ただいま、おかえり -11ページ目

ただいま、おかえり

山田花畑の番外編

T さんは、4人の子供を産んだ。
欲しくて産んだのではなく、産まれてしまったと言う。
避妊も考えたが、お金がなかったそうだ。

特に友達がいるわけではなく、夫の監視が厳しかったので、外出はほとんどせず、普段は自営の夫の仕事を手伝っていた。

実家が近かったが、親にはあまり甘えることができなかった。
子供たちは聞き分けが悪く、イライラすることがよくあった。
いけないとわかっていても、つい手が出たり、頻繁に怒鳴っていた。

一番上の子は、時々実家にあずけ、4 才から保育園に入れた。
二番目、三番目は年子だったが、二番目の子はあまり手がかからなかったので、寝かせっぱなしにした。
三番目の子が動くようになったとき、末っ子妊娠したため、三番目は少しおんぶをした。
末っ子が生まれてからは、二番目、三番目がいたずら盛りのため、末っ子だけ仕方なくおんぶをして育てた。


小さいうちからおんぶをしたのは、末っ子が初めてだった。
すると末っ子は、 T さんの耳元で言葉にならないうちから、話しかけるようになった。
そんな経験を上の 3 人の子とはしてこなかったため、T さんは初めて赤ちゃんが可愛いと心から思った。

可愛いと思って接するから、赤ちゃんもますます可愛くお母さんに話しかけるようになる。
T さんの母性本能は、末っ子にどんどん刺激され目覚めて行った。

上の子 3 人は、よく交代で病気をし、そのたびに T さんの手を煩わせた。
4 人の子供がそれぞれ違うことを要求し、行動するため、T さんはいつもイライラした。
とにかく上の子 3 人は手がかかるし、うっとうしい。
可愛いと思えるのは末っ子だけである。

なんでこんなに違うのだろう。
何で末っ子だけこんなに可愛いんだろう。

答えは、末っ子はおんぷして育てたからだ。
おんぷは常に体のどこかが密着し、子供の体温や息遣いまで感じることができる。
しかし、感じるのは体温や息遣いだけではない。

健康状態や、機嫌まで、言葉にしなくてもいろいろな情報が伝わってくるのだ。
お母さんとの距離が近いと、子供は色々なサインをお母さんに発する。
そして、お母さんの母性本能がより発揮されるような働きかけをするのである。

そのリズムがうまく合致すると、心身共に安定した子育てが実現する。
しかし、親が同じでも、二番目の子は一日中ずっと寝かされっぱなしだったため、サイレントベビーになってしまった。

いくら末っ子と良好な関係が築けても、別の子にはその関係が自動的には反映されない。
あくまでも子育てにおける人間関係は、それぞれの子供と一対一で築かれるもので、子供の数だけお母さんには努力が必要となる。
子供の数が多ければ、その数だけ人間関係を築く努力が必要になる。

長い年月が経過し、T さんの子供たちはそれぞれ大人として十分な年齢を重ねた。
しかし、上の 3 人の子供たちは精神疾患と診断され、治療を継続して受けている。

3 人は社会への適応能力が低く、体力も弱い。
関連は定かではないが、3 人とも社会で挫折し、十分な収入を得ることができていない。

末っ子はと言うと、医療系の仕事に就き、収入の安定した伴侶と子宝に恵まれている。

抱っこやおんぶは、親の都合でするものではない。
子供をかわいがるための、一つの重要なスキンシップである。

子供を抱きしめた分、お母さんは母性本能が刺激され、刺激をもらった子供に対し、お母さんらしくなる。
したがって、抱きしめていない子供に対しては、お母さんらしくなれないのだ。
抱きしめて育てた子供には、その子の気配でお母さんらしさのスイッチが入り、本能で母親らしい振る舞いができる。

T さんを遠目に見ていると、末っ子に対してはお母さんらしく、末っ子の子に対しては優しいおばあちゃんなのに、上の 3 人の子については、初心者のように感性が鈍い。
恐らくこの差を T さん自身自覚していないと思われる。

どんな状況であれ、子供をこの世に送り出した責任は重い。
命を世に送り出すと言うことは、子供の数だけ、社会に果たす責任の数が多いと言うことだ。
省略など許されるはずはないのだ。

子供をもうけるには、それだけの責任を果たす能力が必要である。
能力が無いのに、子供を作ってはいけない。
絶対にいけないのだ。

子供を不幸にする親は、どんなに社会的地位があっても、金銭的に恵まれていても、幸福になることは絶対にない。

T さんは、なぜ上の子 3 人が今もなお、重篤な状態から抜けられないのか、理解できない。
T さんには上の子 3 人の悲痛な叫びがまだ聴こえない。

母として、なんと不幸なことであろう。
A さんは、とても厳しい両親のもとに育った。

A さんが、小学校低学年の頃。
この頃の子供は、ランドセルを家に置くと、よく駄菓子屋に走った。
しかし、A さんの家では買い食い禁止、駄菓子を食べることも禁止と言うルールがあった。

ルールが決められた理由を A さんは次のように理解していた。
買い食いは行儀の悪い行為であり、生活習慣が乱れるため禁止。
駄菓子は、食品添加物や細菌で汚染されている汚い食べ物なので、食べてはいけない。

A さんのお父さんは、買い食いする子供を見ると、憎しみを込めたように「意地汚い」、駄菓子は「大腸菌がついていて汚い」と言っていた。

A さんは、公園のブランコに乗りながら、向かいの駄菓子屋に群がる子供達の、とても楽しそうな光景をよく目にした。

「あの子たちは意地汚くて、汚いお菓子を食べてるのかなー?」
とても疑問だった。
そして心の片隅で
「私も買い食いしたいなぁ」
と思っていた。


夏になると子供たちは 、10 円のアイスキャンディをくわえながら遊んだ。
A さんは一緒に遊びながら、とてもうらやましく思った。
A さんの家では、一ヶ月に一度くらい、お父さんの機嫌の良い時にアイスキャンディを買ってもらうことがあったが、本当にまれなことだった。

二人の弟がいたので、一人が欲しいと言うと、子供の数だけ買い与えなくてはいけないから、おねだりはご法度。
間違って欲しいと言った日には、げんこつが飛んできた。
殴られてからは、一切おねだりはしていない。

お父さんは、子供によく手を挙げた。
痛くて泣くと、げんこつを振り上げて
「うるさいから泣くな!もっと殴られたいか!」
とさらに怒った。

痛いのに、泣いたら殴るぞと怒られ、痛いのを我慢するのは、心に大きな圧力がかかる。
A さんは、こんな日々の積み重ねで、様々な苦痛を感じなくなった。

そんな A さんも、一回だけおきてを破ったことがあった。
次元は小さいが、精一杯の反発だった。
どうして自分は月に一回しかアイスキャンディが食べられないのか、、何でお母さんのお財布には小銭がたくさん入っているのに、自分たちは美味しいおやつが食べられないのか。
狂おしいほど不満だった。

A さんの耳元で、悪い子の A さんがささやいた。
「お財布には 10 円がたくさん入っているから、一枚くらいとってもわからないよ」
「アイス食べたいんなら、食べちゃおうよ」

A さんは我慢ができなくて、お母さんのお財布の中から 10 円を盗み出した。
心臓は張り裂けそうなほど鳴り響き、冷や汗がにじんだ。

小さな手のひらに、盗んだ 10 円玉を握りしめて、近所のお菓子屋さんに走った。
ショーケースからチョコレート味のアイスキャンディをつかんで、汗でじっとりした 10 円玉をお菓子屋さんのおばさんに手渡すと、近所の空き地まで必死で走った。

空き地の真ん中には、大きな泰山木が生えていた。
腐った花びらが、汚らしく垂れさがっていた。
A さんは、誰にも見られないよう、太い幹の影に隠れた。

そして、近所の子供たちがするように、アイスキャンディの包みをむしり取り、空き地に投げ捨てた。
得意そうなこんな姿を、真似してみたかった。

慌ててアイスキャンディにかぶりつく。
ところが、自分のしたことが恐ろしくて、味がわからない。
あんなに食べたかったのに、恐ろしくて味がわからない。
あああ、怖い。
お父さんに見つかったら、また殴られる。
恐ろしい!

A さんは食べるのをやめて、アイスキャンディを空き地に投げ捨てた。
そして、逃げるように、何事もなかったように、家に戻ったのだ。

たかが 10 円のちっぽけな買い食いの話だが、A さんはこの出来事を、今でも生々しく、狂おしく思い出すのだそうだ。
それくらい、大きい罪悪感と恐怖に襲われた出来事だったそうだ。

この出来事を語りながら、A さんは当時抱いた恐怖に号泣した。
さらに、そんなちっぽけな恐怖に、いまだに自身が囚われていることを嘆き、さらに涙を流すのだった。

A さんのお父さんは、普段からよく子供に手をあげ、お母さんは子供たちが殴られていても助けなかった。

A さんは、見た目は快活そうだが、心の底には大きな絶望と喪失感をいつも抱いていた。
そして長いこと、不足と規則に対する異常な恐怖に苦しんだ。

欲しくても欲しいと言えない。
欲しいものがあっても買えない。
食べたいものがあっても食べたいと言えない。
何があっても決められた規則から逸脱できない。

子供の頃に心に染みついた癖は、大人になってもなお A さんの行動にブレーキをかけるのである。
H ちゃんに初めて会ったのは、彼女が 4 才になったばかりのころ。
お父さんから執拗な暴力を受け、若いお母さんと一緒に、若いおばあちゃんの家に逃げ込みました。

目の大きい愛らしい女の子で、パッと見そんなに悲惨な目にあったとは思えない印象でした。
しかし、いろいろ会話をしてみると、心に黒く大きい傷を抱えていることが容易に推測できました。

H ちゃんのお父さんは、 H ちゃんが 1 才になる頃から暴力をふるい、暴言を吐くようになりました。
原因は H ちゃんが活発になって、想定外の行動をとるようになったからです。

ヨチヨチ歩きの赤ちゃんの動作は不安定で、思わぬところで転んだり、立ち上がったり、そばについている大人は、赤ちゃんの手が顔に当たったり、頭がぶつかったりと、痛い思いをするようにもなります。



H ちゃんのお父さんは、そんな想定外の H ちゃんの行動に腹を立て
「イテーーな!!くそ、この野郎!」と
ボコボコ殴り始めました。

お母さんが H ちゃんをかばうと、、
H ちゃんへの暴行はエスカレートするので、黙って見ているしかなかったと言います。
(注: 止むに止まれず傍観は、状況がどうであれ最善の方法ではありません)

暴力もひどいものでしたが、暴言もひどく
「くそ」
「死ね」
「使えねーな」
「バカ」
等々、思いつく最低の言葉を、思い切りぶつけて来たようで、、

H ちゃんは普段のコミュニケーションで気に入らないことがあると
「クソ!死ね」
と平気で言うようになっていました。

4 才の可愛い女の子の口から
「クソ!死ね」
が発せられたとき、耳を疑いました。

彼女の口は思い切りへの字に曲がり、目は吊り上って恐ろしい形相をしていました。
恐らくその表情は、お父さんからされたそのままなのだと、悲しい気持ちになりました。

そんな H ちゃんは、毎日お絵描きをするようになり、ある時おばあちゃんのところに一枚の絵を持ってきました。

「ねえ、見て見てーー、真っ黒オバケだよーー」
見ると画用紙が、クレヨンで真っ黒に塗りつぶされていました。

黒いクレヨンの隙間からは、ピンクや水色など、きっとこの下には鮮やかな絵が描かれていたのだと思われる色が見えました。
それをすべて、黒で塗りつぶして「真っ黒オバケ」とは。。。

おばあちゃんは背筋が寒くなりました。
なぜかと言うと、この若いおばあちゃんも、小さいころから、お父さんに殴る蹴るの暴行を受けて育ったからです。

おばあちゃんは直感的に、この「真っ黒オバケ」が何であるかを悟りました。
恐らくおばあちゃん自身も、このオバケに遭遇したことがあると。

それは、まだ子供自身の認知能力が未熟な乳幼児の頃、いきなり予期せぬ暴行を受けて、目から火が出て目の前が真っ暗になり、体が宙に浮いたと思ったら、思い切りの痛みを感じた恐怖なのだと。

おばあちゃんは目を潤ませて H ちゃんに言いました。
「そう、真っ黒オバケね。おばあちゃんも知ってるわ。怖いのよねー」
と。

H ちゃんは、おばあちゃんが恐ろしい真っ黒オバケのことを知っていたので、とても嬉しそうな顔をして、画用紙をどこかに持っていきました。
それ以来、H ちゃんは画用紙を真っ黒に塗りつぶすことはなかったそうです。

H ちゃんの心の闇は深く、何年も何年もセラピーにかよっても、まだその闇は晴れていません。

おばあちゃんはしみじみ語っていました。

家族の心の負の連鎖は、断ち切らない限りずっと続くと聞いていたけれど、まさか孫が自分とまったく同じ目にあうとは思ってもいなかった。
この子が苦しみから解放されるよう、一日も早く、まずは自分が完治できるよう治療に励みたいと。

おばあちゃんも何年も、果敢に自身と挑んでいる最中でした。
最近はマスコミでも、普通に使われるようになった「毒親」というキーワード。
絶妙な表現だと思う。

これは問題のある親には、毒に等しい害があり、子供の人格形成に影響があるという意味と認識する。
最近気づいたのだが、親の毒も、解毒する必要があるということだ。


毒親の毒は解毒するまで苦しみから解放されない。
が、明確に解毒できれば、翌日からの人生は違ったものとなる。

ここに解毒を具体的に行った例を紹介しよう。

P さんは、両親からのあらゆる虐待を経験し、数年前に外傷性ストレス障害であることを自覚した。
主治医からは、根が深そうだから時間がかかるし、治療は大変と。
実績のある心理士 K 先生を紹介された。

K 先生は大変人気のある心理士で、治療の順番待ちで何か月も待つそうだ。
そして、予約を入れる前に面談が実施される。
P さんはさっそく面談に臨んだ。
要領よく経過と登場人物を説明し、K 先生の見解を聞いたところ、今まで考えもしなかったことを二点指摘された。

まず、P さんに暴力をふるっていたのはお父さんだったが、実際お父さんを介して P さんを殴っていたのはお母さんであること。
そして診察の順番が来るまで何か月か待つだろうけれど、その間にお母さんを殺しちゃだめだよと。

P さんには意外な言葉だった。
確かにお母さんに不満はあった。
しかし、お母さんを殺すほどではないと思っていた。
それに、お母さんがお父さんを介して自分を殴っていたなんて、考えもしなかった。
どういう意味だろう?と。
実はこの言葉を忘れるくらい、月日が過ぎてから、P さんはこの意味を理解したのである。

結局 P さんは K 先生のセラピーは受けず、ぬいぐるみ療法を受けることになり、経過は非常に良好であった。
新しい気づきが常にあり、苦痛の再体験は痛みを伴うものではあるものの、その後の経過は目を見張るものがあった。
一年くらい経過し、治療に一段落した。

P さんには新しい力がみなぎり、人生の再出発ともいえるスタートをしたはずだった。
ところが、いざ前に進もうとすると、思うように前に進めないのである。
気持ちは前に進もうとするのに、状況が伴わない。
そして、気持ちには焦りが。。。

心は軽くなったはずなのに、なぜここにきて、うまく前に進めないのだろう??

ぬいぐるみを抱っこしながら、さらに、さらに自身への気持ちを温かく持てるよう努力した。
しかし、気持ちは焦るばかりである。

なぜ、なぜ前に進めないの?

前に進もうとすると、、

あんたなんて、前になんて進めっこない。
あんたはいつも思いつきで物を言うんだから


そんな言葉が頭をかすめている。

??なんだ?これは??
意識はとてもクリーンなのに、、、私の中にまだネガティブな発想があるわけ??


しばらくわけがわからなかった。
拭っても、拭っても、背後霊のようにその言葉が追いかけてくる。
そんな言葉を、いつ聞いたんだっけ?
冷静に思い出してみた。

それは、P さんの学力が伸びてきた小学校高学年の頃、何かひらめいてお母さんに報告するたびに聞かされた言葉だった。
そのたびに、伸び始めた P さんの気持ちは谷底に突き落とされ、崖の上からお母さんが
「バーカ」
と言ってせせら笑っていた。

そうだった。

私が伸びようとするときに限って、お母さんは私を思い切り叩きのめした。
何度も何度もつぶれたんだ。
お母さんにつぶされたんだ。
だから、何かしようとすると、邪魔された気持ちが思い出されて前に進めなくなっていたんだ。


そうか!
P さんの人生に暗い影を落としていたのは、かつて谷底に突き落とされたお母さんの冷たい言葉だったのだ。

お母さんは P ちゃんがここぞと言うときに限って、P ちゃんが自信喪失するような言葉を叩きつけてきた。
明らかに成長を願っている様子は無かった。
お母さんも、おばあちゃんから疎まれて育ったと聞いたことがあったが、、その仕返しか。

あああ、私はバカにされてきた。
大事な時にいつも突き落とされてきたんだ!!
大事な時に応援してもらったことも、力になってもらったことも、一度もなかった!
いつも一人ぼっちで、ぐらぐらの足で立ってきたんだ!


悔しかった気持ちがよみがえってきた。
子供ながらに、お母さんを軽蔑し、信じることはできないと思ったのだ。
悔しくて頭から火が出て、悔し涙を押し殺して挫折するしかなかったのだ。

それは言葉では表現しがたい炎のような怒りだった。

そして自覚した。

私はお母さんが大嫌いだ。
お母さんの毒性が大嫌いだ。
最悪だ。
辟易とするほど嫌いだ。
存在として最低だ。
あり得ない。
死んでほしい。
ああ、殺してやりたいほど、抹殺してやりたいほど、その存在が狂おしく不要だ。


そして、ぬいぐるみをギュッと抱きしめわーわー泣いたあと、クッションに向かってこぶしを振り上げ、何度も何度も
「死ね!死ね!死ね」
と泣き叫んだ。
頭が破裂しそうだった。
クッションが破けそうだった。
こんな激情が自分の中に存在していたなんて、、、思いもしなかった。
しばらく泣き叫んで、ぐったりした。。

力の限り、思い切り吐き出した。

お母さんは毒だった。
毒に対して、正しい対峙をする必要があったのだ。
毒は容認しなくて良いんだ。
悪いものは悪い、毒は毒以外の何物にもなりえないのだ。

その毒が、意図的に何度も何度も P さんを破壊しようとしていたことも理解できた。
その意図を見たくなかったのかもしれない。
認めたら傷が増えるので、見過ごしたのかもしれない。
今までの治療で、自分が病んだ原因は理解できたはずだった。
しかし、解毒にいたる具体性に欠けていた。

解毒するには、

毒を毒と見極める必要があったのだ。
そして、その毒をどうするか。
それが一番肝心であった。
毒は許してはいけない。

自分の心を住処として、長年居座り続けた毒を、倒さなくてはいけない。

毒を見極めるのも、倒すもの自分なのだ

その時は、必ずやってくる。
ぬいぐるみを堅実に抱きしめ、自分の気持ちに正直になると、最後に必ずボスが登場する。
ボスは必ず倒せる。
倒して、明るい明日を手に入れるのだ。

P さんは、毒と何度か対峙し心がとても軽くなった。
もう前に進めないなどと、感じなくなったと言う。
とても不思議な経験をしたと、はにかみながら笑っていた。

そして、K 先生から
「お母さんを殺しちゃだめよ」
と言われた意味を理解し、その洞察力に脱帽したそうだ。

紛らわしいが、ここでポイントを整理しよう。
P さんが倒したのは、お母さんそのものではない
お母さんの毒性である。
ここで方向性を間違うと、参事が起こる
重要なのは、自身の心の中で暗躍している毒性を倒すことである。

これは、P さんの後日談です。

毎日人ごとに思えない出来事が起きている。
子供が思い余って親に危害を加えたり、周囲の人を傷つけたりするのには、よくよくの事情がある。
毒親の子供が人に危害を加える時、人に与えた何倍もの仕打ちを親から受けている。

毒親の子供の罪を裁くことは、真の問題解決にはならないのではないだろうか。
人は生まれながらにして、凶悪犯罪の犯人にはなり得ない。
毒にあたって、歪むのである。
いじめっ子の気持ちを大人になってから初めて味わったと言う F 子さんの話を聞いた。

F 子さんには弟さんが二人いて、物心ついたときには弟にお母さんを取られたと思っていたそうだ。

3 才の時に生まれた弟さんへの嫉妬が特にひどかったそうで、お母さんが弟さんに声をかけるのすら、はらわたが煮えくり返るような気持ちになったと言う。

3 才になって保育園に入園すると、友達と一緒に遊べずに、いつも一人で遊んでいた。

ジャングルジムは 3 段目以上は怖くて上に上がれず、飛び跳ねるのも苦手で、砂場をボーっとほじくっていることが多かった。
そんな F 子さんは早くもいじめの標的になる。
ある時いじめっ子の M 君がやってきて、意地悪な顔つきで F 子さんに向かって
「泣け、泣け、泣け、泣け、泣け、なーーーーーけっ!」
と連呼した。

F 子さんは不思議な気持ちになったが、泣かないわけにいかない心情になり、素直に泣いてしまった。



M 君は大喜びした。

F 子さんは、「人って、こんなに簡単に泣かせることができるんだ」と。
さっそく家に帰って、復讐をする。
弟さんに向かって、気持ちの限りの憎しみをぶつけて言った。
「泣け、泣け、泣け、泣け、なーーーけ!!!!」

弟さんは
「ふぇえーーーーん」
と泣きだした。
F 子さんの気持ちは高揚し、大きな達成感を覚えたが、お母さんからひどく怒られた。
F 子さんは思ったのである。
「お前のせいで、怒られた!」
弟さんへの憎しみは膨らんで、お母さんが見ていないところでギリギリの意地悪をした。
ギリギリとは、見た目悪ふざけをしているように見せかけて、心の中では大きな悪意を抱きいじめるのだ。

弟さんが生まれてから、F 子さんは抱っこしてもらった記憶がない。
お母さんに優しくしてもらった記憶もない。
恐らくお母さんは、F 子さんに一切手をかけなかったと思われる。

F 子さんは、保育園から帰ると家で一人で遊んだ。
弟さんが生まれてから、ずっと一人ぼっちだった。
黙っていつまでも一人ぽっちと言う状態は、それだけで心に傷ができ、日を重ねるごとにその傷は大きくなる。

気づけばその傷は、洞穴のように深く大きく心の中に大きな口を開ける。
そしてそこから暴風が吹き荒れる。

その穴をどうにかしたくて、でもうまくできなくて、、意地悪をすることが、唯一その穴の痛みを転化する方法だったそうだ。

F 子さんは言う、
「M 君もさみしかったのかな。。」
ずいぶん大人になった F 子さんの心は、 M 君の痛みを察していた。
F 子さんは、弟さんが心底憎かったわけではない。
ただ、ただ、、孤独だっただけなのだ。