精神的な虐待

数年前までは、ネグレクトは含まれていませんでしたが、今はネグレクトも多いですね。
子供を虐待する大人の多くは、自分も虐待を受けている場合が多く、これは不思議と代々さかのぼることができる場合が多いのです。

サルの親子関係の観察で面白いことが確認されています。
子育ての下手な母親に育てられた子ザルが母親になると、子育てが下手な母親になるのだそうです。
このことは、人間にも言えるのではといった考察がされています。
大きくうなづけるのではと思います。

では話をまとめましょう。

虐待を受けて育った人は、自分が被害者だとは思っておらず、いつも自分が悪いのだと思っています。
そうじゃないことを知る機会と、治療によって不幸な思考や生活を変えられることを、一人でも多くの人に知っていただきたいと切実に願います。

何が必要かと言いますと、自分は幸せになっても良いんだと、思い切る勇気が何より必要ということです。
その強い決心のもとに、素直に前に進みましょう。
そして今度こそ、穏やかな幸せを手に入れましょう。